学位論文要旨



No 129346
著者(漢字) 池田,麻穂子
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,マホコ
標題(和) インターフェロンシグナル制御による白血病癌幹細胞を標的とした慢性骨髄性白血病治療の検討
標題(洋)
報告番号 129346
報告番号 甲29346
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4079号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 特任准教授 小川,誠司
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 講師 山本,寛
内容要旨 要旨を表示する

慢性骨髄性白血病(CML)は造血幹細胞の染色体異常に起因する、いわゆる「幹細胞病」である。この染色体異常によって発現するBcr-Abl融合遺伝子の蛋白は、常時活性化型チロシンキナーゼとして機能する。これにより、CML幹細胞は正常造血幹細胞と同じ多分化能と自己再生能を有しながら前駆細胞以下の下流の細胞を過剰に産生する。臨床的には末梢血中の白血球増加、髄外造血による脾腫などが起きる。

CMLの自然経過は、数年の慢性期から移行期を経て、急性転化期へと進展する。現行の慢性期CMLの治療では、BCR-ABLのチロシンキナーゼ阻害剤であるイマチニブが第一選択薬であり、過去の治療と比較し予後を改善させた。しかし、イマチニブ治療では寛解まで導くことができても、CML幹細胞を排除できないことが実験的に示されている。また、2年以上イマチニブ治療を継続し、寛解を維持した慢性期CML患者を対象としたイマチニブ中断臨床試験でも、12ヶ月以内に61%がCMLを再発することが報告されている。よって、CML根治を目指した治療戦略として、「CML幹細胞の減少もしくは機能低下」を狙った治療法の創出が求められる。

本研究では、過去にCML治療で用いられて一定の効果を上げていたインターフェロン(IFN)に着目した。近年、IFNは正常造血幹細胞に直接作用し、同シグナルの制御不全が正常造血幹細胞の減少をもたらすことが明らかにされていることから、正常造血幹細胞と同様の性質を有するCML幹細胞においても、その減少をもたらす可能性があると考えた。また、臨床試験においても、イマチニブとペグ化IFN併用治療がCML慢性期患者を対象に行われ、イマチニブ単独治療やイマチニブとシタラビンの併用治療にくらべ、有意に高い分子遺伝学的寛解率をもたらしたことが報告されている。

以上の背景より、CMLマウスモデルを用いてIFNとイマチニブの併用治療が、CML幹細胞の数や機能に及ぼす影響について検討した。その結果、イマチニブとIFNの併用治療はイマチニブ単独治療に比べ、レシピエントマウスの治療後白血球数上昇を抑制し、生存率を延長させた。また、併用治療を受けたレシピエントマウスは脾腫が軽度となり、脾臓中のCML幹細胞数も減少した。また、同併用治療を施したマウスのCML幹細胞では、CMLが再発する前であってもコロニー形成能が低下していることを同時に確認した。これは、IFNがCML幹細胞の数的減少のみならず、質(幹細胞性)の低下を引き起こしたことを反映するものと考えられる。さらに、このようなCML幹細胞の幹細胞性低下の要因を検討する中で、IFN併用治療は同細胞へのDNA損傷を与えていないことを見いだした。以上より、CMLマウスへのイマチニブおよびIFNの併用治療実験において、IFN治療はイマチニブ単独治療に比べ、レシピエントマウスのCML再発を抑制し、これはCML幹細胞の数や機能が低下したことに依ることを示した。

正常造血幹細胞においては、IFNは直接同細胞に作用し、幹細胞性の低下をもたらすことが過去に示されている。IRF2はこのIFNシグナルを負に制御する因子として知られ、Irf2-/-マウスでは著明な造血幹細胞数の減少が認められる。このような知見を踏まえ、CML幹細胞の機能維持にもIRF2が必要であるかを、Irf2-/-マウスを用いたCML誘導実験において検証した。その結果、Irf2-/-骨髄細胞をドナーとした場合はレシピエントマウスにCMLが誘導されないことが判明した。骨髄および脾臓中のCML幹細胞の割合や数も、コントロール(Irf2+/-)群に比べ、減少していることが示された。また、マウス骨髄ストローマ細胞との共培養においては、コントロール(Irf2+/-)骨髄細胞では緩やかな増殖を伴いながら白血病細胞数が保たれるが、Irf2-/-骨髄細胞では、この数が著しく減少することが分かった。さらに、共培養後の骨髄未熟細胞のコロニー形成能を比較しても、Irf2-/-骨髄細胞ではコロニー形成能は低下していた。以上の結果は、IRF2を分子標的とすることでCML幹細胞の幹細胞性を低下させうる可能性を示唆しているといえる。

以上の研究より、IFNシグナルはCML幹細胞においても重要な役割を果たしていることが明らかとなり、CML根治を目指した治療戦略においてIFN治療は有望と思われた。この経路に関わるIRF2阻害がCML幹細胞を減少させることも判明し、今後、IRF2阻害剤を探索し、イマチニブやIFNと併用することで、より強力なCML治療を行えることが予想され、CML幹細胞を駆逐するうえで有望と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は慢性骨髄性白血病(CML)の原因であるCML幹細胞に作用する経路を明らかにするため、Bcr-Abl遺伝子をレトロウイルスベクターにてマウス骨髄細胞に導入し移植するマウスモデルを用い、レシピエントマウスにCMLを誘導し、過去にCMLの治療として一定の効果をあげていたインターフェロン(IFN)のCML幹細胞に及ぼす影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.CMLマウスモデルを用いた治療実験では、イマチニブ単独治療群と比較し、イマチニブおよびIFN併用治療群では、治療中止後のCML再発が抑えられ、生存期間が有意に延長した。

2.同上の実験において、イマチニブ単独治療群に比べ、イマチニブおよびIFN併用治療群では、脾腫が軽減され、末梢血中の白血病細胞の割合も減少した。また、髄外臓器(肺・肝臓)への細胞浸潤も減少した。

3.同上の実験において、イマチニブ単独治療群に比べ、イマチニブおよびIFN併用治療群では、脾臓のCML幹細胞の割合はLineage marker・Sca-1+c‐kit+細胞分画の中で有意に減少し、脾臓中の総CML幹細胞数も有意に減少した。また、治療中止直後のCML幹細胞のコロニー形成能においても、イマチニブおよびIFN併用治療群では、コロニー形成能の低下が見られた。これより、イマチニブおよびIFN併用治療はCML幹細胞の数および質(コロニー形成能)を共に低下させることが明らかとなった。

4.IFNシグナルを負に制御する転写調節因子であるIRF2を欠損する骨髄細胞にBcr-Abl遺伝子を導入し、野生型レシピエントマウスに移植を行った場合は、コントロール群と比較し、Bcr-Abl遺伝子の導入効率は同等であったが、CMLを誘導できないことが判明した。

5.上記のCML誘導実験では、Irf2欠損骨髄細胞を用いた群は末梢血中の白血病細胞および、脾臓の総CML幹細胞数がコントロール群に比較し、有意に減少していた。

6.Irf2欠損骨髄細胞にBcr-Abl遺伝子を導入し、in vitroで骨髄間質細胞と共培養した場合も、コントロール群と比較し、細胞数の増加は緩やかであった。

以上、本論文はマウスCMLモデルを用い、IFNおよびイマチニブの治療実験の検討から、IFNがCML幹細胞の数および質を低下させることを明らかにした。また、IFNシグナルを負に制御する転写調節因子IRF2を欠損する骨髄細胞はCMLを誘導できないことを見いだした。本研究はこれまで不明であった、インターフェロンがCML幹細胞に及ぼす直接的な効果を明らかにし、IRF2がCML幹細胞において重要である可能性を示唆した。よって、今後のCML根治治療の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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