No | 129323 | |
著者(漢字) | 石井,康博 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシイ,ヤスヒロ | |
標題(和) | アストロサイトのコネキシンヘミチャンネルを介した外傷後の2次性神経細胞死のメカニズム | |
標題(洋) | Molecular mechanism underlying secondary neuronal death following rat brain injury through astrocyte connexin hemichannel | |
報告番号 | 129323 | |
報告番号 | 甲29323 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4056号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 社会医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 平成23年度人口動態調査によるとわが国における不慮の事故による死亡者数は総死亡者数の約5%を占めている。また不慮の事故の原因疾患のうち頭部外傷による死亡例が約半数を占めており、頭部外傷が非常に重要な疾患であると考えられる。臨床経過においても重傷頭部外傷では脳浮腫や虚血による2次的に引き起こされる損傷が高次脳機能障害や後遺症に影響すると考えられている。近年の動物を用いた実験によると、2次性神経細胞死のモデルにおいて神経細胞の損傷が神経細胞間で伝播するという現象が報告されており、この神経細胞損傷の伝播を抑制することが新たな治療ターゲットになる可能性があると考えられている。 この現象の背景には中枢神経細胞ネットワークを形成するシナプスともう一つの細胞間の結合であるギャップジャンクション(GJ)と細胞内外を繋ぐヘミチャンネル(HC)が非常に重要な役割をしている事が判明してきている。このGJは神経細胞間だけでなく神経細胞とアストロサイト、アストロサイト間など別種の細胞間を繋ぐ事で各細胞間の情報ネットワークを構築している。またHCは細胞外とコンタクトする事で離れた細胞にも情報を伝達することができると考えられている。特に細胞内と細胞外を繋ぐHCは細胞内Ca(2+)動態に強く関わっており、このHCを介して放出されるATPが周辺の細胞のATP受容体に作用することで、隣接する細胞内のCa(2+)の上昇に関わると考えられている。この現象はCa(2+) waveと呼ばれ、特に近年注目されているのがアストロサイトの神経細胞への作用であり、中枢神経細胞ネットワークで非常に重要な位置を占めると理解され始めている。 目的 神経細胞とアストロサイト各々のHC及びGJには特異的に発現するコネキシン(Cx)が存在している。このCxは代謝回転速度が1-2時間と速く、環境変化に対してきわめて速やかに適応できると考えられている。特にアストロサイトに存在するCx43は脳虚血モデルにおいても数時間で急速に増加することが知られている。さらにCxの発現量の変化により細胞内Ca(2+)濃度の上昇が起こると考えられ、その急速な細胞内環境の変化により、細胞内に存在するCa(2+)依存性プロテアーゼであるμ-calpainが活性化される結果、細胞死を惹起すると考えられている。 以上の知見から、本研究では頭部外傷の新しい実験モデルを独自に開発し、脳損傷隣接領域への2次性神経細胞死の新しいメカニズムとして1) 神経細胞とアストロサイトのCx isoformの変化による各細胞あるいは両細胞間に存在するGJ及びCxHCを介した2次性神経細胞死の拡大と2) Ca(2+) waveに伴う細胞内Ca(2+)濃度上昇による神経細胞内μ-calpainの活性化とそれによる2次性神経細胞死発生の有無について検討することとした。 方法 今回行った頭部外傷モデルは海馬スライスモデルを用いた2次性神経細胞死モデルや脳皮質のstab woundモデルなどの過去に報告されたモデルを参考にラット大脳皮質切開モデルを作成した。特に本実験では実際の法医学にて経験される重傷頭部外傷を想定するため切開モデルを選択し、実際の脳挫傷に近いモデルを作成した。 このモデルを用いて2次性神経細胞死のインディケーターとしてpropidium iodide(PI)を、またHC活性はetidium bromide(EtBr)を損傷部に投与し、ローディング後組織学的に評価した。またローディング後蛍光免疫染色をすることで細胞死とアストロサイトならびに神経細胞のHC活性を評価した。 本研究ではCa(2+) wave に伴う2次性神経細胞死仮説を証明する上で直接細胞内Ca(2+) 濃度の上昇を証明することは技術的に難しいため、Ca(2+) 依存性proteaseである活性型μ-calpainを認識する抗体を用いて、損傷部と隣接領域のμ-calpainの活性化 とこれにより分解される細胞膜骨格の主要な構成成分の1つであるfodrinの分解産物をwestern blottingを用いて評価した。また2次性神経細胞死において細胞内Ca(2+)濃度上昇に伴う神経細胞内のμ-calpain活性化が神経細胞死に寄与するという仮説を証明するため、PIローディング後活性型μ-calpainでの免疫染色を用いて細胞死にμ-calpainの活性化を認めるのかを検証することとした。 結果 損傷6時間後の損傷隣接領域において、PI陽性細胞を大脳皮質第5・6層中心に認めた。1時間後ではPI陽性細胞は少数であることから時間依存的にPI陽性細胞が増加する傾向を認めた。このPI陽性細胞種について詳細に検討した。神経細胞に発現するCx36とNSE(neuron specific enolase: 神経細胞マーカー)を用いて2重染色したところ、PI陽性細胞では多くはCx36陽性及びNSE陽性であった。またGFAP(glial fibrally acidic protein: アストロサイトの主要マーカー)を用いて2重染色したところPI周囲に強くGFAPが染色されていた。以上の結果より、PI陽性細胞は神経細胞が主体であることが判明した。 この細胞死の過程においてμ-calpainが活性化されているかどうかをPIと活性型μ-calpainとの免疫染色で確認した。その結果、PI陽性細胞内に活性型μ-calpain抗体陽性を認めた。これは隣接領域での細胞死ではμ-calpainの活性化が強く関連し、2次性神経細胞死と細胞内Ca(2+) 濃度上昇に重要な関連性があることが示唆された。 さらに隣接領域でこのPI陽性細胞がGJ・HC阻害剤であるCBX、非特異的HC阻害剤であるLa(3+)、Cx43特異的阻害ペプチドであるGap26を用いて阻害されるか検討したところ、すべての阻害剤でPI陽性細胞が抑制された。 次にこの神経細胞死において細胞HC活性の上昇の有無をEtBrにて検討した。通常HCは閉じており、細胞外環境の変化、特に細胞内Ca(2+)濃度の上昇や細胞内から放出されるATPのP2受容体への作用により開口する事が知られている。脳損傷が起こると通常神経細胞が過剰に興奮し、Ca(2+)濃度に変化が起こると考えられている。今回の実験では1時間後には損傷周囲の細胞HCが開口(活性化)しEtBrを取り込む実験結果を得た。この現象は周辺組織へのHC開口刺激が周囲に伝播している事を示唆し、2次性神経細胞死に強く関連している現象と考えられた。 そこでこの開口しているHCを阻害した場合における神経細胞死抑制の有無をCx43特異的阻害剤であるGap26とATP(HCから放出され隣接する細胞のP2受容体に結合し、隣接細胞のHCを開口する細胞間伝達物質)受容体(P2受容体)阻害剤であるスラミンを用いて検討した。その結果Cx43から構成されるアストロサイトのHCだけでなくCx36から構成される神経細胞のHCの開口も阻害した。この結果、神経細胞死の伝播において神経細胞間だけでなくアストロサイトのHCから放出されるATPが重要な要因であり、このアストロサイトの活性化を抑制する事が2次性神経細胞死を抑制するために重要であると考えられた。 さらに損傷部と隣接部においてCx43とGFAP、神経細胞のHCに発現するCx36の蛋白量に変化の有無をwestern blottingにて定量化し検討した。この結果Cx43ならびにGFAPは損傷1時間後から急速に増加し、6時間後まで持続する傾向を認めたが、Cx36に変化は認めなかった。また活性型μ-calpainとfodrinの分解産物を特異的に認識する抗体を用いて同様に検討したところ、隣接部において1時間後より両者とも急速に増大する傾向を認めた。 考察 本研究では法医学実務や臨床現場で遭遇する脳挫傷に可能な限り近いモデルを再現できたと考える。外傷モデルのこれまでの報告では、実際の生体内における脳挫傷後の大脳皮質2次性神経細胞死を検討した脳挫傷モデルの報告は存在しない。本モデルを用いることで初めて神経細胞死が6時間以内に損傷部から隣接領域に伝播する現象を捉える事が可能となった。これは臨床現場において急性期における症状の悪化する現象の一部を今までのモデル以上に再現していると考える。2次性神経細胞死には多様な要因の存在が推定されるが、今回この動物モデルを用い、脳損傷の隣接領域の2次性神経細胞死にアストロサイトのCx43とそのHCの関与が重要であることを明らかにした。 本研究の限界として、CxHCはグルタミン酸も放出することが知られているが、本研究ではグルタミン酸の影響は評価していないため過剰に放出されたグルタミン酸による細胞内Ca(2+)濃度の上昇とその2次性神経細胞死への影響についての分析は今後の課題とした。さらに本実験でCa(2+)wave伝播による2次性神経細胞死の仮説を証明するため、μ-calpainの活性化を評価項目としたが、隣接領域における細胞内Ca(2+)濃度の直接測定は困難であった。細胞死内におけるμ-calpain活性化は免疫染色より証明できたが、この活性化の過程におけるCa(2+)濃度の上昇がアストロサイトのHCの影響だけであるかについては今後の検討課題とした。 結論 本実験ではラットの脳挫傷モデルを独自に開発し、それを基に脳損傷隣接領域での2次性神経細胞死の新しいメカニズムとしてアストロサイトの活性化とCx43HC開口及びそれに伴うATP濃度上昇による神経細胞のCx36HC開口の関与とCx36HC開口に伴う細胞内Ca(2+) 濃度上昇による活性型μ-calpainの増加とそれに伴うfodrin分解機序の存在を明らかにした。 | |
審査要旨 | 本研究は頭部外傷後の2次性神経細胞死発生過程において、重要な役割をしていると考えられるアストロサイトのコネキシンへミチャンネル(CxHC)の関与を明らかにするため、ラットの頭部外傷モデルを用いて、神経細胞とアストロサイトのコネキシン(Cx) isoformの変化による各細胞間あるいは両細胞間に存在するギャップジャンクション(GJ)及びCxHCを介した2次性神経細胞死の拡大とCa(2+) waveに伴う細胞内Ca(2+)濃度上昇による神経細胞内μ-calpainの活性化とそれによる2次性神経細胞死発生の有無について検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.細胞膜破綻細胞に取り込まれるpropidium iodide (PI)を損傷部に投与し、PI陽性細胞を死細胞として1時間後と6時間後の2回に分け時間的な死細胞の広がりを顕微鏡で解析した結果、1時間後ではPI陽性細胞は少数であったが、損傷6時間後では皮質第5・6層を中心にPI陽性細胞が拡がる傾向を認めた。PI陽性細胞の細胞種を同定するためCx36(神経細胞に発現している主要Cx)とNSE(neuron specific enolase: 神経細胞マーカー)で免疫染色を行ったところPI陽性細胞では多くがCx36陽性及びNSE陽性であった。これらの所見より、皮質第5・6層においてPI陽性細胞は神経細胞であることが示唆された。さらに、PI陽性細胞内に活性型μ-calpain抗体陽性を認めたことより、2次性神経細胞死ではμ-calpainの活性化が強く関連し、このμ-calpainの活性化には細胞内Ca(2+) 濃度上昇が必要であることを考えると、2次性神経細胞死と細胞内Ca(2+) 濃度上昇に重要な関連性があることが示唆された。 2. GJとCxHC両者を阻害するCBX、非特異的HC阻害剤La(3+)及びCx43特異的阻害ペプチドGap26を投与したところ、大脳損傷隣接領域の皮質第4~6層1.2 mm×1.2 mmの範囲のPI陽性細胞数はCBXによって70%の減少を認めた。また、La(3+)及びCx43特異的阻害ペプチドGap26投与群においては各々71%、58%の減少を認めた。以上の結果より、Cx43から構成されるCxHCを阻害することによって細胞死の伝播が抑制されることが示唆された。同様にATPが結合するP2受容体阻害剤suraminではPI陽性細胞数の61%の減少を認めた。 3. CxHC開口の指標として用いられるetidium bromide (EtBr)を用いて、損傷部から隣接領域にかけて細胞のCxHCの開口の有無を検討したところ、隣接領域の細胞内にEtBrの強い取り込みを認め、損傷によるCxHC活性の亢進が示唆された。さらに、Gap26投与群ではEtBrの取り込み抑制を有意に認めた。 Cx43及びCx36との免疫染色を用いて検討した結果、Cx43陽性アストロサイト及びCx36陽性神経細胞ともに細胞内への強いEtBr取り込みの増加を認めた。これは損傷後アストロサイトのCx43HCだけでなく、神経細胞のCx36HCも開口していることが示唆された。次にCx43の特異的阻害ペプチドGap26を損傷部に投与した群では、アストロサイト及び神経細胞のEtBr染色の抑制を認めた。これはアストロサイト上のCx43HCの開口が神経細胞上のCx36HCの開口を制御していることが示唆された。さらに、suraminが明確にEtBr取り込みを抑制したことから、細胞死の伝播において開口したCx43HCから放出されるATPが隣接する細胞のP2受容体に作用し、細胞内Ca(2+) 濃度を上昇させる結果、CxHCを開口させるサイクルを繰り返し、隣接する細胞にCa(2+) waveが伝播することが推定された。 4.損傷及び隣接領域でのwestern blottingによる活性型μ-calpain及びfodrin分解産物の経時変化を検討した結果、損傷及び隣接領域ともにμ-calpainは損傷1時間後より活性化を認め、6時間後も活性化持続を認めた。fodrinの分解も同様の傾向を認めた。また、CBX、La(3+)及びGap26投与により隣接領域のμ-calpain活性化とfodrinの分解が抑制された。以上の結果より、細胞内Ca(2+) 濃度上昇が隣接領域の細胞内で起こり、その結果μ-calpain活性化によって細胞死が誘発されていることが推定された。 以上、本論文は2次性神経細胞死の過程 において、アストロサイトと神経細胞のCxHCの解析から、アストロサイトの活性化とCx43HC開口及びそれに伴うATP濃度上昇による神経細胞のCx36HC開口の関与とCx36HC開口に伴う細胞内Ca(2+) 濃度上昇による活性型μ-calpainの増加とそれに伴うfodrin分解機序の存在を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、頭部外傷後に起こると考えられる2次性神経細胞死の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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