学位論文要旨



No 129318
著者(漢字) 平良,摩紀子
著者(英字)
著者(カナ) タイラ,マキコ
標題(和) 眼咽頭遠位型ミオパチーの分子遺伝学研究
標題(洋)
報告番号 129318
報告番号 甲29318
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4051号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 河崎,洋志
 東京大学 准教授 垣内,千尋
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

眼咽頭型遠位型ミオパチー(oculopharyngodistal myopathy: OPDM)とは、成人発症で緩序進行性の眼瞼下垂及び外眼筋障害、嚥下・構音障害、遠位筋優位の筋力低下・筋萎縮を主徴とする疾患である。元来、常染色体優性遺伝で眼瞼下垂、眼球運動制限、嚥下障害、近位筋優位の筋力低下を主徴とする眼咽頭筋ジストロフィー(oculopharyngeal muscular dystrophy, OPMD)という疾患が知られていたが、1977年に日本の里吉營二郎らによって臨床像は類似しているものの独立した疾患概念として報告された。2012年までに全世界で23家系の記載が認められているのみで稀な疾患である。現在に至るまで原因遺伝子が未同定であり、病態について不明な点が多い。臨床的には独立した疾患群と考えられる一方で、遺伝形式は多様で、遺伝学的には単一の疾患ではない可能性も考えられる。OPDMの病因遺伝子を同定し、病態機序を明らかにすることは治療法開発の基盤となると考え、本研究を行った。

まず、当科で経験した眼・咽頭を侵すミオパチー症例11家系27名について臨床遺伝学的に検討を行った。遺伝形式は様々で発症年齢も17-80歳と幅広かった。白質脳症・腸管機能障害を合併する家系や、近位筋優位の筋力低下を示し縁取り空胞を認めない家系など、heterogeneousな疾患群と考えられた。一方で、遠位筋優位の筋力低下を示す家系に限ると、筋生検された全症例で縁取り空胞を認めたことからは、均質な疾患群であると考えられ、また報告されているOPDMと同一疾患と考えられ、これを狭義OPDMと定義し同群より次のOPDMの原因遺伝子同定の対象とする一家系を選択した。

次に、OPDMの原因遺伝子同定を試みた。近親婚がある劣性遺伝家系においては、効率よく候補領域を絞り込むことができるため、小家系であっても原因遺伝子を同定する可能性があると考え、若年発症で近親婚があり常染色体劣性遺伝様式を持つと考えられるOPDMの一家系に着目した。

まず、発症者一名と非発症同胞三名を対象としリンパ球より通常のプロトコールを用いてDNAを抽出した。

次に、パラメトリック連鎖解析を行った。家系内において発端者及び同胞3名に対してマイクロアレイ (Affymetrix Human Mapping 100K Xba/Hind array (Affymetrix)を用いた全ゲノムワイド一塩基多型(SNP)解析を施行した。マイクロアレイデータはGTYPE (Affymetrix)を用いて解析を行った。SNPデータはパイプラインソフトウェアであるSNP-HiTLinkを用いて処理を行い、confidence value < 0.2、Hardy-Weinberg p値 > 0.001、マーカー間距離80 kb~120 kbを満たす有用なSNPを抽出し、Allegro version 2を用いて完全浸透劣性遺伝モデルに従い、パラメトリック多点連鎖解析を施行した。結果、最大LODスコアが1.57を認める領域を認め、LODスコアが1以上となる約86.5 Mbの領域を候補と考えた。更に、発端者について全ゲノム配列解析を行った。これには、Illumina HiSeq2000を用い、100bp断片長のペアエンドで解析を行った。リード総数2,127,294,920を取得した。このうち、GRCh37/hg19上にマップされたリード数は1,792,974,135(全リード数の84.28%)、位置が一か所に限定して決定しえたリード数は1,562,246,714(全リード数の73.44%)であった。PCR duplicateと思われるリードは32,867,907ペアであり全リードの3.65%であった。平均カバレッジ(被覆度)は57.92 X、一か所に遺伝子座が決定したリードに関しては50.47 Xであった。カバレッジが3 X以上の領域は全ゲノムの99.93 %を占めることからデータとしての有効性は十分と考えられた。SAMtoolsを用いて塩基置換と挿入・欠失をコールし、3,661,037個の一塩基変異と580,802個の短い挿入・欠失が見いだされた。これらは、RefSeq、dbSNP132、1000 genomes project database、Exome Sequencing Project Databaseを用いてアノテーションを行った。アノテーションされたバリアントのリストからの絞り込みにおいては、まず得られたデータを上記の公共データベースに参照し、新規なものに絞りこんだところそれぞれ66,466個と54,145個となった。次に非同義置換及びsplice 部位にあるものに絞ったところ、274個と70個が候補として残った。最終的に、連鎖解析で示唆された領域内にあるものを選びだしたところ、3つの一塩基変異と1つの挿入が認められた。日本人コントロールにおいてMAF(minor allele frequency)が3 %以上だった場合、病原遺伝子とは考え難く、候補から外したところ、一つのvariant (ADAM18 c.1018G>A, p.A340T)に絞りこむことができた。これは家系内で共分離を認め、日本人コントロール552染色体に存在せず、各種データベースにも存在しなかった。ADAM18の鳥類以下の下等生物におけるorthologはデータベース上に検出できなかったが、A340は哺乳類までは進化的に保存されたアミノ酸であった。また、候補領域内に存在し、全ゲノム配列解析で十分なカバレッジが得られなかったエクソンに関しては直接塩基配列決定法により解析を行ったが、これ以外の変異は認めなかった。以上より、ADAM18が本家系における有力な原因遺伝子と考えられた。

他のOPDM家系でADAM18変異を持つ症例の有無を検討するため、当院で経験したOPDM症例6家系と、国立精神・神経医療研究センター神経研究所より供与された100例についてADAM18全exonを直接塩基配列解析法で解析した。結果として、1名で同一のc.1018G>A, p.A340T変異をヘテロ接合性で見出したのみで、ホモ接合性もしくは複合ヘテロ接合性に変異を持つ例は見出すことはできなかった。父に類症を認めるという家族歴から、はやや考えにくいかもしれないが、comparative genomic hybridization (CGH)アレイやcDNAの塩基配列解析、long range PCRなどを用いてもう片側のアレルのエクソン以外の部位に病原性変異がある可能性は将来的には検討すべきと考えられた。

以上のことより、ADAM18変異を認める常染色体劣性OPDM家系は稀であり、locus heterogeneityが存在するものと考えられた。

OPDMの常染色体劣性遺伝形式原因遺伝子ADAM18はもともとシステインに富みメタロプロテアーゼ様やディスインテグリン様のドメインを持ち精巣内に発現するタンパクとして単離された遺伝子だが、メタロプロテアーゼ活性中心(Zn2+が配位する配列): zinc-binding consensus (ZBC) 配列のHEXGHNLGXXHDモチーフを持たないためADAM18はプロテアーゼ活性がないと考えられている。サルでは筋に発現していることは示されているものの、その生理活性についての報告はほとんどなく、ADAM18変異のOPDMにおける意義を検討するには、さらなる機能解析が必要であると考えられた。

本研究では、当科で経験したOPDM家系の臨床遺伝学的解析を行い、OPDMの疫学を明らかにした。また、常染色体劣性遺伝を呈する家系について、連鎖解析と全ゲノム配列解析を行い、原因遺伝子同定を試みた。しかしながら、大部分のOPDM症例についての原因は明らかにすることはできなかった。OPDMは優性遺伝を呈する家系が比較的多いが、ほとんどが小家系であるがために解析が手つかずの状態になっている。OPDMの病態解明を行うためにも、さらに検体収集を積極的に行い、臨床情報の整ったDNAサンプルの蓄積を続け、継続して解析していくことが大切と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、眼咽頭型遠位型ミオパチー(oculopharyngodistal myopathy: OPDM) における疾患病因遺伝子を同定し、治療法開発の基盤となる病態機序を明らかにすることを試みたものである。まず前半では、当神経内科で経験した眼・咽頭を侵すミオパチー症例11家系27名について臨床遺伝学的に検討を行った。さらに後半において、近親婚がある劣性遺伝形式をもつ一家系について連鎖解析及び全ゲノム解析を行い、OPDMの原因遺伝子同定に至った。これらについて、下記の結果を得ている。

1. 当神経内科で経験した眼・咽頭を侵すミオパチー症例11家系27名について臨床遺伝学的に検討を行った結果、遺伝形式は様々で発症年齢も17-80歳と幅広かった。白質脳症・腸管機能障害を合併する家系や、近位筋優位の筋力低下を示し縁取り空胞を認めない家系など、heterogeneousな疾患群と考えられた。一方で、遠位筋優位の筋力低下を示す家系に限ると、筋生検されたすべての症例で縁取り空胞を認めた。これらの症例は40-50代発症の症例が多く、初発症状の半数近くは四肢筋力低下及び構音障害であり、遺伝形式は優性遺伝をとる家系が多かった。これらの特徴は既に報告されているOPDMと類似しており、同一疾患と考えられた。

2. OPDMの原因遺伝子同定を試みた。若年発症で近親婚があり常染色体劣性遺伝様式を持つと考えられるOPDMの一家系に対してパラメトリック連鎖解析を行い、最大LODスコアが1.57を認める領域を認め、LODスコアが1以上となる約86.5 Mbの領域を候補領域と考えた。

3. 上記家系の発端者について、Illumina HiSeq2000/100bp断片長ペアエンド解析による全ゲノム配列解析を行った。平均カバレッジ(被覆度)は57.92 X、一か所に遺伝子座が決定したリードに関しては50.47 Xであった。カバレッジが3 X以上の領域は全ゲノムの99.93 %を占めることからデータとしての有効性は十分と考えられた。SAMtoolsを用いて塩基置換と挿入・欠失をコールし、3,661,037個の一塩基多型と580,802個の短い挿入・欠失が見いだされた。これらは、RefSeq、dbSNP132、1000 genomes project database、Exome Sequencing Project Databaseを用いてアノテーションを行い、得られたデータを上記の公共データベースに参照し、新規なものに絞りこんだところそれぞれ66,466個と54,145個となった。次に非同義置換及びsplice 部位にあるものに絞ったところ、274個と70個が候補として残った。上記1の対象に対し、連鎖解析の結果をあわせ、最終的にADAM18 c.1018G>A, p.A340T)が候補として残った。これは家系内で共分離を認め、日本人コントロール552染色体に存在せず、各種データベースにも存在しなかった。A340は哺乳類までは進化的に保存されたアミノ酸であった。また、候補領域内に存在し、全ゲノム配列解析で十分なカバレッジが得られなかったエクソンに関しては直接塩基配列決定法により解析を行ったが、これ以外の変異は認めなかった。以上より、ADAM18が本家系における有力な原因遺伝子と考えられた。

4. 他のOPDM家系でADAM18変異を持つ症例の有無を検討するため、当院で経験した眼・咽頭を侵すミオパチー症例6家系と、国立精神・神経医療研究センター神経研究所よりご供与頂いた100例についてADAM18全exonを直接塩基配列解析法で解析した。結果として、1名で同一のc.1018G>A, p.A340T変異をヘテロ接合性で見出したが、ホモ接合性もしくは複合ヘテロ接合性に変異を持つ例は見出すことはできなかった。 このことは、ADAM18変異を認める常染色体劣性OPDM家系は稀であり、locus heterogeneityが存在するものと考えられた。

5. OPDMの常染色体劣性遺伝形式原因遺伝子ADAM18はもともとシステインに富みメタロプロテアーゼ様やディスインテグリン様のドメインを持ち精巣内に発現するタンパクとして単離された遺伝子だが、メタロプロテアーゼとしての酵素活性を持たない。サルでは筋に発現していることは示されているものの、その生理活性についての報告はほとんどなく、ADAM18変異のOPDMにおける意義を検討するには、さらなる機能解析が必要であると考えられた。

以上、本研究では、当科で経験したOPDM家系の臨床遺伝学的解析を行い、OPDMの疫学を明らかにした。また、常染色体劣性遺伝を呈する家系について、連鎖解析と全ゲノム配列解析を行い、ADAM18が原因遺伝子と考えられた。今後機能解析によるさらなる研究が必要であるものの、本研究におけるOPDM常染色体劣性遺伝子の同定の一結果は、これまで未知だったOPDMの病態解明へ向けた端緒となる重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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