学位論文要旨



No 129319
著者(漢字) 國井,尚人
著者(英字)
著者(カナ) クニイ,ナオト
標題(和) 脳皮質電位解析による非侵襲的言語機能画像の検証とヒト高次脳機能動態の研究
標題(洋)
報告番号 129319
報告番号 甲29319
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4052号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 講師 寺尾,安生
 東京大学 講師 増谷,佳孝
 東京大学 講師 湯本,真人
内容要旨 要旨を表示する

背景)脳神経外科手術は、脳神経症状を回避しつつできる限り病変を取り除くことを目的として発展してきた。したがって脳機能マッピング法は病変を取り除く外科的手技と並んで脳神経外科手術を根本で支える重要な技術である。その中で、言語野の損傷によって生じる言語機能障害が患者の生活の質を損なう程度は、運動や視覚の障害に匹敵する。言語野の同定には皮質電気刺激マッピングが必要であるが、検査自体の侵襲性が高いことが問題であり、より低侵襲な言語機能マッピング法が求められている。そのようなモダリティーとしてfunctional magnetic resonance imaging(fMRI)が最も有力と考えられるが、以下のような点で課題が残されている。(1)fMRIの信頼度の検証が不十分である、(2)背景にある神経活動との関連が未解明である。この点について明らかにすべく、皮質電気刺激マッピングと比較してfMRIの感度・特異度を算出した。また、BOLD反応の背景神経活動として注目される高周波脳律動活動(high gamma activity: HGA)との関係を調べた。更に、HGAの時空間動態を明らかにしfMRIによる言語モデルとの整合性を検証した。

方法)難治性てんかんの治療を目的として硬膜下電極を留置した患者を対象とした。

(1)fMRIの感度と特異度の算出

fMRIの賦活が得られやすい言語優位半球前頭葉について検討を行った。fMRIの言語課題は読字判別課題、物品呼称課題、動詞想起課題を用いた。課題ごとに複数のZ値を用いて統計マップを作製した。電気刺激マッピングでは、自発語、物品呼称、読字、図形理解の4種類の言語課題を使用した。硬膜下電極の双極刺激を行い言語障害が繰り返し出現する場合に、刺激電極を陽性と判定した。電極単位でfMRI、電気刺激それぞれに関して陽性・陰性を判定した。fMRIの賦活と電極の一致については、2段階の基準(matching criteria)を設けて判定した。電気刺激の結果を基準としてfMRIの感度・特異度を算出した。Receiver operating characteristics曲線を作成し、感度・特異度のbest trade-offを求めた。

前頭葉を5つの脳回に分け(前後上前頭回、前後下前頭回、中心前回)、best trade-offの条件で脳回ごとの感度・特異度を算出した。

(2)BOLDとHGAの比較

読字判別課題を用いてfMRIを行い、BOLD信号変化を算出した。読字判別課題下に計側した皮質脳波に対してフーリエ変換を行い、HGAの定量化を行った。BOLD信号変化とHGAの定量的な関係について検討した。さらに、硬膜下電極を空間的に標準化しモデル脳上に表示することで、BOLD反応とHGAの空間的分布の比較を行った。

続いて、皮質脳波に対して時間周波数解析を行い、前頭葉と側頭葉のHGAの時間変化を記述した。

(3)HGAによる言語機能動態の解析

読字判別課題、物品呼称課題、動詞想起課題を行い、皮質脳波を計測した。時間周波数解析を行い、HGAの時系列データを得た。硬膜下電極を空間的に標準化し、HGAの時間変化をモデル脳上に表示して、課題によるHGAの時空間パターンについて検討を行った。

結果と考察)fMRIは読字判別課題で最も信頼度が高く、感度は83%、特異度は61%であった。脳回毎にみると、後部下前頭回で最も信頼度が高く(感度91%、特異度59%)、前部中前頭回は低い信頼度を示した(感度80%、特異度46%)。硬膜下電極を用いた電気刺激マッピングによりfMRIの信頼度を検証した最初の報告であり、良好な信頼度が示された。高感度、低特異度であるfMRIは皮質電気刺激マッピングの代替とはなり得えないが、電気刺激マッピングの効率化に寄与すると考える。脳回毎に信頼度が異なることを示した報告は過去にないが、fMRIの結果の解釈に大きく影響するものと考える。

複数の言語関連領野でBOLDとHGAは有意な正の相関を示した(R = 0.57)。BOLDとHGAの空間的分布は、前頭葉においては概ね一致したが、側頭葉において乖離を示した。側頭葉のHGAは早期に減衰した一方で、前頭葉のHGAは、遷延した活動を示した。HGAの減衰が早いために、側頭葉の活動がBOLDに反映されない可能性が示された。本研究は高次脳機能に関する連合野におけるHGA-BOLD couplingを示しただけでなく、側頭葉言語野はHGAの減衰が早いためにfMRIで賦活されにくいという可能性を示した点で意義が大きい。

