学位論文要旨



No 129354
著者(漢字) 坂本,愛子
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,アイコ
標題(和) 心血管病変に対する免疫炎症性マーカーの関与についての総合的解析
標題(洋)
報告番号 129354
報告番号 甲29354
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4087号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任准教授 原,一雄
 東京大学 特任教授 久保田,潔
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 特任准教授 藤田,英雄
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

免疫・炎症学的な機序が、様々なサイズの血管のリモデリングに関与する可能性が指摘されている。動脈硬化の生成や進展には、免疫・炎症機転の活性化が深く関与しており、動脈硬化の進展状況を反映する免疫・炎症関連のバイオマーカーについて、近年さまざまな検討がなされている。アテローム粥腫形成過程では、単球やTリンパ球の局所的な増加が見られるほか、血管周囲組織へは、Tリンパ球のみならず、Bリンパ球や形質細胞を含む炎症細胞浸潤も認められ、これは血管内膜側でのプラーク形成にも関わっている。

インターロイキン2 (IL-2)は細胞性免疫の活性化を調節しており、インターロイキン2受容体(IL-2R)のサブユニットの1つであるα鎖は、生体の免疫機構活性化の指標として注目されている。近年では、リンパ球活性化状態でα鎖が末梢血中に可溶性の形でも存在することが明らかになり、可溶性IL-2受容体(sIL-2R)と呼ばれている。血清sIL-2R値は、悪性リンパ腫やリンパ球性白血病、炎症性腸疾患、サルコイドーシス、全身性エリテマトーデス、各種腫瘍性病変などの様々な疾患で高値をとることが知られており、すでに臨床の場においても頻繁に用いられているマーカーである。

IgG4関連疾患は、炎症性線維化病変形成を特徴とする全身性疾患で、我が国から提唱された新しい疾患概念である。IgG4関連疾患の病態は自己免疫性膵炎で発見されたが、全身のさまざまな臓器の多彩な病態がこの疾患概念に関連する可能性があることから、国際的にも注目されている。さらに近年では、IgG4関連の免疫炎症学的機序の活性化が後腹膜線維症や炎症性大動脈瘤などの慢性大動脈周囲炎の背景に存在する可能性が指摘されている。また、大血管のみならず、冠動脈周囲炎や冠動脈瘤などの冠動脈病変とIgG4との関連の報告も増加している。しかしながら、IgG4については炎症性大動脈瘤のような大血管の拡張病変との関連の報告は比較的多いものの、冠動脈疾患については依然として冠動脈周囲炎や冠動脈瘤の症例報告レベルでの報告が見られるにとどまっている。また、大動脈瘤形成以前のサブクリニカルなレベルでの血管リモデリングと、sIL-2RやIgG4といった免疫炎症性バイオマーカーとの関連について、詳細な検討を行った報告もほとんどない。そこで今回、心血管病変と、血清sIL-2R値、IgG4値との関連について、検討を行った。

【方法】

2005年10月~2008年9月に当院で冠動脈造影を施行した入院症例571名、および2010年6月~2012年4月に当院で冠動脈CT検査を施行した外来症例282名を対象とし、以下の項目をアウトカムとして、血清sIL-2R値、IgG4値との関連を検討した。

(1)冠動脈狭窄との関連

(2)胸腹部大動脈瘤との関連

(3)経皮的冠動脈形成術や冠動脈バイパス術の既往との関連

(4)経皮的冠動脈形成術後の再狭窄および新規病変出現との関連

(5)石灰化スコア、心臓周囲脂肪量との関連

(6)上行大動脈形態との関連

(1)~(4)は、冠動脈造影施行症例を対象とし、(5)~(6)は冠動脈CT施行症例を対象とした。全検討に共通した除外基準は、急性心筋梗塞症例とした。血液サンプルは、冠動脈造影症例では、冠動脈造影施行時に動脈血または静脈血をシースから採取した。冠動脈CT症例では、通常の診療目的にて採血した血液の、検査後の残血清を回収した。

【結果】

冠動脈造影施行症例群571名の平均年齢は66.9 ± 10.3歳、冠動脈CT施行症例282名の平均年齢は68.4 ± 10.0歳であった。

過去に経皮的冠動脈形成術や冠動脈バイパス術の既往のない冠動脈造影施行症例を対象として、冠動脈狭窄と血清sIL-2R値、IgG4値の関連についての検討を行ったところ、冠動脈に有意狭窄を認めた症例では、認めない症例と比較して、血清sIL-2R値およびIgG4値がいずれも有意に高値であった(sIL-2R, P<0.001; IgG4, P=0.006)。また、血清sIL-2R値は糖尿病症例や高血圧症例で高値であったが、血清IgG4値との間には、このような関連を認めなかった。さらに、年齢と性別、高血圧、高脂血症、糖尿病、推定糸球体濾過量(eGFR)を共変量とした多変量ロジスティック回帰分析で、血清sIL-2R値やIgG4値の高値は、いずれも冠動脈狭窄に対する有意な予測因子であった。その一方で、全冠動脈造影施行症例を対象とし、大動脈瘤と血清sIL-2R値、IgG4値の関連を検討したところ、大動脈瘤とこれらの免疫炎症性バイオマーカーとの間には有意な関連が見られなかった。このことから、今回得られた冠動脈狭窄と血清sIL-2R値およびIgG4値の関連は、大動脈瘤の合併によるものではないことが示された。続いて、全冠動脈造影施行症例を対象とし、経皮的冠動脈形成術や冠動脈バイパス術の既往と、血清sIL-2R値、IgG4値の関連について検討を行った。年齢と性別を共変量とした多変量ロジスティック回帰分析では、血清sIL-2R値の高値は経皮的冠動脈形成術の既往と有意な関連が見られた。一方で、血清IgG4値の高値は経皮的冠動脈形成術の既往と有意な負の関連を認めた。経皮的冠動脈形成術によって、血清IgG4値が低下する可能性が示唆されるため、今後の前向き研究に期待したい。冠動脈バイパス術の既往の有無別では、血清sIL-2R値、IgG4値のいずれも統計学的有意差を認めなかった。また、過去に経皮的冠動脈形成術や冠動脈バイパス術の既往がなく、冠動脈造影で有意狭窄を認めたために病変枝に対する初回の経皮的冠動脈形成術を施行し、およそ半年後に確認冠動脈造影を施行した症例を対象に、経皮的冠動脈形成術後の再狭窄や新規病変の出現と、最初の冠動脈造影施行時点での血清sIL-2R値、IgG4値との関連についても検討した。その結果、確認冠動脈造影で再狭窄または新規病変を認めた症例、あるいは確認冠動脈造影後に狭心症の再燃を認めた症例は、これらの所見を認めなかった症例と比較して、統計学的には境界域であったものの血清sIL-2R値はわずかながら高値の傾向を認めた(P=0.082)。この一方で、血清IgG4値はこのような傾向を認めなかった。

続いて、冠動脈CT施行症例を対象に、石灰化スコアおよび心臓周囲脂肪量と血清sIL-2R値、IgG4値との関連について検討を行った。血清sIL-2R値は石灰化スコアと(P=0.030)、血清IgG4値は、近年、冠動脈プラークとの関連が報告されている心臓周囲脂肪量との間に(P=0.045)、有意な相関が見られた。最後に、冠動脈CT施行症例のうち、過去に大動脈手術歴のない症例を対象として、上行大動脈形態と血清sIL-2R値、IgG4値の関連を検討した。大動脈壁面積は、血清sIL-2R値およびIgG4値のいずれとの間にも、有意な正の相関を認めた。さらに、年齢、性別、Body mass index、冠動脈狭窄の有無を共変量として多変量ロジスティック回帰分析を行ったところ、血清IgG4値の高値は大動脈壁面積の高値に対する有意な予測因子であった。

【考察】

本研究をとおして、冠動脈に有意狭窄を認める症例では、認めない症例と比較して、血清sIL-2R値およびIgG4値がいずれも有意に高値であり、この関連は少なくともその一部において、高血圧や高脂血症、糖尿病といった、従来から知られる狭心症のリスクファクターと独立していることがわかった。さらに、血清sIL-2R値は冠動脈石灰化と、血清IgG4値は心臓周囲脂肪量と相関が見られた。すなわち、血清sIL-2R値およびIgG4値は、ともに冠動脈狭窄症例で上昇しているものの、これらの免疫炎症性バイオマーカーの高値は、冠動脈狭窄の進展における異なるメカニズムを反映している可能性も考えられた。また、大動脈壁面積と血清IgG4値の間にも相関を認め、サブクリニカルなレベルでの血管リモデリングにも免疫炎症学的機序が関与する可能性が示された。

血清sIL-2R値が冠動脈狭窄症例において高値をとる、という報告は、過去にも見られている。これに対して、IgG4関連性の心血管病変の症例報告が増加する一方で、これまでのIgG4関連性の心血管病変の症例報告は、その多くが炎症性大動脈瘤や冠動脈瘤、冠動脈周囲炎といった、血管の拡張病変あるいは血管外膜側の炎症性病変であり、血清IgG4値と冠動脈狭窄との関連を検討した報告はほとんど見られない。その理由の1つとして、IgG4関連性の血管周囲炎は、高安動脈炎などとは異なり血管外膜に生じることから、どのように粥腫形成や血管内腔の狭窄病変に関与するのかが明らかではなかったことが挙げられる。

本研究では、明らかなIgG4関連疾患の合併のない症例においても、冠動脈に有意狭窄を認める症例では、有意狭窄を認めない症例と比較して、血清IgG4値が高値であることを示した。もちろん、今回の検討結果のみをもってIgG4関連の免疫炎症学的機序が冠動脈狭窄の進展にも関与すると結論付けることはできないが、血清IgG4値が高値となる病態は、従来からIgG4関連疾患として知られている自己免疫性膵炎をはじめとした一部の疾患に限定したものではなく、動脈硬化や炎症の関与する疾患一般で広く高値となりうるものと考える。今回の検討は横断観察研究であるため、心血管病変の診断や治療反応性における血清IgG4値のマーカーとしての有用性を評価、確立していくためには、前向き研究を含めた検討が必要である。今後は、長期的な心血管イベント発生率についての前向き研究も視野に入れ、より詳細な検討を行っていきたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、近年、全身の諸臓器の多彩な病態に関与が指摘されているIgG4関連の免疫炎症学的機序や、同様に生体内の免疫機構活性化の指標として注目されている可溶性インターロイキン2受容体(sIL-2R)の、心血管病変への関与を明らかにするため、血清sIL-2R値およびIgG4値と、大血管では胸腹部大動脈瘤や上行大動脈壁面積などの各種パラメータ、冠動脈では、冠動脈狭窄や冠動脈石灰化、心臓周囲脂肪量をアウトカムとして、横断観察研究にて解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.過去に経皮的冠動脈形成術や冠動脈バイパス術の既往のない冠動脈造影施行症例を対象として、冠動脈狭窄と血清sIL-2R値、IgG4値の関連について解析を行った結果、冠動脈に有意狭窄を認めた症例では、認めない症例と比較して、血清sIL-2R値およびIgG4値がいずれも有意に高値であった。さらに、年齢と性別、高血圧、高脂血症、糖尿病、推定糸球体濾過量(eGFR)を共変量とした多変量ロジスティック回帰分析で、血清sIL-2R値やIgG4値の高値は、いずれも冠動脈狭窄に対する有意な予測因子であり、血清sIL-2R値およびIgG4値と冠動脈狭窄の関連は、少なくともその一部において、従来から知られる狭心症のリスクファクターと独立していることが示された。

2.全冠動脈造影施行症例を対象として、大動脈瘤と血清sIL-2R値、IgG4値の関連を検討した。大動脈瘤とこれらの免疫炎症性バイオマーカーとの間には有意な関連が見られなかった。狭心症症例では大動脈瘤を合併することがあり、また一部の炎症性大動脈瘤症例でIgG4との関連が報告されているが、今回得られた冠動脈狭窄と血清sIL-2R値およびIgG4値の関連は、大動脈瘤の合併によるものではないことが示された。

3.全冠動脈造影施行症例を対象として、経皮的冠動脈形成術や冠動脈バイパス術の既往と、血清sIL-2R値、IgG4値の関連について検討を行った。年齢と性別を共変量とした多変量ロジスティック回帰分析では、血清sIL-2R値の高値は経皮的冠動脈形成術の既往と有意な関連が見られた。この一方で、血清IgG4値の高値は経皮的冠動脈形成術の既往と有意な負の関連を認めた。また冠動脈バイパス術の既往の有無別では、血清sIL-2R値、IgG4値のいずれも統計学的有意差を認めなかった。

4.過去に経皮的冠動脈形成術や冠動脈バイパス術の既往がなく、冠動脈造影で有意狭窄を認めたために病変枝に対する初回の経皮的冠動脈形成術を施行し、およそ半年後に確認冠動脈造影を施行した症例を対象に、経皮的冠動脈形成術後の再狭窄や新規病変の出現と、治療前の血清sIL-2R値、IgG4値との関連について検討した。その結果、確認冠動脈造影で再狭窄または新規病変を認めた症例、あるいは確認冠動脈造影後に狭心症の再燃を認めた症例は、これらの所見を認めなかった症例と比較して、統計学的には境界域であったものの治療前の血清sIL-2R値はわずかながら高値の傾向を認めた。この一方で、血清IgG4値はこのような傾向を認めなかった。

5.冠動脈CT施行症例を対象に、石灰化スコアおよび心臓周囲脂肪量と血清sIL-2R値、IgG4値との関連について検討を行った。血清sIL-2R値は石灰化スコアと、血清IgG4値は、近年、冠動脈プラークとの関連が報告されている心臓周囲脂肪量との間に、有意な相関が見られた。このことから、これらの2つの免疫炎症性バイオマーカーは、いずれも冠動脈狭窄と関連していたが、冠動脈リモデリングの進展の背景に存在する、異なる機序を反映している可能性が考えられた。

6.過去に大動脈手術歴のない冠動脈CT施行症例を対象として、上行大動脈形態と血清sIL-2R値、IgG4値の関連を検討したところ、大動脈壁面積は、血清sIL-2R値およびIgG4値のいずれとの間にも有意な正の相関を認めた。さらに、年齢、性別、Body mass index、冠動脈狭窄の有無を共変量とした多変量ロジスティック回帰分析では、血清IgG4値の高値は大動脈壁面積の高値に対する有意な予測因子であった。このことから、サブクリニカルなレベルでの血管リモデリングにおいても、免疫炎症学的機序が関与することが示唆された。

以上、本論文は冠動脈造影および冠動脈CTの施行症例を対象とした、血清sIL-2R値、IgG4値と心血管病変の関連の解析から、冠動脈狭窄症例では血清sIL-2R値およびIgG4値が高値をとることを明らかにした。さらに、これらの免疫炎症性バイオマーカーが冠動脈リモデリングの進展の背景に存在する異なる機序を反映している可能性や、サブクリニカルなレベルでの血管リモデリングにも免疫炎症学的機序が関与する可能性を示した。これまでのIgG4関連性の心血管病変の報告は、血管の拡張性病変や血管外膜側の炎症性病変が多かったが、本研究ではこれまで未知に等しかった、IgG4と冠動脈の狭窄性病変との関連を、明らかなIgG4関連疾患の合併のない母集団において示した。本研究は、心血管病変の発生メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考える。

UTokyo Repositoryリンク