学位論文要旨



No 129348
著者(漢字) 川俣,豊隆
著者(英字)
著者(カナ) カワマタ,トヨタカ
標題(和) Activation-induced cytidine deaminase(AID)を介するメシル酸イマチニブのB細胞分化抑制作用の解析
標題(洋)
報告番号 129348
報告番号 甲29348
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4081号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 特任准教授 加藤,直也
内容要旨 要旨を表示する

Activation-induced cytidine deaminase(AID)は、活性化B細胞における免疫グロブリン遺伝子のV(Variable)領域に点突然変異を導入する体細胞突然変異(SHM)や、S(switch)領域と各免疫グロブリンサブクラスの定常(constant:C)領域の上流に位置するS領域のDNA鎖に切断を入れ、IgMを担うC領域であるCμを欠失させて、IgGやIgAなどを担う定常領域(CγやCαなど)とつなぎかえるクラススイッチ組換え(CSR)に必須の酵素である。SHMにより免疫グロブリンの抗原に対する多様性や高親和性がもたらされ、CSRにより抗原に対する特異性を損なうことなくIgMからIgGやIgAなどのサブクラスへ切り替えることが出来る。このAIDの変異原性が免疫の多様性をもたらす一方で、B細胞に限らず、AIDが過剰発現することにより、異常な体細胞突然変異や染色体転座を惹起し、腫瘍形成へ関与することが指摘されている。

メシル酸イマチニブ(IM)は、慢性骨髄性白血病の原因遺伝子であるBCR-ABL融合遺伝子の遺伝子産物を標的とした分子標的薬である。慢性骨髄性白血病は、BCR-ABL融合遺伝子が形成されることにより、ABLチロシンキナーゼが恒常的に活性化され、細胞増殖やアポトーシス抑制を来たすことにより発症する。IMはABLチロシンキナーゼのアデノシン3リン酸(ATP)結合ポケットへのATPの結合を競合的に阻害することにより抗腫瘍効果を発揮する。臨床現場において、IM投与中に免疫グロブリン値の低下をしばしば認めるが、その機序は明らかではない。以前に行なった当研究室での検討では、IM治療中の患者では、インターフェロン(IFN)投与患者と比較して血清IgG、IgA値は低値であったが、血清IgM値に関してはむしろやや高い傾向が認められた。この知見より、IMによりCSRが抑制されている可能性が考えられ、以下の研究を開始した。

マウス脾臓細胞をLipopolysaccharides(LPS)とインターロイキン(IL)-4による共刺激下で37℃、72時間、in vitroにて培養を行なうと、IgG1へのCSRが促進される。その際にIMを0、1、2.5、5、7.5、10μM投与したところ、IM濃度依存性にマウス脾臓細胞の表面IgG1発現量の低下が認められ、CSRが抑制されていた。IgG1のCSRには、AIDとIgG1のgermline transcriptの存在が必要不可欠である。リアルタイムPCR法によりこれらのmRNA発現量を検索したところ、AID mRNA発現量はIM濃度依存性に低下が認められたが、IgG1 germline transcriptの低下は認められず、この作用はAIDの発現抑制を介したCSR抑制作用であると考えられた。

次に、in vivoにおいて、どうようにIMがCSRを阻害するのか検討を行なった。マウスに羊赤血球(SRBCs)の腹腔内投与による免疫刺激を加えるとCSRが促進されるが、この際にIM 50mg/kgの投与も併せて行なった。SRBCsによる免疫刺激を14日間隔で2回行ない、IM腹腔内投与は21日間継続して行なった。マウスの脾臓を採取して病理組織学的解析を行なった。IMを投与したマウスは投与しなかったマウスと比較して脾臓胚中心が小さく不明瞭であった。またAIDの免疫染色では、IMを投与しなかったマウスでは胚中心の活性化B細胞に一致して染色が認められたのに対し、IMを投与したマウスでは染色はわずかにしか認められなかった。リアルタイムPCR法による脾臓細胞のAID mRNA発現量はIM投与により低下を認め、フローサイトメトリーによる脾臓細胞の表面IgG1発現量も低下を認めた。以上より、in vivoにおいてもIMによるAID発現抑制を介したCSR抑制作用が認められた。

次に、レトロウィルスを用いてマウス脾臓細胞にAIDを強制発現させたときにIMにより抑制されたCSRが回復するのか検討を行なった。前述の通り、マウス脾臓細胞をLPSとIL-4にて37℃、72時間、in vitroで培養した際に10μM IMを投与すると表面IgG1発現量の低下を認める。しかし、レトロウィルスを用いて、外因性にAIDを強制発現させると10μM IM投与時も、0μM IMと同等もしくはそれ以上にIgG1のCSRが回復を認めた。以上の結果からも、IMによるCSR抑制作用はAIDの発現を抑制することにより起こっていると考えられた。

このIMによるAID発現抑制の作用機序を解明するため、AIDの発現を調節しているプロモーター領域のうち、特に重要とされるRegion2領域に作用するPax5、E2A、E2f7、E2f8の4転写因子のmRNA発現量をリアルタイムPCR法にて測定した。いずれの4因子ともにIMの投与により発現量の低下を認めたが、中でも特にE2Aの著明な発現低下を認め、特に重要な役割を果たしていると考えられた。E2A遺伝子は、E12とE47の2つの蛋白をコードしているが、ウェスタンブロット法によるE47蛋白発現量を検索したところ、IM投与により著明な発現低下を認めた。またDNA親和性沈降解析にてEボックスに結合しているE47蛋白の発現量の検索も行なったが、こちらもIM投与によりE47蛋白の著明な低下を認めた。最後にマイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析を行ない、更なる作用経路の解明を行なった。統計学的に有意差の認められた因子はアップレギュレーション 1189 因子、ダウンレギュレーション 257因子抽出されたが、その中からは抑制経路として特異的な遺伝子群は明らかとはならなかった。C-Ablは、様々な因子と連動してB細胞の分化に重要な役割を果たしており、c-Ablから様々な経路を介して、AIDの発現に影響している可能性が考えられるが、このIMによるAID抑制作用は、多くのキナーゼ抑制を介した非特異的な経路により誘導されたoff-target効果の可能性も考えられる。

AIDの過剰発現は、前述の通り腫瘍形成への関与が指摘されているが、その他にも自己免疫性疾患やアレルギー疾患などへの関与も指摘されている。IMは比較的安全な薬剤として日常臨床に用いられており、IMはAID抑制薬として様々なAID関連疾患に有用である可能性がある。またIMではAIDの完全阻害とまでは行かないが、その作用機序が解明できればAID阻害剤の開発へとつながる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、慢性骨髄性白血病の原因遺伝子であるBCR-ABL融合遺伝子の遺伝子産物に対する分子標的薬として開発されたメシル酸イマチニブ(IM)が、活性化B細胞において抗体産生に多様性をもたらす体細胞突然変異(SHM)やクラススイッチ組換え(CSR)などの遺伝子再構成において重要な役割を果たしている一方で、その過剰発現により腫瘍形成への関与が指摘されているActivation-induced cytidine deaminase(AID)の発現抑制作用を有する可能性について、マウス脾臓B細胞などを用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. マウス脾臓細胞をLPSとIL-4による共刺激下にてin vitroで72時間培養するとIgG1へのクラススイッチ組換えが起こるが、その際にIMを投与すると濃度依存性にクラススイッチ組換えが抑制されることが示された。IgG1へのクラススイッチ組換えにはAIDとIgG1 germline transcriptの発現が最低限必要とされるが、IM投与時にはAID mRNAの発現は濃度依存性に低下を認めたのに対し、IgG1 germline transcriptの発現はむしろ上昇を認め、IMによるIgG1クラススイッチ組換え抑制作用はAIDの発現抑制作用によるものであることが示された。

2. マウスに羊赤血球の腹腔内投与による免疫刺激を加えるとクラススイッチ組換えが促進されるが、羊赤血球による免疫刺激とIMの腹腔内投与を併せて行ない、in vivoにおける検討も行なった。羊赤血球による免疫刺激のみ行なったマウスでは、脾臓の胚中心は大きく明瞭となり、AID免疫染色において胚中心の活性化B細胞に一致してAIDの発現を認めたのに対し、IMを併せて投与したマウスの脾臓の胚中心は小さく不明瞭であり、AID免疫染色においてもAIDの発現はわずかに認められるのみであった。IMを併せて投与したマウスでは、脾臓細胞の表面IgG1発現量も低下を認め、AID mRNA発現量も低下しており、これらの結果から、in vivoにおいてもAID発現抑制作用を有することが示された。

3. In vitroの実験系において、レトロウィルスを用いてAIDを強制発現させると、IMにより抑制されていたIgG1へのクラススイッチ組換えはIMを投与しなかった場合と同等もしくはそれ以上への回復を認めており、この結果からもIMによるクラススイッチ組換え抑制作用はAIDの抑制を介したものであることが示された。

4. AIDの発現を調節しているプロモーター領域のうち、Region2がB細胞特異的結合部位を持ち、特に重要な役割を果たしている。このRegion2領域に結合部位を持つB細胞特異的な発現増強因子であるPax5やE2A、発現抑制因子であるE2f7、E2f8のmRNA発現量をリアルタイムPCR法により検討した。また、Pax5やE2Aの抑制因子であるID2、B細胞の活性化マーカーであるRAG1、RAG2、CD40のmRNA発現量の解析も行なった。Pax5、E2A、E2f7、E2f8はいずれもIM濃度依存性に低下を認めたが、特にE2Aに関しては、10μM IM投与時はIM投与なしの場合と比較して500分の1と著明な低下を認め、特に重要な役割を果たしている可能性が示された。RAG1、RAG2、CD40、ID2に関しては、IM濃度依存性の有意な変動は認められず、B細胞の活性化低下による間接的な作用によるものではないことが示された。

5. E2A遺伝子はE47とE12の2つの転写因子をコードしており、E蛋白の結合部位であるEボックスへ高親和性で実験系の確立しているE47蛋白についての検討を行なった。ウェスタンブロット法によるE47蛋白発現量の解析では、IMの投与によりE47蛋白の著明な発現低下を認めた。またEボックス配列を持った野生型プローブと、Eボックスに変異を入れE47蛋白が結合できないようにした変異型プローブを用いたDNA親和性沈降解析を行なった。IM投与時は、変異型プローブを用いた際と同程度まで著明な低下を認めた。これらの結果より、mRNAレベルだけでなく、蛋白レベルにおいてもIM投与によりE47は著明な低下を認め、IMのAIDの発現抑制作用に重要な役割を果たしている可能性が示された。

6. AIDとE2Aは、IMの標的分子であるABL、ARG、BCR-ABL、KIT、PDGFR、DDR1、NQO2との間には既知の経路はなく、より詳細な作用経路解明のため、マイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析を行なった。この結果からはIMによる抑制経路として特異的な遺伝子群は認められず、作用経路の特定は出来なかった。

以上、本論文は慢性骨髄性白血病に対する分子標的薬として開発されたIMが、マウス脾臓細胞を用いたin vitro、in vivoの解析からActivation-induced cytidine deaminase(AID)の抑制作用を有することを示した。本研究は、AIDの過剰発現が関与している可能性のある悪性腫瘍やアレルギー性疾患、自己免疫疾患へのIMの臨床応用の可能性や、AID阻害剤の開発につながる重要な役割を果たすと考えられ、学位に値するものと考えられる。

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