読字判別課題および物品呼称課題では、紡錘状回の活動に引き続き、後部中側頭回のHGAが観察された。腹側運動前野の活動がやや遅れて観察された。続いて、読字判別課題では中・下前頭回の活動が見られたが、物品呼称課題では見られなかった。聴覚刺激を用いた動詞想起課題では、紡錘状回の活動はなく、外側上側頭回の際立った活動が観察された。続いて後部中側頭回、腹側運動前野、中・下前頭回の一連の活動が観察された。HGAは課題により異なる時空間動態を示し、fMRIにより構築されたこれまでの言語モデルとも矛盾しないことを示した。一方で、後部中側頭回や腹側運動前野など、異なる課題に共通するパターンも観察され、想定される脳機能の解釈にも電気生理学的な根拠を提供した。

結論)fMRIは現状では独立した言語機能マッピング法として成立しえない。一方で、皮質局所の神経活動を反映するHGAはBOLDとよく相関し、HGAの解析によりfMRIの背景神経活動の時空間動態が明らかとなった。fMRIの時間分解能の改善によりマッピング精度の改善が得られる可能性がある。またHGA自体を利用した言語機能マッピングの可能性も示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脳神経外科手術の術前言語機能マッピングを非侵襲的に行う方法として期待されるfunctional MRI(fMRI)の信頼度と背景神経活動との関連を明らかにするため、皮質電気刺激マッピングおよび皮質脳波解析の手法を用いてfMRIの感度・特異度の算出、fMRIの背景脳活動と考えられているhigh gamma activity(HGA)とblood oxygenation level dependent(BOLD)との関係、HGAの時空間動態の3点につき解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 慢性硬膜下電極を留置したてんかん患者において、複数の言語課題を組み合わせた詳細な皮質電気刺激マッピングを行った。読字判別課題、物品呼称課題、動詞想起課題を用いてfMRIを行い、言語機能マッピングのゴールドスタンダードである電気刺激マッピングの結果を基準としてfMRIの感度・特異度を算出した。複数の条件で感度・特異度を算出しROC曲線を描いたところ、読字判別課題において感度83%・特異度61%というbest trade-offが得られた。また、言語優位半球前頭葉における脳回毎の信頼度を求めるべく、前頭葉を5部位に分けて感度・特異度を算出したところ、後部下前頭回で感度91%、特異度59%と最も高い信頼度が得られた。

2. HGA-BOLD couplingがヒト連合野でも観察されることを検証するために、読字判別課題を用いてHGAとBOLDの比較を行った。HGAとBOLDを定量化し両者の関係を調べたところ、相関係数0.57の有意な相関を示した。標準脳上に複数患者の電極を表示したところ、HGAは下前頭回、上側頭回、中側頭回等の言語関連領野に群を成して分布した。これをfMRIの集団レベルの解析結果と比較したところ、前頭葉では空間的な分布の一致が見られる一方で、側頭葉では空間的な乖離が見られた。この原因が側頭葉におけるHGAの時間経過に由来するという仮説を検証するために、時間周波数解析により前頭葉と側頭葉のHGAを調べたところ、前頭葉のHGAは立ち上がりがやや遅く時間をかけてゆっくり減衰するが、側頭葉のHGAは潜時が短く500ミリ秒以降急速に減衰することが示され、仮説を支持する結果が得られた。

3. 複数の患者に留置した1000個以上の電極を標準化することにより標準脳における言語機能動態を調べたところ、以下のように課題により異なる時空間パターンが観察された。読字判別課題および物品呼称課題では、紡錘状回の活動に引き続き、後部中側頭回のHGAが観察された。腹側運動前野の活動がやや遅れて観察された。続いて、読字判別課題では中・下前頭回の活動が見られたが、物品呼称課題では同部位の活動は見られなかった。聴覚刺激を用いた動詞想起課題では、紡錘状回の活動はなく、外側上側頭回の際立った活動が観察された。続いて後部中側頭回、腹側運動前野、中・下前頭回の一連の活動が観察された。このようなHGA動態はfMRIにより構築されたこれまでの言語モデルとも矛盾しないことが示された。一方で、後部中側頭回や腹側運動前野など、3つの異なる言語課題で共通して活動する脳領域の存在も示された。

以上、本論文は侵襲的な電気生理学的手法により非侵襲的脳能検査法であるfMRIの検証をヒトの言語機能に関して行い、言語fMRIは高感度、低特異度であるが、これと相関する局所神経活動が課題により特異的な時空間パターンを呈することを明らかにした。本研究は術前言語機能マッピングにおけるfMRIの信頼度に関する情報と生理学的根拠を提供し、臨床におけるfMRIの有効な利用と発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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