学位論文要旨



No 129360
著者(漢字) 田宮,浩之
著者(英字)
著者(カナ) タミヤ,ヒロユキ
標題(和) Aspergillus fumigatus及びその関連菌の二次代謝産物に関する解析
標題(洋)
報告番号 129360
報告番号 甲29360
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4093号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 土肥,眞
 東京大学 講師 川畑,仁人
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

医療技術の向上によって免疫不全宿主は増加の一途にあり、それに伴い日和見感染症である深在性真菌症も増加している。肺アスペルギルス症は深在性真菌症の中でも頻度が高く、致命率も高い。現在本症の早期診断や新規の治療法開発を目的とした病原因子の探索が続けられており、その候補のひとつとしてmycotoxinを含む真菌の二次代謝産物が挙げられるが、病態との関連は十分には解明されていない。

Aspergillus fumigatusは肺アスペルギルス症の主たる起因菌だが、遺伝子解析の発達によりこれまでA. fumigatusと同定されてきた株の中にA. lentulus、A. udagawae、A. viridinutansなどのA. fumigatus関連菌 (以下、関連菌) が存在することが確認されている。近年、免疫不全患者を中心に関連菌による感染症例が報告されるようになり注目を集めている。関連菌は形態学的にA. fumigatusと鑑別が困難であり、同定には特殊な遺伝子の解析が必要になる。これら関連菌はA. fumigatusに近い病原性をもつと考えられるものの、一部の症例ではA. fumigatusに比べ慢性的な経過を示し、隣接する臓器に連続的に進展していく (播種性の病変を生じにくい) などの特徴が認められる。またある種の抗真菌薬に対する感受性が低いことも報告されているため、その鑑別が問題となる。しかし、現在までこのような病態・感受性の差異をもたらす要因は明確ではない。そこで本研究では、これら4種の菌の二次代謝産物について解析を行い、菌種間の差異や病態・薬剤感受性との関連を検討した。また一部の菌株については、mycotoxinの中で病原性との関連が最も強く疑われているもののひとつであるgliotoxinについて定量を行った。

一方、肺アスペルギルス症では侵襲性・慢性・アレルギー性の各種病態が認められる。これらの病態の差異には宿主の免疫状態が大きく関与していると考えられるが、一方で病原体自身の持つ要因も重要な役割を果たしている可能性がある。加えて、一般的に慢性肺アスペルギルス症患者は緩徐に病状が進行していくことが多いが、一部では免疫状態に大きな変化がないにもかかわらず急激な増悪を示すことがある。この現象においても、病原体側の要素が影響していることが疑われる。そこで本研究ではこのような病像の差異・変化における病原体の二次代謝産物の影響を調べるため、臨床検体から分離されたA. fumigatus株について各種病態ごとに二次代謝産物の比較を行い、また約2ヶ月間で急激な増悪を来たしたA. fumigatusによる慢性壊死性肺アスペルギルス症 (CNPA) 患者1例において、安定期に採取された2株と増悪後に採取された1株の間での二次代謝産物の違いを検討した。

【方法】

A. fumigatus及び関連菌計74株 (A. fumigatus 53株、A. lentulus 8株、A. udagawae 9株、A. viridinutans 4株) を用いた。各菌株をポテトデキストロース寒天培地にて培養後、回収した分生子懸濁液の一部をRPMI 1640液体培地で振盪培養し、上清を回収してクロロホルムで二次代謝産物を抽出した (培養上清からの抽出物)。残りの分生子懸濁液は80%メタノール中に浸漬し静置後、上清を回収した (分生子からの抽出物)。各々の検体を液体クロマトグラフィー-飛行時間型質量分析計で解析した。また一部の菌株については液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析計を用いてgliotoxinの含有量を計測した。薬剤感受性については、Clinical and Laboratory Standards Institute M38-A2法に準じた微量液体希釈法で測定した。

