学位論文要旨



No 129330
著者(漢字) 内野,里枝
著者(英字)
著者(カナ) ウチノ,リエ
標題(和) 内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)後膵炎発症予防におけるリスペリドンの有効性に関する多施設共同無作為化比較試験による検討
標題(洋)
報告番号 129330
報告番号 甲29330
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4063号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 准教授 池上,恒雄
 東京大学 特任准教授 加藤,直也
 東京大学 講師 吉田,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

日本における急性膵炎の年間発症率は10万人あたり27.7人である。2003年の厚生労働省研究班の全国調査では、診断的ERCP(Endoscopic Retrograde Cholangiopancreatography)による急性膵炎が2.9%、内視鏡的乳頭処置による急性膵炎が2.1%であった。

ERCPは十二指腸乳頭から胆管・膵管に造影剤を注入して胆膵疾患の診断を行う検査である。MDCT(Multi Detector-row Computed Tomography)やMRCP (Magnetic Resonance Cholangiopancreatography)、EUS(Endoscopic ultrasound)などの非侵襲的な画像診断の進歩によりERCPの診断的意義は低下してきてはいるものの、術前診断としての癌の進展度判断・切除範囲の決定や病理学的診断のための胆管生検を目的としたERCPなどは未だに重要である。さらに近年は、胆管結石除去術や胆道狭窄に対するステント留置など、治療においても重要な手技である。しかし、ERCPは侵襲のある手技であり、10%程度の症例で偶発症を生じる。偶発症の中で、急性膵炎は最も頻度が高く、4~7%程度に生じ、特に初回乳頭ではその頻度は10~15%程度とさらに上昇する。ERCP後膵炎は0.3~0.6%で重症化し、さらには致死的となることもあるため、その予防が重要となる。

ERCP後膵炎の原因としては、膵管造影による膵管内圧・膵組織圧の上昇や造影剤自体の刺激、術後の乳頭浮腫やOddi括約筋のspasmによる膵管内圧上昇などが推察されているものの、未だに原因は不明である。ERCP後膵炎の予防のための対策としては、膵管ステント留置、膵管造影を避ける、乳頭に負荷をかけないような胆管挿管方法やデバイスの工夫といった手技による予防と、薬剤投与による予防があり、国内外で多数の臨床試験が施行されている。

薬剤投与による予防に関しては、European Society of Gastrointestinal Endoscopy Guidelineでは、Nonsteroidal anti-inflammatory drugs (NSAIDs) の予防投与が推奨されている。2012年NEJMにてindomethacin50mg(坐薬)投与による膵炎予防効果を示す多施設共同二重盲検無作為化比較試験が報告された。しかし、この試験の対象群はsphincter of Oddi dysfunction(SOD)症例が80%以上であり、特殊な対象群となっている。SOD症例の少ない本邦へこの結果を適応できるかは疑問である。

東京大学医学部消化器内科では、ウリナスタチンの膵炎予防効果を無作為化比較試験で示した。しかし、予防効果は認めなかったとする報告もあり、依然として予防投与は保険適応外となっている。また、ウリナスタチンはアメリカなど多くの国で認可されていない。そこで次に統合失調症の治療薬として使用されているリスペリドンに注目した。マウスの膵炎実験モデルであるセルレイン膵炎やコリン欠乏エチオニン膵炎において、セロトニン(5-HT)受容体拮抗薬の投与により膵炎の抑制効果が示されている。5-HTは、腸管の化学的、機械的刺激により膵外分泌を促進させる。また、血小板凝集、血管収縮、IL-6、TNF産生誘導作用により、膵炎重症化に寄与している可能性もある。リスペリドンは5-HT2受容体を選択的に阻害し、膵炎の発症および重症化を抑制する可能性がある。そこで東大消化器内科ではウリナスタチン単独投与とリスペリドン併用投与を比較した無作為化比較試験を施行した。膵炎発症率は8.8% vs 5.3%(p=0.438)と有意差は認めなかったが、改善効果は示された。また、ERCP18時間後の膵酵素の上昇は有意に抑制した。この試験でリスペリドンの有効性が示唆されたため、今回はプラセボを対象とした無作為化比較試験を施行することとした。

【方法】

東京大学医学部附属病院および関連施設(日本赤十字社医療センター、東京警察病院、関東中央病院、三井記念病院、埼玉医科大学国際医療センター、JR東京総合病院)において、リスペリドンのERCP後膵炎予防効果を検証する無作為化二重盲検群間比較試験を施行した。当該施設にて侵襲的な検査を含む診断ERCPまたは治療ERCPが予定されており、年齢が20歳以上80歳未満であり、本人の自由意思による文書同意が得られた者を対象とした。同意書を取得後、ERCP施行前にWeb上の患者登録・症例割付システムに登録し、ERCPの目的(胆管または膵管)と施設、年齢(70歳以上、70歳未満)、性別、BMI(25以上、25未満)を層別化因子とし、最小化法で割付を行った。目標症例数は500例(リスペリドン群250例、プラセボ群250例)とした。

リスペリドン群にはリスペリドンを2mg経口投与、プラセボ群には乳糖を投与した。両群ともERCP処置2~0.5時間前に投与した。試験薬調剤は東大病院薬剤部にて行い、マスキングは東大病院臨床研究支援センターにて行った。

ERCP後急性膵炎患者の割合および重症度を主要評価項目とした。ERCP後急性膵炎の定義はCotton基準を用い、ERCP後18時間の血清Amylaseが基準値上限の3倍以上かつ上腹部痛が24時間以上持続しているものを膵炎とした。重症度判定もCotton基準に準じて行った。Amylaseが基準値上限の3倍以上であった場合または腹痛を認めた場合にはCTを施行した。腹痛を認めないが、膵酵素の上昇とCTにて膵炎所見があれば、厚生労働省基準にて膵炎と診断した。

副次的評価項目は、血清Amylase、P-Amylase、Lipaseの変化、ERCP処置後に偶発症を発症した被験者の割合、ERCP後膵炎のrisk factorの検討とした。

【結果 1】

2011年3月から2012年10月までにERCPを予定し、試験参加に同意が得られた500例を登録した。両群それぞれ250例ずつ割り付けられた。割付後に17人が除外となり、483人(リスペリドン群 239人、プラセボ群 244人)で解析を行った。

患者背景・ERCP所見には各群で有意差は認めなかった。

Cotton基準での膵炎発症率はリスペリドン群とプラセボ群で10.0% vs 8.6% (p=0.587)で、有意差は認めなかった。厚生労働省基準での膵炎発症率も15.1% vs 12.3%(p=0.376)で、両群で有意差は認めなかった。ERCP3時間後のAmylaseは、プラセボ群と比較しリスペリドン群において低値であったが(mean 187IU/L vs 257 IU/L; p=0.007)、ERCP18時間後のAmylaseは両群で有意差は認めなかった。悪性症候群や遅発性ジスキネジアなど、リスペリドン内服の関連が疑われる有害事象は認めなかった。

【結果 2】

ERCP後膵炎のrisk factorについて検討した。単変量解析では、「小結節乳頭」、「胆管attempt時間10分以上」、「腺房造影まで膵管造影を施行」、「肝内胆管狭窄」、「治療時間40分以上」がrisk factorとして有意であったが、多変量解析では「小結節乳頭」、「肝内胆管狭窄」、「治療時間40分以上」が有意であった。次に、胆管目的にERCPを施行した427例と膵管目的にERCPを施行した56例それぞれの解析を行った。胆管目的の場合には単変量解析では、「小結節乳頭」、「胆管attempt時間10分以上」、「肝内胆管狭窄」、「治療時間40分以上」がrisk factorとして有意であった。多変量解析では、「小結節乳頭」および「肝内胆管狭窄」がrisk factorとして有意であった。膵管目的の場合、ERCP後膵炎のrisk factorは、単変量解析では「憩室内開口」、「膵腺房造影までの膵管造影」、「膵管ステント留置」、「治療時間40分以上」が有意となった。症例数および膵炎発症数が少ないため、多変量解析は施行できなかった。

【結果 3】

膵管目的の56例でサブグループ解析を行った。Cotton基準での膵炎発症率は7.1% vs 21.4% (p=0.127)であり、両群で有意差は認めなかったが、リスペリドン群で少ない傾向であった。ERCP18時間後のAmylaseは、プラセボ群と比較しリスペリドン群において有意に低値であった。

【結果 4】

CT所見についても検討を行った。Cotton基準においては膵炎ではなく高Amylase血症となる症例80例のうち、CTは67例で施行していた。CTはBalthazar gradeにて評価した。Balthazar grade AおよびBをCTでの膵炎所見なし、C、D、EをCTでの膵炎所見ありと判断したところ、高Amylase血症でCTを施行していた67例のうち、17例(25.4%)で膵炎所見を認めた。これらの症例は厚生労働省2010年急性膵炎診断基準では膵炎となる。

【結論】

セロトニン受容体拮抗薬であるリスペリドンは、今回の投与法では、ERCP3時間後のAmylaseの上昇は抑制するが、膵炎予防効果は認めなかった。投与量・投与回数を増やすことで膵炎予防効果が得られる可能性があるが、その場合は対象群を若年者や肝機能・腎機能が正常な症例に限定する必要があると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)後膵炎発症予防に対するリスペリドンの有効性を明らかにするために、多施設共同無作為化比較試験を行って検証を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.セロトニン受容体拮抗薬であるリスペリドンは、本研究の投与法では、膵炎の発症率はリスペリドン群で10.0%、プラセボ群で8.6%であり有意差は認めなかった(p=0.587)。しかし、ERCP3時間後のAmylase上昇はリスペリドン群で有意に抑制した(p=0.007)。

2.ERCP後膵炎のrisk factorについて検討したところ、単変量解析では、「小結節乳頭」、「胆管attempt時間10分以上」、「腺房造影まで膵管造影を施行」、「肝内胆管狭窄」、「治療時間40分以上」がrisk factorとして有意であったが、多変量解析では「小結節乳頭」、「肝内胆管狭窄」、「治療時間40分以上」がrisk factorとして有意であった。

3.膵管目的の56例でのサブグループ解析では、膵炎の発症率はリスペリドン群で7.1%、プラセボ群で21.4%であり、有意差はないがリスペリドン群で膵炎が少ない傾向であった(p=0.127)。また、ERCP3時間後および18時間後のAmylase上昇は、リスペリドン群で有意に抑制した。

4.Cotton基準において膵炎ではなく高Amylase血症と診断される症例80例のうち67例でCTを施行した。67例のうち17例(25.4%)でCTにて膵炎所見を認めた(Balthazar grade C~E)。これらの症例は厚生労働省2010年急性膵炎診断基準では膵炎となる。

以上、本論文は、リスペリドンのERCP3時間後のAmylase上昇の抑制効果を明らかにした。ERCP後膵炎の予防効果があると認められ、世界的に使用されている薬剤は未だにない状態である。膵炎の予防効果は認められなかったものの、リスペリドンのAmylase上昇抑制効果をプラセボ対象の二重盲検試験で検証した本研究は、今後のERCP後膵炎予防の研究に重要な貢献をなすと考えられる。また、今回ERCP後膵炎のrisk factorとして有意となった小結節乳頭はこれまでに報告のないものであり、今後のERCP後膵炎の予防対策に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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