学位論文要旨



No 129317
著者(漢字) 川島,尚之
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,タカシ
標題(和) 神経活動依存的遺伝子発現機構の分子的研究と脳内応用
標題(洋) Molecular dissection and in vivo application of neuronal activity-dependent gene expression mechanisms
報告番号 129317
報告番号 甲29317
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4050号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 金沢大学 教授 河崎,洋志
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 河西,春郎
 東京大学 教授 饗場,篤
内容要旨 要旨を表示する

Elucidating wiring diagrams between brain areas is one of the most fundamental problems in neuroscience, but precise analysis of axonal projections from a neuronal subset which respond to a specific kind of stimuli has been challenging, because neurons of different responsiveness are often spatially intermingled together. Promoters of immediate early genes (IEGs) were methodological candidates, but their expression was not high enough to enable such experiments.

To overcome this problem, we here engineered a novel artificial promoter, named an enhanced synaptic activity-responsive element (E-SARE) based on the SARE activity-dependent enhancer we previously identified in the upstream of a immediate early gene Arc. E-SARE drove about 30-fold stronger expression with 20-fold wider dynamic range than the promoter for c-fos, a best studied IEG.

E-SARE-based virus vectors could visualize physiological neuronal activation in living animals both at the cellular and macroscopic scales. Co-imaging of E-SARE reporter and genetically-encoded calcium indicator in vivo confirmed that the expression was highly specific to the type of the stimuli presented to the animal.

Furthermore, long-range axons of a specific responsiveness could be selectively visualized in living animals by combining E-SARE with a drug-inducible recombinase. Thus, E-SARE provides a novel technological platform that easily combines functional labeling of neurons and expanding palettes of genetic tools for anatomical and physiological studies.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ある特定の外部刺激に応答する神経細胞を遺伝子工学により標識する技術を開発し、感覚神経回路の機能解析に応用することを目的として、新規活動依存的プロモーターE-SAREを開発し、ウイルスベクターの技術と組み合わせてその生体内応用を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 申請者の先行研究により発見したArc遺伝子の活動依存的発現を制御するエンハンサー配列SAREを開発の基盤とし、培養神経細胞におけるルシフェラーゼ活性の測定技術をスクリーニング系として新規プロモーターの開発を行った。SAREを5個連結させた繰り返し配列を作成しArc遺伝子近傍の短いプロモーター配列に連結することにより、最も広く使用されているc-Fosプロモーターと比較して30倍以上強力な活動依存的転写を引き起こす新規プロモーターE-SAREの作成に成功した。

2. E-SARE配列の下流に蛍光蛋白質GFPを発現させ、脳内で活性化した神経細胞を可視化するアデノ随伴ウイルスベクター(以下ウイルスと書く)を作成した。このウイルスをマウス大脳皮質視覚野に感染させ、暗室飼育の後視覚刺激を行うと、マクロ像でも明瞭に観察できる程に強いGFPの発現誘導が見られた。次に、このウイルスを海馬歯状回の顆粒神経細胞に感染させることにより、内在性のArc蛋白質の発現とGFPの発現が細胞単位で相関していることを示した。更には、大脳皮質視覚野において神経細胞の種類別(興奮性細胞と抑制性細胞)にE-SAREのレポーターの発現を解析した所、抑制性神経細胞においても刺激依存的にレポーターが発現していることが示され、内在性のArc遺伝子を発現する細胞よりも幅広い細胞種においてE-SAREが使用できる可能性が示唆された。

3. E-SAREのレポーターの発現の外部刺激に対する特異性を調べるために、大脳皮質一次視覚野2/3層の方位選択的神経細胞を用いて、方位選択的な刺激をマウスに提示する条件下における標識特異性を測定した。この実験のために、E-SAREの下流に蛍光蛋白質RFPを発現させるカセットと、感染マーカーとしてカルシウム指示蛍光蛋白質であるGCaMPを発現させるカセットの2個の発現カセットを単一ゲノム上に持つウイルスを作成した。このウイルスをマウスの大脳皮質視覚野に感染させ、暗室飼育の後に一定時間の間特定の方位の刺激を提示した。その後2光子顕微鏡を用いて、大脳皮質一次視覚野神経細胞におけるRFPの発現と、GCaMPによるカルシウムイメージングで得られた各細胞の方位選択性を比較した所、方位選択的な細胞がRFPで標識されたことが示された。

4. E-SAREの高い発現量を応用して、刺激特異的な長距離の軸索投射を可視化する実験を行った。E-SAREの下流にタモキシフェン誘導性リコンビナーゼであるER-Cre-ERを発現させるウイルスと、Cre依存的にRFPを発現させるウイルスを作成した。この2種類のウイルスをマウスの視覚の中継核である外側膝状体(LGN)に感染させ、その後片目刺激と同時にタモキシフェンを投与し、眼特異的なLGN神経細胞及びその一次視覚野に投射する軸索の標識を行った。組織切片において、標識された細胞体及び軸索の分布は先行研究により示唆されていた眼特異的な分布と一致する事が示された。更には、2光子顕微鏡を用いて、これらの眼特異的な長距離の軸索が、その投射先の大脳皮質視覚野において、生きたマウスの脳内で観察できることを確認した。

以上、本論文は、これまで必要とされながら遺伝子工学的改良が未開拓であった神経活動依存的プロモーターに初の技術改良をもたらし、外部刺激に特異的な神経細胞の標識が可能であることを示し、更には反応特異的な長距離の軸索末端の生きた動物の脳内での可視化に成功した。本研究によって開発された技術の脳神経科学における応用範囲は広く、単一細胞レベルでの解剖学的及び機能的構造の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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