No | 129343 | |
著者(漢字) | 漆山,博和 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウルシヤマ,ヒロカズ | |
標題(和) | 間質性肺炎の早期線維化巣におけるIV型コラーゲンの発現と機能についての解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129343 | |
報告番号 | 甲29343 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4076号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 特発性間質性肺炎は、機序不明の肺障害によって誘起される肺線維化によって生じる難治性肺疾患である。特発性間質性肺炎は、肺胞隔壁を炎症・線維化病変の基本的な場とする疾患の総称であるが、その病理像は多彩であり、細胞外基質の産生を伴う線維芽細胞、筋線維芽細胞の集簇巣である早期線維化巣の存在が肺線維化に重要な役割を果たしていると考えられている。早期線維化巣はその形態学的特徴から、通常型間質性肺炎ではfibroblastic foci、びまん性肺胞傷害ではintraalveolar fibrosis、器質化肺炎ではintraluminal budsと呼ばれているが、これらの早期線維化巣はその形態だけでなく、性質も異なっていることがこれまでの研究で明らかとなっている。IV型コラーゲンは基底膜の主要構成成分であり、6個の異なるコラーゲン遺伝子から形成される6種類のIV型コラーゲンα鎖からなる3重コイル構造を基本単位とし、重合して網目構造を形成し、正常では基底膜にのみ存在している。肝臓や腎臓の病的線維化領域において異常な沈着が認められることが報告されているが、特発性間質性肺炎の早期線維化巣におけるIV型コラーゲンの産生とその機能については十分な検討が行われていない。 目的 特発性間質性肺炎の早期線維化巣におけるIV型コラーゲン発現と機能について、外科的肺生検および剖検により得られた特発性間質性肺炎の病理組織、および培養ヒト肺線維芽細胞を用いて解析を行い、その病的意義を検討する。 方法 外科的肺生検および剖検にて得られた病理検体で、通常型間質性肺炎 (UIP)、びまん性肺胞傷害 (DAD)、器質化肺炎 (OP) と診断された肺組織を用い、I型、III型、IV型コラーゲン、α-平滑筋アクチンおよびIV型コラーゲンα1鎖~α6鎖に対する免疫組織化学による染色を行い、それぞれの早期線維化巣での発現について解析した。 培養ヒト肺線維芽細胞でのIV型コラーゲン、α-平滑筋アクチン、IV型コラーゲンα1鎖~α6鎖の産生を免疫染色、ウェスタンブロット法、リアルタイム定量逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法 (qRT-PCR) にて解析した。 Small interfering RNAを用いたRNA干渉によるIV型コラーゲンα1鎖、およびα2鎖の発現を抑制した培養ヒト肺線維芽細胞の遊走能をボイデンチャンバー法にて解析し、さらにIV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖の発現抑制が、focal adhesion kinase (FAK) およびextracellular signal-regulated kinase1/2 (ERK1/2) のリン酸化にどのような影響が生じるかについて検討した。 結果 免疫組織化学を用いた解析にてI型、III型コラーゲンはUIP、DAD、OPいずれの組織型の早期線維化巣においても著明な沈着を認めた。IV型コラーゲンはUIPとDADの早期線維化巣には明らかな沈着を認めたが、OPの早期線維化巣では沈着は認められなかった。またIV型コラーゲンの沈着と同様、UIPとDADの早期線維化巣では、線維芽細胞はα-平滑筋アクチン(α-SMA)が強陽性であったが、OPの早期線維化巣の線維芽細胞はα-SMAは弱陽性~陰性であった。さらにUIP症例の連続切片を用いた検討にて、IV型コラーゲンの沈着はα-SMA陽性の筋線維芽細胞の周囲に認められた。さらに、早期線維化巣に沈着するIV型コラーゲンはα1鎖とα2鎖であり、α3~α6鎖の沈着は認められなかった。 線維化促進因子であるTGF-α1を添加し、肺線維芽細胞を培養すると、α-SMA陽性の筋線維芽細胞に変化し、同時にIV型コラーゲンの産生が増大した。また、産生されるIV型コラーゲンはα1鎖とα2鎖であり、α3~α6鎖の産生は認められなかった。さらにqRT-PCR法による解析にて、TGF-β1濃度に比例してα1鎖、α2鎖のmRNA発現量が増大したが、α3鎖~α6鎖は増大を認めなかった。 ボイデンチャンバー法を用いた解析では、IV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖の発現を抑制した線維芽細胞では遊走能が増大し、さらにこの遊走能の増大はα1鎖およびα2鎖を添加することで抑制された。また、α1鎖、α2鎖の発現を抑制された線維芽細胞では、FAKおよびERK1/2のリン酸化が増大していた。 考察 IV型コラーゲンは、基底膜の主要構成成分の一つであり、網目状構造をとることからシート形成型コラーゲンと呼ばれ、重合してコラーゲン線維と呼ばれるロープ状構造を形成する線維束形成型コラーゲンであるI、III型コラーゲンとは、質的に異なるコラーゲン分子である。IV型コラーゲンは正常では基底膜にのみ存在するが、本実験ではUIPおよびDADの早期線維化巣に微細線維状に沈着することを示した。このことは、肝硬変症や糖尿病性腎症、腫瘍関連線維症などの病的環境下では、基底膜領域以外にも沈着するというこれまでの報告と一致していた。本実験ではさらに、UIPおよびDADの早期線維化巣においてα-SMA陽性の筋線維芽細胞の周囲にIV型コラーゲンが沈着すること、および培養線維芽細胞においてTGF-β1がα-SMA発現の増加を伴ってIV型コラーゲンの産生を増大させることを示した。一方で、I、III型コラーゲンはUIPとDADだけでなくα-SMA陽性の筋線維芽細胞がわずかしか見られないOPの早期線維化巣にも著明に沈着していた。これらの結果から、I、III型コラーゲンの沈着と比べて、間質性肺炎の早期線維化巣におけるIV型コラーゲンの微細線維状の異常な沈着は、予後不良な間質性肺炎の早期線維化巣により多く認められ、線維芽細胞の筋線維芽細胞化とより強く関連する病態であることが示唆された。 IV型コラーゲンは6種類の異なるポリペプチド鎖 (α1鎖~α6鎖) を構成鎖として持っているが、重合して形成される3重コイル構造はα1α1α2、α3α4α5、α5α5α6の3種類のみとなっている。α1鎖およびα2鎖はすべての臓器の基底膜に普遍的に存在するが、残りのα3鎖~α6鎖については、特定の臓器の基底膜に限局して分布している。本研究では、UIPおよびDADの早期線維化巣に沈着するIV型コラーゲンはα1鎖、α2鎖のみであり、α3鎖~α6鎖については沈着を認めないことを示した。この結果は、培養肺線維芽細胞においてTGF-β1濃度依存的に、α1鎖とα2鎖のみがその産生とmRNAの発現を増加させ、α3鎖~α6鎖は産生もmRNAの発現も増加しないという結果と一致した。このIV型コラーゲンの異常な沈着はα1鎖、α2鎖が主体であり、α3鎖~α6鎖の沈着が認められないという現象は、シェーグレン症候群や癌性間質などの病的領域でα3鎖~α6鎖が消失する一方、α1鎖、α2鎖は消失せず、残存しているという既存の報告と一致した。IV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖は、α3鎖~α6鎖とは異なり、IV型コラーゲンの基本型α鎖であり、UIPやDADの早期線維化巣に存在する筋線維芽細胞やTGF-β1刺激を加えて筋線維芽細胞化した培養線維芽細胞などの、成熟していない組織・細胞からも分泌されうると推察された。 本研究では、線維芽細胞自身より分泌されたIV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖は線維芽細胞自身の遊走に抑制的に作用していることを示した。近年、IV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖のNC領域の一部分のポリペプチドが、血管内皮細胞の管腔形成、細胞遊走、および増殖を阻害する作用を持つことが報告されており、それぞれα1鎖由来のポリペプチドをアレスチン、α2鎖由来のポリペプチドをキャンスタチンと命名されている。アレスチンとキャンスタチンは、細胞表面にあるインテグリンと結合するが、FAKのリン酸化を促進する作用を持たず阻害因子として作用するため、その結果、血管内皮細胞の遊走が阻害されることが知られている。本研究においても、IV型コラーゲンα1鎖、α2鎖の発現を抑制した培養線維芽細胞では、FAKおよびERK1/2のリン酸化が増加していることから、逆説的ではあるが、線維芽細胞から産生されたIV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖は、アレスチンやキャンスタチンと同様にFAKのリン酸化を阻害することで、線維芽細胞自身の遊走に抑制的に働くことが推察された。 間質性肺炎の早期線維化巣におけるIV型コラーゲン沈着の増加が、間質性肺炎の予後にどのような影響を与えているかは未だ明らかではないが、本研究で示された、培養線維芽細胞より産生されたIV型コラーゲンα1鎖とα2鎖が線維芽細胞自身の遊走に影響を与えているというin vitroでの結果と、特発性間質性肺炎の肺組織を用いた検討にて、IV型コラーゲン、特にそのα1鎖とα2鎖が予後不良である間質性肺炎 (UIP、DAD) の早期線維化巣に著明に沈着しているというin vivoの結果の関連は非常に興味深いものと考える。したがって、間質性肺炎の早期線維化巣では線維芽細胞が増殖し、活性型の筋線維芽細胞となって多量のIV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖を産生する。そして沈着したα1鎖およびα2鎖は、筋線維芽細胞の早期線維化巣外への遊走を阻害することで、筋線維芽細胞は早期線維化巣にとどまり、さらに細胞外基質を産生する結果、UIPやDADのように予後不良で、治療抵抗性の肺線維症につながるという仮説を、本研究は提案する。 結語 予後不良な間質性肺炎の早期線維化巣の筋線維芽細胞の周囲に、IV型コラーゲンα1鎖とα2鎖が著明に沈着すること、線維芽細胞が分泌するα1鎖とα2鎖が線維芽細胞自身の遊走に影響を与えることを証明した。本研究の結果から、早期線維化巣に沈着するIV型コラーゲンが、線維芽細胞の遊走に対する影響を介して、間質性肺炎の予後に影響を与えている可能性が推察された。間質性肺炎の早期線維化巣におけるIV型コラーゲン発現の検討は、予後予測を含めた質的診断に有用であることを、本研究の結果は示唆した。間質性肺炎におけるIV型コラーゲンの機能の解明は、予後予測因子としての確立、病態生理の解明、ひいては新規治療の開発のため、より一層の研究の進展が望まれる。 | |
審査要旨 | 本研究は間質性肺炎において、病的線維化に重要な役割を果たしていると考えられている早期線維化巣について、病型ごとの性質の違いを明確にするため、産生される細胞外基質、特にIV型コラーゲンに注目し、病型ごとのIV型コラーゲンの沈着の程度の違いをヒト肺組織を用いて解析した。さらに早期線維化巣に集簇する線維芽細胞自身に、沈着するIV型コラーゲンがどのような影響を与えているかについて、培養ヒト肺線維芽細胞系を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. ヒト肺組織と免疫組織化学を用いた解析にて、I型、III型コラーゲンは通常型間質性肺炎(UIP)、びまん性肺胞傷害(DAD)、器質化肺炎(OP)のいずれの組織型の早期線維化巣においても著明な沈着を認めた。一方、IV型コラーゲンはUIPとDADの早期線維化巣には明らかな沈着を認めたが、OPの早期線維化巣では沈着を認めなかった。またIV型コラーゲンの沈着と同様、UIPとDADの早期線維化巣では、線維芽細胞はα-平滑筋アクチン(α-SMA)が強陽性であったが、OPの早期線維化巣の線維芽細胞はα-SMAは弱陽性~陰性であった。さらにUIP症例の連続切片を用いた検討にて、IV型コラーゲンの沈着はα-SMA陽性の筋線維芽細胞の周囲に認められた。さらに、早期線維化巣に沈着するIV型コラーゲンはα1鎖とα2鎖であり、α3~α6鎖の沈着は認められなかった。これらの結果から、I、III型コラーゲンの沈着と比べて、間質性肺炎の早期線維化巣におけるIV型コラーゲンの沈着は、予後不良な間質性肺炎(UIP, DAD)の早期線維化巣により多く認められ、線維芽細胞の筋線維芽細胞化とより強く関連する病態であることが示唆された。 2. 線維化促進因子であるTransforming growth factor-β1を添加し、肺線維芽細胞を培養すると、α-SMA陽性の筋線維芽細胞に変化し、濃度依存的にIV型コラーゲンの産生が増大した。また、産生されるIV型コラーゲンはα1鎖とα2鎖であり、α3~α6鎖の産生は認められなかった。この結果は、ヒト肺組織におけるUIPおよびDADの早期線維化巣に沈着するIV型コラーゲンはα1鎖、α2鎖のみであり、α3鎖~α6鎖の沈着を認めないというin vivoの結果と一致した。 3. ボイデンチャンバー法を用いた解析では、IV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖の発現を抑制した線維芽細胞では遊走能が増大し、さらにこの遊走能の増大はα1鎖およびα2鎖を添加することで抑制された。また、α1鎖、α2鎖の発現を抑制された線維芽細胞では、Focal adhesion kinase(FAK)のリン酸化が増大していた。IV型コラーゲンを始め細胞外基質は細胞表面のインテグリンと結合し、FAKのリン酸化を介して各種細胞機能を亢進させる作用を有している。一方で、IV型コラーゲンのNC1端由来のポリペプチドには、インテグリンと結合するもFAKのリン酸化を阻害することが報告されている。線維芽細胞が分泌する不完全なIV型コラーゲンα1鎖およびα2鎖にも同様に、インテグリン-FAK pathwayを阻害し、線維芽細胞の遊走を抑制する作用があることが推察された。 以上、本研究は予後不良な間質性肺炎の早期線維化巣の筋線維芽細胞の周囲に、IV型コラーゲンα1鎖とα2鎖が著明に沈着すること、線維芽細胞が分泌するα1鎖とα2鎖が線維芽細胞自身の遊走に影響を与えることを証明した。本研究の結果から、早期線維化巣に沈着するIV型コラーゲンが、線維芽細胞の遊走を抑制し、さらなる細胞外基質を沈着させることによって病的線維化を促進し、間質性肺炎の予後を悪化させている可能性が推察された。本研究は、間質性肺炎の難治性線維化の病態生理の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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