学位論文要旨



No 129342
著者(漢字) 内田,智士
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,サトシ
標題(和) 生体適合性高分子ナノミセルを用いたin vivo核酸デリバリー
標題(洋)
報告番号 129342
報告番号 甲29342
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4075号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 教授 田中,栄
 東京大学 教授 久保田,潔
 東京工業大学 教授 西山,伸宏
 東京大学 講師 吉田,知之
内容要旨 要旨を表示する

背景 - 生体適合性高分子ナノミセル

核酸デリバリーは生体内へ持続的に治療用タンパク質・ペプチドを供給する手段として有望だ。安全な核酸デリバリーの手段の確立を目指し、当研究室では非ウイルス性ベクターである高分子ナノミセルを開発した。ポリエチレングリコール(PEG)とポリカチオンからなるブロック共重合体とプラスミドDNA (pDNA)やメッセンジャーRNA (mRNA)といった核酸を混合することで、表面にPEG、中心部分に凝縮した核酸を持つ粒径100 nm以下のナノミセルが形成される。このナノミセルは生理的条件下で高い安定性を持つこと、PEGの立体反発効果により生体内で異物認識を受けにくいこと(ステルス効果)から、特にin vivo環境で優れた効果を示す(Kataoka, K, et al. 2001 Adv Drug Deliv Rev 47: 113)。さらにブロック共重合体のカチオン部分に当研究室で開発したポリマーであるpoly{N'-[N-(2-aminoethyl)-2-aminoethyl]aspartamide} (PAsp(DET))を用いることで、ナノミセルのエンドソーム脱出効率が向上し効率的な核酸導入が得られる。またPAsp(DET)は生分解性を有するため他のポリカチオン性核酸導入試薬と比べ毒性は低い。このように優れた機能を持つPEG-PAsp(DET)ナノミセルは、骨欠損や特発性肺動脈高血圧症といった疾患モデル動物への応用において優れた治療効果を示した(Itaka, K, et al. 2011 Curr Gene Ther 11: 457)。

ナノミセルの安全性の評価とその更なる向上

本研究ではPEG-PAsp(DET)ナノミセルの安全性の評価とその向上に取り組んだ。以前の報告でナノミセルの経気道肺投与7日後の肺組織において、ほとんど炎症性変化が観られなかった(Harada-Shiba, M, et al. 2009 Mol Ther 17: 1180)。一方、本研究でナノミセルを培養細胞に導入したところ、投与30分後に細胞膜傷害が観られた。このようにナノミセルはその生分解性のため蓄積毒性は示さないものの、一定レベルの急性毒性が観られることが分かった。この急性毒性はナノミセルと結合していないフリーポリカチオンが負に帯電した細胞膜に結合することが原因だった。そこでアニオン性高分子であるコンドロイチン硫酸(CS)をナノミセルに添加したところ、CSはフリーポリカチオンと結合することで急性の細胞膜傷害を軽減した。このCS添加系は、下肢骨格筋へのハイドロダイナミクス法による投与や、経気道肺投与においても、投与に伴う急性の組織傷害を軽減した。

次にフリーポリカチオンが少ない条件でも高い核酸導入効率が得られるシステムを構築することによって急性毒性の軽減を目指した。ミセル表面のPEGはin vivo環境における核酸導入に重要な役割をはたす一方で、ナノミセルの細胞内取り込みや、その後の発現に至るまでの過程を阻害することが知られておりPEGジレンマと呼ばれている。本研究ではミセル表面のPEG密度を減らすことで、PEGジレンマの解消を試みた。そこでPEG-PAsp(DET)ブロック共重合体(B)とPEGを持たないPAsp(DET)ホモポリマー(H)を様々な比(B/H比)で混合してpDNAに添加することで、PEG密度の低いB-Hナノミセルを調製した。B/H = 50/50のナノミセルの経気道肺投与を行ったところ、B/H = 100/0のナノミセルと比べてフリーポリカチオンが少ない状態でも十分なpDNA導入効率を得ることが出来た。これは、ホモポリマーがナノミセルのエンドソーム脱出を効率化したためであった。一方で、B/H = 50/50のナノミセルを投与した4時間後の肺組織における炎症反応は、B/H = 100/0のナノミセルと同程度の低いレベルに留まった。このようにCS添加やPEG密度最適化のシステムを用いることで、ナノミセルの核酸導入効率を低下させることなく、フリーポリカチオンに起因する急性毒性を軽減することに成功した。

In vivo環境でPEGが炎症を軽減するメカニズム

ホモポリマーとpDNAからなるPEGを持たない複合体(非PEG化ポリプレックス)は経気道肺投与の4時間後に強い炎症反応を惹起したため、結果的に導入pDNAの発現も低いレベルに留まった。この非PEG化ポリプレックスは表面が正に帯電しているため、気管支肺胞洗浄液(BALF)に添加したところ、その直後に凝集が観られた。これと一致して、非PEG化ポリプレックスはPEGで覆われたナノミセルと比べて肺組織中でマクロファージの貪食を受けやすかったことから、非PEG化ポリプレックスでは投与直後の凝集に伴うマクロファージの活性化によって強い炎症反応が惹起されたものと考えられた。一方でPEGは投与後のナノミセルの凝集を抑制することでin vivoデリバリーに伴う炎症反応を軽減した。

ナノミセルを用いた中枢神経系(CNS)へのmRNAデリバリー

次にナノミセルに内包させる核酸の安全性について検討した。pDNAデリバリーは偶発的にホストゲノムへ取り込まれることで挿入変異をもたらす危険性、さらにゲノムに挿入されたpDNAからの発現が制御できなくなる危険性を持つ。そこで、本研究ではこのような危険のないmRNAのデリバリーに取り組んだ。

mRNAはヌクレアーゼが豊富な生体内で不安定であること、さらにToll様受容体(TLR)を介して強い免疫応答を惹起することから、そのin vivoデリバリーに関する報告は非常に少なかった。これらの問題を解決するために、本研究ではmRNAをPEG-PAsp(DET)ナノミセルに内包させた。分泌型ルシフェラーゼタンパク質(Gluc)をレポータとして用いて、mRNA内包ナノミセルをラットのくも膜下腔へ導入したところ、1週間近くにわたって脳脊髄液中にてGlucの発現が確認された。一方でGlucタンパク質の直接投与では投与後4時間以内にほとんどのGlucが脳脊髄液中から消失したことから、mRNA内包ナノミセルが生体へ持続的にタンパク質・ペプチドを供給するシステムとして有効であることが分かった。

免疫原性に関して、複合体形成をしていないnaked mRNAを用いた場合、導入4時間後のCNS組織で強い炎症反応が観られたが、ナノミセルを用いた場合の炎症反応はバッファー投与群と同程度の低いレベルに留まった。この炎症に対するTLRシグナルの関与を調べるために、TLR7を恒常発現するHEK293細胞を用いた評価を行ったところ、naked mRNAでTLR特異的な炎症反応が観られたが、ナノミセルではそのような反応は観られなかった。ナノミセルではそのステルス効果のためエンドソーム内におけるTLRのmRNA認識が回避された状態でエンドソームを脱出したものと考えられた。このようにナノミセルを用いることで、in vivo mRNAデリバリーに伴う不安定性と免疫原性の問題を解決できた。

ナノミセルを用いた核酸導入スフェロイド移植

最後にナノミセルのその他の応用法として、核酸導入細胞移植に取り組んだ。移植の際に3次元細胞塊であるスフェロイドの培養システムを用いることで、その効果が高められないかと考えた。当研究室では以前、肝細胞スフェロイドに対してPEG-PAsp(DET)ナノミセルを用いてpDNAを導入することで、細胞の機能を保ったまま1か月以上のpDNA発現が得られたことを報告した(Endo, T, et al. 2012 Drug Deliv and Transl Res 2: 398)。本研究ではex vivoでpDNAを導入した肝細胞スフェロイドをマウス皮下に移植することで、このシステムの治療応用への可能性について検討した。スフェロイドを用いた場合ホスト組織において1か月以上のpDNA発現が得られ、さらにエリスロポエチン発現pDNAを用いることで造血効果を得ることにも成功した。一方で単層培養細胞にpDNAを導入して移植した場合のpDNAの発現効率はスフェロイドと比べて有意に低かった。

また、アルブミン産生能を指標に移植後の肝細胞の機能を調べたところ、スフェロイドを用いることで移植細胞の機能が向上することが分かった。さらにEFGP発現細胞を用いホスト組織中における移植細胞の分布を調べたところ、スフェロイドを用いた場合にのみ移植細胞の血管周囲への局在が観られた。スフェロイドを用いることでホスト組織中での酸素化・栄養化が促進されたため、移植細胞の機能が向上したと考えられた。

結語

本研究ではCS添加やPEG密度最適化といったシステムを用いることで、ナノミセル溶液中のフリーポリカチオンに起因する急性毒性の軽減に成功した。また、核酸としてより安全なmRNAの導入にナノミセルを用いたところ、mRNAの問題点であった不安定性と免疫原性が克服され、中枢神経系において1週間近くにわたる持続発現を実現した。ナノミセルを核酸導入スフェロイド移植に用いることで、生体内で1か月以上にわたる治療用タンパク質産生が可能となった。ここに述べたPEG-PAsp(DET)ナノミセルを用いたシステムは、生体への安全かつ持続的な治療用タンパク質・ペプチドの供給を実現できるため、今後の臨床応用に向けて有望である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はpDNAやmRNAといった核酸を内包させた生体適合性ナノミセルの将来の臨床応用を目指し、特にin vivo応用の研究を進めることで、その機能評価、システムの改良、新たな応用方法の開発を試みたもので下記の結果を得ている。

1.生体適合性ナノミセルをin vivo導入する際に、ナノミセル溶液中に存在する核酸と結合していないフリーポリカチオンが急性毒性の原因となっていることを見いだした。それに対して、生体内ポリアニオンであるコンドロイチン硫酸(CS)を添加すると、CSがフリーポリカチオンと結合することで、フリーポリカチオンに起因する毒性が軽減されることが示された。

2.ナノミセル表面のポリエチレングリコール(PEG)は、ナノミセルの生体適合性において重要な役割を果たす一方で、細胞内取り込みやエンドソーム脱出といった核酸導入に至る様々な過程に対して阻害的に働くことが知られていた。このようなPEGジレンマを解消するために、ナノミセル表面のPEG密度の最適化を試みた。そこで得られたナノミセルはフリーポリカチオンが少ない環境下でも効率的な核酸導入効率を示したことから、安全な核酸導入システムとして極めて有望である。

3.in vivo環境で核酸キャリアが毒性を惹起するメカニズムの解明を調べたところ、ナノミセル表面のPEGがin vivo環境におけるナノミセルの凝集を防ぐことで、マクロファージによるナノミセルの貪食やそれに伴う炎症が抑制されることが強く示唆された。この結果はin vivo核酸導入におけるPEGの必要性を示しており、今後の非ウイルス性核酸ベクターの設計において重要な指針となるものである。

4.mRNAデリバリーは、ホストゲノムへの挿入変異を伴わずに、生体内で持続的に治療用タンパク質を産生させる手段として有望だが、mRNAが生体内で不安定であること、更にToll様受容体(TLR)を介した免疫原性を持つことから、そのin vivo応用は限られていた。これに対してナノミセルでmRNAを内包させ、in vivo中枢神経系への導入を行ったところ、mRNAの不安定性、免疫原性の問題が克服され、1週間近くにわたるタンパク質発現が得られた。

5.ナノミセルは高い安全性を示すため、培養細胞に対してその機能を損なわずに核酸を導入することが可能である。この性質を生かしナノミセルの核酸導入細胞移植への応用を試みたが、その際に移植細胞のホスト組織における機能を高めるため、3次元培養システムであるスフェロイド培養を用いた。ナノミセルを用いてex vivoでスフェロイドに対してpDNAを導入し、そのスフェロイドを皮下移植したところ、移植組織において1か月以上にわたる導入核酸の効率的な発現を認めた。

以上、本論文では既存のナノミセルシステムの安全性の更なる向上に成功しただけでなく、安全性に関するメカニズムの詳細な解析や細胞移植への応用においても優れた成果が得られている。本論文で得られた知見は、将来のナノミセルの臨床応用に向けて重要な礎を築くことで、新たな医療の可能性を提示するものである。したがって、学位の授与に値するものと考えられる。

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