No | 129328 | |
著者(漢字) | 鈴木,伸三 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,ノブミ | |
標題(和) | DSS大腸炎におけるHelicobacter pylori CagAの役割に関する実験的検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129328 | |
報告番号 | 甲29328 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4061号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [背景]ヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)は、1983年にMarshallとWarrenによって胃炎患者の胃内より単離された微好気性のグラム陰性桿菌であり、世界人口の約50%が感染していると推察される。これまでの研究によりピロリ菌の慢性感染が、萎縮性胃炎および胃潰瘍といった胃粘膜病変を引き起こし、さらに胃癌、mucosaassociated lymphoid tissue(MALT)リンパ腫などの悪性新生物とも深く関与していることが示されている。1994年世界保健機構/国際癌研究機関(WHO/IRAC)は、ピロリ菌をタバコと同様にもっとも危険度の高いグループIの発癌因子に指定した。 ピロリ菌にはさまざまな遺伝子多型がみられ、臨床的に単離されたピロリ菌はCagA陽性株と陰性株に大別される。胃癌の発症率が極めて高いことで知られる日本、韓国、中国などの東アジア諸国で分離されるピロリ菌は、90~95%がCagA陽性株であるのに対して、胃癌発症率が比較的低いとされる欧米諸国で分離されたピロリ菌では、CagA陽性株が占める割合は60%程である。疫学的調査においても、CagA陽性ピロリ菌は陰性ピロリ菌に比べて胃癌発症の危険率が有意に高めることが示されている。 CagA遺伝子は分子量約130kDaのCagAタンパク質をコードしており、そのcagA遺伝子は、ピロリ菌のゲノム配列内の、cagPAI(cag pathogenicity island)と呼ばれる領域に存在する。cagPAIは水平伝播により外来性に持ち込まれた起源不明のDNA断片であり、約40kbに及ぶDNA配列の中には、cagA遺伝子のほかに約30種の遺伝子が含まれている。菌体内で産生されたCagAは、胃粘膜上皮に接着したピロリ菌からIV型分泌装置を介して胃上皮細胞に侵入する。 そして細胞内に侵入したCagAには分子レベルでの様々な発癌活性が報告されたてきた 2008年になり、全身性にCagAを恒常的に発現するcagAトランスジェニックマウスが作成ならびに解析された。cagAトランスジェニックマウスでは、生後12週までに約半数の個体において胃上皮の過増殖による胃粘膜上皮の肥厚が観察された。さらに72週令まで観察を続けると一部の個体から胃癌、小腸癌、血液腫瘍が発症した。 炎症と発癌との関連は、19世紀すでにドイツの病理学者Virchowが提唱しており、具体例として、B型肝炎ウィルス、C型肝炎ウィルスによる肝細胞癌の発症、IBD患者における大腸癌の発症などが示されている。ピロリ菌感染が、引き起こす胃炎についても胃発癌に重要な役割を果たしているものと考えられている。 ピロリ菌が引き起こす胃炎について疫学的にcagPAI陽性株のピロリ菌は陰性株に比べ強い胃炎を引き起こしことがわかっており、代表的な炎症シグナルであるNF-kB経路を活性化している。またCagAタンパクにもNFkB経路の活性化するとの報告がある。ただし、前述のCagAトランスジェニックマウスにおいては、各臓器にて強い炎症反応の誘導が見られていない。また、上皮癌(胃癌、小腸癌)の発症率は72週齢おいても3%(4/152)と高いものではなかった。そこでCagAと炎症の関連をcagAトランスジェニックマウスを使用して検討することとした。ピロリ菌は胃に感染し胃炎を引き起こすことから胃炎モデルにて検討することが望ましかったが、代表的な胃炎モデルであるHelicobacter felisやHelicobacter pylori SS1株の感染モデルでは、個体間の差が大きく長期観察に適さないと考えた。細胞レベルにおいてCagAは極性化上皮細胞で特徴的な機能を発揮する報告がある。また、疫学的にはピロリ菌感染と大腸ポリープの関連が指摘されている。炎症性大腸ポリポーシスの一つであるCAP polyposisや大腸MALTlymphomaではピロリ菌除菌療法が有効との報告もある。このように大腸疾患においてもピロリ菌との関連が指摘されていることから、今回代表的な大腸炎モデルであるDSS大腸炎モデルにて検討することとした。 [方法]cagAトランスジェニックマウスと同腹仔(WT)にDSSを飲水させることで大腸炎を惹起し大腸においてCagAと炎症刺激との関連性を検討した。それぞれDSSを投与しない群、投与する群を作成し4群にて比較検討した。6週齢のマウスに2%DSSを自由飲水にて4日間投与しその後17日は滅菌水を飲水させた。この21日間を1サイクルとし14回繰り返した後48週齢にて安楽死させ解析した。DSS大腸炎の重傷度を体重変化、生存曲線、大腸長の短縮、HE染色像における病理学的スコアリングにて解析した。DSS大腸炎にて発生した隆起性病変およびdysplasiaをHE染色にて病理学的検討を行った。また得られた組織をそれぞれKi67抗体、β-catenin抗体、p53抗体にて免疫染色した。NFκBシグナルを解析するために大腸組織から抽出したタンパク液を使用してIκBαおよびphospho-IκBαをウェスタンブロットにて解析した。また、phospho-Ikk及びp65の免疫染色を行い解析した。炎症性サイトカインについて、大腸組織より抽出したmRNAを使用しRT-qPCRにてIl-1βとTNFαについて解析した。また、cagAトランスジェニックマウスでは血球でもCagAが発現していることを考慮し、脾臓内より白血球を分離し血球分画をT細胞/B細胞、CD4/CD8について解析した。 [結果]DSSを投与したcagAトランスジェニックマウスは、同腹仔(WT)に対して有意に体重が減少し病理学的スコアリングにおいてもより重傷な大腸炎を起こした。また生存曲線による解析でも有意な差を認めた。炎症を引き起こしている血球分画を解析したがcagAトランスジェニックマウスと同腹仔の間に有意な差は見られなかった。ウェスタンブロットによる解析ではIκBαおよびphospho-IκBαの変化をみとめ、免疫組織学的染色にてphopho-Ikkの発現増加とp65の核内移行がみられNFκB経路の関与が示唆された。cagAトランスジェニックマウスにおいては、dysplasiaの発生率が有意に上昇しCagAが炎症と作用することで発癌活性を高めることが確認された。また、発生するdysplasiaの形状は同腹仔(WT)とcagAトランスジェニックマウスの間で特徴がことなり、同腹仔(WT)では今までの報告通りほとんどが隆起性であったに対して、cagAトランスジェニックマウスでは平坦型が多くを占めていた。この特徴はp53ノックアウトマウスにDSSを投与した際の特徴と一致するものであった。炎症性サイトカインの解析においては、DSSを投与した同腹仔(WT)とcagAトランスジェニックマウスの間に有意な差はなかったが、DS投与によるサイトカインの上昇が非常に軽度であったため解析ポイントが適切でなかった可能性を考え再度解析ポイントを変更して解析する予定である。 [考察]DSSを投与したcagAトランスジェニックマウスでは、体重変化、生存曲線、病理学的検討から大腸炎の悪化が観察され隆起性病変、dysplasiaの発生も有意に高かった。発生したdysplasiaには形状に差があり、cagAトランスジェニックマウスで平坦型が増える特徴は、p53ノックアウトマウスの性質と類似している。このことは遺伝子上の何らかの変化が起こることでdysplasiaの発生率が上昇している可能性が考えられた。cagPAI陽性ピロリ菌は陰性菌と異なり上皮細胞にて免疫グロブリンのクラススイッチに必要な脱アミノ酵素AID(activation-induced cytidine deaminase)を誘導することができる。消化管で誘導されたAIDにはp53などの遺伝子変異を誘導し癌化に寄与しているとの報告がある。今回観察されたcagAトランスジェニックマウスにおけるdysplasiaではAIDが関与している可能性が考えられた。 今回のDSS大腸炎モデルにおける検討では、Helicobacter pyloriタンパク質CagAがin vivoにおいて炎症刺激に対する反応性を増強していることと、慢性炎症による発癌を促進していることを示した。ピロリ菌内のcagPAIの存在が炎症反応の程度と強く相関しており、cagPAIはピロリ菌のIV型分泌装置をコードしているものと考えられている。CagAはこのIV型分泌装置を介して胃粘膜上皮内に侵入する。このことから、CagAが炎症に影響を及ぼしているのだと考えられてきた。しかし、cagPAIにはcagA以外にも30以上の遺伝子群が存在しcagA以外の人工的に作りだしたmutantピロリ菌を使用してもΔCagAと同じように炎症の増悪が見られなくなる。多くの研究はこのようなmutantピロリを使用し解析を行っておりピロリ菌自体が保有するCagA以外の病原因子が与える炎症に対する影響を排除することが出来ていなかった。分子レベルにおいてはCagAが炎症を代表するNF-κB経路やstat3経路を亢進させているとの報告がされている。しかしながら、cagAトランスジェニックマウスでは強い炎症を引き起こしておらず、in vivoではCagA分子単独で炎症の惹起を認めない。そこで、考えられたのが元々何らかの炎症刺激が加わっている状態において、CagAがその刺激反応に役割を果たしているのではないかと考えられた。本研究では、初めてin vivoにおいて純粋な分子としてのCagAが炎症刺激に果たす役割を解析することが出来た。また、慢性炎症が発癌リスクとなることは広く知られており、胃癌においても、Helicobacter felisの感染モデルや、スナネズミを用いたピロリ菌の持続感染モデルにおいて慢性炎症が発癌を導いていることが確認されている。DSS大腸炎モデルでは、DNA傷害剤であるAOM(azoxymethane)を投与後のDSS飲水でも大腸癌を高率に発生させることができ、大腸癌モデルおよび炎症発癌モデルとして有名であるが、発癌剤であるAOMを投与せずDSS大腸炎として長期観察した報告はこれまでになかった。本研究において有名なAOM+DSS大腸炎のモデルではなく、DSS単剤のモデルを選らんだ理由として実際の胃癌は数十年のという長い慢性炎症を経て発症することから、長期にわたる炎症を引き起こすことでより実際の発癌プロセスを模倣できるのではないかということと、発癌剤の使用自体が生理的な条件とは言えないことを考慮したためである。cagAトランスジェニックマウスの持つ発癌活性の炎症刺激を加えることで発癌活性が増強することが明らかになった。また、同腹仔(WT)にも発癌がみられていることから炎症刺激による発癌をCagAが促進しているとも言える。DSSという刺激により引き起こされた炎症がCagA存在下で促進されていることを、病理学的に確認することができNF-κB経路の活性化が関与していることがわかった。 胃癌は細菌感染およびそれがもたらす炎症の直接的な関与がはじめて示されたヒト癌であり、ピロリ菌タンパク質CagAと炎症との関連の解明が進むことにより、その成果が臨床における胃癌治療に役立つことが期待されます。 | |
審査要旨 | 本研究はマウスDSS(Dextran Sulafate Sodium)大腸炎におけるHelicobacter pylori CagAの役割を明らかにするため、CagAを恒常的に全身で発現するCagAトランスジェニックマウス及びWT同腹仔を用いてマウスDSS大腸炎の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.DSSを投与したCagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ体重減少が有意に多く、Kaplan-Meier法による解析でも生存率の有意な低下が見られた。大腸長の短縮による大腸炎の解析においても、CagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ有意に短縮長は大きかった。病理学的な解析においても、CagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ有意な悪化が見られた。これらのことからCagAの発現は、DSS大腸炎を悪化させることが示された。 2.マウスDSS大腸炎において発生する隆起性病変を解析したところ、CagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ有意に隆起性病変の発生率が上昇した。隆起性病変の大きさや多数性については有意な差がなかった。病理学的なdysplasiaについても解析したところ、CagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ有意に発生率が高く、多数性についても有意に高かった。また、dysplasiaの形態を隆起型と平坦型に分けて解析したところ、WT同腹仔ではほとんどが隆起型を示すに対してCagAトランスジェニックでは平坦型の割合が高くなっていた。Ki67抗体による免疫組織学手染色をしたところ、DSSを投与したマウスでは非dysplasia部においてもKi67陽性細胞が増加したが、CagAトランスジェニックマウスとWT同腹仔の間には差は見られなかった、またdysplasia部においても両群で陽性細胞の増加が見られた。β-catenin抗体による免疫組織学的染色では、両群のdysplasia部において核内移行が観察された。加えてp53の免疫組織学的染色でも、両群のdysplasia部において核内集積が見られた。これらのことからCagAの発現はDSS大腸炎による腫瘍性病変の発生を促進していることが示された。 3.DSSを投与したマウスでは脾臓の腫大が見られ、脾臓重量を解析したところDSSを投与したCagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ有意な脾臓重量の増加が見られた。このことはCagAの発現により大腸炎が悪化することを支持している。続いてFlow Cytometoryにて脾臓内白血球を解析したが、CagAトランスジェニックマウスとWT同腹仔との間には、T細胞/B細胞の構成比およびT細胞のCD4/CD8構成比のいずれにおいても有意な差は見られなかった。 4.マウス大腸から作成した蛋白抽出液を用いてphospho-IκBを解析したところ、DSSを投与したCagAトランスジェニックマウスでは、DSSを投与したWT同腹仔に比べphospho-IκBの発現が増加していた。同じくIκBついて解析したところ、DSSを投与した群していない群いずれにおいてもCagAトランスジェニックマウスは、WT同腹仔に比べ発現が減少していた。大腸組織をphospho-Ikkα/β抗体にて免疫組織学的染色したところ、DSSを投与していないマウスでは発現はほとんど見られずDSSを投与したマウスで発現の上昇が見られた。さらに、CagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ発現量が上昇していた。また、大腸組織をp65抗体にて免疫組織学的染色したところ、DSSを投与していないマウスではほとんど発現が見られず、DSSを投与したマウスでは発現の上昇が見られ核内への集積が見られた。さらにCagAトランスジェニックマウスでは、WT同腹仔に比べ発現の上昇が高く、より強く核内への集積が見られた。これらのことは、CagA発現によるマウスDSS大腸炎の悪化にNF-κB経路が関与していることを示している。 以上、本論分はHelicobacter pylori CagAの発現により、マウスDSS大腸炎が悪化することが示され、その増悪にはNF-κB経路の関与が示された。またDSS大腸炎による隆起性病変およびdysplasiaは、CagAの発現により増加することから炎症発癌にも寄与することが示された。CagA陽性Helicobacter pyloriの感染は、慢性胃炎や胃癌をはじめとする悪性新生物の発生に密接に関与するとされている。本研究は炎症発癌におけるCagAの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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