学位論文要旨



No 129308
著者(漢字) 古山,桂太郎
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ケイタロウ
標題(和) RI標識化癌特異的抗体を用いた腫瘍イメージングおよび放射免疫療法に関する研究
標題(洋)
報告番号 129308
報告番号 甲29308
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4041号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 阿部,裕輔
 東京大学 教授 中島,淳
 東京大学 准教授 瀧本,禎之
 東京大学 講師 増谷,佳孝
 東京大学 講師 山本,希美子
内容要旨 要旨を表示する

放射免疫療法(Radioimmunotherapy, RIT)とは放射性同位元素(RI)で標識した癌特異的抗体を用いた癌治療法であり、抗体に結合したRIからの放射線の細胞障害作用を利用する。放射線をRI標識化抗体が結合した細胞のみならず隣接する他の細胞にも照射することとなり、この作用によって、血管に乏しい腫瘍や付近の腫瘍細胞にも放射線を照射させることが出来る。また、RI標識化抗体は目的病変に特異的に結合する一方で、正常臓器には非特異的集積を認めるもののその程度は低いことから、副作用が少ない治療法として注目されており、実際に悪性リンパ腫に対するRIT薬剤は臨床応用されている。また、RIを変更することによって、RI標識抗体は癌特異的な放射性画像診断薬としても応用可能であり、診断能向上への利用にも期待がかけられている。

そこで、本研究ではRIT創薬の開発を目的として、肝細胞癌および肺小細胞癌の細胞膜表面に特異的に発現が亢進しているROBO1を標的抗原とした抗ROBO1抗体を利用して、担癌マウスをモデル系とした実験を二つのテーマで施行した。一つ目のテーマとして、RIT創薬における小動物用MicroPETを用いたRI標識抗体による腫瘍Imagingの有用性を確認することを目的とした実験を施行した。RIT創薬の流れにおいて、臨床試験の前段階として、モデル担癌動物を用いた核種標識抗体の腫瘍への集積性/薬物体内動態、抗腫瘍効果の評価や毒性試験等が必要であるが、腫瘍への集積性/薬物体内動態評価に関しては、主として、解剖によって摘出した臓器に集積しているRI標識化合物の放射能量をカウントする解剖法が施行されている。しかし、解剖法では、ある一匹の経時変化を追跡できない、大量の飼育数が必要であり動物の犠牲が増えるといった短所があり、生きた状態で腫瘍への集積や薬物体内動態の評価が可能であるin vivo imagingの開発が求められている。その中でモダリティとしては、定量性にも優れるPETが特に有用と考えられることから、本研究ではMicroPETを用いたRI標識抗体による担癌マウスの腫瘍Imagingを施行し、MicroPET ImagingのRIT創薬に対する有用性を評価した。対象腫瘍として肝細胞癌を用いて、ポジトロン核種(64)Cu標識抗ROBO1抗体による腫瘍Imagingを施行し、標的腫瘍組織、主要臓器への集積程度および生体内分布の経時的変化を確認し、解剖法の結果と比較することで、MicroPET Imagingの有用性を評価した。二つ目のテーマとして、肺小細胞癌に対するRIT創薬の開発を目的として、担癌マウスをモデル系とした実験を施行した。肺小細胞癌は原発性肺癌の10-15%を占め、進行が早く、全身に拡がりやすい特徴があり、難治性の癌として知られている。従って、現状の薬物療法や放射線外照射療法とは異なった治療法の開発が求められており、肺小細胞癌に対する新規なRIT製剤の開発は実臨床にも貢献出来ると考えられる。実際には、肺小細胞癌の細胞膜表面に特異的に発現しているROBO1抗原に対する抗ROBO1抗体を調製し、最初にポジトロン核種(64)Cu標識抗ROBO1抗体を用いたMicroPETによる腫瘍イメージングを施行して、腫瘍への抗体の集積をin vivoで確認した後、β線放出核種(90)Y標識抗ROBO1抗体によるRITを施行し、肺小細胞癌に対する抗腫瘍効果達成の有無を確認した。また、血球数測定によるRITによる副作用の評価、(90)Y標識抗ROBO1抗体の追加投与による抗腫瘍効果改善への検討、(18)F-FDG PET Imagingを用いた抗腫瘍効果の評価に関する実験も施行した。

