学位論文要旨



No 129310
著者(漢字) 三木,聡一郎
著者(英字)
著者(カナ) ミキ,ソウイチロウ
標題(和) MRアンジオグラフィーを用いた脳動脈瘤コンピュータ支援検出の日常臨床における有用性
標題(洋)
報告番号 129310
報告番号 甲29310
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4043号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 國松,聡
 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 講師 森,墾
 東京大学 講師 辛,正廣
内容要旨 要旨を表示する

クモ膜下出血(subarachnoid hemorrhage, SAH)は,現在の医療水準においても,ひとたび発症すれば致死的な経過をたどるか,重度の障害を残すことが多い疾患である.SAHのマネージメントにおいては,SAHの危険因子の除去による発症自体の予防,特に未破裂動脈瘤の検索と治療が,臨床的に重要な意義を占めている.とりわけ,日本においてはいわゆる脳ドックの一環として,無症状の患者に対して幅広い施設でスクリーニングMRAが施行されている.

未破裂動脈瘤の初期検出は,現在では大部分がtime-of-flight (TOF) 法を用いた非造影によるMRアンジオグラフィー(MRA)によってなされている.これは日常臨床で広く施行されている検査であるが,MRAによる脳動脈瘤の感度は,報告されている限り十分とはいえない.診断精度を上げるために軸位断の元画像の読影が推奨されるようになっており,読影に要する時間も以前より延長する傾向にある.

このため脳動脈瘤に対するコンピュータ支援検出(computer-assisted detection, CAD)の臨床応用が期待されている.脳動脈瘤CADのアルゴリズムは複数報告されているが,実際に放射線科医がCADを併用した読影を行なってその有用性を評価した報告は限られている.かつ,それらの既存の実験では,放射線科医は1.5Tの(最新世代ではない)MRI装置で,最大値投影 (maximum intensity projection, MIP) 画像のみを用いた読影を行なっており,現在の日常臨床の現状に沿った最良のパフォーマンスを発揮できていなかった可能性がある.加えて,人工的な読影実験では比較的サイズの大きい動脈瘤が高頻度で現れるため,observer expectation biasが入り込む可能性があるほか,laboratory effect として知られる読影医の集中力の差が現れる可能性もある.従って読影実験のみではなく日常の臨床現場において実際に脳動脈瘤CADを長期的に使用することによる評価が望ましいが,このような経験は,これまで報告されていなかった.

そこで,本研究では,脳動脈瘤CADの日常臨床における有用性を,実際の放射線科医のCAD併用読影によって評価することを目的とする.

最初の実験では,検診を受診した成人男女のMRA画像に対して東京大学医学系研究科で開発された脳動脈瘤CADを逐次実行し,その性能と,CADの放射線科医におよぼす影響について評価を行った.

読影の対象となったのは東京大学医学部附属病院22世紀医療センター・コンピュータ画像診断学/予防医学講座附設の検診施設にて,スクリーニング目的のMRA検査を受けた成人男女である.2010年10月から2012年1月までに同施設で検診を受けた連続2,473名のうち,「同施設の初回受診者であること」「MRA検査を含んだ検診プログラムを完遂したこと」「既知の脳動脈瘤がないこと」を基準として症例を選択した.全例において,GE Healthcare社製,3.0Tの超高磁場MRI診断装置を用いたMRA画像が撮像され,診療放射線技師によってvolume rendering (VR) 画像が再構成された.

放射線科医の検出能とCADの性能とを同時に計測するために,東京大学医学部附属病院放射線科で開発されているWebベースの臨床CAD サーバーソフトウェアである「CIRCUS CS」を用いた.このソフトウェアは,MRI 装置などのモダリティから直接転送されたDICOM画像に逐次的にCAD処理を行って結果を表示する.さらに結果を参照する放射線科医からフィードバックを取得する機能を有している.放射線科医は,このシステム上で動作するCADが出力したそれぞれの病変候補に対して, "known TP" (CADを参照する前から放射線科医が認識していた真病変), "missed TP" (CAD参照前に放射線科医が認識していなかった真病変), "FP" (CADの偽陽性), "pending" の4つのいずれかに分類することで,フィードバックを与えた.

期間中の全症例に対して,2名の放射線科医が独立した読影とCAD結果参照,フィードバック入力を行い,その経過を個人の診断として,サーバ上に記録した.2名の読影医はそれぞれの個人レポートを確定後に,互いの個人レポートと,さらに別途放射線科技師の作成したレポートを参考にしながら,合議の元で最終診断のレポートを作成した.本研究ではこの最終診断の結果をreference standardとして用いて,動脈瘤検出における放射線科医およびCADの性能を評価した.CADの参照によって放射線科医の診断が変化した例,つまりフィードバック入力時に "missed TP" が押されていた症例について検討し,CADが放射線科医にどの程度の有用性(あるいは過剰診断による有害な影響)をもたらしているかを定量的に評価した.

結果,選択基準を満たして解析対象となった843名(男性480名,女性363名,中央年齢55歳)のうち,合計69名から73個の動脈瘤が,最終診断で同定された.

これらをreference standardとして用いた場合,CADシステムは73個中55個(75%)の動脈瘤を病変候補として正しく提示していた.一方で人間の放射線科医は,CAD参照前の時点で,73個の動脈瘤に対する146回の独立した読影のうち92回(63%)で,正しく動脈瘤を検出した.すなわち,当研究室で開発されたCADは,人間の放射線科医に匹敵する病変検出能を有していた.

のべ1,686回の読影に含まれていたのべ146個の動脈瘤のうち,放射線科医がCADを参照することで個人の診断を変更し,新たに発見した動脈瘤("missed TP")は9個であった.CAD 参照前と比較して,10%多くの動脈瘤を診断できたことに相当する.一方で,CAD が正しい動脈瘤を提示しても,放射線科医が診断を変えない例が多く,これらの例では,合議で所見を統合する段階で,初めてもう一方の放射線科医に指摘されて脳動脈瘤に気づくことが多かった.

CADを見ることで診断が変更された10回のうち9回では,最終診断でも「動脈瘤あり」とされた(有用な影響)が,残り1回では,CADを見ることで新たに個人が診断した動脈瘤が最終診断で却下されており,CADが過剰診断という有害な影響をもたらしたものであった.有用な影響を及ぼした回数は,有害な影響を及ぼした回数より有意に多かった(p=0.02; 二項検定).また,放射線科医の特異度はCADの使用によってほとんど低下しなかった.

以上のように,当科で開発された脳動脈瘤CADは,日常臨床において,放射線科医に対して一定の有用性を有していることが確認された.しかしCADを見ても脳動脈瘤が見逃されている例はかなり多く,今後はより効率的で説得力のある病変提示の方法について改善することが望まれる.

研究の次のステップとして,この脳動脈瘤CADおよびCIRCUS CSシステムの有用性を,遠隔読影環境においても検証するため,ジェイマックシステム社・イーサイトヘルスケア社が運用する遠隔読影システムと統合したCAD環境を構築した.この目的を実現するために,CIRCUS CSに複数のプログラム上の改善を施し,撮影後に遠隔読影環境に転送された臨床画像に対して自動的にCADが実行されるようにした.

新たにデータセンターに設置したサーバ上で2011年9月からデータ収集を開始し,2012年3月末までに,日本各地の5つの病院・診療所で撮影された5,000件あまりのMRA画像に対して脳動脈瘤CADを実行することができ,期間中のほぼ安定した動作を得ることができた.これまで敷居が高かったCADが,遠隔読影システムと組み合わせることで比較的安価かつ簡便に実行できるようになった意義は大きいと考えられる.

初期検討では脳動脈瘤CADの見かけ上の感度(フィードバックを入力した1名の放射線科医の診断を基準として,CADが真病変を正しく提示できた割合)は66%であり,東大病院内検診施設で得られたCADの性能よりも若干低かった.この原因のうち少なくとも一部は,MRI撮像装置の違いによる画像の特性の差によると考えられ,今後,今回得られた症例を用いた追加学習による病変検出能の改善が期待される.一方で,放射線科医により1 つ以上の病変候補が"missed TP"と分類された症例は20症例であり,有病症例222 症例のうちの9.0%がこれに該当した.すなわち,放射線科医が動脈瘤ありと診断する症例の数は,CADを併用した効果によって約11%増加しており,自覚的にCADを有用と感じる割合は,東大病院内検診施設での結果とほぼ同様であった.

今後の研究では,脳動脈瘤CADを含んだCIRCUS CSシステムを継続的に日常臨床で使用し,さらなる症例の蓄積を進めていく.そこで得られたフィードバックを用いて,放射線科医の見逃し傾向の解析や,見逃し傾向を踏まえてより効率的な病変提示を行う効果について検討していく予定である.

審査要旨 要旨を表示する

MRアンジオグラフィー(magnetic resonance angiography, MRA)による脳動脈瘤の検出は,日常臨床で広く施行されている検査であるが,感度は十分とはいえない.このためコンピュータ支援検出(computer-assisted detection, CAD)の臨床応用が期待されている.本研究では,脳動脈瘤のCAD技術が,日常臨床においてどのような有用性を及ぼすかを定量的に評価した.

まず,東京大学医学部附属病院放射線科で開発された脳動脈瘤CADソフトウェアを,東京大学医学部附属病院22世紀医療センター~コンピュータ画像診断学/予防医学講座に附設の検診施設にて検診を受診した成人男女のMRA画像に対して逐次実行し,その性能と,CADの放射線科医の読影におよぼす影響について評価を行った.期間中の全症例に対してそれぞれ2名の放射線科医が独立して読影とCAD参照読影を行い,合意による最終診断を基準として,放射線科医の診断能およびCADの病変検出性能を同時に計測する方法を採った.結果,以下の新たな知見を得た.

1. 本研究で用いた脳動脈瘤CADは,放射線科医の感度(63%)に匹敵する割合(75%)で,正しい病変を提示できた.放射線科医・CADのいずれも,大きな病変に対する検出能は,小さな病変に対する検出能よりも高かった.

2. 放射線科医はCADを参照することで,CAD参照前より10%多くの動脈瘤を診断することができた.

3. CADが提示する偽陽性病変のほとんどは,放射線科医によって容易に却下されていた一方で,CADが正しい動脈瘤を提示しても,放射線科医が診断を変えない例がしばしば見られた.

次に,この脳動脈瘤CADの有用性を多施設において検証するため,CADシステムを既存のアプリケーションサービスプロバイダ型遠隔読影システムと統合し,CADソフトウェアが自動実行されるようにした.2011年9月から運用を開始し,1年余りの稼働実績を得た.見かけ上のCADの感度は,院内での経験と比べるとやや低めに留まったものの,放射線科医が動脈瘤を診断する割合は約10%向上しており,引き続き放射線科医に対する一定の有用性が示唆された.

以上,本論文は,脳動脈瘤に対するCAD技術が放射線科医にとって有用に働くことを,日常臨床環境における長期評価において明らかにした初の研究であり,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク