学位論文要旨



No 129320
著者(漢字) 齋藤,有希
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ユキ
標題(和) 自閉症的行動特性とオキシトシン受容体遺伝子多型を結ぶ中間表現型としての脳形態指標とその性差に関する研究
標題(洋)
報告番号 129320
報告番号 甲29320
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4053号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,延人
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 後藤,順
 東京大学 准教授 小西,清貴
内容要旨 要旨を表示する

1、序文

自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorders;ASDs)とは(1)他者との社会相互性の障害、(2)コミュニケーションの障害、(3)常同的で興味・行動の限定された様式という、3つの行動特徴のうち(1)を必須として他の特徴を能力のパターンと考え連続的な障害として捉えたもので、これらの行動特徴を幼児期から認めることで診断される。ASDsの成因としては遺伝要因と環境要因などがあり、さらに遺伝要因でもcommon genetic variantとrare genetic variantなど複数の要因が想定され、異質性の高い疾患群であることが分かっている。ASDsの中には、一つ一つは表現型に与える効果が弱い多数の遺伝子や、これを修飾する環境要因が形質発現に関与し、その分布は正規分布するという量的遺伝学のモデルに則り、ある閾値を超えると疾患が発症するというthreshold theoryに従うものがあると考えられている。この仮説に基づいた双生児研究や家族研究では、定型発達者の中にも閾値下の自閉症的行動特性(Autistic-like traits;ALTs)がみられ、特性の殆ど認めないものから強いものまで連続的に分布し、ALTsはASDsと遺伝的に重複していること、その違いに周産期等の環境要因や、環境要因と遺伝要因の相互作用が影響している可能性が示唆されている。

また双生児研究からALTsやASDsは3つの中核症状ごとに神経基盤が異なる可能性が指摘されている。さらにASDsの有病率やALTsの強さの男女差、社会相互性に関わる脳領域の構造の男女差、社会性へ影響を及ぼすオキシトシンやバゾプレッシンの分泌や機能の男女差から男女で神経基盤が異なる可能性も示唆される。よってALTsの因子構造の検討や、男女差を考慮した解析により、ASDsの異質性を低減出来る可能性があると思われる。

オキシトシンはヒトや動物の社会行動に関係し、ALTsは性差を持つがオキシトシンも性差をもち、オキシトシンレセプター遺伝子(oxytocin receptor gene; OXTR)の多型は定型発達者における向社会性や社会行動の個人差に関連することが知られている。また最近の報告からOXTR rs2254298A がアジア人におけるASDsのリスクアレルである事が示唆され、定型発達者でOXTR rs2254298Aと辺縁系、傍辺縁系の形態との関係が報告されていることから、本研究でもALTsの社会性ドメインと関連する候補遺伝子としてOXTR rs2254298Aに注目した。しかし直接ALTsとOXTR rs2254298Aの関係を調べた遺伝子研究で関連は見出されておらず中間表現型研究が有望であると考えられる。本研究では局所灰白質体積と解剖的カップリングを候補として、ALTsの社会性ドメインとOXTR rs2254298Aを結ぶ中間表現型としての脳形態指標の同定を試みた。

2、方法

定型発達者135人(男性79人)を対象にVoxel-based morphometry(VBM)解析とSingle-nucleotide polymorphisms(SNPs)タイピングを用いて、以下の解析を行った。この際ALTsの評価にはAutism Spectrum Quotient(AQ)を用い、ALTsの異質性の低減のために、その因子構造を検討し、「自閉症的社会性」(つまり、ALTsの社会性ドメイン)、「コミュニケーション」、「こだわりやパターン」、「想像力」の4つの因子得点を後の解析に用いた。

2-1、相関解析

VBMによる画像統計解析にてALTsの社会性ドメインを説明変数、性別を条件、本人の社会経済尺度、全頭蓋内体積(intracranial volume; ICV)を共変量として、ALTsの社会性ドメインと局所灰白質体積の相関の性差の検定(有意水準はuncorrected P<0.001)およびALTsの社会性ドメインと局所灰白質体積の相関解析を行なった(有意水準はFDR corrected P<0.05)。

2-2、解剖的カップリングの解析および解剖的カップリングとALTsの社会性ドメインとの相関解析

VBMによる画像統計解析にて、ALTsの社会性ドメインと相関を示した脳局所灰白質領域のピークボクセルから半径10mmの球で平均した値をMarsbarを用いて取り出し説明変数とし、ICVを共変量として他の局所灰白質体積との相関解析(有意水準はFDR corrected P<0.05)を行なった。さらに有意となった領域のピークボクセルから固有値を取り出し、ALTsの社会性ドメインとの相関をSPSSで調べ、ピアソンの積率相関係数を求めた(有意水準はP<0.05)。

2-3、OXTR rs2254298Aアレル数との相関解析。

OXTR rs2254298Aのアレル数(A/A, A/G, G/Gで計算)と2-1および2で有意になった領域の局所灰白質体積を反映する固有値との相関をSPSSにてスペアマンの順位相関係数検定を用いて調べた(有意水準はP<0.05)。

3、結果

定形発達成人男性において、ALTsの社会性ドメインと右島の灰白質体積が負に相関し(FDR-corrected P<0.05)、この相関の男女差が有意であった(T=4.99, P<0.001)。

男性での他の因子得点と局所灰白質体積との相関や、女性での相関、局所白質体積での相関は認めなかった。

また男性で、右島皮質と解剖的カップリング(FDR-corrected P<0.05)を認めた主に側頭部と前頭部を中心とした8箇所の領域のうち、ALTsの社会性ドメインと相関を示したのは腹側前部帯状皮質(Anterior cingulate cortex;ACC)と右島の解剖的カップリングのみであった(r=-0.23, p<0.05, n=79)。

さらに男性でOXTR rs2254298Aのアレル数と右島局所灰白質体積の間に負の相関を認めたが(rho=0.270, p=0.024, n=70)、この相関は女性では認めなかった(rho=-0.091, p=0.568, n=42)。右島皮質とACC間の解剖的カップリングの強さとOXTR rs2254298Aのアレル数の間に相関は認めなかった(P>0.216)。

ALTsの社会性ドメインとOXTR rs2254298Aとの相関は認めなかった(P>0.913)。

4、考察

本研究では、ASDsと共通の遺伝要因を反映している可能性があるALTsを研究対象とし、異質性の低減をALTsの因子構造を検討すること、解析において男女二形性に配慮することによって試みた。この結果、定形発達成人男性においてALTsの社会性ドメインが高いほど右島の局所灰白質体積が小さく、この相関の男女差が有意であること、男性でALTsの社会性ドメインが高いほど右島と腹側ACCとの解剖的カップリングが弱いこと、さらに男性でOXTR rs2254298Aを多く持つほど右島灰白質体積が小さいことが示せた。これらを初めて同一サンプルで示すことで、右島灰白質がALTsの社会性ドメインとOXTR rs2254298Aを結ぶ中間表現として、有力な脳形態指標である事を明らかにした。

4-1、表現型と中間表現型の関係について

本研究ではALTsの社会性ドメインが局所灰白質体積と相関を示したが、これは類人猿やヒトにおいて向社会性が大きな脳を発達させる原動力となってきたという社会脳仮説に矛盾しない。また島皮質は他人の感覚や感情の共有や不確実な事柄を処理する過程などに重要な役割を持ち、社会相互性に関与する脳領域の一つとして注目されており、本研究の所見に矛盾しない。

本研究で用いた解剖的カップリングという手法は局所灰白質体積の相関関係を検討しており、直接白質繊維の走行を定量していないが、先行研究からは構造の相関が解剖学的接合性と対応していることが示されている。さらに島皮質前部とACCは強い繊維連絡があり、特に情動をともなう場面で同期して活動し、島皮質前部が情動の察知、ACCはその統合や行動の制御として働く事が知られている。よって右島皮質とACCの解剖的カップリングが弱いほどALTsの社会性ドメインが強いという結果は妥当であると考えられる。

4-2、中間表現型と候補遺伝子の関係について

本研究では中間表現型候補として島皮質が見出されたが、OXTRと関連する脳領域として先行研究では扁桃体、視床下部、ACCという、島以外の領域が報告されている。この違いについては、本研究では多重比較を避けるため、先にALTsの社会性ドメインと相関する脳局所領域を絞った上で、その局所灰白質体積とのOXTR rs2254298Aの関連を検討したことも一因と考えられる。また、オキシトシンレセプターが島を含む辺縁系、傍辺縁系に局在しているとの報告や、定形発達成人で島の情動反応が経鼻オキシトシン投与で増大したとの報告もあり、本結果と矛盾しない。

4-3、男女二形成について

本研究では、ALTsの社会性ドメイン-右島灰白質体積-OXTR rs2254298Aの関係を男性でのみ認めた。性ホルモンが辺縁系におけるOXTRの発現の仕方を調節するとの報告もあり、OXTR rs2254298A遺伝子の発現の仕方にも男性特有の要因が関わっている可能性も示唆される。

4-4、方法論的制約

第一に本研究はASDsが量的遺伝学のモデルに従う事を前提にしている事である。量的遺伝学のモデルに従うものが現時点でどの程度あるか分かっていないため、その割合によっては本結果の信頼性が低くなると考えられる。

第二に因子分析に用いた被験者数が少なく因子構造を十分に検討出来ていない可能性がある。因子分析では項目数:被験者数が1:5以上であることが望ましいとされているが、本研究では1:2.7と小さい。けれども本因子分析では2つ以上の因子に渡って因子負荷が0.4 以上の項目が認められず、重なりなく分かれある程度信頼できると考えられる。

第三にサンプルの男女数に偏りがある事である。検出力に差があるため男性でのみ相関が有意になった可能性が否定できない。

第四にALTsの評価にAQという主観的な指標を用いていることである。今後Social Responsiveness Scale(SRS)などの客観的な指標を用いた検討が望まれる。

第五に中間表現型研究という手法の限界として遺伝子と表現型の直接の因果関係までは示せない事である。しかし中間表現型を用いて表現型の単純化を試みることで、直接は遺伝子と表現型の関係を示せない場合に、間接的にでも示せたことは中間表現型研究を用いる利点であると考えられる。

第六に本研究ではALTsを対象としていることである。ALTsを対象とする事で被験者が早期に集まりやすいという利点があるが、ASDsとALTsに共通の遺伝要因があるという仮定も量的遺伝学のモデルを前提としており、真実は分からないため、今後ASDsを対象に同様の解析を行っていく必要があると思われる。

4-5、今後の展望

今後ASDsを対象とした研究で、本研究で同定された脳形態指標を中間表現型として用いて探索的に表現型や遺伝子との関係を調べていくことで、異質性の高いASDsの病態の解明の糸口になる事が期待される。

5、結論

右島灰白質体積はALTsの社会性ドメインとOXTR rs2254298Aを結ぶ中間表現型としての男女二形性をもつ脳形態指標である事が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorders;ASDs)の3つの中核症状の中でも本質的な障害と考えられる社会相互性の障害の神経基盤を明らかにする糸口として、ASDsと共通の遺伝要因を反映している可能性がある定型発達者の中にある閾値下の自閉症的行動特性(Autistic-like traits;ALTs)を研究対象とし、異質性の低減をALTsの因子構造を検討し社会性ドメインを抽出することと、解析において男女二形性に配慮することによって図り、ALTsの社会性ドメインとオキシトシンレセプター遺伝子(oxytocin receptor gene; OXTR)rs2254298Aを結ぶ中間表現型としての脳形態指標の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 定型発達者135人(男性79人)を対象にVoxel-based morphometry(VBM)による画像統計解析にて、ALTsの社会性ドメインと局所灰白質体積の相関の性差の検定(有意水準はuncorrected P<0.001)およびALTsの社会性ドメインと局所灰白質体積の相関解析を行なった(有意水準はFDR corrected P<0.05)。この結果、男性においてALTsの社会性ドメインが高いほど右島の局所灰白質体積が小さく(T=4.99, FDR corrected=0.025)、この相関の男女差が有意であった(T=4.14, uncorrected P<0.001)。

2. VBMによる画像統計解析にて、右島皮質と他の局所灰白質領域との体積の相関関係(解剖的カップリング)を調べる解析(有意水準はFDR corrected P<0.05)、およびSPSS statistics18.0を用いて解剖的カップリングの強さとALTsの社会性ドメインとの相関を調べピアソンの積率相関係数を求めた(有意水準はP<0.05)。この結果、男性でALTsの社会性ドメインが高いほど右島と腹側前部帯状皮質(Anterior cingulate cortex;ACC)との解剖的カップリングが弱いことが示された(r=-0.23, P<0.05, n=79)。

3. Single-nucleotide polymorphisms(SNPs)タイピングを用いてOXTR rs2254298の遺伝子型を調べ、SPSS statistics18.0を用いて右島灰白質体積とOXTR rs2254298Aのアレル数(A/A, A/G, G/Gで計算)との相関解析を行った(スペアマンの順位相関係数検定(有意水準はP<0.05))。この結果、男性でOXTR rs2254298Aを多く持つほど右島灰白質体積が小さいことが示せ(rho=0.270, P=0.024, n=70)、この相関は女性では認められなかった(rho=-0.091, P=0.568, n=42)。また、右島皮質とACCの解剖的カップリングの強さとOXTR rs2254298Aのアレル数との相関解析を行ったが(スペアマンの順位相関係数検定(有意水準はP<0.05))、相関は認められなかった(P>0.216)。さらにALTsの社会性ドメインとOXTR rs2254298Aのアレル数との相関解析を行ったが(スペアマンの順位相関係数検定(有意水準はP<0.05))、相関は認められなかった(P>0.913)。

以上より、本論文は定型発達成人を対象に、男性でALTsの社会性ドメインが強いほど右島の局所灰白質体積が小さく、右島と腹側ACCとの解剖的カップリングが弱いこと、さらに男性でOXTR rs2254298Aを多く持つほど右島灰白質体積が小さい事を示しており、右島灰白質体積がALTsの社会性ドメインとOXTR rs2254298Aを結ぶ中間表現型としての、男女二形性をもつ有力な脳形態指標の候補である事を明らかにした。この脳形態指標を中間表現型として用いて、今後ASDsを対象とした研究で探索的に表現型や遺伝子との関係を調べていくことで、異質性の高いASDsの病態の解明の糸口を掴む上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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