学位論文要旨



No 129334
著者(漢字) 浅野,大樹
著者(英字)
著者(カナ) アサノ,ヒロキ
標題(和) 細胞集団全体の解析による骨髄異形成症候群の亜分類の同定とその予後予測
標題(洋)
報告番号 129334
報告番号 甲29334
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4067号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 准教授 山丸,薫
 東京大学 講師 熊野,惠城
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

骨髄異形成症候群は血液の悪性疾患のひとつであり、これまで主に形態学的な所見に基づいていくつかのサブグループに分類されてきた。しかしながら、形態学的分類のみではこの疾患群を分類しきることはできず、形態学的診断に基づけば同じサブグループに属する患者でも治療に対する反応性や予後に差があることが知られている。このため、臨床データを多変量解析することにより得られた結果からいくつかの予後予測手法が提唱されてきた。一方で、染色体や遺伝子の解析も行われてきており、5q-症候群のように新WHO分類では独立した亜群として扱われるようになったものも存在する。

フローサイトメトリーは従来MDS患者に対して臨床的に用いられることはあまり一般的ではなかったが、近年フローサイトメトリーをMDSの診断・治療に結び付けようという試みがなされつつありフローサイトメトリーによる測定と解析結果に基づく予後予測スコアリングも考案されている。

これまでの研究では異常細胞そのものに焦点が当てられその特徴を計測する手法が主であった。しかしながら、悪性腫瘍の維持は腫瘍細胞そのものだけではなく間質細胞や免疫細胞など周囲の環境にも大きく影響されていることが広く知られるようになってきている。今回MDSの解析を行うに当たり私はこうした腫瘍細胞とその周囲の細胞を全体的に評価する方法を考案し、細胞集団全体の分布の違いがMDSの患者の予後に影響を与え得るのかどうかをについて評価を行った。

今回私は、新規発症・未治療のMDS患者の骨髄サンプルを健常者の骨髄サンプルと比較し、その信号強度の分布の差異を定量化するという新たな視点から解析を行い、これまでとは異なるMDSの診断・予後予測手法を提唱するとともに、今後の治療成績の向上に結び付けたいと考え本研究を行った。

生物学的データに多く含まれるノイズを除去し、適切にデータの比較を行うために適応的パーティショニング法を用いた。適応的パーティショニング法は画像解析等に於いて用いられている方法である。具体的には脳のMRI画像から個体間の脳の構造の違いを検出する際などに用いるべく研究・開発が進められている手法である。

本研究から得られた結果は、フローサイトメトリーで計測された信号強度の分布の差異をもとに予後の異なるグループに分類することが可能であることを示唆するものであった。

生存曲線に関する差の検定ではlog-rank検定でp=0.0945、一般化Wilcoxon検定でp=0.0431と、統計学的有意差が得られたのは一般化Wilcoxon検定のみであった。Leukemia free survivalに関しては生存曲線の差に関してlog-rank検定p=0.22で、一般化Wilcoxon検定でp=0.207であり統計学的有意差を見出すことはできなかった。Coxの比例ハザードモデルを用いた解析では死亡をイベントとした場合の単変量解析に於いて年齢、染色体核型、X軸:SSC Y軸:CD34とした場合の信号強度の分布に関する検定尤度比統計量(LR(SSC,CD34)、X軸:SSC Y軸:CD41aとした場合の信号強度の分布に関する検定尤度比統計量(LR(SSC,CD41a)が有意な因子として同定された(年齢:p=0.01214, 染色体核型:p=0.00249, LR(SSC,CD34):p=0.02969, LR(SSC,CD41a):p=0.02209)。多変量解析では年齢、染色体核型が有意な因子として同定された(年齢:p=0.01049, 染色体核型:p=0.00054)。白血化をイベントとした場合の単変量解析では、年齢、芽球の割合(%)、染色体核型が有意な因子として同定された(年齢:p=0.01303, 芽球の割合:p=0.01481, 染色体核型:p=0.00036)。多変量解析に於いても年齢、芽球の割合(%)、染色体核型が有意な因子として同定された(年齢:p=0.00008081, 芽球の割合:p=0.00008663, 染色体核型:p=0.0001389)。

従来の臨床的分類・予後予測(FAB分類、WHO分類、IPSS、WPSS)や染色体核型に基づくリスク分類と本研究で用いた検定尤度比統計量に基づく分類は独立していることがFisherの正確検定で確認された(FAB分類:p=0.1827, WHO分類:p=0.3471, IPSS:p=0.3515, WPSS:p=0.6092, 染色体核型に基づくリスク分類:p=0.6501)。

骨髄細胞中の芽球の割合に関しても本研究で用いた分類が芽球の割合とは独立した分類であることが示された(Mann-Whitney U検定:p=0.5386)。

本研究から得られた結論としては正常群と比較してCD34,CD41aの信号強度がより強く、FSCの信号強度がより弱い集団に於いてはそうでない群と比較した場合予後不良であるとの結論であった。従来MDSの症例に於いてはCD34,CD41aの発現が亢進していることが報告されているが、正常群と比較した場合の信号強度の差異を定量化し、その値に基づいて予後の異なる群に分類する方法はこれまで提唱されてはいない。FSCに関する差異に関しても同様である。

