No | 129326 | |
著者(漢字) | 小畑,淳史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オバタ,アツシ | |
標題(和) | SGLT2阻害薬の抗糖尿病作用機序の解明 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129326 | |
報告番号 | 甲29326 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4059号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景と目的】 SGLT(sodium dependent glucose co-transporter)は一般的に溶質のトランスポーターとして働くSLC(solute carrier) gene familyのなかでもSLC5a gene familyに属しており、SGLT1~6のアイソフォームが知られている。SGLT2は腎近位尿細管のS1分画に発現し、低親和性ではあるが、高い輸送能力をもち、Na+/K+ ATPaseにより形成されたNa+濃度勾配を利用してグルコース:Na+を1:1で共輸送し、尿糖再吸収のおよそ90%を担う14回膜貫通型のトランスポーターである。SGLT2をコードする遺伝子は家族性腎性糖尿の原因遺伝子としても知られている。また、SGLT1は腎近位尿細管のより遠位側であるS3分画に発現し、輸送能力は低いものの、高親和性であり、グルコース:Na+を1:2で共輸送し、SGLT2で再吸収できなかった残りの10%の尿糖再吸収を担っている。SGLT2阻害薬は尿糖再吸収に重要な役割を持っているSGLT2を阻害することで、尿糖排泄促進作用、それに伴う血糖降下作用を示し、既存の薬剤とは異なる新たな薬理作用を有する経口血糖降下薬として期待されている。本研究では、SGLT1,2の各臓器における分布を把握し、新規SGLT2阻害薬Tofogliflozinを用いて、単回投与における薬効、そして長期投与による耐糖能・インスリン抵抗性改善メカニズムについて検討を行った。 【方法】 野生型マウス(C57BL/6J)を用いて、まず(1)SGLT1,2の各臓器におけるmRNAの発現レベルを確認し、次に(2)Tofogliflozin単回投与(control, Tofogliflozin1mg/kg, Tofogliflozin10mg/kg)を行い、経口糖負荷試験による耐糖能改善作用を確認し、続いて長期投与による薬効を評価するために(3)通常食20週間自由摂食混餌投与実験、そして肥満・インスリン抵抗性を呈するモデルとして(4)高脂肪食8週間自由摂食混餌投与実験、さらに(4)摂餌量をコントロール群に揃えた高脂肪食8週間Pair feeding混餌投与実験を行い、体重、耐糖能、インスリン抵抗性等の評価を行った。 【結果】 TaqMan PCRの結果、SGLT1は主に小腸、一部腎臓に発現し、SGLT2は腎臓にほぼ特異的に発現していることが確認された。Tofogliflozin単回投与後の経口糖負荷試験では、投薬群で用量依存的に尿糖排泄量の増加を認め、血中インスリン値に影響を及ぼさず、有意に耐糖能は改善した。通常食20週間自由摂食混餌投与実験では、投薬群で体重増加が抑制されていたが、摂餌・飲水量はむしろ増加しており、この体重減少は尿糖排泄によるカロリーロスによるものと考えられた。また通常食混餌において薬効が切れると考えられる24時間の絶食後に施行した経口糖負荷試験では、有意に血糖値が低下しており、随時採血では血中遊離脂肪酸レベル・ケトン体レベルが増加していた。精巣周囲白色脂肪組織のHE染色では脂肪細胞が小型化しており、肝臓における糖新生の上昇、脂肪重量・肝中性脂肪含量減少を伴って有意にインスリン抵抗性が改善した。さらに呼吸商が低下し、肝臓におけるCPT1αの発現上昇を認め、脂肪酸合成の低下を呈していた。続いて肥満・インスリン抵抗性を呈したモデルで薬効を評価するために、高脂肪食8週間自由摂食混餌投与実験を行った。高脂肪食自由摂食混餌投与でも、投薬群で体重増加抑制が認められ、通常食と同様に、摂餌・飲水量はむしろ増加しており、体重減少は尿糖排泄に伴うカロリーロスによるものと考えられた。また、高脂肪食混餌において薬効が切れると考えられる48時間絶食後に施行した経口糖負荷試験では有意に血糖値・インスリン値が低下しており、通常食自由摂食混餌投与実験と同様に、随時採血で血中遊離脂肪酸レベル・ケトン体レベルが増加し、脂肪細胞の小型化、肝臓における糖新生の上昇、脂肪重量・肝中性脂肪含量減少を伴うインスリン抵抗性の改善を認めた。さらに呼吸商は低下し、肝臓におけるCPT1αの発現上昇と脂肪酸合成の低下を呈していた。これらの結果を踏まえると、尿糖排泄の増加に伴う慢性的な血中インスリンレベルの低下が、脂肪組織に対しては脂肪分解・血中遊離脂肪酸の増加を引き起こし、これがカロリーロスとともに脂肪重量の低下や肥満抑制に作用し、同時に肝臓では、糖新生の増加、基質(遊離脂肪酸)の増加と相まったβ酸化亢進と脂肪酸合成減少の原因となり肝臓中性脂肪含量の低下につながって、インスリン抵抗性が改善したと考えられた。一方でこの試験は自由摂食混餌投与実験であったため摂餌量増加はそのままTofogliflozin投与量増加を意味し、薬効を過剰に評価している可能性が否定できなかった。そこで次に摂餌量をコントロール群と合わせたPair feeding混餌投与実験を行った。Pair feeding実験ではむしろ自由摂食混餌投与実験以上に有意に同様の結果が確認され、さらに脂肪組織において炎症性サイトカインであるTNFα,MCP-1, IL-6の発現抑制も観察された。 【考察】 SGLT2は腎臓にほぼ特異的に発現しており、SGLT2阻害薬の直接的な作用は腎臓における尿糖再吸収抑制であると考えられた。また、SGLT2阻害薬は単回投与でインスリン値に影響を及ぼさず耐糖能を改善した。一方で、長期間のSGLT2阻害薬投与では、尿糖排泄増加そのもの、あるいは血糖値低下に伴う慢性的な血中インスリンレベルの低下等の結果、全身におけるエネルギー代謝が糖利用から脂質利用にシフトし、また脂肪重量・肝臓中性脂肪含量低下や脂肪細胞小型化に伴う炎症の抑制等によりインスリン抵抗性が改善する可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究はSGLT2阻害薬の抗糖尿病作用を解明するため、C57BL/6Jマウスを用いて、SGLT2阻害薬の薬効、そして耐糖能、インスリン抵抗性改善作用のメカニズムを解析したものであり、下記の結果を得ている。 1.SGLT2のC57BL/6Jマウスにおける発現は腎臓特異的であることをRT-PCRにて確認を行った。 2. SGLT2阻害薬の単回経口投与後の経口糖負荷試験において、尿糖排泄増加に伴い、インスリン値の変化なく、有意に耐糖能を改善した。 3. 耐糖能異常、インスリン抵抗性のないモデルでの薬効を評価するために、SGLT2阻害薬を含有する通常食20週間混餌投与実験を行った。通常食20週間自由摂食混餌投与実験では、投薬群で体重増加が抑制されていたが、摂餌・飲水量はむしろ増加しており、この体重減少は尿糖排泄によるカロリーロスによるものと考えられた。また通常食混餌において薬効が切れると考えられる24時間の絶食後に施行した経口糖負荷試験では、有意に血糖値が低下しており、随時採血では血中遊離脂肪酸レベル・ケトン体レベルが増加していた。精巣周囲白色脂肪組織のHE染色では脂肪細胞が小型化しており、肝臓における糖新生の上昇、脂肪重量・肝中性脂肪含量減少を伴って有意にインスリン抵抗性が改善した。さらに呼吸商が低下し、肝臓におけるCPT1αの発現上昇を認め、脂肪酸合成の低下を呈していた。 4.肥満・インスリン抵抗性を呈したモデルで薬効を評価するために、SGLT2阻害薬を含有する高脂肪食8週間自由摂食混餌投与実験を行った。高脂肪食自由摂食混餌投与でも、投薬群で体重増加抑制が認められ、通常食と同様に、摂餌・飲水量はむしろ増加しており、体重減少は尿糖排泄に伴うカロリーロスによるものと考えられた。また、高脂肪食混餌において薬効が切れると考えられる48時間絶食後に施行した経口糖負荷試験では有意に血糖値・インスリン値が低下しており、通常食自由摂食混餌投与実験と同様に、随時採血で血中遊離脂肪酸レベル・ケトン体レベルが増加し、脂肪細胞の小型化、肝臓における糖新生の上昇、脂肪重量・肝中性脂肪含量減少を伴うインスリン抵抗性の改善を認めた。さらに呼吸商は低下し、肝臓におけるCPT1αの発現上昇と脂肪酸合成の低下を呈していた。これらの結果を踏まえると、尿糖排泄の増加に伴う慢性的な血中インスリンレベルの低下が、脂肪組織に対しては脂肪分解・血中遊離脂肪酸の増加を引き起こし、これがカロリーロスとともに脂肪重量の低下や肥満抑制に作用し、同時に肝臓では、糖新生の増加、基質(遊離脂肪酸)の増加と相まったβ酸化亢進と脂肪酸合成減少の原因となり肝臓中性脂肪含量の低下につながって、インスリン抵抗性が改善したと考えられた。 5. 摂餌量増加、それに伴う薬剤の過剰投与の影響を排除する目的で、摂餌量をコントロール群と合わせたPair feeding混餌投与実験を行った。Pair feeding実験ではむしろ自由摂食混餌投与実験以上に有意に同様の結果が確認され、さらに脂肪組織において炎症性サイトカインであるTNFα,MCP-1, IL-6の発現抑制も観察された。 以上、本論文では、長期間のSGLT2阻害薬投与では、尿糖排泄増加そのもの、あるいは血糖値低下に伴う慢性的な血中インスリンレベルの低下等の結果、全身におけるエネルギー代謝が糖利用から脂質利用にシフトし、また脂肪重量・肝臓中性脂肪含量低下や脂肪細胞小型化に伴う炎症の抑制等によりインスリン抵抗性が改善する可能性を明らかにした。本研究はヒトの臨床試験では明らかになっていない、SGLT2の尿糖排泄促進のみでなく、全身の代謝状態の変化を解明するのに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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