学位論文要旨



No 129305
著者(漢字) 桂,正樹
著者(英字)
著者(カナ) カツラ,マサキ
標題(和) 逐次近似画像再構成法を用いたCT被曝低減 : 胸部領域における検討
標題(洋) Model-based iterative reconstruction technique for radiation dose reduction in chest CT
報告番号 129305
報告番号 甲29305
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4038号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 中島,淳
 東京大学 講師 井垣,浩
 東京大学 講師 山田,晴耕
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的:近年のCTによる医療被曝の増加はめざましく、放射線医科学研究所の西澤らが行った2000年の全国調査によると、日本国内の年間CT検査数は3655万件、日本国民1人当たりのCTによる被曝線量は2.3mSvであり、いずれも1989年の調査時と比べ約3倍に増加している(日本医放会誌 64 : 151-158, 2004)。CTにおける被曝低減手法として、adaptive statistical iterative reconstruction (ASIR) に代表される逐次近似再構成法を用いた画像再構成法が注目されており、急速に臨床現場に普及しつつある。逐次近似再構成法は従来画像再構成に汎用されてきたfiltered back projectionと比べて優れたノイズ低減効果を有するからである。一般に被曝線量と画像のノイズにはトレードオフの関係があるため、逐次近似再構成法を用いることで、従来よりも低い線量設定でのCT撮像が可能となる。逐次近似再構成法の中でも、近年開発されたmodel-based iterative reconstruction (MBIR) は、より複雑で高度な再構成法であり、より強力なノイズ・アーチファクト低減や空間分解能向上が達成可能である。このため、これまでの逐次近似再構成法よりもさらに大幅な線量低減が可能とされる。しかしながら既報はファントム実験が中心であり、臨床例での検討はこれまでほとんどなかった。本研究の目的は、臨床例の胸部CTを用いて、MBIRの低線量・超低線量領域における画質評価 (Study 1) 及び病変検出能評価 (Study 2) を行い、その有用性を検討することである。

方法:2011年7月1日から7月28日の期間中、胸部単純CTを予定され、本研究への参加に同意した連続104人の成人患者に対し、64列多列検出器CT (Discovery CT750HD; GE Healthcare, Waukesha, WI, USA) を用いて撮像した。患者1人あたり3回 (通常線量[standard dose]、低線量[low dose、肺癌検診を念頭に線量設定]、超低線量[ultralow dose、単純写真2方向の線量を念頭に線量設定]) の撮像を行い、各撮像の線量 (dose-length product [DLP]) を記録した。 (Study 1) 画質評価については、練習用としてランダムに選ばれた4人分の画像を除いた、100人分 (男性55人、女性45人; 年齢65.6 ± 12.4歳; 体重58.0 ± 13.0 kg) の画像を用いて検討した。患者1人あたり、Standard doseで撮像しASIRで再構成した画像 (standard-ASIR) と、low doseで撮像しASIR及びMBIRで再構成した画像 (low-ASIR、low-MBIR) の計3セット (100人分で合計300画像セット) を作成した。各画像について、気管分岐部の高さの肺実質に関心領域 (region of interest, ROI) を置いて客観的ノイズ (ROI内のCT値の標準偏差) を測定し、standard-ASIR、low-ASIR、low-MBIRの 3群間を対応のあるt検定で解析した。また画像をランダマイズし、2名の胸部放射線科医による主観的画質評価 (主観的ノイズ、アーチファクト、診断用画像としての許容度) も行った。主観的画質評価は、胸部放射線科医に患者・臨床情報や画像再構成法を知らせない、ブラインドの状態で行った。主観的ノイズに関しては、肺実質における粒状・斑状のノイズ感を5段階スコアで評価した。アーチファクトについては、ストリーク・アーチファクト、心拍動などに伴うモーション・アーチファクト、組織表面がピクセル様にギザギザに見えるpixelated blotchy appearanceの各アーチファクトをそれぞれ3段階スコアで評価した。さらに画像全体として、診断用画像として許容できるかどうか、について4段階スコアで評価した。これら主観的評価の各項目について、3群間を符号検定で解析した。いずれの統計学的解析も、Bonferroni補正後、P<0.016を以て有意とした。 (Study 2) 病変検出については、104人中、多発肺転移症例など、肺結節の読影実験に支障が出ると判断された30人分の画像を除外し、さらに練習用としてランダムに選ばれた15人分の画像を除いた、59人分 (男性32人、女性27人; 年齢64.7 ± 13.4歳; 体重59.0 ± 14.1 kg) の画像で検討を行った。Low dose (肺癌検診を念頭に線量設定) で撮像しASIRで再構成した画像 (low-ASIR) と、ultralow dose (単純写真2方向の線量を念頭に線量設定) で撮像しMBIRで再構成した画像 (ultralow-MBIR) を用いて、やはりランダマイズ・ブラインド状態で肺結節検出の読影実験を行った。2名の胸部放射線科医が長径4mm以上の非石灰化結節を拾い上げ、それぞれの結節の性状 (すりガラス結節、部分充実結節、充実結節) を記録した。また拾い上げた各結節について、それが本当に結節であるとどれくらい確信しているか、確信度合を4段階スコアで記録した。読影実験の正解については、別の2名の胸部放射線科医 (正解委員) が、standard doseで撮像しASIRで再構成した画像 (standard-ASIR) を用いて合議制で決定した。肺結節の検出感度について、low-ASIRとultralow-MBIRの2群間をMcNemar検定で解析した。また確信度スコアを含めた結果については、2群間に対してJAFROC (jackknife alternative free-response receiver operating characteristic) 解析を行った。いずれの統計学的解析もP<0.05を以て有意とした。

結果: (Study 1) Standard dose (DLP, 288.8 ± 162.8 mGy-cm) と比べlow dose (60.7 ± 43.5 mGy-cm) では79.0%の線量低減が見られた。画質評価における検討では、low-MBIRの客観的ノイズ (16.9 ± 3.0 HU) は、low-ASIR (49.2 ± 9.1 HU, P<0.01) やstandard-ASIR (24.9 ± 4.7 HU, P<0.01) のいずれよりも有意に低かった。主観的画質評価でも、low-MBIRではlow-ASIRと比べて主観的ノイズ及びストリーク・アーチファクトの有意な改善が見られた (両項目ともP<0.01)。MBIRではモーション・アーチファクトやpixelated blotchy appearanceがASIRよりも有意に多く見られたものの (両項目ともP<0.01)、MBIRは全例において診断用画像として許容し得る画像と評された。 (Study 2) Ultralow dose (14.5 ± 1.1 mGy-cm) はlow dose (66.0 ± 50.8 mGy-cm) と比べ78.1%の線量低減が見られた。病変検出における検討では、正解委員の定めた正解 (合計84個の非石灰化結節) に対する2人の読影者の検出感度 (61-67%) にlow-ASIRとultralow-MBIRとの間で有意差は見られず (P=0.48-69)、JAFROC解析でも2群間で有意差は見られなかった (P=0.57)。肺結節の性状ごと (すりガラス結節18個、部分充実結節11個、充実結節55個) による解析においても、2群間でのそれぞれの検出感度 (50-91%) に有意差は見られず (P=0.08-0.65)、JAFROC解析でも有意差は見られなかった(P=0.21-0.90)。

結論: MBIRは低線量領域において従来の逐次近似再構成法 (ASIR) よりも優れた画質改善効果を有する。MBIRを用いることで、胸部CTの画質を保ったまま、従来より大幅な線量低減が可能となる。また、MBIRは肺結節検出能に影響を与えることなく低線量から超低線量へと線量を低減させることが可能であり、肺癌検診などでの更なる線量低減にも応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はCTの被曝低減手法として、従来の逐次近似再構成法(adaptive statistical iterative reconstruction [ASIR]に代表される)よりもさらに大幅な線量低減が可能とされるmodel-based iterative reconstruction (MBIR)に着目し、臨床例の胸部CTを用いてMBIRの低線量・超低線量領域における画質評価及び病変検出能評価を行い、その有用性を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.通常線量と比べて80%近く線量の少ない低線量(肺癌検診を念頭に線量設定)で撮像された100人分の胸部CTについてASIRとMBIRで再構成し、客観的画質評価(肺実質におけるノイズ測定)及び2名の胸部放射線科医による主観的画質評価 (主観的ノイズ、アーチファクト、診断用画像としての許容度)を行った。結果、MBIRが低線量領域においてASIRよりも優れたノイズ・アーチファクトの改善効果を有することを示した。

2.低線量(肺癌検診を念頭に線量設定)で撮像しASIRで再構成した画像と、低線量よりさらに80%近く線量の少ない超低線量で撮像しMBIRで再構成した画像について、肺結節検出能を59人の胸部CTを用いて行った。両者の間で肺結節検出能に有意差は見られず、MBIRを用いることで結節検出能に影響を与えることなく胸部CTの線量を超低線量にまで低減させることが可能であることを示した。

以上、本研究は今後のCT被曝低減に寄与することが期待されるmodel-based iterative reconstruction (MBIR)を胸部CTを用いて有用性を実証した価値ある研究と評価し、学位の授与に相応するものと考えられる。

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