学位論文要旨



No 129352
著者(漢字) 吉川,理子
著者(英字)
著者(カナ) キチカワ,ヨシコ
標題(和) マウス病原性大腸菌 Citrobacter rodentium 感染に対する Cas-L / NEDD9 の防御機構について
標題(洋)
報告番号 129352
報告番号 甲29352
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4085号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 准教授 三室,仁美
内容要旨 要旨を表示する

Crk-associated substrate lymphocyte type(Cas-L)は1996年に当研究室で発見され、クローニングされたβ1インテグリンの下流にある足場タンパク質(スキャフォールドタンパク質:scaffold protein)であり、Crk-associated substrate(Cas)ファミリーに属する。当研究室ではCas-Lの生物学的機能について解析を進めてきた。また、ヒトおよびマウス関節炎の重症度や非小細胞性肺がん患者の生命予後とCas-Lの発現が相関している可能性を報告し、Cas-Lがそれらの疾患の治療標的分子、あるいはバイオマーカーと成りうることを示唆している。一方、Cas-Lは主にリンパ球、好中球、及び上皮細胞での発現が報告されているが、Cas-Lの発現が、生体内で感染症に対して如何に作用するかを報告した先行研究は存在せず、Cas-L欠損時に感染に対して生じうる生体応答の変化を研究することは重要であると考えられる。

そこで本研究では、Cas-L欠損マウスを用いてヒト病原性大腸菌のマウスモデルであるCitrobacter rodentium(C. rodentium)をCas-L欠損マウス(Cas-L homo)と野生型マウス(WT)に経口感染させ、比較検討を行なった。

まず、大腸、脾臓、肝臓の定着菌数(CFU/g)について検討した。WTとCas-L homoのいずれも大腸で108-109、脾臓で104-105、肝臓で103-105の菌の定着を認めたが、両マウス群で定着菌数に有意な差を認めなかった。また、WTとCas-L homoのいずれのマウス群でも大腸以外に脾臓、肝臓に菌が播種・定着していたが、脾臓に比較して肝臓への菌の定着率が高い傾向が認められた(脾臓;WT:12例中7例(58%)、Cas-L homo:11例中4例(36%)、肝臓;WT:12例中11例(92%)、Cas-L homo:11例中10例(91%))

次に、感染前後の脾臓重量の変化をそれぞれのマウス群で比較したところ、WTでは感染前と比べて感染後に脾臓重量/体重(g)が有意に増加していたのに対し(p = 0.013)、Cas-L homoでは感染前後で有意差を認めなかった(p = 0.41)。非感染群、感染群、のそれぞれでWTとCas-L homo の脾臓重量に差があるかどうかを検討すると、非感染群でのCas-L homoの脾臓重量/体重(g)はWTと比較して有意差は認められなかったが(p = 0.28)、感染群で比較するとCas-L homoはWTよりも有意に小さかった(p = 0.0000057)。

血中サイトカイン測定では、Cas-L homoにおいてWTと比較してIL-1α、IL-1β、TGF-βの血中濃度が有意に低下していた( それぞれp = 0.015、p = 0.047、p = 0.042)。

病理組織学検査において、肉眼的所見で最も顕著な相違を認めたのは肝臓で、感染7日後に解剖しえた症例に関しては、WTでは26例中5例(19%)、Cas-L homo では26例中0例(0%)で白色の壊死巣が観察された。この白色壊死巣は、Hematoxilin-Eosin(HE)染色の拡大像において、凝固・融解壊死した巨大な梗塞組織を中心として周囲を取り囲むように分葉型の多核白血球が集簇している像を呈しており、WT:52例中9例(17%)、Cas-L homo:57例中3例(5.3%)と、WTと比較してCas-L homoで有意に少ない傾向が認められた(Χ2検定、p = 0.045)。また、組織壊死像は門脈周囲に形成されているものが目立ち、WT4例で門脈内フィブリン血栓を合併している所見を認めたが、Cas-L homoでは確認できなかった(p <0.05)。さらに、HE染色と免疫染色において、大腸・脾臓・肝臓への菌の定着やこれらの臓器への炎症細胞浸潤は感染7日後には両マウス群で明らかな差を認めなかったが、感染10日後ではCas-L homoにおいて、WTと比較して、菌の定着及び炎症細胞浸潤が遷延していた。

フローサイトメトリー解析では、骨髄および脾臓におけるWTとCas-L homoの細胞分画に差があるかどうか、また感染によってそれらの差が変化するのかどうか(特に好中球の動員に差があるのかどうか)を見るために、FACS Aria(R)を用いてぞれぞれの臓器の細胞分画の解析と比較を行った。はじめに、CD11b陽性・CD11c陰性の細胞集団のうち、Ly-6G強度陽性・Ly-6C陽性(CD11b+ Ly-6G(high) Ly-6C(int.). )の集団を好中球、Ly-6G陰性・Ly-6C強度陽性(CD11b+ Ly-6G- Ly-6Chigh )の集団をマクロファージ、Ly-6G陰性・Ly-6C陰性(CD11b+ Ly-6G- Ly-6C- )の集団を好酸球として解析した。骨髄の非感染群は、好中球分画:4-14%、マクロファージ:5%未満、好酸球:1.5%未満、といずれもWTとCas-L homoで明らかな差を認めなかった。感染7日後は、WTもCas-L homoも好中球およびマクロファージの割合が非感染群と比較して減少傾向を認め、感染14日後はWTおよびCas-L homoの好中球・マクロファージの割合は非感染群と比較して増加を示し、特にWTにおいてその傾向は顕著であった。次に脾臓の非感染群は、好中球:0.5%未満、マクロファージ:1%未満、好酸球:1%未満でWTとCas-L homoで明らかな差を認めなかった。感染7日後にCas-L homoの脾臓における好中球の割合の増加を認めた。感染14日後になると、Cas-L homo およびWTの脾臓における好中球およびマクロファージの割合の増加を認めたが、特にCas-L homoにおける増加が顕著であった。以上より、Cas-L homoの脾臓ではWTと同等かそれ以上にC. rodentium感染に対して好中球やマクロファージが動員されている事が示唆された。

Citrobacter killing assayでは、Cas-L homoの好中球の殺菌能がWTに比較して低下していることが示唆された。

以上の結果から、Cas-L欠損マウスでは、野生型マウスと比べて1)肝細胞の凝固壊死を伴う巨大な膿瘍形成や門脈内フィブリン血栓の減少、2) 大腸・脾臓・肝臓の菌の定着や炎症細胞浸潤の遷延、3) IL-1α、IL-1β、TGF-βの血中濃度の低下、4) 好中球の殺菌機能の低下、が認められた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、細胞の遊走と接着に重要な役割をもつ分子でありβ1インテグリン下流のスキャフォールドタンパク質であるCrk-associated substrate lymphocyte type(Cas-L)/ NEDD9の感染症病態における役割について検討した初めての論文である。Cas-L欠損マウスを用いてヒト病原性大腸菌のマウスモデルである Citrobacter rodentium 感染に対するCas-Lの役割の究明を試みて、下記の結果を得ている。

1. 大腸、脾臓、肝臓の定着菌数(CFU/g)について検討したところ、野生型マウスとCas-L欠損マウスの両マウス群で大腸以外に脾臓、肝臓に菌が播種・定着していることを確認した。両マウス群における大腸・脾臓・肝臓の定着菌数に有意な差を認めなかった。また、両マウス群とも脾臓に比較して肝臓への菌の定着率が高い傾向が認められた。

2. 血中サイトカイン測定において、Cas-L欠損マウスは野生型マウスと比較して、IL-1α、IL-1β、TGF-βの血中濃度が有意に低下しており、全身炎症が軽度である可能性が示唆された。

3. 肝臓のHE染色において、野生型マウスでは肝細胞の凝固壊死を伴う巨大な膿瘍形成や門脈内フィブリン血栓を認めたが、Cas-L欠損マウスではそのような病変をほとんど認めなかった(p <0.05)。

4. 免疫染色において、大腸・脾臓・肝臓への菌の定着やこれらの臓器への炎症細胞浸潤は感染7日後には両マウス群で明らかな差を認めなかったが、感染10日後には、Cas-L欠損マウスでは野生型マウスと比較して、菌の定着及び炎症細胞浸潤が遷延していた。

5. フローサイトメトリーによる脾細胞の解析の結果、Cas-L欠損マウスの脾臓ではWTと同等かそれ以上にCitrobacter rodentium感染に対して好中球やマクロファージが動員されている事が示唆された。

6. Citrobacter killing assayでは、Cas-L欠損マウスの好中球の殺菌能が野生型マウスに比較して低下していることが示唆された。

以上、本論文はCas-L欠損マウスにおけるCitrobacter rodentium 感染の病態解析から、Cas-Lは、Citrobacter rodentium大腸炎における肝臓への臓器特異的な反応、及び好中球の殺菌能に関与する可能性が示唆された。本研究は、これまで未知であったCas-L/ NEDD9の感染症病態における役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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