学位論文要旨



No 129356
著者(漢字) 下平,智史
著者(英字)
著者(カナ) シモダイラ,サトシ
標題(和) 神経性食欲不振症女性患者の日常生活下における客観的な身体活動の評価
標題(洋)
報告番号 129356
報告番号 甲29356
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4089号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 島津,明人
 東京大学 特任准教授 中島,敏明
 東京大学 特任准教授 荒木,剛
 東京大学 講師 山下,隆博
内容要旨 要旨を表示する

【背景】 神経性食欲不振症(Anorexia Nervosa;AN)はその多くが女性とされ、有病率は約1%とされる。また、精神疾患の中で思春期から青年期にかけての死亡率は最も高い疾患の一つとされるが、未だ確立した治療法や介入方法は定まらず、更なる病態の解明や研究が求められている。ANの特徴としては精神症状の他、極度の低体重から様々な身体合併症がみられるが、体重の回復により身体症状のみならず精神症状の回復が見込まれるため、ANの体重増加は治療の最も重要な介入目標とされる。体重増加のためには摂取エネルギーの増加と消費エネルギーの節約が大切であるが、ANは僅かな摂取エネルギーの増加にも強い抵抗を示すため、消費エネルギー、特に活動エネルギーの節約がたとえ一日あたりは僅かであっても、長期にわたる治療においては有効な可能性が示唆されている。また、ANには過剰な活動があるとされ、その活動のために治療が遷延すると言われている。そのためANの活動量の評価は重要視され研究が盛んに行われている。しかしながら、その多くが主観的な評価を用いており、思い出しや自己評価によるrecall biasが存在するため客観的な評価が重要とされる。また先行研究は測定環境が入院環境下のものが多く、環境の違いにより日常生活とは異なる活動がみられる可能性が指摘されており、ANの真の値を反映していない可能性もある。それゆえ、より正確にANの活動を把握するには日常生活下で客観的に活動を測定することが重要であると考えた。また、活動の評価には活動の量だけではなく時間的要素を取り入れた活動パターンも重要とされ、他の精神疾患では評価されて重要性が示されているが、ANにおいては評価されていない。また、ANは制限型(restrict type of AN;ANR)とむちゃ食い/排出型(binge eating/purging type of AN;ANBP)の下位分類により、行動や精神病理が異なるとされるが、先行研究では両者を区別せずに解析されているという問題が存在する。また、身体活動は心理状態の影響を受けるとされており、主観的な先行研究ではANにおいて不安、抑うつ、完璧性、やせ願望、体型に対する不満の影響を受けていると報告されているが、客観的な研究においてはいまだ関係性が明らかになっていない。以上より、本研究では日常生活下で客観的な方法を用いて、ANの身体活動を探索的に評価すことが重要と考え、以下の2つを本研究の目的とした。一点目はANにおける日常生活下の客観的な活動指標を用いて活動の量とパターンを評価すること。二点目はANにおける日常生活下の客観的な活動指標と心理指標との関連を検討することである。

【方法】 被験者はANの診断基準を満たす患者の中で、年齢は15歳から35歳までとし、体重の基準はBMI(body mass index)17.5以下とし、活動に影響のある身体合併症を除外基準とした。また、年齢を合わせた健常者も被験者とした。身体活動の評価に加速度計として、腰装着型のライフコーダーEX(Kenz LifecorderEX; Suzuken Co. Ltd., Nagoya, Japan)と、非利き腕の手首装着型のアクチグラフ(Micro Mini-motionlogger; Ambulatory Monitoring. Inc., NY, USA)を用い14日間測定した。活動量の指標は(活動により消費されるエネルギー、歩数、上肢のカウント数)を用いた。活動パターンとしてアクチグラフを用いて、比較的短時間の評価として累積確率密度法から活動持続時間と休息持続時間及びその分布の指標を用い、比較的長時間の評価としてダブルコサイナー法から補正平均と振幅と頂点位相及びそれらの24時間と12時間の比を指標として用いた。心理指標としては、先行研究に従いThe Eating Disorder Inventory-IIから完璧性、痩せ願望、体型に対する不満を用い、不安‐緊張と抑うつはProfile of Mood Statesを用いて測定し、代表的な活動量の指標との相関を評価した。統計解析は活動量のデータについては、各被験者ごとに異なる日数のデータが存在する入れ子状のデータであるためマルチレベル解析を用いた。他の指標に関しては正規分布に従うものは一元配置の分散分析とシェッフェの多重比較を行い、そうでないものはクラスカルワリスとウイルコクソンの検定を用いボンフェローニ法による補正をおこなった。マルチレベル解析はSASのProc Mixed(SAS 9.3; SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用い、他の比較はSPSS for Windows version 20(SPSS, Chicago, IL, USA)を用いた。有意水準としてp < 0.05(ボンフェローニ法による補正ではp < 0.017)を採用した。

【結果】 ライフコーダーEXとアクチグラフは片方だけ装着した被験者もいるため、異なる人数となっている。ライフコーダーEXの装着者は(ANR19名、ANBP22名、健常者21名)であり、活動エネルギーの平均値はANR(151.3 ± 13.97 kcal/日)、ANBP(139.52 ± 12.98 kcal/日)、健常者(222.78 ± 13.30 kcal/日)でありANRとANBPは健常者と比較して有意に低く(共にp < 0.001)、ANRとANBPには有意差を認めなかった。歩数の平均値はANR(9096 ± 598歩/日)、ANBP(8305 ± 556歩/日)、健常者(9823 ± 570歩/日)であり3群で有意差を認めなかった。ANRにおいて活動エネルギーと歩数にはBMIとの正の相関が認められ(共にp < 0.001)、ANBPにおいては活動エネルギーとBMIの正の相関の傾向が認められた(p = 0.064)。また、ANRにおいて、完璧性と活動エネルギー(p = 0.016)や歩数(p = 0.011)との間に正の相関が認められた。

アクチグラフの装着者は(ANR21名、ANBP18名、健常者21名)であり、上肢のカウント数(Counts/min)の平均値はANR(174.8 ± 5.38 counts/min)、ANBP(178.6 ± 5.81 counts/min)、健常者(175.0 ± 5.38 counts/min)であり3群で有意差を認めなかった。累積確率密度から求まる活動持続時間、休息持続時間及びその分布の指標は3群で有意差を認めなかった。ダブルコサイナー法から求める補正平均と振幅に3群間で有意差を認めなかったが、ANRにおいてのみ、頂点位相は健常者と比較して優位に前進し(p = 0.001)、24時間と12時間の振幅の比が大きかった(p = 0.003)、このことは活動の頂点位相が前進していることと、概日リズムが乱れていることを示唆している。アクチグラフから求めた各指標と心理指標との関係は、ANRにおいて、完璧性と上肢のカウント数(p < 0.01)、完璧性と補正平均(p = 0.021)に有意な負の相関を認めた。ANBPにおいて、抑うつと上肢のカウント数(p < 0.01)、補正平均(p = 0.024)、24時間の振幅(p = 0.029)に負の相関を認めた。

【考察】 活動エネルギーはANRとANBPで健常者より低い値であった。これは有意差がなかった先行研究とは異なるが、先行研究より被験者を増やし、基準を厳格化したことにより正確な結果が出ていると思われる。活動エネルギーはANRでBMIとの正の相関、ANBPではその傾向が認められ、歩数はANRにおいてのみBMIと正の相関を認め、健常者では認められなかった。ANにてBMIが上昇するほど活動量が上がる可能性が示唆された。ANではBMIの上昇に伴い活動量が増加し健常者ではそのような関係がみられないことは先行研究でも示されている。ANでは心肺機能が健常者と比較し低く、BMIの上昇とともに心肺機能が改善することが先行研究で報告されており、心肺機能の改善に伴い体力が上昇して活動量が増えていると考えられる。また、ANは低栄養による精神症状がみられ、BMIの上昇により精神症状が回復されると報告がある。精神症状の改善に伴い社会性が向上し身体活動が増えている可能性が示唆される。ANRにおいて、活動量の指標と完璧性が正の相関を示しており、完璧性が上がるほど活動量が上昇する可能性が示唆された。高い目標を設定するという完璧性により活動量に高い目標を設定し活動を増加させている可能性がある。完璧性はANにおいて重要な指標であり、完璧性が高いと入院期間や治療期間が長く、予後不良因子であるとされている。完璧性の上昇によって活動エネルギーが増加することが予後不良因子の一因になっている可能性が考えられる。ANRで活動エネルギーや歩数とは異なり完璧性の上昇とともに上肢の運動が低下した。上肢の活動は通常の活動に加え微細な活動をより多く評価する。つまり、家事、勉強、パソコンや携帯入力や読書を含む趣味などの活動を反映する可能性が高いと考えることができる。ANR、ANBPにおいて抑うつが高いほど上肢の活動が低いのは、先行研究でもみられ、うつ状態とは興味の減少などを意味することから合理的な結果であると考えられる。比較的短時間の活動パターンの評価である累積確率密度では有意な差が認められなかったが、比較的長時間の活動パターンの評価であるダブルコサイナー法では活動の違いがみられた。ANRにおいて、健常者と比較して頂点位相の前進や24時間と12時間周期の振幅の比が異なることが認められた。これらの結果は先行研究の結果より、早寝早起きもしくはそのどちらかがみられ、健常者とは異なる概日リズムで活動をしている可能性を示唆している。限界点としては被験者の限界(投薬、合併症、治療、社会背景、知能、人格)や測定機器の限界(測定部位、測定方法の順守)などがある。

【結論】 活動量においては、ANは健常者より活動エネルギーが低い一方、微細な活動には差がない可能性が示唆された。またBMIの増加に伴いエネルギーを消費する活動が増加する可能性が示唆された。活動パターンにおいてはANRでは、早寝早起きの傾向と活動の概日リズムが障害されている可能性が示唆された。心理的影響においてはANRで完璧性が高いほどエネルギーを消費する活動が増加し、微細な活動は低下する可能性が示唆された。また抑うつ感の高いANでは微細な活動が低下している可能性が示唆された。本研究を生かして今後は、活動の内容が分かる活動記録を加速度計と併用する研究や、完璧性や抑うつなどの気分への介入による身体活動への効果を検証して行きたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は神経性食欲不振症患者(Anorexia Nervosa; AN)の日常生活下における身体活動を客観的に調査するため、ANの制限型(Restricting type; ANR)とむちゃ食い/排出型(Binge-eating/Purging type; ANBP)を対象として、身体活動を加速度計にて探索的に測定し活動の量と活動の時間的変化である活動パターンを評価することと、質問紙法にて心理状態を評価することにより心理状態と身体活動との関係性を評価することを目的としたものであり、下記の結果を得ている。

1. 外来通院中の摂食障害患者の中で、摂食障害の診断・治療に十分熟知した専門家により、DSM-IV-TR(Text Revision of the Diagnostic and Statistics Manual Disorders, 4th ed)を用いて研究導入時にANRとANBPの診断基準を満たす患者を対象とした。体重の基準はICD-10やDSM-IV-TRにてやや厳密な指針として記載されているBMI(Body Mass Index)17.5以下を採用し、15歳以上35歳以下の女性を対象とし、除外基準は活動に影響を与える器質的疾患とした。比較対象の健常者は年齢を患者と合わせた疾患や投薬がないBMI17.5より大きく25未満の女性とした。ライフコーダーEXにて測定された活動エネルギーはマルチレベル解析を用いて統計解析したところANR(n=19)とANBP(n=22)において健常者(n=21)より低い値であり、ANR、ANBPにおいてのみBMIと活動エネルギーに正の相関が示された。ライフコーダーEXにて測定された歩数はマルチレベル解析を用いて統計解析したところ同様の被験者においてANRとANBPと健常者に有意差がなく、ANRにおいてのみBMIと歩数に正の相関が得られた。

2. 同様の対象にて、活動エネルギーや歩数について質問紙であるPOMS(Profile of Mood States)の緊張‐不安と抑うつ、EDI-II(The Eating Disorder Inventory-II)の完璧性とやせ願望と体型に対する不満の各指標についてBMIを共変量に入れてマルチレベル解析を用いて検討を行ったところ、ANRとANBPのみに完璧性と活動エネルギーに正の相関、ANRのみに完璧性と歩数に正の相関が得られた。

3. 1と同様の導入基準と除外基準において、アクチグラフにて測定された上肢の微細な活動の指標であるカウント数を、マルチレベル解析を用いて統計解析したところ、ANR(n=21)とANBP(n=18)と健常者(n=21)において優位差が認められず、BMIとの相関も認められなかった。

4. 同様の対象にて、カウント数と緊張‐不安と抑うつと完璧性とやせ願望と体型に対する不満の各指標についてマルチレベル解析を用いて検討したところ、ANRにおいて抑うつや完璧性とカウント数に負の相関、ANBPにおいて抑うつとカウント数に負の相関が認められ、健常者においてはそのような関係は認められなかった。

5. 同様の対象にて、3群にて活動パターンの一つである累積確率密度法にて求まる平均休息持続時間、平均活動持続時間、及び休息や活動の持続時間の度数分布の各指標を一元配置の分散分析とその後の検定としてシェッフェの多重比較を用いて検討したところ、各指標は3群間で有意差が認められなかった。

6. 同様の対象にて、3群にて活動パターンの一つであるダブルコサイナー法にてもとまる補正平均や24時間と12時間成分の振幅と頂点位相及び、24時間と12時間成分の振幅の比や振幅と補正平均の比の各指標は、正規分布に従うものは一元配置の分散分析とその後の検定としてシェッフェの多重比較を用い、従わないものはクラスカル・ワリスの検定を行い、有意差が出た場合は各群間にウイルコクソンの検定を行い、p値の有意水準をボンフェローニ法で補正して検討したところ、ANRは健常者と比較して24時間の頂点位相の前進と振幅比の増加が優位である結果を得た。

以上、本論文は活動量においては、ANは健常者より活動エネルギーが低い一方、微細な活動には差がない可能性が示唆された。またBMIの増加に伴いエネルギーを消費する活動が増加する可能性が示唆された。活動パターンにおいてはANRでは、早寝早起きの傾向と活動の概日リズムが障害されている可能性が示唆された。心理的影響においてはANRで完璧性が高いほどエネルギーを消費する活動が増加し、微細な活動は低下する可能性が示唆された。また抑うつ感の高いANでは微細な活動が低下している可能性が示唆された。本研究はこれまで十分に測定されていなかったANの日常生活下での身体活動を客観的に測定し、活動量と活動パターン及びそれに影響を与える心理指標が明らかになり、ANの身体活動の評価やその心理的影響の解明に貢献をなしたことで、今後の治療や研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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