学位論文要旨



No 129333
著者(漢字) 渡邊,義敬
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ヨシタカ
標題(和) 降圧薬と大腸ポリープとの関連について
標題(洋)
報告番号 129333
報告番号 甲29333
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4066号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,聡明
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 講師 多田,稔
 東京大学 講師 高澤,豊
 東京大学 准教授 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的

近年ライフスタイルの欧米化や高齢化社会を背景に、我が国においても代謝性疾患や整形外科的疾患を有した患者数が急増している。 多くの代謝疾患や整形外科的疾患は慢性的な経過を辿ることが多く、これらの疾患を有した患者達は各疾患に対する治療薬を常用していることが多い。

しかし、降圧薬を代表とする慢性代謝性疾患に対する常用薬が大腸癌にもたらす影響についてはよく判っていない。今回、以下の2つの検討を通し、降圧薬と大腸ポリープとの関連を調べた。

検討I 検査歴の無い症例を対象とした大腸ポリープ危険因子の検討

検討II 大腸ポリープ切除後クリーンコロン症例を対象とした、1年後の大腸ポリープ再発の危険因子の検討

方法

検討I 検査歴の無い症例を対象とした大腸ポリープ危険因子の検討

2007年1月から2010年12月までの4年間において東京大学医学部附属病院消化器内科で大腸内視鏡検査を施行された症例で、過去に検査歴の無い1382例(男性753例、女性629例、平均年齢60.0才)を対象とし、既知の危険因子とともに常用薬剤との関連を、横断的に検討した。結果、降圧薬との関連が認められ、さらに血圧、降圧薬の数、種類について検討を行った。一定の様式の質問票にて個人データ(性別、年齢、身長、癌の家族歴、飲酒歴、喫煙歴、全ての常用薬名、既往歴、検査理由)を取得した。大腸内視鏡検査では、観察中に認められたポリープについては存在部位、大きさ、個数を記録した。統計学的手法として、単変量解析では大腸ポリープが認められた群と認められなかった群の臨床的特徴の比較のために、計数値ではカイ二乗(χ2)検定、計量値ではt検定を行った。多変量解析では多重ロジスティック回帰分析を用いて解析を行い、各変量に対し、オッズ比と95%信頼区間を求めた。両側検定でP<0.05を統計学的に有意と判定した。

検討II 大腸ポリープ切除後クリーンコロン症例を対象とした、1年後の大腸ポリープ再発の危険因子の検討

以下の3つの条件を満たした222例(男性167例、女性55例、平均年齢64.7才)を対象とし降圧薬と大腸ポリープの再発との関連について検討を行った。(1)2007年1月から2010年12月までの4年間において東京大学医学部附属病院消化器内科で大腸内視鏡検査を施行された症例。(2)登録年の検査にて大腸ポリープが指摘され、指摘されたポリープは全て内視鏡的に切除された症例。(3)登録年の翌年にフォローアップの大腸内視鏡検査を施行された症例。情報収集及び大腸内視鏡検査については検討Iと同様。統計学的手法は検討Iと同様の他、平均値の比較には、対応のあるt検定を用いた。

結果

検討I 検査歴の無い症例を対象とした大腸ポリープ危険因子の検討

全対象症例1382例中、534例(男性 326例、女性 208、平均年齢67.1才)が降圧剤治療を受けていた。内、267例(男性 153例、女性 114例、平均年齢65.9才)は降圧薬を一剤内服しており、267例(男性 173例、女性 94例、平均年齢68.3才)は二剤以上の降圧薬を内服していた。多変量解析の結果、「年齢」、「腹囲」、「喫煙歴」、「飲酒歴」に加え、「降圧薬の常用」が独立した大腸ポリープの危険因子であることが示された(OR, 1.64; 95%CI, 1.3-2.1)。さらに血圧値と降圧薬数を組み入れた多変量解析を行ったところ血圧値と大腸ポリープとの間には明らかな関係は認められず、一方で降圧剤非内服者と比較したオッズ比は降圧薬単剤常用者においては1.50 (95% CI 1.1-2.1)、多剤常用者においては1.83 (95% CI 1.3-2.6)とさらに高い値が認められ、常用している降圧薬の種類が多くなるほど大腸ポリープのリスクが高くなる傾向が示された。また、降圧薬の種類別の大腸ポリープリスクについて多変量解析を行った結果、Ca拮抗薬が有意な危険因子であった(OR, 1.65; 95%CI, 1.1-2.6)が、統計学的有意差には達しなかったものの、ARB、ACE-阻害薬の常用も同等の高いオッズ比が示されており、Ca拮抗薬と同様に大腸ポリープと正の相関をもつ可能性が示唆された

検討II 大腸ポリープ切除後クリーンコロン症例を対象とした、1年後の大腸ポリープ再発の危険因子の検討

全対象症例222例中、観察期間中に降圧薬の常用が認められた(初回検査時または1年後再検査時に常用が確認された症例)症例は89例おり、その内、降圧薬の種類数が不変であった症例が52例、増加した症例が18例、減少した症例が19例認められた。1年後の大腸ポリープ再発は全体の51.4%(114例)に認められ、観察期間中に降圧薬の常用が認められた症例においては、圧薬の種類数が不変であった症例の再発率は61.5%(32/52例)であったが、増量した症例では72.2%(13/18例)と高く、一方減量群では15.8%(3/19例)と低い再発率が認められた

多変量解析の結果、「Δ降圧薬数(=1年後再検時の常用降圧薬数-初回検査時の降圧薬数)」が独立した大腸ポリープ再発の危険因子であることが示された(OR, 3.17; 95%CI, 1.5-7.5)。さらに観察期間中に降圧薬の常用が認められた症例を、登録時と1年後の降圧薬数の差から、「不変」群と「増量」群、「減量」群の3群に層別化し、各群の「常用無し」群に対するリスクを多変量解析により検討した結果、「常用無し」群に対するオッズ比は[不変] OR, 0.44; 95%CI, 0.1-1.7, [増量] OR, 1.51; 95%CI, 0.5-5.5, [減量] OR, 0.04; 95%CI, 0.003-0.3と、常用する降圧薬の減量が大腸ポリープの再発に抑制的に働く可能性が示唆された。

考察

高血圧と大腸ポリープとの関連に関しては、特に、確立された大腸腫瘍の危険因子である肥満や内臓脂肪が、交絡因子となる可能性が考えられる。本研究においては、BMIおよび腹囲、その他確立された危険因子である、性別、年齢、家族歴、飲酒、喫煙などを含めた多変量解析を行ったが、これら因子を補正しても、降圧薬内服者は有意に大腸ポリープのリスクが高いという結果が得られた。ついで、降圧薬内服と大腸ポリープ発症の因果関係については、薬の影響を考えるほかに、高血圧症の病状自体が大腸ポリープ発症に影響する可能性も考えられる。すなわち降圧薬複数内服者は、高血圧が重症であるために、大腸ポリープのリスクも高いという可能性がある。その点を検討するため、第二の多変量解析として、血圧の実測値と降圧薬の内服薬数を組み入れた解析を行った。その結果、血圧の値そのものは大腸ポリープのリスクと相関がみられなかったが、降圧薬の内服薬数は大腸ポリープと強い関連がみられた。すなわち血圧コントロールが良好であっても薬の数が多い者はリスクが高く、コントロール不良であっても薬が少ない者では大腸ポリープのリスクは低かった。この結果は高血圧症の病態そのものが大腸ポリープの発生に作用する可能性を完全には否定するものではないが、降圧薬のほうが大腸ポリープの発症に影響を及ぼしている可能性を支持する結果と思われる。降圧薬の種類別に大腸ポリープのリスクを解析した結果、Ca拮抗薬において有意差が示されたが、他にARB、ACE阻害薬の常用も同等の高いオッズ比が示された。既報においても、いずれの降圧薬についても、癌との関連を示唆する報告がみられ、また、薬の種類が多い者ほどリスクが高いこと、1年の短期間においても薬の数の増減によって再発率が影響されているようにみえることなど、薬の種類によらず、大腸ポリープのリスクを上昇させている可能性が考えられた。あるいは、異なる作用機序をもつ薬剤が同じく大腸ポリープのリスクを上昇させ、薬剤数の増減が大腸ポリープのリスクに強く影響を与えるということから、腫瘍発生の要因として降圧薬の個々の薬理作用を想定するべきではなく、血圧の上昇を薬物で抑え込むことそのものによる悪影響、たとえば血圧低下に反応して、ある種の腫瘍発育因子が活性化されるなどの機序が隠れているのかもしれない。

本研究のlimitationについてはまず、降圧薬の名前は調査しているが、薬の量や、内服期間については取得できておらず、それらを調べることでより詳細な検討が可能であったと思われる。また、limitationとして病理組織が不明な場合が多数含まれることがあげられる。日本の内視鏡ガイドラインにおいては抗血小板薬・凝固薬を内服している患者では、生検や内視鏡的切除を行わないよう推奨している。病理不明のポリープについては、抗血小板・凝固薬を内服しているために内視鏡的切除を行わなかった症例が含まれる。これら薬剤は、主に心血管疾患の予防のために処方されており、肥満やメタボリック症候群を構成する代謝異常を有する患者が多い。今回の結果も含め、これらは大腸腫瘍の高危険群と一致するため、これらを除いた場合、非常に偏った解析結果を生ずるものと考えられた。一方、サブ解析にて腺腫、過形成、病理不明のポリープそれぞれについて多変量解析を行った結果、降圧薬の影響は常に同程度の独立したリスク因子であった。これらをふまえて、今回は大腸ポリープ全体についての解析を行った結果について報告した。降圧薬の影響はポリープの組織によらず、隆起性病変を生じるように働く可能性がある。大腸癌に成長するのは腺腫と考えられ、過形成はリスクと関わらないと考えられてきたが、最近一部の癌についてはserrated pathwayという経路も別の経路として注目されている。降圧薬はその両方のリスクになる可能性がある。癌への影響については、浸潤癌症例は全集団の3%程度と少数であったため、多変量解析による評価を行うことができなかった。

結論

生涯初めて大腸内視鏡検査を行った症例を対象とした解析の結果、降圧薬は大腸ポリープの有意な危険因子であり、血圧値そのものより降圧薬の内服数がより大腸ポリープと強い関連が認められた。ついで大腸ポリープ切除後1年後のポリープ再発の危険因子を検討したところ、降圧薬の減量により大腸ポリープの再発が抑制されることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

近年ライフスタイルの欧米化や高齢化社会を背景に、我が国を含めて代謝性疾患や整形外科的疾患を有した患者数が急増している。多くの代謝疾患や整形外科的疾患は慢性的な経過を辿ることが多く、これらの疾患を有した患者達は各疾患に対する治療薬を常用していることが多い。近年、これら常用薬が強力な環境因子として、腫瘍の発生や予防に関わる可能性を示唆した報告がなされている。本研究は特に近年増加している降圧薬の常用者における降圧薬の常用と大腸ポリープとの関連について、本施設における大腸内視鏡検査受診者を対象に検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

検討I 検査歴の無い症例を対象とした大腸ポリープ危険因子の検討

生涯で初めて大腸内視鏡検査を行った1382例を対象とし、既知の危険因子とともに常用薬と大腸ポリープとの関連を横断的に検討し、以下の結果が得られた。

1.大腸ポリープのリスクに関する検討因子として、確立した大腸癌の危険因子として認知されている「年齢」、「性別」、「肥満(BMI・腹囲)」、「飲酒」、「喫煙」、「大腸癌家族歴」を、また常用薬として「降圧薬」、「抗糖尿病薬」、「高脂血症薬」、「NSAIDs」、「Aspirin」を組み入れた多変量解析を行った結果、「降圧薬の常用」が独立した大腸ポリープの危険因子であることが示された(OR, 1.64; 95%CI, 1.3-2.1)。また、サブ解析として腺腫、過形成、浸潤癌、病理不明の各種ポリープ保有者群について全くポリープが認められなかった群を対照として多変量解析を行った結果、浸潤癌以外において降圧薬は同程度の独立したリスク因子であることが示唆された(腺腫:1.54 (95%CI 1.1-2.1)、過形成ポリープ:2.32 (95%CI 1.2-4.4)、浸潤癌:0.79(95%CI 0.4-1.5)、病理不明ポリープ:2.04(95%CI 1.6-3.1))

2.検査時の血圧値と常用している降圧薬の種類数と大腸ポリープとの関係を検討するため、対象集団を検査時に測定した血圧値から、「収縮期血圧140mmHg未満かつ拡張期血圧90mmHg未満」、「収縮期血圧140mmHg未満かつ拡張期血圧90mmHg以上」、「収縮期血圧140mmHg以上かつ拡張期血圧90mmHg未満」、「収縮期血圧140mmHg以上かつ拡張期血圧90mmHg以上」の4群に、また常用している降圧薬の種類数により「降圧薬常用なし」、「単剤」、「多剤」の3群に層別化し、これら二因子を組み入れた多変量解析を行った。解析の結果、血圧値と大腸ポリープとの間には明らかな関係は認められなかった一方で、常用している降圧薬の種類の数との間には強い相関が認められ、常用している降圧薬の種類が多くなるほど大腸ポリープのリスクが高くなる傾向が示された(降圧剤非内服者と比較したオッズ比は降圧薬単剤常用者においては1.50 (95% CI 1.1-2.1)、多剤常用者においては1.83 (95% CI 1.3-2.6))。

3.降圧薬非常用者群と単剤常用者群を対象に降圧薬の種類別の大腸ポリープリスクを比較する多変量解析を行なった結果、「Ca拮抗薬」の常用が独立した大腸ポリープの危険因子であることが示され、同様に有意差は得られなかったものの、ARB、ACE阻害薬の常用も大腸ポリープと正の相関をもつ可能性が示唆された。

検討II 大腸ポリープ切除後クリーンコロン症例を対象とした、1年後の大腸ポリープ再発の危険因子の検討

登録年の検査にて大腸ポリープが指摘され、指摘されたポリープは全て内視鏡的に切除された222例を対象とし、1年後の検査結果から降圧薬と大腸ポリープの再発との関連について縦断的に検討し、以下の結果が得られた。

1.「年齢」、「性別」、「腹囲」、「飲酒」、「喫煙」、「大腸癌家族歴」、「常用降圧薬数」を組み入れた多変量解析を行なった結果、「Δ降圧薬数(=1年後再検時の常用降圧薬数-初回検査時の降圧薬数)」が独立した大腸ポリープ再発の危険因子であることが示された(OR, 3.17; 95%CI, 1.5-7.5)。

2.観察期間中に降圧薬の常用が認められた症例を、登録時と1年後の降圧薬数の差から、「不変」群と「増量」群、「減量」群の3群に層別化し、各群の「常用無し」群に対する再発リスクを多変量解析により検討した結果、「常用無し」群に対するオッズ比は[不変] OR, 0.44; 95%CI, 0.1-1.7, [増量] OR, 1.51; 95%CI, 0.5-5.5, [減量] OR, 0.04; 95%CI, 0.003-0.3と、降圧薬数の増量は再発リスクを上昇させる傾向がみられた一方、降圧薬の減量は有意に大腸ポリープ再発を抑制する可能性が示唆された。

以上、本論文は本施設における大腸内視鏡検査被験者において、降圧薬の常用が大腸ポリープのリスク因子であり、特に薬剤数が強く関係していたことを明らかにした。本研究は降圧薬の常用と腫瘍発生及び増殖との関係を解明するために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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