学位論文要旨



No 129313
著者(漢字) 太向,勇
著者(英字)
著者(カナ) タイコウ,イサム
標題(和) ハイスループットRNAiライブラリー構築技術の開発とカルシウムシグナル関連遺伝子探索への応用
標題(洋)
報告番号 129313
報告番号 甲29313
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4046号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 松島,網治
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 准教授 河崎,洋志
内容要旨 要旨を表示する

背景

RNAiはsiRNAやshRNAと呼ばれる20 bp程度の短い2本差RNAを細胞に導入することで配列特異的に遺伝子のmRNAが切断される現象である。RNAiを用いた遺伝子のノックダウンは遺伝子を簡便にノックダウンする方法として生命科学分野の研究ツールとして定着しており、ゲノムワイドなsiRNAやshRNAのコレクション (ゲノムワイドRNAiライブラリー) が構築されている。RNAiはその簡便さからRNAiスクリーンと呼ばれる網羅的な遺伝子の探索法にも応用されている。RNAiスクリーンによって様々な遺伝子の機能が明らかにされて一定の成果を上げているが、標的遺伝子の不十分なノックダウンによる偽陰性が問題になっている。RNAiのノックダウン効果は用いるsiRNAやshRNAの配列に大きく依存しているが、ノックダウン効果を規定する因子については詳しく解明されておらず、ノックダウン効果の高い配列を理論的に予測することは難しい。このため、現状のゲノムワイドRNAiライブラリーには、ノックダウン効果が低い配列も含まれてしまい、偽陰性が生じる要因となっている。ノックダウン効果の高い配列をゲノム上の全の遺伝子について作製した高機能なRNAiライブラリーを構築することで偽陰性の問題を克服することができる。

高機能なRNAiライブラリーの構築を実現し得る技術として、EPRIL法と呼ばれる技術が開発されている。EPRIL法は標的遺伝子のcDNAを多段階の酵素反応によって処理して標的遺伝子の塩基配列に対応した数百種類のshRNAを発現するコンストラクト (shRNAコンストラクト) を同時に作製する技術である。百種類にも及ぶ配列の混合物であればその中には非常にノックダウン効果の高い配列もいくつか含まれているため、混合物の状態でも高いノックダウン効果を得られることが期待される。従って、EPRIL法をゲノム上の全ての遺伝子に適用すれば高いノックダウン効果を有する、大規模なshRNAコンストラクトのセット (ゲノムワイドRNAiライブラリー) が構築可能である。しかしながら、EPRIL法は操作の煩雑性からゲノムワイド規模のような大規模なRNAiライブラリーの構築には応用できなかった。そこで本研究では、ゲノムワイドRNAiライブラリー構築のために、EPRIL法をもとにハイスループットなRNAiライブラリー構築技術 (HT-EPRIL法) の開発を行った。さらに、2200遺伝子についてRNAiライブラリーを構築し、カルシウムシグナルに関連するRNAiスクリーンを行い、HT-EPRIL法の実用性を示した。

結果

HT-EPRIL法の開発

従来のEPRIL法は多段階の酵素反応によって構成されているが、多検体の同時操作を意図しておらず、溶液の分注操作を手動で行っており、酵素反応も1.5mlチューブ内で行っている。また、各反応後のDNA中間産物の精製にはフェノール・クロロホルム抽出とアクリルアミドゲル電気泳動となどの煩雑な操作を含んでおり、多検体の同時操作を行う上で技術的な障害となっている。数千遺伝子を同時に扱うために、384ウェルプレートとラボラトリーオートメーションシステムを導入し、384遺伝子を同時に扱うことができるようにすることで、酵素反応液などの溶液の分注の自動化及び操作の高速化が可能になり、多検体の同時処理を可能とした。また、各酵素反応後のDNA断片の精製法の簡略化のため、シリカゲル磁性粒子体及びストレプトアビジン磁性粒子体の2種類の磁性粒子体を用いた精製法を採用した。いずれの磁性粒子体も磁気セパレーターを用いて溶液を簡単に交換できることから、精製操作の簡略化が可能になった。以上により、多検体の同時操作が可能な技術であるHT-EPRIL法を開発した。

HT-EPRIL法で得られるshRNAコンストラクトは数百種類の配列を持つものが混ざった状態で得られる。数百種類にも及ぶ多種類の混合物の中には非常に高い遺伝子発現抑制効果を持つ配列が含まれることが示されていることから、HT-EPRIL法で得られる多種類の配列が高い遺伝子発現抑制効果を示す可能性がある。この可能性を検証するために、HT-EPRIL法で作製したshRNAコンストラクトの混合物のノックダウン効果を調べた。定量的PCRと免疫染色法によりJurkat T細胞とラット培養海馬神経細胞でノックダウン効果を確認したところ、高い遺伝子発現抑制効果を有することが示された。

大規模なshRNAコンストラクトのコレクションをHT-EPRIL法を用いて構築するために、ヒト2,375遺伝子、マウス173遺伝子、ラット29遺伝子の合計2577遺伝子を標的としてHT-EPRIL法に適用した。その結果、2,273遺伝子のshRNAコンストラクトのコレクションを構築することに成功した。

カルシウムシグナルに関連する遺伝子の探索

HT-EPRIL法で構築したshRNAコンストラクトのコレクションがRNAiスクリーンに応用可能であることを実証し、HT-EPRIL法の有用性を示すために、細胞内のカルシウムシグナル伝達経路に関連する遺伝子のスクリーンを行った。このスクリーンのために細胞内カルシウム濃度依存的に活性化する転写因子であるNFATを利用した。NFAT依存的なプロモーターの下流にルシフェラーゼ遺伝子をコードしたレポーターコンストラクトを安定的に発現するJurkat T細胞を用いて、細胞内のカルシウム濃度の上昇をルシフェラーゼの発現として検出した。スクリーンを行った結果、ノックダウンするとルシフェラーゼ活性を下げる10遺伝子、上げる34遺伝子の計44遺伝子を候補として同定した。候補の中には、カルシウム依存的にNFATを脱リン酸化するカルシニューリンのサブユニットの一部として知られているPPP3R1が含まれており、本スクリーンの有効性が示された。

候補遺伝子のカルシウムシグナルへの関与を詳細に検証するために、44遺伝子のうちPHB2、BCL7B、PPP3R1、B3GAT1の4遺伝子についてNFATの核移行を蛍光イメージングにより解析した。この解析のために、NFATにGFPを融合させたレポーターコンストラクトを安定的に保持するHeLa細胞株を樹立し、GFPの蛍光を指標としてNFATの核内の局在を定量的に評価した。その結果、4遺伝子とも細胞内のカルシウム上昇に伴うNFATの核移行を調節していることが示された。

次にNFATの核移行の変化が最も大きかったPHB2についてノックダウンした際のストア作動性カルシウム流入 (SOCE) への影響を調べた。PHB2を標的として作製したshRNAコンストラクトを導入した細胞ではshRNAコンストラクト非導入細胞に比べてSOCE活性が有意に低下していた。さらに、小胞体のカルシウム量についても非導入細胞に比べて有意な低下が見られた。SOCE活性、小胞体のカルシウム量のいずれの低下についても、PHB2をノックダウンした細胞でPHB2を過剰発現させることで回復した。この結果より、PHB2のノックダウンによりSOCE活性及び小胞体のカルシウム量が低下することが明らかとなった。

PHB2はミトコンドリア内膜に局在することが知られている。また、ミトコンドリアは膜電位依存的なカルシウムの取り込みを担うことによって、SOCEの機構を調節していることが知られている。これらの知見より、PHB2 のノックダウンによるSOCEの減弱は、ミトコンドリアへのカルシウムの取り込みが減弱したことが原因である可能性が考えられた。そこで、PHB2をノックダウンした際のミトコンドリアのカルシウム取り込み能の検証を行った。ミトコンドリアのカルシウム取り込み能を評価するために、ミトコンドリア局在シグナルを付加したカルシウム感受性蛍光タンパク質を用いた。HeLa細胞をカルシウム非存在下でサポニン処理により細胞膜を透過性にした後に、カルシウムを含む液に置換して蛍光強度の変化を評価した。その結果、PHB2をノックダウンした細胞でミトコンドリアのカルシウムの取り込みが有意に低下していた。ミトコンドリアのカルシウム取り込みは電位依存的であるため、PHB2が膜電位の形成または維持に関与しているかを検証した。その結果、PHB2のノックダウンの有無で膜電位の変化は見られなかった。この結果より、PHB2がミトコンドリアの膜電位を変化させず、ミトコンドリアのカルシウム取り込みを調節していることが示唆された。

結論

本研究により、多検体の同時処理が可能なshRNAコンストラクトの作製技術であるHT-EPRIL法を開発し、2,273遺伝子のshRNAコンストラクトのコレクションを構築することに成功した。この技術は他の類似技術と比較して、構築できるコレクションのノックダウン効果、コレクション構築際のスループット及びコストに関して高い優位性を持っている。さらに、カルシウムシグナルとの関連が報告されていない遺伝子であるPHB2が同定され、HT-EPRIL法により構築したshRNAコンストラクトのコレクションを用いてRNAiスクリーンを行うことで細胞機能に関連する未知の遺伝子を同定できることを示した。本研究結果により、ミトコンドリア内膜における様々なタンパク質の足場として重要な働きを担っている遺伝子であるPHB2が、小胞体のカルシウム量とSOCE活性、ミトコンドリアのカルシウムの取り込みを調節していることが示唆された。今後、PHB2を詳細に研究することで、ミトコンドリアによるカルシウムシグナルの調節機構が明らかになることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はRNAiスクリーンによる網羅的な遺伝子の探索において不十分な遺伝子のノックダウンによる偽陰性を減らすため、技術開発を行ったものである。高機能なRNAiライブラリーを構築し得る技術であるHT-EPRIL法の開発に成功し、下記の結果を得ている。

1.一つの遺伝子に対して数百種類のshRNAコンストラクトを作製する技術であるEPRIL法をハイスループット化したHT-EPRIL法を開発した。HT-EPRIL法で作製した数百種類のshRNAコンストラクトの混合物を細胞に導入し、定量的RT-PCRや免疫染色により発現量を定量した結果、標的遺伝子の発現量の顕著な減少が確認され、HT-EPRIL法で作製したshRNAコンストラクトの混合物が高いノックダウン効果を有していることが示された。

2.HT-EPRIL法によって2,273遺伝子のRNAiライブラリーを構築し、ストア作動性カルシウム流入 (SOCE) に関連する遺伝子のRNAiスクリーンを行い、44遺伝子を候補として同定した。候補の中にはこれまでにSOCEへの関与が知られていなかった遺伝子であるPHB2が含まれており、HT-EPRIL法により構築したRNAiライブラリーを用いたRNAiスクリーンによって細胞機能に関連する未知の遺伝子が同定できることを示した。

3.SOCE関連候補遺伝子の中の一つであるPHB2をノックダウンした細胞で小胞体内のカルシウム量と、SOCE活性及び、ミトコンドリアのカルシウム取り込み能をカルシウムイメージングにより定量したところ、いずれも有意に低下したことから、PHB2がカルシウムシグナルに重要な役割を果たしていると考えられた。

以上、本研究は高機能なRNAiライブラリー構築技術であるHT-EPRIL法を開発し、この技術を用いたRNAiライブラリーの応用可能性を示した。

本研究により開発されたHT-EPRIL法はこれまで網羅的RNAiスクリーンにおいて問題であった偽陰性を減らすことのできる有用な技術であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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