No | 129355 | |
著者(漢字) | 佐藤,倫彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,トモヒコ | |
標題(和) | ステント留置後の血管に対して、皮下脂肪由来幹細胞の投与がもたらす再内皮化の促進効果に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129355 | |
報告番号 | 甲29355 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4088号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序文>冠動脈形成術における標準的治療法である冠動脈ステント留置術は、非薬剤ステント(bare-metal stent、BMS)において大きな問題であった再狭窄も薬剤溶出性ステント(drug-eluting stent、DES)の登場により解消されつつある。しかしDESにも負の側面があることが問題となっている。免疫抑制剤の効果で新生内膜の増生は抑制されるが、同時に血管内皮細胞の再生も抑制するため、血管内皮細胞層の再生が遅延し、ステント内血栓症のリスクが長期化する。またDES留置後の冠攣縮という現象も報告されている。これらのDESの負の側面は血管内皮層の修復抑制による再内皮化遅延に端を発していると考えられ、いかに急速にその内皮機能の回復を強化するかという治療戦術が最近注目されるようになってきた。ステントの再内皮化促進を直接狙った抗CD34抗体コーティングステントはEPC(endothelial progenitor cell)を捕捉することで再内皮促進を得るもので、治験では血栓症発症は低率であったが、慢性期の新生内膜抑制効果が十分に得られず、その効果は限定的であった。体外から新たな細胞を注入するstem cell療法は著しい効果をもたらす可能性があり、EPCとBM-MSC(bone marrow-derived mesenchymal stem cell)は循環器分野では閉塞性動脈硬化症や急性心筋梗塞を中心に広く臨床研究がなされ、その効果が確認されつつあるが、これらは大量には入手しにくく、基本的に骨髄穿刺が必要であるという難点がある。脂肪組織由来幹細胞(adipose-derived stem cells;ASC)はそのリソースである皮下脂肪組織が局所麻酔下での脂肪吸引にて採取可能でありこの点で有利である。ASCの表面抗原は90%以上がBM-MSCに一致し、CD29(+)CD90(+)といった間葉系のマーカーを発現し、CD45(-)CD14(-)であり血球系ではなく、また少なくともラットのASCはCD34(-)CD31(-)であり血管内皮およびEPCとも異なる。ASCが血管新生増強効果をもつことは、マウス下肢虚血モデルやラット心筋梗塞モデルを用いたいくつかの基礎研究によって確認されている。ASCの障害血管への修復効果は動物実験にて頚動脈バルーン障害や大腿動脈ワイヤー障害にて報告されているが、ステント留置血管に対する効果は報告されていない。臨床にておいてより重要なのはステントを留置した場合であり、本実験の目的はまずステント留置血管の修復に対するASCの効果を検証することである。また虚血による血管新生においてはstromal cell-derived factor-1(SDF-1)などのケモカインがその効果をもたらすが、血管障害後の修復におけるASCの作用メカニズムに関しては現在のところ明らかではない。ASCはEGM-2MVで培養するとFlt-1(+) CXCR4(+)だがCD11b(-)Flk-1(-)となり虚血部位に動員されて血管新生を促進するhemangioblastに類似した細胞となる。本実験ではEGM-2MVで培養したASCの、ステント留置血管に対する再内皮化促進効果の有無を検討する。またその多量に分泌するアドレノメデュリン(AM)に着目し、AMが再内皮化促進効果をもたらすか否かも検討した。 <方法>実験動物を用いた実験はすべて東京大学の動物実験規約に則って実施した。【ASCの採取・培養】4週齢の雄Wistar rat鼡径部の皮下脂肪を採取し、コラゲナーゼで結合組織を分解した後に遠心し、沈殿したstromal vascular fraction (SVF)からASCを採取した。ASCをフィブロネクチンでコートされた温度感受性培養皿上でEGM-2MVを培地として37℃で培養した。3週間後に室温に戻すと細胞層がdishからシート状に遊離されるが、そのASCシート塊を100mm dishで2シート分(細胞数4×106個)をステント留置後のラット大動脈の周囲に留置した。【ラット大動脈へのステント留置】ステントはBMSとしてDriver2.25×8mm、DESとしてCypher2.5×8mmを使用した。またバルーンはNCTREK2.0×12mm(高耐圧バルーン)を使用した。8~9週の雄SDラット(体重310-400g)をペントバルビタール35mg/kgの腹腔内投与にて麻酔し、開腹して両大腿動脈および上腸管膜動脈と右腎動脈の間をクランプした後、腹部大動脈下部を穿刺してバルーンを挿入し、まず内皮細胞層がムラなく剥離されるように腹部大動脈内を前後させながら12気圧30秒間のバルーン拡張を3回行った。次にステントを左腎動脈分岐部の遠位部に6気圧で留置、20秒の拡張を2回行った。これによりステントを径2.0~2.1mm、血管径の約1.1倍に拡張して留置した。挿入部位である腹部大動脈下部の血管壁は9-0で縫合して閉じた後、ASCシート塊を腹部大動脈周囲の結合組織内に留置して閉腹した。またAdrenomedullinを発現するAdenovirus(Ad-AM)の投与は、ステントを留置後、両側の大腿動脈と左腎動脈分岐の遠位側をクランプして大動脈内に閉鎖内腔を作成した後、左大腿動脈からチューブ(PE-10)を挿入して左大腿動脈の近位部とともに仮結紮し、Ad-AMを投与力価量が1×109 PFUとなるように投与した。20分間クランプしてアデノウイルスを血管壁に感染させた後、左大腿動脈のチューブ挿入部を9-0で縫合した。その後2週間~4週間、抗血小板薬(アスピリン、4mg/day)を飲料水中に溶解して投与しながら通常食にて飼育した。【エバンスブルー染色、再内皮化率の計測】再内皮化を評価するタイミングにて、ラットを麻酔後、1.5%エバンスブルー1.0mlを尾静脈から注入し、1時間後に4%パラホルムアルデヒドで灌流固定を行って大動脈を採取し、ステント部を縦に2分割してその内腔を撮影した。エバンスブルーにて青染する箇所は内皮細胞の修復していない部分、青染せず白い部分は内皮細胞の修復している部分であり、それぞれの面積をImage Jにて計測しステント内の再内皮化率を定量的に算出した。ステントの入った標本の薄切切片作成には、ヒドロキシメタクリレート(HEMA)樹脂を使用した。組織切片はHE染色で観察して血管内皮細胞層の有無、新生内膜の肥厚を評価した。また血管内皮細胞の免疫染色はおもに抗VEカドヘリン抗体を使用しwhole mountにて免疫染色を行って評価した。実験における計測値はmean±SDで表記し、連続値の2群比較はStudent-Neumann-Keuls test、スコア値の2群比較はMann-Whitney U testを用い、 p<0.05にて統計的に有意差ありと判断した。 <結果>まずラット大動脈のバルーン障害モデルにてASCシート塊の外膜側投与による再内皮化促進効果をday 7にて評価した。ASC群でのバルーン傷害部の再内皮化率は対照群に比べて明らかな改善を認めた(0.83±0.08 vs. 0.38±0.04、p<0.001、各n=8)。BMS留置モデルでは、留置後day 14、day 28でのステント内の再内皮化率を評価し、day 14ではASC投与群が対照群と比較して有意な再内皮化率の促進を認めた(0.76±0.10 vs. 0.40±0.16、p<0.001、各n=6)。一方でday 28では対照群でも良好な再内皮化を認めるため有意な群間差は無くなった。DES留置モデルでも留置後day14とday28の再内皮化率を評価し、day14にてASC群の方が対照群よりも有意に再内皮化率が高かった(0.55±0.15 vs. 0.32±0.11、p<0.05、各n=4)。しかしBMS留置時と比べてその効果はやや限定的であり、またday28では有意な群間差を認めなかった。またバルーンモデルとBMS留置モデルの一部の標本にて、抗VE-Cadherin抗体でwhole mountにて免疫染色を行い、その樹脂包埋切片を検討した。エバンスブルーの不染領域では、組織切片像(HE染色)にて回復した内皮細胞層を認め、同部の免疫染色も陽性であり、エバンスブルー染色と組織切片像の対応関係が確認された。また新生内膜抑制効果の有無をBMS留置後day28のステント切片にて検討、新生内膜(Intima)と中膜(Media)の面積比(I/M比)を計算し、1mm毎の切片の平均値を算出した結果、ASC投与群にて対照群と比較して有意な新生内膜の抑制を認めた(I/M比は0.41±0.01 vs. 0.54±0.02、p<0.01、各n=4)。またASC群投与群による抗炎症作用の有無を検討するため、ASC群、対照群それぞれのday 14での1mm毎の組織切片を顕微鏡にて観察し、stent strut周囲に浸潤が認められる炎症細胞の数を4段階(0~3)のスコア値により半定量化した結果、ASC群における炎症スコア値は対照群に比べて有意な低下を認めた(1.10±0.06 vs. 1.58±0.11、p<0.05、各n=4)。またアドレノメデュリンの遺伝子を発現するAdenovirus(Ad-AM)をBMS留置後の血管内腔に投与し、Ad-GFPを投与する群と比較してその効果を検証した結果、Ad-AM群のday 14での再内皮化率はAd-GFP群に比べて有意に高値であった(0.62±0.10 vs. 0.42±0.06、p<0.05、各n=4)。 <考察>ステント留置による血管障害は、バルーンやワイヤーによる傷害よりも強くかつ持続的である点で本質的に異なっており、ASCがそれに対して修復促進作用をもたらすか否かは不明であったが、本実験により実際に再内皮化の促進効果をもたらすことが示された。また外膜側からの投与で効果を認めたことにより、ASCが血管内皮細胞へ分化して再内皮化を促進したというよりはASCが分泌するサイトカインの効果で再内皮化が促進された可能性が示唆された。これはASCが血管周囲細胞のような問質系細胞に分化して、サイトカインの外分泌によりその効果を発揮するという最近の認識と合致する。またAd-AM投与で再内皮化が促進された事より、ASCの効果の少なくとも一部はAMの作用を介する可能性が考えられた。またDES留置血管に対しても再内皮化の促進効果を認め、ASCはDESとのhybrid therapy等を考慮できる要件を備えている可能性が示唆された。また本実験ではASCがBMS留置血管に対してday 14に抗炎症効果を、day 28に新生内膜抑制効果をもたらすことが示された。ASCは早期の再内皮化による抗血栓効果のみならず、抗炎症作用などそれ以外の効果も併せもち、効果的な新生内膜抑制効果をもたらしうる可能性が示唆された。 <結論>持続性に炎症を惹起するステント留置モデルにおいても、ASCは再内皮化を促進し、さらに新生内膜形成を抑制し、炎症細胞浸潤を抑制した。ASCは局所で血管内皮細胞などの血管を構築する細胞に分化したというよりもサイトカインを分泌してその作用を発揮した可能性が示唆された。またASCが分泌する様々なサイトカインの中でもアドレノメデュリンの関与が示唆された。ステント留置後に、ASCそのものあるいはASCが分泌するいくつかのサイトカインを投与することにより、再内皮化と新生内膜形成抑制を同時に促進できる可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は近年再生医療の分野にて注目を浴びつつある皮下脂肪由来幹細胞(ASC)の組織修復作用、とくに傷害血管修復作用に着目し、ラットの大動脈に冠動脈ステントを留置するモデルを使用して、そのステント留置後の治癒促進効果を、再内皮化促進効果を指標として評価したものであり、下記の結果を得ている。 1.ASCをEGM-2MV(endothelial growth factor-2MV)を培地として温度感受性培養皿で培養して得られた細胞シートを、ベアメタルステント(BMS)留置後のラット大動脈に外膜側から投与し、14日後の再内皮下率をエバンスブルー染色にて評価したところ、ASC投与にて対照群と比較して有意な再内皮化率の促進効果が示された(0.76±0.10 vs. 0.40±0.16、p<0.001、各n=6)。一方で28日後の再内皮化率は対照群も良好な再内皮化を認めるため有意な群間差は無くなった。 2.薬剤溶出性ステント(DES)留置モデルでも同様の評価を行い、14日後にてASC投与にて対照群よりも有意な再内皮化率の促進効果が示された(0.55±0.15 vs. 0.32±0.11、p<0.05、各n=4)。しかしBMS留置時と比べてその効果はやや限定的であった。 3.ASC投与による新生内膜抑制効果の有無をBMS留置28日後のステント切片にて検討した。新生内膜(Intima)と中膜(Media)の面積比(I/M比)を計算し、1mm毎の切片の平均値を算出した結果、ASC投与にて対照群と比較して新生内膜の有意な抑制効果がもたらされることが示された(I/M比は0.41±0.01 vs. 0.54±0.02、p<0.01、各n=4)。 4.ASC投与による抗炎症作用の有無を検討するため、BMS留置14日後のステント切片を1mm毎に顕微鏡にて観察し、stent strut周囲に浸潤が認められる炎症細胞の数を4段階(0~3)のスコア値により半定量化した結果、ASC群における炎症スコア値は対照群に比べて有意な低下を認め(1.10±0.06 vs. 1.58±0.11、p<0.05、各n=4)、ASC投与により炎症細胞浸潤の抑制効果がもたらされることが示された。 5.EGM-2MVで培養されたASCが多量に分泌するアドレノメデュリン(AM)に着目し、AMの遺伝子を発現するAdenovirus(Ad-AM)をBMS留置後の血管内腔に投与し、Ad-GFPを投与する群と比較してその効果を検証した結果、14日後の再内皮化率はAd-AM群においてAd-GFP群に比べて有意に高値であり(0.62±0.10対0.42±0.06、p<0.05、各n=4)、AMによる再内皮化促進効果が示された。 以上、本論文はASCの投与がステント留置血管に対して治癒促進効果(再内皮化促進効果)をもたらし、同時に新生内膜抑制効果と炎症細胞浸潤抑制効果を併せてもたらすことを示した。またASCの主要な外分泌サイトカインであるAMが同様にステント留置血管に対して再内皮化促進効果をもたらすことも示した。これまでバルーン傷害血管に対するASCやAMの効果は報告されているが、ステント留置血管に対する効果については未知であった。本論文はこの点を明らかにし、これからの冠動脈ステント留置術におけるASCの臨床応用にむけて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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