学位論文要旨



No 129311
著者(漢字) 和田,正吾
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,ショウゴ
標題(和) 骨格筋可塑性制御におけるmiR-23の機能とその転写調節機構の解析
標題(洋)
報告番号 129311
報告番号 甲29311
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4044号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 桐生,茂
 東京大学 准教授 伊藤,大知
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 山梨,裕司
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

骨格筋は動物における能動的な身体運動に与る器官である.骨格筋は運動によるメカニカルストレスや諸々の環境要因を感知して,適応を図る可塑性を有している.骨格筋の可塑性は量的な可塑性と機能的な可塑性に区分できる.

筋の量的な可塑性とは,骨格筋の肥大と萎縮である.骨格筋の肥大はその機能的側面から好ましい変化であるが,骨格筋の萎縮は種々の疾病に伴って進行し,ヒトの身体運動機能を低下させることからその抑制が求められる.筋の肥大と萎縮は,骨格筋線維内のタンパク質合成と分解のバランスによって制御される. PI3K-Aktシグナルによって亢進するタンパク質合成は筋肥大を誘導する.一方,筋萎縮では,筋特異的ユビキチンリガーゼAtrogin-1とMuRF1が制御するユビキチン-プロアソーム経路に依存的なタンパク質分解が重要な役割を担う.

持久性運動によって骨格筋の疲労耐性が向上することは広く知られている.筋の運動適応においては,筋の量的な可塑性に加え,機能的な可塑性,すなわち筋収縮代謝特性の可塑性が重要な役割を担っている.骨格筋を構成する筋線維はその収縮代謝特性によって,遅筋線維と速筋線維とに区分される.遅筋線維はゆっくりとした収縮特性を持ち,酸化的代謝に優れる.一方,速筋線維は速い収縮特性を持ち,解糖的代謝が優位である.持久性運動を行うと,遅筋線維が増加し,筋の疲労耐性や酸化的代謝能力が向上する.筋線維の収縮特性は発現するミオシン重鎖のアイソフォームによって制御され,代謝特性はミトコンドリア量によって制御される.

このように骨格筋可塑性は,筋線維の構造と機能のダイナミックな変化によって保障され,これは広範な遺伝子の発現が統合的に制御されることによって達成されている.これまでの研究により,骨格筋可塑性制御にとってボトルネックとなるいくつかの分子の存在が明らかにされてきた.骨格筋可塑性に関与する多くのシグナル伝達経路は,これらの分子に集約され,遺伝子群の発現変化が惹起されることで,骨格筋可塑性が制御されるというモデルが提唱されている.

近年の研究技術の革新によって,ゲノムの大部分がRNAに転写され,さらに,多様な転写産物の大部分はタンパク質をコードしないnon-coding RNAであることが明らかとなった.このうち~22塩基からなる低分子non-coding RNAの一種であるmicroRNA (miRNA) は,遺伝子発現の抑制機構として,その機能的重要性が注目を集めてきた.miRNAは,特定のmRNAの3' 非翻訳領域(3' untranslated region: 3'UTR)に対する部分的な配列相補性を介してこれらと相互作用し,その発現を抑制する.miRNAはこれまでに発生,病態など様々な生命現象への関与が報告されており,その重要性は広く知られている.筋においても,筋特異的miRNAを始めとして複数のmiRNAが筋の発生やストレス応答などへ関与することが報告されている.また,一部のmiRNAは遅筋と速筋で発現パターンが異なり,それらが骨格筋可塑性制御に重要な役割を持つことが報告されている.

本研究では,骨格筋可塑性を制御する新しいメカニズムとしてmiRNAによる遺伝子発現制御に着目し,その機能解析を行った.まず,マイクロアレイ解析により,miRNAの発現パターンを遅筋と速筋で比較した.その結果,miR-23aおよびmiR-23bを含む複数のmiRNAが遅筋優位に発現することが明らかとなった.miR-23は骨格筋における機能解析の報告がないmiRNAであり,かつ骨格筋可塑性制御に重要な複数の分子をターゲットしていることが示唆された.本研究ではmiR-23の骨格筋可塑性制御における機能を解析することを目指した.

結果および考察

miR-23aと筋萎縮抵抗性

miR-23がターゲットするmRNAについてデータベース検索した結果,筋特異的ユビキチンリガーゼAtrogin-1,MuRF1がそのターゲット候補として検出された.miR-23がこれらユビキチンリガーゼの発現を抑制するのであれば,miR-23は筋萎縮抵抗性を誘導する機能を持つと予想された.始めにAtrogin-1, MuRF1の3' UTRに存在するmiR-23のターゲットサイト配列を組み込んだレポーターベクターとmiR-23a発現ベクターを細胞に導入し,そのレポーター活性を解析した.その結果,miR-23aはターゲットサイト依存的にAtrogin-1,MuRF1遺伝子の発現を抑制する可能性が示唆された.また,骨格筋培養細胞およびマウス骨格筋へmiR-23a発現ベクターを導入したところ,miR-23aは糖質コルチコイドによる筋萎縮を抑制した.Atrogin-1, MuRF1の発現ベクターをmiR-23a発現ベクターとともにマウス骨格筋へ導入した実験により,miR-23aは両遺伝子の3' UTR依存的に筋萎縮を抑制することが示された.次にmiR-23と筋萎縮抵抗性の関係について,miR-23aトランスジェニック(Tg)マウスの作出を通じて検討した結果,miR-23aは筋萎縮抵抗性を誘導しうることが明らかとなった.

PGC-1αはミトコンドリア量の調節に必要な転写調節因子のコアクチベーターとして機能し,筋代謝特性の可塑性制御において中心的な役割を担う.データベース検索の結果,PGC-1αの3' UTRにはmiR-23のターゲット配列が複数存在することが分かった.miR-23a Tgマウスの骨格筋を解析した結果,miR-23aは遅筋特異的にPGC-1αの発現を抑制し,ミトコンドリア量の減少をもたらすことが示された.そこで,筋の運動適応におけるmiR-23aの機能を検討するため, miR-23a Tgマウスを自発走運動に供した. miR-23a Tgマウスの遅筋では,自発走運動後も依然としてPGC-1αの発現が野生型マウスに比べて低く,かつミトコンドリア量も低下したままであった.一方,miR-23a Tgマウスの速筋では,自発走運動後,適応的にPGC-1αの発現とミトコンドリア量が増大し,その程度において野生型マウスとの間に有意な差は認められなかった.ゆえに,miR-23aによるPGC-1αの発現制御とミトコンドリア量調節は遅筋に特有のメカニズムである可能性が示唆された.次に,ミオシン重鎖アイソフォームの発現パターンを指標に,miR-23a Tgマウスの筋収縮特性の可塑性を解析した.その結果,miR-23a Tgマウスの骨格筋では自発走運動後,適応的に遅筋線維の割合が増大しており,野生型マウスとの間に有意な差は見いだされなかった.ゆえにmiR-23aは,筋収縮特性の可塑性制御には関与しないことが示された.

miR-23aクラスターならびにmiR-23bクラスターの転写制御

miR-23には,miR-23aとmiR-23bのアイソフォームが存在する.それぞれのmiR-23はmiR-27, miR-24とクラスター(miR-23クラスター)を構成し,これら三つのmiRNAは共通の転写産物からプロセシングを経て発現する.miR-23クラスターのmiRNAはいずれも遅筋優位な発現パターンを示したことから,これらの転写産物の発現量を遅筋と速筋において比較した.その結果,miR-23aとmiR-23bクラスターはともに転写レベルで遅筋優位な発現パターンを示すことが明らかになった.そこで両miR-23クラスターのプロモーター解析を通じて,その遅筋優位な転写制御機構について検討した.

miR-23aクラスターのプロモーター領域は先行研究により同定されていたが,miR-23bクラスターのプロモーター領域の解析は十分に行われていなかった.miR-23bクラスターは,2010111I01Rik-201(Rik-201)の第15イントロンにコードされていることが報告されていたため,その転写はRik-201の転写に依存するものと考えられた.Rik-201の転写動態を解析した結果,Rik-201の第11エクソン上流に新規プロモーター領域(ExP)が見いだされ,これが骨格筋においてRik-201の主要な転写を担うと考えられた.miR-23aクラスターのプロモーターレポーターベクターおよびRik-201のExPレポーターベクターを遅筋および速筋に導入したところ,両プロモーターレポーターはともに遅筋優位な転写活性を示した.プロモーターレポーターの欠損型変異体を用いた解析の結果,miR-23aクラスターのプロモーターについては上流130b以内に遅筋優位な転写を制御する領域が存在することが示唆された.一方,Rik-201 ExPの遅筋優位な転写活性は,Sp1/KLF family転写調節因子が結合するCACC boxによって制御されていることが明らかになった.

また,miR-23bクラスターは骨格筋分化に伴い発現が増大した.RT-PCRによりmiR-23bクラスターの転写動態を解析した結果,筋分化に伴いRik-201に依存しない転写産物(pri-miR-23b)の発現が強く誘導されていた.その際,pri-miR-23b はmiR-23bクラスターがコードされているRik-201の第15イントロン内に存在する新規プロモーター領域(IntP)によって転写調節される可能性が示唆された.IntPレポーターの欠損型変異体を用いた解析の結果,筋分化に伴うIntPの転写活性の増大はMyoDによる制御を受けている可能性が示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は遅筋優位な発現パターンを示すmicroRNA(miRNA)、miR-23に着目して、その骨格筋可塑性制御における機能と転写調節機構について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.遅筋-速筋間において発現レベルの異なるmiRNAをマイクロアレイ解析によって網羅的にスクリーニングし、miR-23およびそのクラスターmiRNAが遅筋優位な発現を示すmiRNAであることを見いだした。

2.筋萎縮の原因遺伝子として知られる筋特異的ユビキチンリガーゼAtrogin-1およびMuRF1の3' 非翻訳領域(3' UTR)にmiR-23のターゲット配列が存在することを見いだした。それぞれのターゲット配列をルシフェラーゼORF下流にサブクローニングしたレポーターを用いて、miR-23の発現が各ターゲット配列依存的にレポーター活性を低下させることを示した。さらに、miR-23が両遺伝子のタンパク質発現をそれぞれの3' UTR依存的に抑制することを示した。

3.miR-23の強発現が筋萎縮を抑制することを、デキサメタゾンを用いたin vitroの筋萎縮モデルで示した。また、Atrogin-1とMuRF1の強発現ベクターを生体骨格筋に導入した場合に誘導される筋萎縮をmiR-23の強発現が抑制し、更にその機構が両遺伝子の3' UTR依存的であることを示した。

4.miR-23トランスジェニックマウスを作出し、これが複数の筋萎縮モデル(デキサメタゾン投与、除神経)に対して筋萎縮抵抗性を示すことを見いだし、miR-23がin vivoにおいても筋萎縮を抑制する機能を持つことを示した。

5.骨格筋代謝特性の制御キー遺伝子であるPGC-1αの3' UTRに、miR-23のターゲット配列が複数存在することを見いだし、このターゲット配列依存的にmiR-23がPGC-1αの発現を抑制しうることをレポーター実験によって示した。

6.miR-23トランスジェニックマウスの遅筋特異的にPGC-1αとミトコンドリア関連遺伝子の発現が低下することをウェスタンブロットにより確認し、miR-23が遅筋特異的なミトコンドリア量抑制因子として機能しうることを見いだした。

7.miR-23およびそのクラスターmiRNAが遅筋優位な発現パターンを示すメカニズムを解析した。miR-23はmiR-27, 24とともにクラスターを構成し、さらにほ乳類においては、miR-23a, bクラスターが存在する。両クラスターの一次転写産物がともに遅筋優位な発現を示したことから、転写レベルの調節がmiR-23の遅筋優位な発現パターンを規定するものと考えられた。そこで、プロモーターレポーターアッセイによってmiR-23の転写調節機構を解析した。miR-23bクラスターは機能未知の遺伝子2010111I01Rik-201(Rik-201)の第15イントロン内にコードされ、その転写を一部ホスト遺伝子に依存する。そこで、Rik-201の新規プロモーター領域(ExP)を同定/クローニングし、プロモーターレポーターベクターを作製した。プロモーターレポーターベクターを遅筋と速筋に導入してレポーターアッセイを行い、ExP上に存在するCACC boxが遅筋優位なRik-201の転写活性に必要なエレメントであることを同定した。CACC boxはホスト遺伝子の転写調節を介して、miR-23bクラスターの遅筋優位な発現に寄与すると考えられた。

8.miR-23aクラスター、miR-23bクラスターの骨格筋分化に伴う発現変動をin vitroの筋分化モデルを用いて解析したところ、miR-23bクラスターのみが筋分化に伴って発現増大することが見いだされた。さらにその転写様式はホスト遺伝子に依存せず、イントロン内に存在するmiR-23bクラスター独自のプロモーター(IntP)に依存する様式であると考えられた。プロモーターレポーターアッセイの結果、IntPの活性はMyoDによる調節を受けることが示され、筋分化に伴う転写活性の増大との関連が示唆された。

以上、本論文は遅筋優位に発現するmiR-23が骨格筋萎縮を抑制する機能を持つこと、ミトコンドリア量を抑制する機能を持つことを明らかにし、その遅筋優位な発現をもたらす転写調節機構においてCACC boxの関与を見いだした。本研究はこれまで明らかにされてこなかった骨格筋可塑性制御におけるmiRNAの機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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