学位論文要旨



No 129307
著者(漢字) 小林,紫野
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,シノ
標題(和) 食道扁平上皮癌の分子生物学的バイオマーカーの発現と根治的化学放射線療法の成績の関係
標題(洋)
報告番号 129307
報告番号 甲29307
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4040号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 講師 森,墾
 東京医科歯科大学 教授 石川,俊平
内容要旨 要旨を表示する

食道癌は世界で8番目に多い癌で、毎年48万人以上が罹患し、40万人以上が死亡していると推計されている。60歳以上の男性に多く、死亡率も男性で高い。その予後を改善すべくさまざまな努力がなされているが、再発率が高く、難治癌のひとつである。

食道癌の治療法は、外科療法が第一選択であるが、近年では根治的化学放射線療法も施行されるようになってきており、治療法の一つとして重要性を増してきている。また、外科療法の前に化学療法や化学放射線療法を施行するなど、治療法にはさまざまなバリエーションがある。これらの治療法の選択をより適切に行うべく、食道癌の予後予測因子については様々な研究がおこなわれてきた。しかし、その研究の多くは手術単独症例や術前化学放射線療法を対象としており、化学放射線療法の症例のみを対象とした研究は極めて少ない。今回、食道扁平上皮癌に対し、根治目的化学放射線療法を施行した症例について、治療前の腫瘍組織の免疫組織学的研究を行い、予後との比較検討を行った。

本稿は1つの予備研究と2つの本研究からなる。いずれも食道扁平上皮癌に対して根治的化学放射線療法を行った症例を対象とし、治療前の内視鏡下生検検体を用いて各種バイオマーカーの抗体を使用して免疫染色を行い、臨床成績との関係を調査することにより、予後予測因子としての可能性を検討するものである。

まず、予備研究として、食道扁平上皮癌に対して化学放射線療法を施行した10症例について、その各種バイオマーカーの発現と臨床成績の関係を検討した。治療前の生検検体のパラフィンブロックを新規に薄切してスライドを作成し、これを免疫染色した。16種類の1次抗体を用いて治療を行った。使用した抗体は、p53、p21、MIB-1(Ki-67)、p16、cyclin-D1、E-cadherin、Bcl-2、TNF-α、NF-κB、TGF-β、MMP-7、COX-2、EGFR、HER-2、ER、HIF-1αの16種類で、いずれも癌の発生や増殖、転移・浸潤に関わる分子である。この研究では、MIB-1高発現、NF-κB低発現、HER-2低発現、ER低発現はそれぞれ独立した予後良好因子であった。MIB-1高発現群 vs. 低発現群で2年全生存率は71% vs. 0%(p = 0.019)、NF-κB高発現群 vs. 低発現群で2年全生存率は0% vs. 100%(p < 0.018)であった。局所制御については、HER-2高発現群 vs. 低発現群で2年局所制御率は0% vs. 88%(p = 0.027)、ER高発現群 vs. 低発現群で2年局所制御率は0% vs. 88%(p = 0.027)であった。HER-2とERは同一の症例で陽性を示したため、同じ結果となった。無再発生存率でも同様に、HER-2高発現群とER高発現群はともに低発現群に比べて有意な差を示した。2年無再発生存率は高発現群 vs. 低発現群で、0% vs. 56%(+/- 17%)(p = 0.027)であった。また、2年無再発生存率については、NF-κB高発現群 vs. 低発現群で0% vs. 80% (+/- 18%) (p = 0.018)であり、有意な差を認めた。また、有意差はつかないが、HIF-1α陽性群で全生存率が良好な傾向が示された。HIF-1α陽性群 vs. 陰性群で2年局所制御率は29% vs. 100%(p < 0.19)であった。それ以外のバイオマーカーでは有意な差は見られなかった。症例数が10症例と少なく結果の信頼性は十分でないが、この結果を参考に、次の研究へ進んだ。(予備研究の内容はOncol Lett 5: 903-910, 2013に掲載)

研究1では、予備研究をふまえp53、MIB-1、HER-2、HIF-1αの4種類について調査した。予備研究の標本を検鏡すると、ERおよびNF-κBは陽性と陰性の判定が比較的難しく、予後因子として免疫染色のみで判定するには不向きと考えられたため、除外した。研究1では、2000年から2010年の間に当院で根治目的化学放射線療法を施行した197例のうち、当院にて治療前生検検体のパラフィンブロックを保存されている93例を対象とした。予備研究と同様に、免疫染色を行い、臨床成績との関係について検討した。全93例の平均年齢は67歳(範囲:41~86歳)、生存期間中央値は18.6カ月(標準誤差 = 1.7カ月)、生存者のみの追跡中央期間は37カ月(範囲: 11 ~ 130カ月)であった。病期はI期からIV期までで、I期は17例(18%)、II期は19例(20%)、III期は27例(29%)、IV期は30例(32%)であった。化学放射線療法の適応理由は、切除不能食道癌(IV期)は30例(32%)、75歳以上の高齢が18例(19%)(高齢かつIV期の3例を除く)、合併症が40例(43%)、手術拒否が5例(5%)。各バイオマーカーの高発現率(陽性率)はそれぞれp53で69%、MIB-1で54%、HER-2で14%、HIF-1αで67%であった。この結果、研究1では(1)p53陽性所見は全生存率・局所制御率・無再発生存率の予後良好因子、(2)HER-2陽性所見は全生存率・局所制御率・無再発生存率の予後不良因子であることが示された。p53高発現群 vs. 低発現群で、2年全生存率は50% vs. 17%(p < 0.0001)、2年局所制御率は57% vs. 36%(p = 0.0005)、2年無再発生存率は44% vs. 13%(p < 0.0001)であった。また、HER-2陽性群 vs. 陰性群で、2年全生存率は18% vs. 43%(p = 0.02)、2年局所制御率は0% vs. 57%(p = 0.003)、2年無再発生存率は0% vs. 41%(p = 0.003)であった。p53高発現群および低発現群には各背景因子の差はなく、また、HER-2陽性群と低発現群の間にも各背景因子の差はなかった。

研究1に続いて研究2を行った。研究2は、研究1と同じ症例を用い、癌の浸潤・転移機構に関わる因子として、クローディン(CLDN)についての研究を行った。食道癌は根治的化学放射線療法を施行し、一度完全寛解が得られた後にも再発する場合がしばしばあり、癌細胞が潜んでいく機序を理解する一助とする目的である。CLDNは密着結合(タイトジャンクション)の構成分子のひとつであるが、細胞間の接着が不安定になることにより、癌細胞の浸潤・転移に関わっている可能性があると考えられた。CLDNには24のサブタイプが知られているが、この研究2ではCLDN-1、CLDN-4、CLDN-5、CLDN-7について研究した。免疫染色の陽性率はそれぞれCLDN-1で70%、CLDN-4で22%、CLDN-5で12%、CLDN-7で27%であった。生存分析の結果、CLDN-5陽性所見が局所制御不良因子であると考えられたCLDN-5陽性群 vs. 陰性群で、2年局所制御率は18% vs. 56%(p = 0.01)であった。

結論として、p53、HER-2、CLDN-5は食道扁平上皮癌における化学放射線療法症例について、予後予測因子となりうると考えられた。HER-2陽性例で有意に予後不良であり、食道扁平上皮癌についても抗HER-2抗体治療の対象となる可能性が示唆された。膜タンパクであるCLDNについては分子標的薬の開発も大阪大学を中心に現在進行中である。各種臓器の腺癌を主体に個別化医療が進む今日、本邦に多い食道扁平上皮癌についても、詳しい調査を重ねることで、個別化医療・予後改善に一歩ずつ近づいていくことができると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は食道扁平上皮癌に対して根治的化学放射線療法を行った症例における予後予測因子となる分子生物学的バイオマーカーを明らかにするため、治療前の生検検体を用いて免疫染色を行い、p53、MIB-1、HER-2、HIF-1α、CLND-1、CLDN-4、CLDN-5、CLDN-7の発現状況と臨床成績との関係を研究したもので、下記の結果を得ている。

1. 治療前生検検体におけるp53およびHER-2の免疫染色での発現状況は、根治的化学放射線療法後の予後と有意に相関した。全生存率、局所制御率、無病再発生存率のすべてにおいて相関を認めた。p53陽性、HER-2陰性はそれぞれ独立した予後良好因子であった。

2. 治療前生検検体におけるMIB-1およびHIF-1αの免疫染色での発現状況は、根治的化学放射線療法後の予後に明らかな相関を認めなかった。HIF-1αは低酸素環境を示唆するマーカーであり、低酸素環境では一般に放射線治療の効果が低下すると考えられている。しかし、今回の研究ではHIF-1αは有意な治療効果予測因子および予後予測因子とはならなかった。

3. 治療前生検検体におけるCLDN-5の免疫染色での発現状況は、根治的化学放射線療法後の局所制御率と有意に相関した。CLDN-5陰性は独立した局所制御良好因子であり、治療前に治療効果を予測する因子となると考えられた。

4. 食道扁平上皮癌におけるCLDN-1、CLDN-4、CLDN-5、CLDN-7の免疫染色での発現状況を明らかにした。CLDN-1は70%、CLDN-4は22%、CLDN-5は12%、CLDN-7は27%で陽性を示し、CLDN-4とCLDN-5、CLDN-4とCLDN-7の発現状況には有意な相関を認めた。

以上、本論文は食道扁平上皮癌に対して根治的化学放射線療法を行った症例において、p53陽性、HER-2陰性が予後良好因子であり、また、CLDN-5陰性が局所制御良好因子であることを明らかにした。治療方法を化学放射線療法に、また、組織型も扁平上皮癌に限定したうえで93例を対象としており、治療法と組織型を限定した研究としては症例数の多い研究である。また、これまで未知に等しかった、タイトジャンクション構成タンパクであるCLDNの食道扁平上皮癌における発現状況を明らかにした。今後の食道癌における予後予測因子の検討や、分子標的治療などの臨床応用に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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