学位論文要旨



No 129341
著者(漢字) 今井,光穂
著者(英字)
著者(カナ) イマイ,ミツホ
標題(和) 膵癌の発生および進展におけるオートファジーの役割に関する検討
標題(洋)
報告番号 129341
報告番号 甲29341
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4074号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 吉田,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

<背景> 膵癌は最も予後の悪い癌の一つである。罹患数はここ30年間で4倍と増加の一途をたどっているだけでなく、生存率は過去25年間で顕著な改善が見られていない。予後の改善のために、より詳細な膵癌の発生および進展のメカニズムの解明が早急に必要である。

ヒト膵癌の大部分は病理組織学的に管状腺癌(pancreatic ductal adenocarcinoma;PDAC)である。典型的な膵管状腺癌の前癌病変である膵臓上皮内腫瘍性病変(pancreatic intraepithelial neoplasia;PanIN)は、正常膵管上皮細胞にKRASなどの遺伝子異常が生じることによりを発生する。さらに癌抑制遺伝子CDKN2A、TP53、SMAD4などの遺伝子異常の蓄積や発現異常が加わると、PanIN は、組織学的にPanIN-1A,PanIN-1B、PanIN-2、PanIN-3へと悪性化し、浸潤癌へと進行する多段階発癌に類似した過程を経ると考えられている。

オートファジーは、不要なタンパク質や細胞内小器官などを分解し、再利用する細胞内機構であり、細胞の生存や発生、分化、恒常性の維持に必須である。その過程は、まずオートファゴソームと呼ばれる二重膜が不要なタンパク質やオルガネラを取り囲み、リソソームと結合する。次に結合したリソソームの加水分解酵素の作用により、内部のタンパク質やオルガネラは分解され、分解により生じたアミノ酸やエネルギーは細胞内で再利用される。Atg5は、オートファゴソームの伸長に関与する、オートファジーに必須なタンパク質である。

オートファジーと腫瘍との関連に関し様々な報告がある。オートファジーは、腫瘍内が低栄養状態や低酸素などの代謝ストレスに晒されると、自己成分の分解・再利用により腫瘍細胞の生存や悪性化に関わることが示されている。一方で、発癌に関しては、細胞内の不要な細胞内小器官などを分解・隔離する働きを通して、腫瘍発生に抑制的に機能しているという報告もある。

膵癌は代表的な乏血性腫瘍であるため、腫瘍内の癌細胞は、常に低酸素、低栄養状態に曝されていると推測される。そうした環境に適応する手段として、オートファジーが利用され、腫瘍の形成及び進展に関与していることが強く疑われる。また、膵癌の大部分に活性型KRAS遺伝子変異が見られるが、活性型Krasの変異を有する腫瘍は、酸化ストレスの除去や細胞増殖においてオートファジーに依存していることが報告されている。そこで私は、膵腫瘍の発生および進展とオートファジーとの関連を明らかにすることで、オートファジーの機能を調整する薬剤の投与など新しい治療法の開発につながると考え、本研究を行った。

<結果> 膵特異的に活性型Kras(Kras(G12D))変異を発現するマウスでは、ヒトのPanINの病理所見に酷似した膵前癌病変(mouse PanIN; mPanIN)を100%の浸透率で発生するだけでなく、時間の経過とともにmPanINの悪性化が徐々に見られ、一部のマウスにPDACを生じる、とヒト膵癌を模倣した腫瘍の発生及び進展過程を経ることが報告されている。私は、mPanINを生じる膵特異的Kras(G12D)ノックインマウスと、オートファジーに必須の遺伝子であるAtg5遺伝子のノックアウトマウスを交配し、膵特異的にKras(G12D)を発現し、かつAtg5を欠失したマウスモデルを作製した。このマウスの膵臓に発生する腫瘍を解析することにより、オートファジーと膵腫瘍の関連について検討した。

膵臓の上皮特異的に遺伝子改変を導入するため、胎生期より膵上皮のみに発現するPtf1a(p48)遺伝子のプロモーター下にCre recombinase遺伝子がノックインされたp48-Creマウスを用いた。このp48-Creマウスと条件的Kras(G12D)ノックイン(lox-STOP-lox-Kras(G12D); LSL-Kras(G12D))マウスを交配させることで、膵特異的にKras(G12D)変異を導入した。このマウスにはexon1のコドン12にグリシンからアスパラギン酸への置換を生じる変異が導入されているが、プロモーター領域にloxP-STOP-loxPという配列が挿入されており、Cre recombinaseが発現する細胞でのみ、loxPで挟まれたSTOP配列が切り出され、活性型Kras(Kras(G12D))が発現する。また、内在性のKras遺伝子のプロモーターによりKras(G12D)の発現が調節されることから、生理的レベルでのKras活性型変異タンパク質が発現すると考えられる。

また、同様の方法で、膵特異的にオートファジーに必須なAtg5遺伝子をノックアウトするため、Atg5遺伝子のエクソンをloxPで挟んだ遺伝子座をもつ条件的Atg5ノックアウトマウス(Atg5(flox)マウス)を使用した(図1)。

1.膵前癌病変の発生とオートファジー

まず、膵特異的にKras(G12D)を発現するマウス(p48-Cre/+; LSL-Kras(G12D/+); PK)と、KrasG(12D)を発現し、かつAtg5が欠損したマウス(p48-Cre/+; LSL-Kras(G12D)/+; Atg5(flox/flox); PKAA)の膵臓の表現型解析を行った。PKマウスでは、生後約8週より(Acinar ductal metaplasia/ mouse PanIN; ADM/mPanIN)の形成が始まり、その後徐々にADMやmPanINの範囲が拡大し、約6ヶ月で膵臓のほぼ全体がmPanINに占められた。それに対してPKAAマウスでは、4週頃より腺房細胞から導管様細胞への変化(ADM)が始まり、5-6週でその範囲は急速に進行し、8週齢ですでに膵臓ほぼ全体に広がった(図2)。すなわち、活性型Kras遺伝子の変異を持つ全てのマウスの膵臓にmPanINが見られたが、Atg5の欠損によりその発生が著明に早期化することが明らかとなった。

2.膵前癌病変の悪性化とオートファジー

8ヶ月齢でのPKおよびPKAAマウスのmPanINの異型度を、Hingoraniらの評価方法に準じて評価した。両群とも、8ヶ月齢においては、mPanINへの変化を膵臓の大部分(95%以上)に認めた。PKマウスの膵臓の約90%以上はグレードの低いPanIN-1(PanIN-1A : 56%、PanIN-1B : 35%)病変に占められており、わずかにPanIN-2(6%)病変への進行が見られた。しかし、PanIN-3以上の高い悪性度の病変への進行は確認されなかった。一方、PKAAマウスでは、PKマウスと比較し、より早期にmPanINが発生するため進行も早いと予測したが、8ヶ月齢でのmPanINの異型度はPKマウスと有意な差はなく、異型の強いmPanIN(mPanIN-3)への進行は認めなかった(図3)。すなわち、Atg5の欠損は活性型KrasによるmPanINの発生を著明に促進するが、mPanINの異型度の進行は促進しないと考えられた。また、両群のマウスの膵臓は95%以上がmPanIN様病変に変化しているものの、癌化はほとんど確認できなかった(18ヶ月の経過で癌発生個体数と全個体数の比: PK 0/11、PKAA 1/26)。

3.オートファジーの機能不全による膵前癌病変の早期化

PKAAマウスはPKマウスと比べてmPanINの発生が早期化し、生後4-5週齢で変化が観察されたため、まず、PKAAマウスの膵臓においてmPanINへの変化がみられる直前の生後4週齢における膵臓の細胞増殖をKi-67染色にて検討した。4週齢のPKおよびPKAAマウスの膵臓はヘマトキシリン・エオジン染色では形態変化は認められないが、Ki-67陽性細胞の全体の核の数に占める割合は、PKマウスで約3%であったのに対し、PKAAマウスでは約8%と、PKAAマウスの膵臓はPKマウスに比べ、Ki-67陽性細胞の割合が有意に高率であり、細胞増殖が亢進していることが確認された(p<0.00001)(図4)。また、PKAAマウスの比較的初期のmPanINにおいてもKi-67が強陽性であり、細胞増殖の亢進が示唆された。細胞増殖の亢進の一因として、ERKの活性化の状態を免疫染色及びウェスタンブロット法で確認した。ERKは、Ras-MAPK経路により活性化し、活性化したERKは細胞増殖に関与しているとされている。発生初期のmPanINでのp-ERKの発現を、PKAAマウスでは、mPanINに変化した領域の50%以上に認めたが、PKマウスではmPanINの約10%に認めるのみであった。また、mPanINに変化後の6-8ヶ月齢のマウスの膵臓においても、PKAAマウスのmPanINの方がPKマウスよりもp-ERKの発現が上昇していることを免疫染色で確認した。

オートファジーの機能不全は、異常ミトコンドリアを分解できず、活性酸素(Reactive Oxygen Species; ROS)を蓄積し、ROSの蓄積はDNA傷害につながる要素を持つ。そこで、mPanINの発生との関係をROSの指標とされる8-Hydroxydeoxyguanosine(8-OHdG)やDNA傷害をγ-H2A histone family, member X(γ-H2AX)を用いて確認した。結果、特にPKAAマウスのADM/mPanINの形成直前および発生初期のmPanINにおいて発現が上昇していることが明らかとなった。

4.膵前癌病変の癌化とオートファジー

膵前癌病変の発生は100%の浸透率で膵臓全体に観察されるにも関わらず、癌化が見られない。6ヶ月齢でのPKおよびPKAAマウスの膵組織は、両群とも大部分がADMやmPanINに変化しているが、mPanIN組織におけるKi-67陽性細胞はPK、PKAAマウスともに少なく、細胞増殖の亢進が維持されていなかった。そこで、この細胞増殖の低下の原因を明らかにするため、細胞老化について検討を行った。細胞老化のマーカーである(Senescence-associated β-galactosidase; SA-β-gal)染色を行なったところ、両群共に、mPanIN組織においてSA-β-galが強陽性を示し、細胞老化が亢進していることが示唆された。

<考察> 本研究では、Kras(G12D)変異を持つ膵癌とオートファジーとの関係に関して検討を行った。Kras変異を持つ膵癌モデルマウスを使用し、Atg5のノックアウトによりオートファジーを抑制したところ、オートファジーが機能するマウスと比較し、早期に膵前癌病変を形成した。しかしながらAtg5の欠損は、悪性化を促進しなかったことから、オートファジーはKras変異により生じる膵前癌病変の発生を抑制するが、悪性化は抑制しないことが示唆された。前癌病変の形成の早期化の原因として、オートファジーの抑制とKras変異によりERKが早期に活性化し、細胞増殖が亢進すること、および、活性酸素の蓄積からDNA傷害が惹起されることが考えられた。また、オートファジーの欠損により、Kras変異によって膵前癌病変の後期に誘導される細胞老化を抑制できないために、前癌病変の悪性化を促進しない可能性が考えられた。

図1:使用した遺伝子改変マウスモデル

図2: PKおよびPKAAマウス膵組織

図3:8ヶ月齢におけるmPanINのグレード

図4: 生後4週齢におけるKi-67陽性核の割合

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、膵腫瘍の発生および進展の過程におけるオートファジーの役割を明らかにするため、膵特異的Kras活性型変異マウスモデルに、オートファジー欠損マウスモデルを交配させ、膵臓に発生する腫瘍を解析することで解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.オートファジーに必須であるAtg5遺伝子のみを膵特異的に欠損させたマウス(PAA)の表現型を解析するため、コントロールマウスと比較検討を、膵臓のH.E.染色およびAmylase、Insulinの免疫染色によって行った結果、組織形態学的に、腺房細胞の増大以外に明らかな異常は認めなかった。しかし、8週齢でのグルコース負荷試験では、PAAマウスに耐糖能の低下を認めた(p<0.05)。なお、PAAマウスでは最長2年間の観察で、膵臓に腫瘍の発生は見られなかった。

2.ヒト膵癌の90%以上に見られるKrasG12D変異のノックインマウス(PK)では、100%の浸透率で膵前癌病変(mPanIN)が発生する。このマウスを基に、Atg5遺伝子を欠損させる(PKAAマウス)と、生存曲線に統計学的な有意差はなかったものの(p=0.413 ; log-rank検定)、mPanINの発生時期は、著明に早期化することが明らかとなった。しかし、PKAAマウスはPKマウスよりもmPanINの発生は早期化するにも関わらず、グレードの進行は確認されなかった。また、Atg5欠損によるmPanINの癌化に対する影響も見られなかった。

3.PKAAマウスでのmPanINの発生時期が早期化する原因とし、 mPanINの形成直前および形成後早期の膵臓での細胞増殖を促進していることをKi-67、CyclinD1免疫染色にて確認した。加えて、KrasG12D変異マウスに対するAtg5遺伝子の欠損は、 mPanINの形成直前および形成後早期にErkの活性化を亢進させることをphospho-Erkを用いたウェスタンブロット法と免疫染色で明らかにした。また、8-OHdGとγH2AXによる染色の結果、Atg5遺伝子の欠損は、活性酸素を蓄積し、DNA損傷を引き起こすことも明らかとなった。

4.mPanINから樹立した細胞株を用いたin vitroでの検討では、Atg5の欠損による増殖能やスフェア形成能、細胞老化に対する変化は見られなかったが、ウェスタンブロット法の結果、Erkの活性化やDCF-DAを用いたフローサイトメトリー法による検討からROSの蓄積が示唆された。

以上、本論文は膵腫瘍を形成する膵特異的Kras活性型変異マウスモデルに、オートファジー必須の遺伝子であるAtg5を欠損させ、膵腫瘍の発生に対する解析を行うことにより、膵腫瘍の発生はオートファジー不全により促進されることを明らかにした。本研究は、様々な論説のある腫瘍におけるオートファジーの役割、特に、膵腫瘍での役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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