学位論文要旨



No 129335
著者(漢字) 天野,陽介
著者(英字)
著者(カナ) アマノ,ヨウスケ
標題(和) ヒト非小細胞肺癌においてヒストンメチル化修飾により発現抑制をうけるマイクロRNAの機能解析および臨床病理学的検討
標題(洋)
報告番号 129335
報告番号 甲29335
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4068号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 特任准教授 垣見,和宏
内容要旨 要旨を表示する

1 背景

microRNA (miRNA) はゲノム上にコードされる22塩基前後の翻訳されないnon-coding RNAで、標的遺伝子のmRNAの3'側非翻訳領域 (3' UTR) に結合することで、mRNAの分解促進、翻訳抑制を通じて遺伝子の発現を抑制するものである。miRNAは発生・分化、細胞増殖、細胞死、代謝などの基本的な生命現象に関わっている一方で、miRNAの発現異常と癌との関連が報告されている。すなわち腫瘍抑制遺伝子を標的とするmiRNAの発現亢進、癌遺伝子を標的とするmiRNAの発現低下によって癌化を来たす。

一方、遺伝子の発現量の変化を来たす要因の一つとして、DNAのCpG配列のシトシンメチル化 (とりわけCpG配列を固まって認めるCpGアイランドにおいて) やヒストン修飾といった塩基配列の変化を伴わないエピジェネティックな変化が報告されている。そこで、本研究ではエピジェネティックな変化によるmiRNAの発現変化が肺癌に与える影響を検討する。

2 方法と結果

研究開始時にApplied Biosystems社のTaqMan probeを用いたmiRNAの定量PCRの系が利用可能なmiRNAは687種あった。このうちエピジェネティックな変化による発現抑制を受けるmiRNAの候補としてin silicoで55種を選択した。選択の基準は、1) CpGアイランド上にあるmiRNA、2) CpGアイランドの下流1 kbp以内にあるmiRNA、3) 遺伝子のイントロン内に位置しそのhost geneの5'側にCpGアイランドが存在するmiRNA、のいずれかを満たすものとした。これらのうち、非小細胞肺癌細胞株をDNA脱メチル化剤 (5-aza-2'-deoxycytidine) 処理し、処理前後でのmiRNAの発現量を定量したところ、14のmiRNAで正常肺組織と比較して25%未満に発現低下しており、かつ脱メチル化処理により4倍以上発現が誘導された。さらにその中で原発性肺癌手術検体15例のうち高頻度に発現低下していた7のmiRNAのうち、今回miR-139に注目した。

miR-139はPDE2A遺伝子のイントロンに存在するmiRNAであり、PDE2Aと発現量の相関が見られた (r=0.69, p=0.008) 。PDE2A遺伝子のプロモーター領域にCpGアイランドを認め、同領域に対してDNAのシトシンメチル化を検出するbisulfite sequencingとヒストン修飾を検出するクロマチン免疫沈降 (ChIP) を施行した。その結果、同領域に転写抑制を来たすDNAのシトシンメチル化を認めなかったが、転写活性化を来たすH3K4me3 (ヒストンH3のLys4のトリメチル化) が正常ヒト気道上皮細胞株 (NHBE) ではPDE2A転写開始点近傍にピークを形成するのに対して肺癌細胞株では抑制されていた。

当院の肺癌手術検体75例からRNAを抽出してmiR-139の発現量と臨床病理学的特徴との関連を検討した。miR-139低発現群は高発現群と比較して無再発生存や全生存期間において有意差を認めなかったが、有意に遠隔リンパ節転移 (N2) (p=0.038) と脈管浸潤 (ly+v+) (p=0.029) を認め、これらは多変量解析でもmiR-139の発現量が独立した規定因子であった (それぞれp=0.035, p=0.021) 。一方でmiRNAの発現量は腫瘍サイズ (T因子) やEGFR遺伝子変異とは関連を認めなかった。

肺癌細胞株におけるmiR-139の機能解析を行うためにmiR-139発現プラスミドベクターを作成した。肺癌細胞株A549にリポフェクションし、hygromycinによる薬剤選択を行うと、miR-139強制発現株ではscrambleベクター、空ベクター導入株と比較してMTTアッセイ変法による解析で増殖能の抑制を認めた (p<0.01) 。TargetScanを用いて3' UTRの配列から推測したmiR-139の標的遺伝子248のうち、癌との関連が報告されている遺伝子を10認めたが、それらはmiR-139強制発現株ではmRNAレベルで平均して約30 %発現抑制を認めた (p<0.01) 。

3 考察

miR-139と癌との関係について、近年肝細胞癌やHER2の発現が亢進した胃癌でmiR-139の発現低下が転移・浸潤に関わるとする報告が見られる。本論文では肺癌手術検体においてmiR-139の発現低下が脈管浸潤や遠隔リンパ節転移との関連を認め、肺癌細胞株においてmiR-139の強制発現により増殖能の抑制を来たした。これは肺癌においてmiR-139の腫瘍抑制能をin vitroおよび臨床検体で示した初めての報告である。miR-139は癌との関係が報告されている複数の遺伝子を制御していることが明らかとなり、これらのうちひとつないし複数の遺伝子が形質に影響を与えたと考えられた。今回生命予後には有意差を見いだせなかったが、症例数を増やすことで明らかになる可能性があるとともに、転移・浸潤能との相関を認めたことからも進行肺癌における検討も重要になると考えられる。

miR-139はPDE2A遺伝子のイントロンに存在するintronic miRNAで、発現量がPDE2Aの発現量と相関していた。今回、PDE2Aの転写開始点近傍のCpGアイランドにDNAメチル化は認めなかったが、肺癌細胞株において転写活性型のヒストン修飾が抑制されており、PDE2AとmiR-139の発現が制御されていると考えられた。

4 結語

今回肺癌においてヒストン修飾による発現制御を受けるmiRNAとしてmiR-139を同定し、肺癌の進展に関与することをin vitroおよび臨床病理学的検討により明らかにした。miRNAおよびそのエピジェネティックな制御が癌の進展に重要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肺癌において異常なエピジェネティックな変化により制御を受けるmicroRNAを明らかにするため、in silicoでの解析、肺癌細胞株のDNA脱メチル化剤処理、手術検体の解析を組み合わせて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. エピジェネティックな変化による発現抑制を受けるmiRNAの候補としてCpGアイランドとの位置関係をもとにin silicoで55種を選択した。これらのうち、14種で非小細胞肺癌細胞株で低発現でDNA脱メチル化剤 (5-aza-2'-deoxycytidine) 処理により発現が誘導された。さらにその中で原発性肺癌手術検体15例のうち高頻度に発現低下していたmiRNAを7個同定し、今回miR-139に注目して解析をすすめた。

2. miR-139はPDE2A遺伝子のイントロンに存在するmicroRNAであり、PDE2Aと発現量の相関が見られた。PDE2A遺伝子 (host gene) のプロモーター領域にCpGアイランドを認めるが、同領域においてbisulfite sequencingによる解析で肺癌細胞株・正常気道上皮細胞株 (NHBE) でDNAのシトシンメチル化が見られなかったが、クロマチン免疫沈降 (ChIP) による解析で転写活性化を来たすヒストンメチル化H3K4me3がNHBEではPDE2A転写開始点近傍にピークを形成するのに対して肺癌細胞株では抑制されていた。また、NHBEにおいても既報のあるmiR-139固有の転写開始点近傍でH3K4me3のピークを認めず、正常肺および肺癌細胞株においてhost geneのプロモーター領域のエピジェネティックな変化によって発現制御を受けていることが示された。

3. 当院の肺癌手術検体75例からRNAを抽出してmiR-139の発現量と臨床病理学的特徴との関連を検討した。miR-139低発現群は高発現群と比較して無再発生存や全生存期間において有意差を認めなかったが、有意に遠隔リンパ節転移 (N2) と脈管浸潤 (ly+v+) を認め、これらは多変量解析でもmiR-139の発現量が独立した規定因子であり、症例検討においてmiR-139の発現抑制が癌の進展と関連があることが示された。

4. miR-139発現プラスミドベクターを作成し、肺癌細胞株A549にリポフェクションし、hygromycinによる薬剤選択を行った。miR-139強制発現株ではscrambleベクター、空ベクター導入株と比較してMTTアッセイ変法による解析で増殖能の抑制を認めた。TargetScanで推測されたmiR-139の標的遺伝子248のうち、その活性化と癌との関連が報告されている10遺伝子の発現量は、miR-139強制発現株ではmRNAレベルで平均して約30 %抑制されていた。このことからin vitroにおいてもmiR-139が癌の増殖に抑制的な影響を及ぼしていることが示されたとともに、実際に癌と関連のある遺伝子を制御していることが示唆された。

以上、本論文はヒト非小細胞肺癌において、microRNA近傍のCpGアイランドにおけるエピジェネティックな変化の解析から、ヒストンメチル化による発現制御を受けるmiR-139の存在を明らかにした。本研究は肺癌において報告の少ないmicroRNAのエピジェネティクな制御をin vitroおよび症例解析で明らかにしており、肺癌におけるmicroRNAとエピジェネティクスの異常を結ぶ貴重な報告と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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