学位論文要旨



No 129331
著者(漢字) 濱田,毅
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,ツヨシ
標題(和) 中下部悪性胆道閉塞に対する内視鏡的金属ステントの開存における十二指腸胆管逆流の影響の検討
標題(洋)
報告番号 129331
報告番号 甲29331
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4064号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 准教授 池上,恒雄
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

悪性胆道閉塞は、悪性腫瘍による胆管狭窄により閉塞性黄疸に到った病態であり、放置すると肝不全・胆管炎に到るため、速やかな胆道ドレナージが必要である。近年、低侵襲な胆道ドレナージとして内視鏡的ステント留置術が広く行われているが、使用されるステントにはプラスティック・金属の2種類がある。胆管閉塞部位が乳頭部に近く肝門部から2cm以上の距離がある「中下部」悪性胆道閉塞に対しては内視鏡的に留置する金属ステントが、プラスティックステントよりも大口径であり開存期間が長いことから、第一選択の胆道ドレナージ術として、広く行われている。さらにカバー付き金属ステントが開発されて腫瘍のステント内への侵入を防ぐことで、腫瘍による閉塞を防ぎ、長い開存期間が得られることが報告されている。しかし、カバー付き金属ステントでは、胆泥などによる非腫瘍性の閉塞や、ステントが腫瘍により固定されないために逸脱というdysfunctionが増えることが報告されてきた。また、金属ステントはプラスティックステントの5-6倍にコストが高いため、金属ステントが3ヶ月以内の早期にdysfunctionしてしまう症例では、高いコストを上回る金属ステントのメリットは得られないことになる。しかし、コスト面を考慮した3ヶ月以内の早期dysfunctionの危険因子は明らかにされておらず、さらなる金属ステントの成績向上には、この病態の解明と対策が必要である。

そこで、研究(1)として、1994年4月から2010年8月までに、当科及び関連4施設において、切除不能膵癌による中下部悪性胆道閉塞に対して金属ステントの初回留置を施行し、3ヶ月以上フォローアップができた317例を対象に、金属ステントの早期dysfunctionの危険因子を同定する後ろ向き研究を行った。ステント閉塞やステント逸脱に加えて急性胆管炎はstent dysfunctionと定義され、このdysfunctionが起きた際には内視鏡的胆道膵管造影(ERCP: endoscopic retrograde cholangiopancreatography)などの再インターベンションを要し、入院療養が必要となり、患者のquality of lifeを低下させる。、本研究では、腫瘍の十二指腸浸潤の影響を検討するため、解剖学的位置関係から十二指腸浸潤を高率に認める膵癌症例を対象とした。本研究では腫瘍の十二指腸浸潤を、腫瘍によると考えられるびらん、潰瘍性病変、十二指腸狭窄を内視鏡で認めるものと定義し、全317例中118例(37%)に認めた。

早期dysfunctionを目的変数、患者の背景因子を説明変数とした、ロジスティック回帰分析で解析。まず単変量解析では、肝転移、十二指腸浸潤、抗腫瘍療法、白血球低値がP値0.25未満であり、これらの因子を多変量解析に投入した結果、腫瘍の十二指腸浸潤のみが有意因子であった(オッズ比 2.35、95%信頼区間 1.43-3.90、P値 0.001)。腫瘍の十二指腸浸潤を認める症例では、認めない症例に対して、有意にstent dysfunctionまでの期間が短く(中央値94日vs. 219日、Kaplan-Meier法、P値 <0.001、ログランク検定)、早期dysfunctionの原因としては、食物残渣の逆流による閉塞を多く認める傾向があった(10% vs. 4%、P値 0.053、カイ2乗検定)。金属ステントの早期dysfunctionの主な原因は食物残渣及び閉塞のない胆管炎(それぞれ21%)であり、十二指腸胆管逆流が早期dysfunctionの大きな要因と考えられた。

中下部悪性胆道閉塞の場合、胆管の閉塞部位を十分にバイパスしようとすると、金属ステントが乳頭部を横切る形でその遠位端を十二指腸に出して留置せざるを得ないことが多く、本来ならば十二指腸から胆管への逆流を防ぐ乳頭括約筋機能が及ばなくなり、十二指腸胆管逆流を認めることが報告されている。しかし、金属ステントの口径は大きいために、通常の十二指腸内圧では、逆流した食物残渣や十二指腸液は自然に胆管から十二指腸に戻るため、必ず胆管炎が生じるわけではない。腫瘍の十二指腸浸潤を認める症例では、十二指腸内腔の狭小化や低下した腸蠕動により腸管内圧が上昇し、胆管内に逆流した食物残渣や十二指腸液が胆管内で鬱滞し易くなり、ステントの閉塞や胆管炎を生じるものと思われる。

このような背景から、理論的には十二指腸胆管逆流を低減することで、ステントの開存期間を延長することが期待される。そこで金属ステント遠位端を十二指腸に留置する場合においても十二指腸胆管逆流を防ぐ試みとして、金属ステントの十二指腸側に逆流を防止する弁を付加した逆流防止弁付き金属ステント(以下、「逆流防止ステント」)が開発され、悪性胆道閉塞への初回ドレナージとしての逆流防止ステントを評価する前向き臨床試験において、留置手技の安全性と共に良好な開存期間が報告された。

中下部悪性胆道閉塞に対して留置した金属ステントが十二指腸胆管逆流により閉塞した、いわば閉塞のハイリスク症例に対する再インターベンションにおいて、逆流防止ステントの有用性をより認める可能性がある。そこで今回、研究(2)として金属ステント閉塞症例に対する逆流防止ステントの有用性を検討する前向きパイロット試験を行った。2010年3月から2012年1月までに、当院および日本赤十字社医療センターにおいて、中下部悪性胆道閉塞に対して初回留置したカバー付き金属ステントが十二指腸胆管逆流により閉塞した症例に対して、逆流防止ステントの留置成功率、合併症、閉塞した金属ステントと比較した開存期間延長効果を検討した。検討した逆流防止ステントは、金属ワイヤーで編んだカバー付き金属ステントの十二指腸端に10mm長のスカート型の逆流防止弁を付加した構造になっている。逆流防止弁の捲くれ上がりを防ぐため、弁には縦軸方向に5mm長のバーが4本入っている。この研究は、自主臨床試験として、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認(承認番号2687)、及び日本赤十字社医療センター臨床研究倫理委員会の承認(整理番号299)を受け、UMIN登録を行った上で実施した(Clinical trial registration number: UMIN000003568)。

試験の実際について述べる。中下部悪性胆道閉塞に対してカバー付き胆管金属ステントを留置した後、経過観察中に胆管炎や黄疸再発を認め、超音波検査やCTなどの画像検査によりステント閉塞を疑った場合、胆管炎や黄疸を改善させる目的、及び閉塞原因解明の目的でERCPを行い、経鼻胆管ドレナージを施行した。その閉塞原因が胆泥や食物残渣などの十二指腸胆管逆流によるものと考えられた場合、同意説明文書を用いてインフォームドコンセントを得た後、本試験に登録した。胆管炎・黄疸が改善した時点で、再度、ERCPを行い、可能であれば閉塞した金属ステントを抜去し、逆流防止ステントを留置した。留置の手技自体は通常の胆管金属ステントと同様である。

13例を登録し、手技成功率は100%であった。Dysfunctionの原因としての閉塞は2例(15%)で、閉塞原因は1例が胆泥で、1例は原因不明(原病の悪化による全身状態不良のため、再インターベンションは施行しなかった)。その他のdysfunctionとしては逸脱を4例(31%)に認めたが、Kaplan-Meier法による開存期間は、同じ患者群の以前に留置し閉塞した胆管金属ステントに対して有意に延長し(P値 0.039、ログランク検定)、3ヶ月開存率は83 vs. 38%、6ヶ月開存率は83 vs. 30%と延長効果を認めた。

一方で、今回検討した逆流防止ステントの問題点としてステント逸脱が多いことが挙げられた。逆流防止ステントを留置した13例で、ステント逸脱によるdysfunctionを4例(31%)に認め、他のカバー付き金属ステントの報告(2-9%)と比較して高かった。カバー付き胆管金属ステントの場合、カバーのためにステントが胆管壁に保持されないために逸脱が多く見られる点が問題である。しかし、近年では、カバー付き金属ステントでも、遠位端がやや広がる構造をしている金属ステントが開発され、ストレート型よりも逸脱が減るなど、ステント逸脱への対策がされてきている。今回の逆流防止ステントはストレート型であったが、遠位端が広がるデザインを導入することで逸脱率を低下させ、dysfunctionまでの期間延長が期待できる。

中下部悪性胆道閉塞に対する金属ステント留置症例において、腫瘍の十二指腸浸潤は、早期dysfunctionの危険因子であった。十二指腸への腫瘍浸潤により増悪した十二指腸胆管逆流が大きな要因と考えられ、十二指腸胆管逆流を防ぐ逆流防止ステントはこのような症例においても開存期間の延長が得られる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、研究(1)と(2)に分けて行われた。研究(1)は中下部悪性胆道閉塞に対する金属ステントの早期dysfunctionの危険因子を同定する目的で行われた後ろ向き研究であり、金属ステントの初回留置を受けた317例を対象に解析し、下記の結果を得ている。また、研究(2)は、研究(1)を通して金属ステントの早期dysfunctionの病態として解明された、腫瘍の十二指腸浸潤を認める症例での十二指腸胆管逆流への対策として、逆流防止弁付き金属ステントの有用性を検討する目的で行われた前向きパイロット試験である。留置したカバー付き金属ステントが十二指腸胆管逆流により閉塞した症例に対する、逆流防止ステントの留置成功率、合併症、閉塞した金属ステントと比較した開存期間延長効果を検討し、下記の結果を得ている。

1. 研究(1)では、1994年4月から2010年8月までに、当科及び関連4施設において、切除不能膵癌による中下部悪性胆道閉塞に対して金属ステントの初回留置を施行し、3ヶ月以上フォローアップができた317例を対象に解析した。早期dysfunctionを目的変数、患者の背景因子を説明変数とした、ロジスティック回帰分析で解析。単変量解析では、肝転移、十二指腸浸潤、抗腫瘍療法、白血球低値がP値0.25未満であり、これらの因子を多変量解析に投入した結果、腫瘍の十二指腸浸潤が早期dysfunctionの危険因子であることが示された(オッズ比 2.35、95%信頼区間 1.43-3.90、P値 0.001)。

2. 腫瘍の十二指腸浸潤を認める症例では、認めない症例に対して、有意にstent dysfunctionまでの期間が短く(中央値94日vs. 219日、Kaplan-Meier法、P値 <0.001、ログランク検定)、早期dysfunctionの原因としては、食物残渣の逆流による閉塞を多く認める傾向があった(10% vs. 4%、P値 0.053、カイ2乗検定)。金属ステントの早期dysfunctionの主な原因は食物残渣及び閉塞のない胆管炎(それぞれ21%)であり、十二指腸胆管逆流が早期dysfunctionの大きな要因であることが示された。

3. 研究(2)では、2010年3月から2012年1月までに、当院および日本赤十字社医療センターにおいて、中下部悪性胆道閉塞に対して初回留置したカバー付き金属ステントが十二指腸胆管逆流により閉塞した13例に対して、閉塞した金属ステントを抜去して逆流防止ステントを留置し、留置成功率、合併症、閉塞した金属ステントと比較した開存期間延長効果を検討した。

4. 手技成功率は100%で手技関連合併症は認めなかった。Dysfunctionの原因として、閉塞を2例(15%)。逸脱を4例(31%)に認めた。Kaplan-Meier法による開存期間は、同じ患者群の以前に留置し閉塞した胆管金属ステントに対して有意に延長し(P値 0.039、ログランク検定)、3ヶ月開存率は83 vs. 38%、6ヶ月開存率は83 vs. 30%と延長効果が示された。

以上、本研究は中下部悪性胆道閉塞に対する金属ステントの早期dysfunctionの危険因子として腫瘍の十二指腸浸潤を同定し、金属ステントの早期dysfunctionの病態が十二指腸胆管逆流によるものであることを明らかにした。また、このような十二指腸胆管逆流への対策としての逆流防止弁付き金属ステントの有用性を明らかにした。今後の悪性胆道閉塞に対する治療成績の向上に貢献すると考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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