【結果】

二次代謝産物スクリーニングでは、培養上清においてA. fumigatus、A. lentulus、A. viridinutansから各々20種類、7種類、1種類の代謝産物が認められた。A. udagawaeの培養上清中には代謝産物は見られなかった。A. fumigatusから検出された代謝産物の中で、他の2種 (A. lentulus及びA. udagawae) より有意に多く検出された物質は8種類 (fumagillin、fumigaclavine C、fumiquinazoline A/B・D、fumitremorgin C、gliotoxin、pyripyropene A・S) であった。一方分生子においては、A. fumigatus、A. lentulus、A. udagawae、A. viridinutansから各々23種類、13種類、8種類、11種類の代謝産物が検出された。A. fumigatusにおいて他の2菌種より有意に多く検出された物質は7種類 (fumagillin、fumigaclavine A・C、fumiquinazoline A/B・D・F/G、fumitremorgin C) であった。Gliotoxin産生量の測定では、培養上清中ではA. fumigatus株の95%で産生が認められ、その中央値は他2種より著しく高値であった (A. fumigatus: 23.48 μg/ml、A. lentulus: 0.010 μg/ml、A. udagawae: 0.011 μg/ml)。一方分生子中では、A. fumigatus及びA. lentulusはA. udagawaeと比較しgliotoxin産生量の中央値が高かったものの、3菌種ともその量は培養上清と比べ非常に少なかった (A. fumigatus: 0.010 μg/ml、A. lentulus: 0.010 μg/ml、A. udagawae: 0.001 μg/ml)。

A. fumigatusの臨床分離株のうち、各病態 (侵襲性7株・慢性18株・アレルギー性5株) 間で二次代謝産物プロファイルを比較したところ、分生子中のfumigaclavine Bは侵襲性株において、アレルギー性株よりも有意に多く検出された。また有意差は認めなかったものの、培養上清中におけるhelvolic acidとmethyl-sulochrin、分生子中におけるsphingofungin Dは侵襲性株と慢性株のみに検出され、アレルギー性株からは全く検出されなかった。

同一CNPA患者から得られた3株のA. fumigatusの間で二次代謝産物の違いを検討したところ、培養上清における3種類の物質 (fumigaclavine A、fumiquinazoline D、methyl-sulochrin) は安定期2株には認められず、増悪後の1株のみから検出された。

薬剤感受性試験では、イトラコナゾール、ボリコナゾール、ミコナゾールにおいては、A. fumigatusに対して関連菌は3種とも低感受性を示した。他の薬剤では大きな差は見られなかった。Epidemiological cutoff valueをbreakpointとして用い、感受性株と耐性株の間で二次代謝産物プロファイルを比較したが、イトラコナゾールにおいては両者の間で有意差を認める物質はみられなかった。ボリコナゾールでは分生子においてpyripyropene E・O・Sが耐性株の過半数から検出される一方、感受性3株からは認められなかった。

【考察】

A. fumigatusと関連菌との間には検出された二次代謝産物に差異が認められ、各菌種は特徴的なプロファイルを示した。A. fumigatusでは分生子・培養上清ともに関連菌よりも多くの代謝産物が検出され、A. fumigatusにおいて他の関連菌2種よりも有意に多く検出された物質は、培養上清中で8種類、分生子中で7種類認められた。このような代謝産物産生能の違いがA. fumigatusと関連菌の間での病態 (血管侵襲性) の相違をもたらしている可能性が示唆された。一方gliotoxinは免疫抑制、気道上皮線毛運動阻害などの作用を持ち、A. fumigatus感染症において病原性との関連が強く示唆されているが、関連菌ではほとんど検出されなかったことから、関連菌においては他の要素が病原性発揮に関与していると考えられた。A. fumigatus及び関連菌についての代謝産物プロファイルの検討はこれまで報告が少なく、またその多くは解析対象が分生子のみであったり、培地などの条件が生体内と類似しないものであったりするため、ヒトの感染症への外挿が容易ではないものであった。本研究では、生体組織内で菌糸発育する際の状況を再現するため気道上皮被覆液に近い組成のRPMI 1640培地を用いた振盪培養を行い、その培養上清からも抽出を行った。従って、ここで得られた知見はこれらの病原体による疾患の病態解明に重要であると思われる。

肺アスペルギルス症で見られる侵襲性・慢性・アレルギー性の各種病態には宿主の免疫状態の関与が大きいと考えられるが、一方で微生物側の要因も影響をもたらしている可能性が考えられる。本研究では病態ごとに検出される代謝産物プロファイルに違いが認められ、一部には感染過程に関わる作用が報告されていることから、ある種のmycotoxinが特定の病態を惹起しやすいという可能性が示唆された。これまで臨床病態ごとに多種類の二次代謝産物を比較した研究は乏しく、本研究は有意義な情報を提供したと考えられる。

また本研究では短期間に急激な増悪を来たしたCNPA症例における増悪前後の検体3株の解析から、増悪後の培養上清で新たに3種類の物質を検出した。本症例においては増悪を来たした期間に宿主の免疫状態が大きく変化するような出来事がなく、この増悪は微生物側の要因によるものである可能性があり、これらの物質は病態の増悪に寄与したことが疑われ、今後その作用機序の解明が望まれる。

薬剤感受性試験では、関連菌においてアゾール系抗真菌薬で最小発育阻止濃度が高い傾向が見られた。今回の検討では、感受性株と耐性株の間に二次代謝産物プロファイルの明らかな差異を見出すことができなかったが、今後より多くの株での検討を要する。またA. lentulusのアゾール耐性に関しては薬剤排出ポンプの発現などが関与していることも報告され、代謝産物以外の要因も含めて検索していく必要がある。

【結論】

A. fumigatusとその関連菌の間には二次代謝産物プロファイルの差異が認められ、これが両者の臨床病像の違いに関与している可能性が示唆された。また侵襲性・慢性・アレルギー性の各株から得られる代謝産物には若干の違いがあり、これらの病態に微生物側の要因も関与していることが疑われた。一方で薬剤感受性と代謝産物プロファイルの間には明らかな関連は認められず、耐性機構として薬剤排出ポンプなど他の要因も含めた検討が必要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアスペルギルス属の病原因子と考えられているmycotoxinを含む二次代謝産物について、その病態への関与を明らかにするため、(1) Aspergillus fumigatusとその関連菌3種の間、(2) アスペルギルス症の各病態 (侵襲性・慢性・アレルギー性) 株の間、(3) 同一慢性壊死性肺アスペルギルス症 (CNPA) 患者由来の3株 (増悪前後) 間でそのプロファイルの差異を解析し、あわせて薬剤感受性についても検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. A. fumigatus及びその関連菌について、各菌が異なる代謝産物プロファイルを持つことを示した。A. fumigatusでは培養上清、分生子いずれにおいても関連菌と比較し多種の代謝産物が検出された。培養上清中の8種類 (fumagillin、fumigaclavine C、fumiquinazoline A/B・D、fumitremorgin C、gliotoxin、pyripyropene A・S) 及び分生子中の7種類 (fumagillin、fumigaclavine A・C、fumiquinazoline A/B・D・F/G、fumitremorgin C) の物質は、A. fumigatusにおいて他の2種の関連菌 (A. lentulus及びA. udagawae) より有意に多く検出された。関連菌の侵襲性感染症はA. fumigatusと比べ空間的に連続した箇所へ進展し、かつ慢性の経過を辿る傾向があることが知られている。すなわち、A. fumigatusは関連菌と比較し血行性に播種しやすいと解釈でき、A. fumigatusと関連菌の間で検出頻度が異なったこれらの代謝産物は、播種性の進展に関わっている可能性が示唆された。

2. アスペルギルス症との関連が最もよく研究されているmycotoxinのひとつであるgliotoxinについては、A. fumigatusの培養上清中に認められたものの、他の関連菌2種からはほとんど検出されなかった。関連菌においてはgliotoxin以外の要素が病原性発揮に関与していることが示唆された。

3. A. fumigatusの臨床分離株のうち、分生子中のfumigaclavine Bは侵襲性株において、アレルギー性株よりも有意に多く検出された。また有意差は認めなかったものの、培養上清中におけるhelvolic acidとmethyl-sulochrin、分生子中におけるsphingofungin Dは侵襲性株と慢性株のみに検出され、アレルギー性株からは全く検出されなかった。病態ごとに検出される代謝産物プロファイルに違いが認められ、ある種のmycotoxinが特定の病態を惹起しやすいという可能性 (病原体側の要因の存在) が示唆された。

4. 短期間に増悪を来たしたCNPA患者から得られた3株のA. fumigatusの間での違いを検討では、培養上清における3種類の物質 (fumigaclavine A、fumiquinazoline D、methyl-sulochrin) は安定期2株には認められず、増悪後の1株のみから検出された。本症例においては増悪を来たした期間に宿主の免疫状態が大きく変化するような出来事がなく、この増悪は微生物側の要因によるものである可能性があり、これらの物質は病態の増悪に寄与したことが疑われた。

5. イトラコナゾール、ボリコナゾール、ミコナゾールの3種の抗真菌薬においては、A. fumigatusに対して関連菌は3種とも低感受性を示した。感受性株と耐性株の間の比較では、イトラコナゾールにおいては有意差を認める二次代謝産物はみられなかった。ボリコナゾールでは分生子においてpyripyropene E・O・Sが耐性株の過半数から検出される一方、感受性3株からは認められなかった。

以上、本論文はA. fumigatus及び関連菌に関する解析から、その二次代謝産物プロファイル及び薬剤感受性の差異を明らかにした。本研究はアスペルギルス症での種々の臨床病態の違いにおける二次代謝産物の関与の可能性を示すものであり、アスペルギルス症における新たな病原因子の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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