本研究では間質細胞に特異的なマーカーは測定されておらず、サイトカインの影響は直接には考慮されていない。間質細胞特異的マーカーやサイトカインは臨床に於いて日常的に測定されておらずこれらのデータの蓄積が今後の課題として挙げられる。さらにはそれらを測定する抗体・手法のさらなる発展も本研究の手法による解析をさらに深める上では必須であり今後の研究・開発の進展が望まれる。

またフローサイトメトリーの機器そのものも、急速な進歩を続けておりマルチカラーの蛍光抗体測定が可能となりハイスループットな機器が次々に登場し得られるデータ量も急速に増加しつつある。それと同時に大量データを効率よく解析するための計算機、アルゴリズムも開発が急速に進んでおり、今後の大量データの計測・解析手法の進歩から新たな知見が得られることが期待される。本研究はそのための一助となることを目的としMDSの病態への新たな視点を提示すべく行ったものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、フローサイトメトリーにより測定された骨髄細胞の集団全体の細胞表面マーカー・前方散乱光(FSC)・側方散乱光(SSC)の信号強度の分布から、適応的パーティショニング法を用いて信号強度の密度分布を推定した。推定された正常群の密度分布とそれぞれの疾患患者の密度分布の差異を検定尤度比統計量によって定量化し解析することで、骨髄異形成症候群の亜分類を行うことを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 検定尤度比統計量をCD34とFSCまたはSSC、CD41aとFSCまたはSSCの組み合わせで得られる4種類の2次元データから算出すると、検定尤度比統計量が明らかに高値な群とそうでない群に分けられることが示された(境界値を0.5とした)。検定尤度比統計量が高値な群(0.5より大きい群)、低値な群(0.5以下の群)の2群に分類をしてそれぞれの群の差異に関して解析を行った。

2. 分類された2群に関して5年間の生存曲線の差の検定を行ったところ、一般化Wilcoxon検定でふたつの生存曲線に統計学的有意差が認められた(p=0.0431)。Log-rank検定では統計学的有意差は認められなかった(p=0.0945)。このことは2群間で早期の死亡に差が有る事を示しているものと捉えられる。無白血病生存に関する生存曲線の差の検定では、一般化Wilcoxon検定、log-rank検定ともに統計学的有意差は認められなかった(それぞれp=0.207, p=0.22)。

3. Coxの比例ハザードモデルによる単変量・多変量解析では、年齢・性別・染色体核型のリスク分類・計算により得られた4つの検定尤度比統計量に関して検定を行った。死亡をイベントとした場合の単変量解析に於いて年齢、染色体核型、X軸:SSC Y軸:CD34とした場合の信号強度の分布に関する検定尤度比統計量(LR(SSC, CD34)、X軸:SSC Y軸:CD41aとした場合の信号強度の分布に関する検定尤度比統計量(LR(SSC, CD41a)が有意な因子として同定された(年齢:p=0.01214, 染色体核型:p=0.00249, LR(SSC, CD34):p=0.02969, LR(SSC, CD41a):p=0.02209)。多変量解析では年齢、染色体核型が有意な因子として同定された(年齢:p=0.01049, 染色体核型:p=0.00054)。白血化をイベントとした場合の単変量解析では、年齢、芽球の割合(%)、染色体核型が有意な因子として同定された(年齢:p=0.01303, 芽球の割合:p=0.01481, 染色体核型:p=0.00036)。多変量解析に於いても年齢、芽球の割合(%)、染色体核型が有意な因子として同定された(年齢:p=0.00008081, 芽球の割合:p=0.00008663, 染色体核型:p=0.0001389)。

4.検定尤度比統計量による分類と従来の臨床診断・予後予測モデルによる分類・染色体核型に基づくリスク分類の間に相関が有るかをFisherの正確検定にて検定を行った(FAB分類:p=0.1827, WHO分類:p=0.3471, IPSS:p=0.3515, WPSS:p=0.6092, 染色体核型に基づくリスク分類:p=0.6501)。これらの結果から、従来の臨床的分類・予後予測や染色体核型に基づくリスク分類と本研究で用いた検定尤度比統計量に基づく分類は独立していることが示された。また骨髄細胞中の芽球の割合に関しても、本研究で用いた分類が芽球の割合とは独立した分類であることが示された(Mann-Whitney U検定:p=0.5386)。

5.正常群全体から得られた信号強度の密度分布を検定尤度比統計量に基づいて分類されたふたつの群に属する症例1例ごとの密度分布と比較すると、CD34、CD41aの信号強度が予後不良の群では強い傾向があり、予後良好の群では弱い傾向が認められた。また、FSCの信号強度は予後不良群で弱く、予後良好群で強い傾向が認められた。従来よりCD34、CD41aの発現に関してはMDSの症例に於いて亢進していることが知られているが、本研究ではMDSの各症例に関してその信号強度の差異を正常例と比較して定量化することでMDSの症例間で差異を比較可能とし、定量化した数値を基に予後不良群を分けることができたという点で、従来の方法とは異なる新しい分類手法であると考えられる。

以上、本論文はMDSの症例に関して正常群と各MDS症例の信号強度の差異を定量化することで新たな予後予測方法を示すことができたと考えられ、これまでの臨床診断・予後予測モデルとは独立したものであることを示したことから学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク