No | 129359 | |
著者(漢字) | 田岡,和城 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タオカ,カズキ | |
標題(和) | 赤芽球分化における鉄過剰及び除鉄の影響 | |
標題(洋) | The effect of iron overload and chelating on erythroid differentiation | |
報告番号 | 129359 | |
報告番号 | 甲29359 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4092号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論:骨髄異形成症候群、再生不良性貧血、骨髄線維症などの骨髄不全症候群で輸血依存となる症例では、長期にわたる輸血は鉄過剰状態となる。鉄過剰症では、血液中の非トランスフェリン結合鉄(NTBI)及び細胞内のlablie iron pool(LIP)が増加する。NTBIは、肝臓や心臓へ速やかに取り込まれるが、テランスフェリンを介さずに無秩序に細胞内に取り込まれ肝機能障害や心機能障害を起こすことが知られている。さらに、鉄過剰は造血系の障害も及ぼすと考えられ、近年、deferoxamine (DFO)や経口剤であるdeferasirox(DFX)などの除鉄剤により、貧血をはじめとした造血機能の改善が報告されてきた。近年経口鉄キレート剤による除鉄療法が可能となったが、鉄過剰または除鉄による造血能への影響はまだ十分解明されていない。今回我々は、マウス骨髄及びヒト末梢血幹細胞を用いて、赤芽球分化系において鉄過剰及び除鉄による赤芽球分化機能への影響を検討した。 実験方法:マウス骨髄細胞の鉄過剰投与時及び除鉄による赤芽球系分化実験を行った。実験系としては、コロニーアッセイ系、Liquid culture系、OP9系で、サイトカインはSCFとEPOを用いて赤芽球系に分化させた。マウス骨髄からc-kitソートした骨髄幹細胞を鉄過剰状態、及び鉄過剰負荷した状態でDFOを併用し除鉄を行った。Erythroid分化の評価は、サイトスピンにて形態を、フローサイトメトリーにて赤芽球系抗原であるCD71,Ter119の発現を評価した。 ヒトの末梢血幹細胞幹細胞採取時の残余検体を用いて鉄過剰負荷及び除鉄による赤芽球分化実験を行った。本実験は、ヒトの末梢血幹細胞幹細胞採取時の残余検体は、同種移植のドナーの健常者の末梢血幹細胞採取時の健常人の検体を用いており、東京大学倫理委員会にて承認された(2678)。末梢血幹細胞をSCF及びSCFしたコロニーアッセイ及びOP9系で鉄過剰及び除鉄により赤芽球分化を行った。それぞれの細胞を回収しサイトスピン及びCD71、grycophorinAの発現をフローサイトメトリーで赤芽球分化を評価した。また、活性酸素の発現、アポトーシスをAnnexinVにて評価した。 実験結果:マウス骨髄細胞からc-kit陽性細胞104個にSCF、EPO付加でコロニーアッセイを行った。鉄を10μMが最もコロニー形成能が良好であった。また、30μM以上負荷するとコトニーの減少が認められた。明らかなコロニーの減少が認められた鉄50μM負荷した状態にDFOを負荷すると、100μMまで負荷したときコロニー形成の改善が認められた。 マウス骨髄幹細胞の鉄過剰負荷による赤芽球系コロニー細胞をサイトスピンおよびCD71及びTer119でフローサイトメトリーにより赤芽球系分化を評価した。鉄過剰を行っていないコロニーでは主に小型のerythroblastが、鉄過剰200μM負荷のコロニーではやや大型のproerythroblastが認められた。また、フローサイトメトリーでは、Erythroidの分化が亢進しているTer119陽性、CD71 lowの細胞集団の割合が鉄過剰状態にともない減少を認めた。マウス骨髄幹細胞の鉄過剰負荷時のOP9系での赤芽球分化をフローサイトメトリーで評価した。OP9系において、Erythroid分化は鉄10μM負荷の状態では、鉄なしと比較して赤芽球分化が良好であったが、鉄50μM過剰負荷から著明な赤芽球分化抑制を認めた。マウス骨髄幹細胞の分化抑制がみとめられる鉄過剰負荷50μMの状態からDFOによる除鉄の効果をOP9系で評価した。鉄過剰50μM負荷、DFO100μMで除鉄を行うったところ赤芽球分化の改善を認めた。 ヒト末梢血幹細胞の鉄過剰負荷によるコロニーアッセイをおこなったところ、鉄過剰負荷50μMまではコロニー形成が良好であったが、100μMからコロニー形成が減少した。また、コロニー細胞のサイトスピンを行ったところ鉄負荷なしのコロニーでは小型細胞のerythroblastが、鉄200μM負荷したコロニー細胞はやや大型の細胞が多く認められproerythroblastと考えられた。また、鉄過剰200μMのものでは、多核の赤芽球、核の断片化が認められた。鉄染色では、細胞内に鉄の著明な取り込みを認めた。フローサイトメトリーにて赤芽球分化を評価したところ、鉄過剰200μM負荷を行った細胞ではGrycophorin陽性CD71lowの分化した細胞の著明な減少が認められ、鉄過剰負荷により赤芽球分化抑制が認められた。 ヒト末梢血幹細胞の鉄過剰負荷時および除鉄によるOP9系での赤芽球分化をフローサイトメトリーで評価した。鉄過剰負荷100μMよりGrycophorin陽性CD71lowの細胞集団の減少を認め、OP9系においても鉄過剰負荷により赤芽球分化抑制をみとめた。また、分化抑制を認めた100μM鉄過剰負荷時にDFOを用いて除鉄を行ったところgrycophorin陽性CD71lowの細胞集団の増加を認め、除鉄により分化抑制の回復を認めた。 ヒト末梢血幹細胞の鉄過剰負荷および除鉄によるOP9系での活性酸素の評価を行った。分化抑制のかかったGrycophorin陽性CD71highの細胞集団をそれぞれの条件で回収してROSの発現を評価した。鉄過剰負荷により、ROSの平均は上昇し、除鉄に伴いROSの平均は減少した。このことは、OP9系の鉄過剰負荷により活性酸素が増加し、除鉄により活性酸素が減少していることを示している。また、分化抑制のかかったGrycophorin陽性CD71highの細胞集団をそれぞれの条件で回収し、アポトーシスをAnnexinVを用いて評価した。鉄過剰負荷により、AnnexinVは上昇し、除鉄に伴いAnnexinVは減少した。回収した細胞の発現解析では、アポトーシス関連遺伝子としては、bcl2が、有意に鉄過剰により減少し、除鉄により上昇した。 考察 マウス骨髄細胞及びヒト末梢血幹細胞におけるin vitroのそれぞれの赤芽球分化系において鉄過剰負荷によりTer119陽性CD71 lowの細胞集団が多く認められた。鉄過剰負荷によって、造血幹細胞から赤芽球系の分化への抑制が認められた。また、DFOによる除鉄によりそれぞれTer119陽性CD71 highの細胞集団が多く認められ赤芽球系の分化抑制の改善を認めた。 分化抑制のかかったGrycophorin陽性CD71highの細胞集団をそれぞれの条件で回収してROSをH2DCFDAの発現をフローサイトメトリーの解析したところ、鉄過剰によって、H2DCFDAは増加し、除鉄によって減少した。このことは、鉄過剰負荷により活性酸素が増加し、除鉄により活性酸素が減少していることを示している。Ghotiらは、MDS患者の末梢血中の赤血球、血小板においてROSが健常人より多量に蓄積していた。また、ROSの蓄積は血清フェリチン値と相関する傾向にあり、過剰な鉄がROSの蓄積に関与していることが示唆されている。 赤芽球分化において、鉄過剰負荷により活性酸素の上昇が認められアポトーシスが亢進した。また、除鉄により活性酸素が除去されアポトーシスの改善が認めた。細胞内の自由鉄が増加し活性酸素が増加することにより、細胞内の蛋白質や核酸がダメージをうけ、その結果アポトーシスが誘導されたと考えられる。我々が行った鉄過剰状態の赤芽球分化の発現解析において、鉄過剰状態ではbcl2の発現を抑制してアポトーシスを促進し、除鉄によってbcl2の抑制を解除しアポトーシスを抑制させていると考えられた。 鉄過剰状態での赤芽球系細胞は、多核や核変形の核異常が認められた。これらは、MDSの患者に認められるような形態異常に類似していた。Kerrらによると、アポトーシスの過程で、染色体の凝縮、核の分断化、細胞質の収縮分断化がおこり、分断が進むと、くびれとられアポトーシス小体が形成される。本実験のin vitroの鉄過剰状態では、細胞内に鉄の沈着が認められ、活性酸素が上昇しアポトーシスが亢進していると考えられた。赤芽球系の様々な形態異常はアポトーシスを反映した可能性がある。 抗酸化剤であるNACをOP9 culture系で鉄過剰負荷の赤芽球培養系で投与した。NACを投与することによって、活性酸素が除去され赤芽球分化障害の改善が認められた。鉄過剰状態の赤芽球分化系においてDFOなどの鉄キレート剤だけでなく、NACの投与により活性酸素が除去され、赤芽球分化障害の改善が認められた。活性酸素の消去を行うことができる抗酸化剤であるNACがin vivoでの結果ではあるが、今後の鉄過剰症における治療の選択肢の一つとして考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は、マウス骨髄及びヒト末梢血幹細胞を用いて、赤芽球分化系において鉄過剰及び除鉄による赤芽球分化機能への影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.マウス骨髄c-kit+104個にSCF、EPO付加の鉄過剰状態でコロニーアッセイを行った。鉄なしから50μMまで鉄付加を行ったところ、鉄10μM投与下が最もコロニー形成能が良好であった。また、30μM以上負荷するとコロニーの減少が認められた。明らかなコロニーの減少が認められた鉄50μM過剰負荷状態にdeferoxamine(DFO)を追加すると、100μMまで追加したときコロニー形成の改善が認められた。CD34陽性ヒト末梢血幹細胞の鉄過剰負荷時でのコロニーアッセイをおこなったところ、鉄過剰負荷50μMまではコロニー形成が良好であったが、100μM以上からコロニー形成が減少した。コロニー形成の低下を認めた鉄100μM負荷の状態で、DFOにより除鉄を行ったところBFU-Eコロニー形成の改善を認めた。鉄過剰状態で除鉄をおこなうことにより、赤芽球造血機能の改善を認めることが示された。 2.マウスの赤芽球分化系において、鉄過剰を行っていないコロニーでは主に小型のerythroblastが、鉄過剰200μM負荷のコロニーではやや大型で未分化なproerythroblastが認められた。フローサイトメトリーでの評価は、Erythroidの分化が亢進しているTer119陽性、CD71 lowの細胞集団の割合が鉄過剰状態にともない減少を認めた。マウス骨髄幹細胞の分化抑制がみとめられる鉄過剰負荷50μMの状態からdeferoxamineによる除鉄の効果をOP9共培養系で評価した。その結果、鉄過剰50μM負荷、DFO100μMで除鉄を行ったところ赤芽球分化の改善を認めた。 3.ヒトの赤芽球系分化において 鉄負荷なしのコロニーでは小型細胞のerythroblastが、鉄200μM負荷したコロニー細胞は未分化でやや大型の細胞が多く認められproerythroblastが主体であると考えられた。鉄過剰負荷100μMよりGrycophorin陽性CD71lowの細胞集団の減少を認め、OP9共培養系においても鉄過剰負荷により赤芽球分化抑制をみとめた。また、分化抑制を認めた100μM鉄過剰負荷時にdeferoxamineを用いて除鉄を行ったところgrycophorin陽性CD71lowの細胞集団の増加を認め、除鉄により分化抑制の回復を認めた。 4.ヒト末梢血幹細胞の鉄過剰負荷および除鉄によるOP9共培養系での活性酸素(Reactive Oxygen Species:ROS)の発現評価を行った。分化抑制のかかったGrycophorin陽性CD71強陽性の細胞集団を回収してROSの発現を評価した。鉄過剰負荷により、ROSは上昇し、除鉄に伴いROSは減少した。このことは、OP9共培養系の鉄過剰負荷によりROSが増加し、除鉄により活性酸素が減少していることが示された。 5.分化抑制のかかったGrycophorin陽性CD71highの細胞集団をそれぞれの条件で回収し、アポトーシスを評価した。鉄過剰負荷により、AnnexinV陽性率は上昇し、除鉄に伴いAnnexinV陽性率は減少した。 6. アポトーシス関連遺伝子としては、bcl2が、有意に鉄過剰により減少し、除鉄により上昇した。 7.抗酸化剤であるN-acetyl cystein(NAC)をOP9共培養系で鉄過剰負荷の赤芽球培養系で投与した。NACを投与することによって、活性酸素が除去され赤芽球分化障害の改善が認められた。 8. 今後の展望として、iPS細胞を用いることで、赤芽球分化のみならず3系統分化および造血幹細胞への鉄過剰の影響を見ることができる。健常人の骨髄CD34陽性細胞を、Episomal vectorでOct4,Sox2,KLf4,L-myc,shp53を導入しiPSを樹立3系統に分化誘導することが可能であった。今回、ROSを制御することが、造血回復の治療につながることがわかったが、新たなROSを制御する薬剤スクリーニングに有用な実験系であるとより有効な造血改善の薬剤や組み合わせの検討をすることができると考えられた。 以上、本論文は、鉄過剰及び除鉄における赤芽球分化制御について解明した研究である。臨床的に、除鉄が造血機能の改善につながることが報告されてきたが、作用機序を明らかにした論文である。基礎的な研究であるが臨床的にも重要と考えられる論文である。今後、iPS細胞を用いた3系統への評価も重要な研究成果が得られるものと期待され、学位の授与に値する論文と判断した。 | |
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