RIT創薬における小動物用MicroPETを用いたRI標識抗体による腫瘍Imagingの有用性の確認を目的とした実験の結果に関しては、まず(64)Cu標識抗ROBO1抗体による肝細胞癌担癌マウスのPET Imagingを投与後から72時間後まで施行したところ、移植されている腫瘍に核種が徐々に集積されることをPET画像上認め、(64)Cu標識抗ROBO1抗体の腫瘍への集積が確認された。一方、72時間後でも心内腔血液プールおよび大血管が描出されたことから、核種の血中滞留性が高いことが示唆され、RIT時においては骨髄などへの長期的被曝が懸念された。

次に(64)Cu標識抗ROBO1抗体の肝細胞癌担癌マウス中の体内動態を解剖法によって評価し、腫瘍、肝臓などにおける動態挙動をPET Imagingおよび解剖法で比較したところ、両者より算出された腫瘍と肝臓への集積程度に概ね有意差を認めなかった。このことより、RITにおける標識化抗体の集積程度の評価において、PET Imagingから得られる集積評価は体内動態解析の標準的な方法である解剖法と同等の結果が得られる可能性が示された。

続いて、(111)In標識抗ROBO1抗体の肝細胞癌担癌マウス中の体内動態解析を解剖法によって施行したところ、(111)In標識抗ROBO1抗体の解剖法から得られた腫瘍への集積程度は、(64)Cu抗ROBO1抗体を用いたPET Imagingから得られた集積程度と有意差はなかった。このことから、(111)In標識化抗体の解剖法による体内動態解析がRITで用いられる(90)Y標識化抗体の体内動態評価目的に標準的に施行されている実際において、(64)Cu標識化抗体のPET Imagingから得られる腫瘍への集積の定量データが、抗体のアフィニティ能評価やRIT時の腫瘍の被曝放射線量の算出にも適応出来る可能性が示唆された。一方、(111)In標識抗ROBO1抗体の血中における滞留は10日間以上遷延しており、RIT時の骨髄への長期的被曝が予見される結果も得られた。

肺小細胞癌に対するRIT創薬の開発を目的としたテーマに関する実験の結果は、まず(64)Cu標識抗ROBO1抗体による肺小細胞癌担癌マウスのPET Imagingを投与72時間後まで施行したところ、肝細胞癌担癌マウスに投与した際と同様に、腫瘍への核種の集積が徐々に増強していることを認め、(64)Cu標識抗ROBO1 抗体の腫瘍への集積が確認された。一方、72時間後でも心内腔血液プールの描出を認め、核種の血中滞留の遷延も確認した。

PET Imaging によって、肺小細胞癌腫瘍への抗ROBO1抗体の集積が確認されたことを踏まえて、RITとして、肺小細胞癌担癌マウスに(90)Y標識抗ROBO1 抗体0.18mCiを投与して、腫瘍体積の経時変化を確認したところ、Control群の腫瘍はいずれも増大傾向を呈していたのに対し、RIT群の腫瘍はいずれも著明な縮小を認めたことから、RITによる抗腫瘍効果の達成が確認された。

RIT群の血球に関しては、経過中に赤血球、白血球、血小板のいずれの減少を認め、特に血小板の減少が目立った。これら血球減少は、PET Imagingで示された核種の血中の長期滞留によって生じた骨髄への被爆が原因と考えられた。

次に、RI非標識化抗ROBO1抗体投与による抗腫瘍効果を確認したところ、Control群と同等の腫瘍増殖挙動を示し、抗腫瘍効果は確認されなかった。この結果より、この系では抗ROBO1抗体自体による抗腫瘍効果は有しておらず、RITによる抗腫瘍効果は(90)Yからの照射によってのみ生じたと考えられた。また、(90)Y標識抗ROBO1抗体の投与放射能量を変化させてRITを施行したところ、投与放射能量を増加させるにつれ、抗腫瘍効果が向上し、抗腫瘍効果の放射能量依存性が確認された。

また、ROBO1にaffinityがない抗体である抗gp64抗体を用いて、PET Imagingおよび解剖法によって、RI標識抗ROBO1抗体とRI標識抗gp64抗体の腫瘍への集積程度を測定したところ、いずれも、RI標識抗ROBO1抗体の方が集積は高かった。更に肺小細胞癌担癌マウスに(90)Y標識抗gp64 抗体を投与しても抗腫瘍効果が確認されたが、(90)Y標識抗ROBO1抗体によるRITがもたらす抗腫瘍効果の方が有意差をもって(90)Y標識抗gp64抗体投与による抗腫瘍効果より高かったことから、ROBO1抗原と抗ROBO1抗体のaffinity結合に起因した腫瘍への被曝による抗腫瘍効果の達成が確認された。

続いて、抗腫瘍効果の改善に向けて(90)Y標識抗ROBO1抗体の再投与を一回目投与の21日後に施行したところ、追加投与によって、腫瘍の再縮小が達成され、マウス生存期間延長が可能となった。

最後に、細胞の糖代謝を評価するトレーサである(18)F-FDGを用いて、RIT施行マウスの(18)F-FDG PET Imagingを施行し、その腫瘍への集積程度からRITの抗腫瘍効果を評価した。その結果、RIT群は腫瘍体積の減少につれて(18)F-FDGの集積は減少していき、抗腫瘍効果を(18)F-FDGの集積程度でも確認することが可能となった。

以上、本研究では、RIT創薬の開発を目的として、まず(64)Cu標識抗ROBO1抗体を用いて、肝細胞癌担癌マウスのMicroPETによる腫瘍/生体内分布イメージングを施行し、MicroPET Imagingによる(64)Cu標識化抗体の体内動態評価がRIT創薬の開発において基盤的情報を与える可能性を示した。また、MicroPET Imagingによって、(64)Cu標識抗ROBO1抗体の肺小細胞癌細胞への集積を確認した後、(90)Y標識化抗ROBO1抗体を用いたRITによる肺小細胞癌細胞に対する抗腫瘍効果を達成し、(90)Y標識抗ROBO1抗体を用いた肺小細胞癌へのRIT創薬の可能性も示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は放射免疫療法(Radioimmunotherapy, RIT)創薬の開発を最終的な目標として、担癌マウスをモデル系とした実験を二つのテーマで施行したものであり、下記の結果が得られている。RITとは放射性同位元素(RI)で標識した癌特異的抗体を用いた癌治療法であり、抗体に結合したRIからの放射線の細胞障害作用を利用する。また、本研究における癌特異的抗原としては、肝細胞癌および肺小細胞癌の細胞膜表面に特異的に発現が亢進しているROBO1を標的抗原とし、それに対する抗ROBO抗体を用いて研究を進めた。

1. RIT創薬における小動物用MicroPETを用いたRI標識抗体による腫瘍Imagingの有用性を確認することを目的としたテーマで実験を行った。

まず、ポジトロン核種(64)Cu標識抗ROBO1抗体による肝細胞癌担癌マウスのPET Imagingを施行した結果、マウスに移植されている肝細胞癌腫瘍への核種の集積が徐々に増強されていることをPET画像上認め、(64)Cu抗ROBO1抗体の腫瘍への集積が確認された。一方、PET画像より、核種の血中滞留性は高いことも示唆され、RIT時においては骨髄などへの長期的被曝が懸念される結果も得られた。

次に(64)Cu標識抗ROBO1抗体の肝細胞癌担癌マウス中の体内動態を解剖法によって評価し、腫瘍、肝臓などにおける動態をPET Imagingおよび解剖法で比較したところ、両者より算出された腫瘍と肝臓への集積程度に概ね有意差を認めなかった。この結果より、RITにおける標識化抗体の集積程度の評価において、PET Imagingから得られる結果は体内動態解析の標準的な方法である解剖法と同等の結果が得られる可能性が示された。

続いて、(111)In標識抗ROBO1抗体の肝細胞癌担癌マウス中の体内動態解析を解剖法によって施行したところ、(111)In標識抗ROBO1抗体の解剖法による腫瘍への集積値は、(64)Cu標識抗ROBO1抗体を用いたPET Imagingから得られた集積程度と有意差がない結果が得られた。この結果より、(111)In標識化抗体の解剖法による体内動態解析がRIT時に用いられるβ線放出核種(90)Y標識化抗体の体内動態評価目的に標準的に施行されている実際において、(64)Cu標識化抗体のPET Imagingから得られる腫瘍への集積の定量データが、抗体のアフィニティ能評価やRIT時の腫瘍の被曝放射線量の算出にも適応出来る可能性が示唆された。

2. 肺小細胞癌に対するRIT創薬の開発を目的としてテーマで、肺小細胞癌担癌マウスをモデル系とした実験を行った。

最初に、(64)Cu標識抗ROBO1抗体による肺小細胞癌担癌マウスのPET Imagingを施行したところ、肝細胞癌担癌マウスに投与した際と同様に、肺小細胞癌腫瘍への核種の集積が徐々に増強されていることを確認したが、核種の血中滞留性が高いことも示唆する結果も得られた。

PET Imaging によって、肺小細胞癌腫瘍への抗ROBO1抗体の集積が確認されたことより、RITとして、肺小細胞癌担癌マウスに(90)Y標識抗ROBO1抗体 0.18m Ciを投与して、腫瘍体積の経時変化を確認したところ、Control群の腫瘍はいずれも増大傾向を呈していたのに対し、RIT群の腫瘍はいずれも著明な縮小を認めたことから、本研究の系におけるRITによる抗腫瘍効果の達成が確認された。一方、RIT群には経過中に血球減少が観察され、PET Imagingで示された核種の血中の長期滞留によって生じた骨髄への被爆が原因と考えられた。更に、(90)Y標識抗ROBO1抗体の投与放射能量を変化させてRITを施行したところ、投与放射能量を増加させるにつれ、抗腫瘍効果が上昇し、抗腫瘍効果の放射能量依存性も確認された。

また、ROBO1にaffinityがない抗体である抗gp64抗体を用いて、PET Imagingおよび解剖法によって、RI標識抗ROBO1抗体とRI標識抗gp64抗体の腫瘍への集積程度を測定したところ、いずれも、RI標識抗ROBO1抗体の方が集積は高かった。更に肺小細胞癌担癌マウスに(90)Y標識抗gp64 抗体を投与しても抗腫瘍効果が確認されたが、(90)Y標識抗ROBO1抗体によるRITがもたらす抗腫瘍効果の方が有意差をもって(90)Y標識抗gp64抗体投与による抗腫瘍効果より高かったことから、ROBO1抗原と抗ROBO1抗体のaffinity結合に基づく腫瘍への被曝による抗腫瘍効果の達成が確認された。

続いて、抗腫瘍効果の改善に向けて(90)Y標識抗ROBO1抗体の再投与を一回目投与の21日後に施行したところ、追加投与によって、腫瘍の再縮小が達成されたため、マウス生存期間延長が可能となった。

最後に、細胞の糖代謝を評価するトレーサである(18)F-FDGを用いて、RIT施行マウスのPET Imagingを施行し、その腫瘍への(18)F-FDGの集積程度からRITの抗腫瘍効果を評価した。その結果、RIT群は腫瘍体積の減少につれて(18)F-FDGの集積は減少していき、抗腫瘍効果を(18)F-FDGの集積程度でも確認することが可能となった。

以上、本論文では、RIT創薬の開発を目的として、まず(64)Cu標識抗ROBO1抗体を用いて、肝細胞癌担癌マウスのMicroPETによる腫瘍/生体内分布イメージングを施行し、MicroPET Imagingによる(64)Cu標識化抗体の体内動態評価がRIT創薬の開発において基盤的情報を与える可能性を示した。また、MicroPET Imagingによって、(64)Cu標識抗ROBO1抗体の肺小細胞癌細胞への集積を確認した後、(90)Y標識化抗ROBO1抗体を用いたRITによる肺小細胞癌細胞に対する抗腫瘍効果を達成し、(90)Y標識抗ROBO1抗体を用いた肺小細胞癌へのRIT創薬の可能性も示した。この二つの成果は、RIT創薬に大きな貢献を与えるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク