学位論文要旨



No 129347
著者(漢字) 加茂,雄大
著者(英字)
著者(カナ) カモ,タケヒロ
標題(和) CD4陽性T細胞におけるKLF5の機能とその役割
標題(洋) The functional role of KLF5 in effector CD4+ T cells
報告番号 129347
報告番号 甲29347
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4080号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 講師 浅野,善英
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 特任准教授 岡部,哲郎
 東京大学 教授 佐藤,伸一
内容要旨 要旨を表示する

転写因子KLF5はKruppel様転写因子ファミリーと呼ばれる転写因子群の一つであり、個体の発生、細胞の増殖と分化、癌などの病態形成で重要であることが知られており、心血管疾患、メタボリックシンドローム、慢性腎臓病でも重要な働きをしていることが明らかになっている。血管傷害に対する応答として、KLF5は血管平滑筋の形質転換および血管リモデリングに重要な遺伝子の発現を制御している。平滑筋におけるこのKLF5の働きの一部はRARとKLF5の相互作用を介する。また心臓に圧負荷を与えると、KLF5は心臓線維芽細胞で心臓リモデリングに重要な遺伝子の発現を制御する。KLF5は脂肪細胞の分化を制御する転写因子ネットワークの重要な構成要素でもある。また骨格筋では、KLF5はPPARδとの相互作用を介して脂肪酸燃焼に関わる遺伝子群の発現を制御している。さらに腎臓の傷害に対する応答として、KLF5は腎臓に集積するマクロファージの機能を調節することによって炎症の過程を制御する。このようにKLF5は心血管疾患、メタボリックシンドローム、慢性腎臓病において多様な機能を果たしている。

KLF5は心血管疾患や慢性腎臓病の炎症過程において重要な役割を果たしているが、KLF5が免疫細胞においてどのような役割を果たしているか知られていない。KLF5が免疫細胞において核内受容体と相互作用することによって免疫細胞の機能を制御しているかもしれないという仮説を検証するために、私は哺乳類細胞ツーハイブリッド法を用いて、免疫細胞で発現する核内受容体とKLF5のタンパク質間相互作用の解析を系統的に行った。その結果、KLF5は核内受容体ファミリーの中のオーファン受容体であるレチノイド関連オーファン受容体(RORα, RORβ, RORγ)と相互作用することを見出した。

RORαとRORγは多くの組織で発現しており、特にRORγはCD4陽性T細胞の中の一群であるTh17細胞の分化を制御する主要な調節因子であることが広く知られており、RORαもTh17細胞の分化に重要な役割を果たす。Th17細胞はインターロイキン(IL)-17A, IL-17F, IL-22を産生し、自己免疫疾患や炎症性疾患において中心的役割を果たしていると考えられている。そこで、KLF5がCD4陽性T細胞の機能を制御することによって炎症過程に寄与しているかもしれないという仮説を検証するために、私はCD4陽性T細胞におけるKLF5の機能の解析を進めた。

マウス脾臓から分離したCD4陽性ナイーブT細胞を培養してエフェクターT細胞(Th1,Th2,Th17)に分化誘導する実験で、CD4陽性T細胞が分化する過程でのKLF5の発現を調べたところ、PMAおよびイオノマイシン刺激の存在下ではKlf5 mRNAはTh1,Th2,Th17の各々の分化条件で発現が確認された。また、PMAおよびイオノマイシンの刺激によってサイトカインの発現量は増加する。そして、Th1,Th2,Th17の各々の分化条件においてPMAおよびイオノマイシンの刺激によってKlf5 mRNAの発現量も増加した。

次に、CD4陽性T細胞におけるKLF5の機能を解析するために、造血細胞特異的KLF5欠損(Klf5 (fl/fl) Tie2-Cre)マウスの脾臓からCD4陽性ナイーブT細胞を分離した。このCD4陽性T細胞ではKlf5 mRNAの発現が見られなかった。このKLF5欠損T細胞を分化誘導する実験でT細胞の増殖をCFSE蛍光度により解析したところ、Th17分化条件ではKLF5欠損T細胞の増殖は低下しており、KLF5はTh17細胞の分化の過程でT細胞の増殖を制御すると考えられた。

IL-23シグナルはTh17細胞の増殖を促進すると考えられている。そこで、造血細胞特異的KLF5欠損マウスの脾臓から分離したKLF5欠損CD4陽性ナイーブT細胞をTh17細胞に分化誘導する実験で、KLF5欠損T細胞のIL-23R(インターロイキン23受容体)の発現量を調べた。Th17分化条件においてKLF5欠損T細胞では野生型T細胞と比較してIl23r mRNAの発現量の減少が見られた。一方、Il17aおよび(RORγをコードする)Rorc mRNAの発現量はKLF5欠損T細胞と野生型T細胞で変わらなかった。この結果から、KLF5はIL-23R発現を活性化すると考えられた。

RORγはTh17細胞への分化の過程でIl17a遺伝子プロモーターに直接結合してIl17aの転写を活性化するとともに、Il23r遺伝子プロモーターとイントロン3に直接結合してIl23rの転写を活性化することが示されている。KLF5がIl23r遺伝子の転写を直接制御するか否かを検証するためにルシフェラーゼレポーターアッセイを行ったところ、Il23r遺伝子プロモーターとイントロン3を含む条件では、KLF5はRORγとともに発現している場合にIl23r遺伝子の転写活性をさらに増加させた。

ヒトのゲノム解析においてIL23R遺伝子多型はクローン病の発症と関連していることが知られており、IL-23シグナルとTh17細胞はヒトとマウスの炎症性腸疾患の病態形成に深く関わっていると考えられている。CD4陽性T細胞のKLF5が腸炎の病態形成を制御するか否かを検証するために、造血細胞特異的KLF5欠損マウスにデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を7日間投与して腸炎を誘発した。造血細胞特異的KLF5欠損マウスではDSS投与開始10日後以降で体重減少の程度は小さくなり、腸炎の症状が軽減された。この結果から、KLF5は化学物質誘発性腸炎において腸の炎症過程に寄与している可能性があると考えられた。

Th17細胞の分化を制御する因子はRORγの他にもRORα, Runx1, HIF1, IκBζ, KLF4など多数報告されている。これらはいずれも転写因子であり、Il17a遺伝子プロモーターに直接結合してIl17aの転写活性化に重要であることが示されている。本研究の結果では、Th17分化条件においてIl17aの発現量はKLF5欠損T細胞と野生型T細胞で変わらず、KLF5はIl17a遺伝子の転写調節には重要でないと考えられた。一方、IL-23R発現を直接制御する因子としてはRORγの他にT-betが報告されているが、他にはほとんど知られていない。本研究では、培養細胞においてKLF5はRORγとともにIL-23R発現の活性化に重要であることが明らかになった。IL-23シグナルはTh17細胞の増殖を促進すると考えられており、KLF5がIL-23R発現を活性化することはKLF5がTh17細胞の増殖を制御することと関連していると考えられた。生体内でKLF5がIl23r遺伝子の転写調節領域に結合してIl23r遺伝子の転写を制御するか否か、およびKLF5がRORγとの相互作用を介してRORγが持つIl23r遺伝子の転写活性を変化させるか否かは明らかでなく、今後検証する必要がある。

RORγ欠損CD4陽性T細胞を移入すると腸炎は起こらないことが示されており、RORγはTh17細胞の分化を制御する主要な調節因子であるとともに炎症性腸疾患の病態形成にも関わると考えられている。しかし、Th17細胞の主要なサイトカインであるIL-17Aの働きをIL-17A中和抗体の投与やIL-17A遺伝子欠損により阻害すると、マウスのDSS腸炎がむしろ重症化することが報告されている。つまり、IL-17Aは腸炎に対して保護的な作用を持つと考えられる。IFN-γは重要な炎症性メディエーターであるが、IFN-γ欠損CD4陽性T細胞を移入しても腸炎を引き起こすことが示されており、腸炎においてはIFN-γの他にも炎症性メディエーターが必要だと考えられている。一方、IL-23R欠損マウスではDSS腸炎の症状が軽くなり、IL-23R欠損CD4陽性T細胞の移入では腸炎は起こらないことが示されている。すなわち、IL-23シグナルはTh17細胞の病原性と炎症性腸疾患の病態形成に深く関与していると考えられている。本研究の結果では、造血細胞特異的KLF5欠損マウスでDSS腸炎の症状が軽くなった。KLF5がどのように腸の炎症過程に寄与するか検証が必要であるが、KLF5はIL-23シグナルを活性化することによってTh17細胞の病原性を制御している可能性がある。Th17細胞の病原性に関わる他の因子はまだ十分明らかにされておらず、今後の研究により解明していく必要がある。

結論を述べると、KLF5はCD4陽性T細胞のIL-23シグナルを活性化することによって、Th17細胞の増殖や病原性を制御して腸の炎症過程に寄与する可能性があることが示された。IL-23シグナルは炎症性腸疾患だけでなく乾癬や脊椎関節症の病態形成にも深く関与しており、IL-12およびIL-23の共通サブユニットIL-12/23p40に対するヒト型モノクローナル抗体製剤であるウステキヌマブは、乾癬やクローン病に対して有効性が報告されている。KLF5はIL-23シグナルを制御する因子としてこれらの炎症性疾患の病態形成にも寄与している可能性があり、この分子的機序をもとに新しい治療戦略の開発が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、個体の発生や癌・心血管疾患などの病態形成で重要な役割を果たすことが知られている転写因子KLF5が免疫細胞においてどのような役割を果たすか明らかにするために、CD4陽性T細胞におけるKLF5の機能の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. 哺乳類細胞ツーハイブリッド法を用いてタンパク質間相互作用の解析を行ったところ、Th17細胞の分化を制御することが知られているRORγおよびRORαとKLF5は相互作用することが示された。

2. CD4陽性ナイーブT細胞をエフェクターT細胞に分化誘導する実験でCD4陽性T細胞が分化する過程でのKLF5の発現を調べたところ、PMAおよびイオノマイシン刺激の存在下ではKlf5 mRNAはTh1,Th2,Th17の各々の分化条件で発現が確認された。また、Th1,Th2,Th17の各々の分化条件においてPMAおよびイオノマイシンの刺激によってKlf5 mRNAの発現量は増加した。

3. KLF5欠損CD4陽性ナイーブT細胞をエフェクターT細胞に分化誘導する実験でT細胞の増殖をCFSE蛍光度により解析したところ、Th17分化条件ではKLF5欠損T細胞の増殖は低下していることが示された。

4. KLF5欠損CD4陽性ナイーブT細胞をTh17細胞に分化誘導する実験でIL-23Rの発現量を調べたところ、Th17分化条件においてKLF5欠損T細胞では野生型T細胞と比較してIl23r mRNAの発現量の減少が見られた。

5. KLF5がIl23r遺伝子の転写を直接制御するか否かを検証するためにルシフェラーゼレポーターアッセイを行ったところ、Il23r遺伝子プロモーターとイントロン3を含む条件では、KLF5はRORγとともに発現している場合にIl23r遺伝子の転写活性をさらに増加させた。

6. CD4陽性T細胞のKLF5が腸炎の病態形成を制御するか否かを検証するために、造血細胞特異的KLF5欠損マウスにDSSを投与して腸炎を誘発したところ、造血細胞特異的KLF5欠損マウスでは腸炎の症状が軽減された。

以上のように本研究から、KLF5がCD4陽性T細胞のIL-23シグナルを活性化することによってTh17細胞の増殖や病原性を制御して腸の炎症過程に寄与する可能性があることが示された。IL-23シグナルを制御する因子はこれまでほとんど知られておらず、本研究はIL-23シグナルが関わる多くの炎症性疾患の新しい治療戦略の開発に重要な貢献を果たすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク