学位論文要旨



No 129361
著者(漢字) 垂井,愛
著者(英字)
著者(カナ) タルイ,メグミ
標題(和) 血小板活性化因子生合成酵素(LPCAT2)阻害剤の探索
標題(洋)
報告番号 129361
報告番号 甲29361
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4094号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 講師 山内,敏正
 東京大学 講師 伊藤,伸子
内容要旨 要旨を表示する

血小板活性化因子(platelet-activating factor : PAF)は、1972年にウサギ好塩基球由来の血小板凝集因子として発見された強力な生理活性リン脂質である。PAFは、私の所属研究室でクローニングに成功したGタンパク質共役型のPAF受容体を介して作用する。喘息やアナフィラキシーショックを含むアレルギー疾患や急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome : ARDS)、敗血症、自己免疫疾患など様々な疾患に関与することが知られている。特に一部の疾患では、患者の血清PAF濃度の上昇とともに、PAF分解酵素であるPAFアセチルヒドロラーゼ(PAF-AH)の活性低下も認められている。

生体の細胞膜を構成するグリセロリン脂質は、de novo経路(ケネディ経路)で生合成され、リモデリング経路(ランズ回路)で成熟する。ランズ回路では、一度合成されたリン脂質がホスホリパーゼA2の作用でリゾリン脂質となる。これがリゾリン脂質アシル転移酵素の作用で再び組織に特有な成熟型リン脂質になる。PAFは、このうちのリゾリン脂質の一種であるリゾPAFから、リゾPAFアセチル転移酵素によって生合成される。この生合成経路により、PAFは細胞外刺激に応じて急激に産生され、産生されたPAFは、PAF-AHの作用によって速やかにリゾPAFに分解される。

これまで、リゾPAFアセチル転移酵素(PAF生合成酵素)は2種類発見され、共に、私の所属研究室で2007年(LPCAT2)、2008年(LPCAT1)に報告された。2つのリゾPAFアセチル転移酵素はともに、リゾリン脂質アシル転移酵素(リン脂質生合成酵素)グループに属した。

LPCAT1は肺胞II型上皮細胞に多く発現し、出生前に誘導される。PAFの他にdipalmitoyl phosphatidylcholine (DPPC) もよく生合成し、これは肺サーファクタント全体の40%近くを占める主成分と知られている。このDPPCは肺の表面張力を低下させ、肺胞構造を保つことで呼吸に必須である。LPCAT2は、マクロファージや好中球といった炎症性細胞に多く発現しており、PAFだけでなく細胞膜構成成分であるアルキルPCやPCも生合成する。以上の他に両者には大きな違いがある。LPCAT2は、細菌の持つ内毒素、リポ多糖(LPS)によるToll様受容体4(TLR4)の活性化を介し、長時間(16 h)で発現誘導される。短時間(30 min)ではp38 MAPキナーゼ/MK2を介しリン酸化(活性化)される。一方でLPCAT1は、同様のToll様受容体刺激では発現誘導も活性化もされない。つまり、LPCAT1は出生後は恒常的に働く酵素であり、LPCAT2は誘導型かつ活性調節型の酵素である。これらの関係は、アラキドン酸からプロスタグランジンH2を生合成するシクロオキシゲナーゼ(COX)-1(恒常型)とCOX-2(誘導型)の関係と類似している。

前述したように、炎症性メディエーターであるPAFは、喘息やARDS、敗血症など多くの関連疾患が知られている。PAF受容体の同定以降、新薬開発を目指して多くのPAF受容体拮抗薬の研究が行われた。しかし、効果が不十分なものや、高容量でPAF類似の副作用を示すものなどがあり、現段階では実用化に至っていない。そこで視点を変え、合成酵素阻害剤、特に炎症時に働くLPCAT2のみの阻害剤の発見により、副作用の少ない治療薬開発を考えた。

今回、東京大学創薬オープンイノベーションセンター内の化合物ライブラリーのうち、利用可能な17万4千化合物全てをスクリーニング対象とした。これらはすべて、DMSOに溶解保存されたストック溶液にて提供された。スクリーニングI;High-throughput screening 法として、7-diethylamino-3-(4'-maleimidyl-phenyl)-4-methylcoumarin(CPM)によるチオール定量法を採用し、スクリーニングを開始した(図2)。LPCAT2の作用により、リゾPAFとacetyl-CoAからPAFが産生される(図1主活性a)。その際に副産物として遊離するCoA-SHのチオール基に、チオール反応性蛍光発色試薬であるCPMを反応させる。350 nmの波長で励起し、450 nmの蛍光測定することにより、定量を行った。酵素は、ヒト型遺伝子のLPCAT2を、チャイニーズハムスター卵巣由来であるCHO細胞の亜種、CHO-S(浮遊系)に強制発現させ、得られた膜画分を用いた。384ウェルプレート上で、20 μMの化合物0.6 nlに15 mg/mlの膜画分(3 μl、45 ng)と5 μM リゾPAF、25 μM acetyl-CoAを添加し室温で30分反応させた後、5 μM CPMを添加、2時間後に測定した。その結果、約1.1%の1,941化合物が1次ヒットとして得られた。スクリーニングII-1;このうち、重複化合物および欠品を除いた1,794化合物について、化合物の消光作用などによる偽陽性を除外するため、高精度で反応産物の測定が可能なLC-MS/MSによる酵素活性の定量を施行した。LC-MS/MS測定では、基質の一つであるリゾPAFに重水素ラベルがされたものを使用し、反応産物の重水素ラベルされたPAFを測定した。反応は、96ウェルプレート上で20 μMの化合物600 nlと5 mg/mlの膜画分(30 μl、150 ng)、5 μMのリゾPAF、250 μM acetyl-CoAを用いて行い、室温で20分反応させた後、測定した(図1主活性a)。阻害率45%以上を示した617化合物がヒットした。スクリーニングII-2;次に、ヒト(h)LPCAT1の膜画分を使用し、酵素選択性のある化合物を探索した。hLPCAT1のPAF生合成反応(図1活性b)と、DPPC生合成反応(図1活性c)を阻害しない化合物をLC-MS/MSで検出した。阻害率20%未満となる化合物を抽出した結果、32個の酵素選択性のある化合物がみつかった。スクリーニングII-3;さらに、hLPCAT2のPAF(図1主活性a)およびalkyl-PC生合成(図1活性d)、hLPCAT1のPAF(図1活性b)およびDPPC生合成反応(図1活性c)それぞれに対する阻害効果と化合物の濃度依存性を調べた。

その結果、hLPCAT1には作用せず、hLPCAT2に選択性のある化合物を2群、発見した。ひとつは、hLPCAT2の活性のうち、PAF生合成活性(図1主活性a)のみを阻害する化合物群Iである。hLPCAT2によるalkyl-PC生合成(図1活性d)を阻害する作用は有意に弱く、hLPCAT2のPAF生合成に選択性をもった阻害効果を示した。化合物群Iには2化合物、MMI-12、MMI-32のみが属し、その母核Aは共通であった。もうひとつはLPCAT2の活性そのものを阻害する化合物群IIである。これは、PAFだけでなくalkyl-PC生合成活性(図1活性aとd)も同時に阻害し、両者の阻害率には差が認められなかった。化合物群IIには22化合物が属した。

スクリーニングII-4;次に、0.4% BSA添加下でhLPCAT2のPAF生合成(図1主活性A)阻害作用を調べた。化合物群Iの2化合物、IIのうち11化合物は、BSA存在下でもhLPCAT2のPAF生合成阻害作用が認められた。スクリーニングIII;さらに、これらの化合物の細胞毒性を調べた。マウスのマクロファージ系の培養細胞であるRAW264.7細胞に、化合物を0-20 μM添加し、36時間後にCell Counting Kit-8(Dojindo)を用いて吸光度を測定した。化合物群Iの2化合物、IIのうち8化合物には明らかな細胞毒性は認められなかった。このII群の8個のうち、2つは同じ母核Bを、5化合物は類似の骨格Cを有していた。これらの化合物は全てマウス(m)LPCAT2の活性も阻害することを確認した。

スクリーニングIV;次に、これらの阻害剤を用いて、細胞PAF測定を行った。mLPCAT2を恒常的に発現させたRAW264.7細胞に 0-50 μMの化合物を添加し、1時間後にカルシウムイオノフォアであるA23187(最終濃度5 μM)で5分間刺激し、PAFおよびリゾPAFをメタノールで抽出した。II群の8化合物すべてにおいて、細胞内PAF生合成阻害作用をみることはできなかった。

I群の2化合物、MMI-12、MMI-32については、粉末にて提供されたものを新たにDMSOに溶解して使用した。両者とも細胞PAF濃度の低下がみられ、IC50は約25 μMであった。PAF生合成の基質であるリゾPAFの濃度については、MMI-12はPAFの低下とともに上昇しており、PAF生合成阻害効果と考えられた。一方MMI-32では細胞PAF濃度の低下とともにリゾPAF濃度が低下しており、リゾPAFを生合成するcPLA2など他の酵素への影響も考えられた。また、粉末にて提供された化合物を用い、酵素および基質の特異性を再度調べたところ、両者ともDMSOストック溶液を用いたときより、特異性の低下がみられた。しかしIC50でみるとMMI-12は、hLPCAT2の活性阻害能はhLPCAT1に対して約5倍、acetyl-CoAの基質特異性はalkyl-PCを生合成する基質であるアラキドノイルCoAに対して約3倍は保たれていた。

私の所属研究室で単離した二種類のPAF生合成酵素(LPCAT1とLPCAT2)を用いて、選択的PAF生合成酵素阻害剤、MMI-12を発見した(図1, 2)。これは、LPCAT2による細胞内PAF生合成活性を抑制することができた。酵素特異性、基質選択性などには、改善の余地があるが、これらをリード化合物として、より副作用の少ないPAF関連疾患治療薬候補がみつかる可能性がある。また、これらの発見はPAF関連疾患の治療薬として有望であるだけでなく、LPCAT1によるPAF生合成の生体内における意義や、炎症時のLPCAT2によるPC生合成活性化の役割などを、解明する一端も担うことも期待される。

図1.酵素活性のまとめ

LPCAT1とLPCAT2はそれぞれ2種類の活性をもつ。MMI-12はLPCAT2によるPAF生合成活性(主活性a)を阻害する。

図2.スクリーニングのまとめ

IからIVまでのスクリーニングを行った結果選択的阻害剤MMI-12を得た。活性a-dは図1に図示。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、喘息やアナフィラキシーショック、急性呼吸窮迫症候群、敗血症など様々な疾患に関与することが知られている生理活性脂質、血小板活性化因子(platelet-activating factor : PAF)の生合成酵素(LPCAT2)に対する阻害剤を探索することで、これらの疾患に対する治療薬開発を考えたものである。約17万4千化合物をスクリーニング(1次~9次)し、下記の結果を得ている。

1.ヒト型(h)LPCAT2を、チャイニーズハムスター卵巣由来のCHO-S細胞に強制発現させて得られた膜画分を用い、ハイスループットスクリーニング法にて、約17万4千の化合物から、hLPCAT2のPAF生合成活性を阻害する1,796化合物を得た。1次スクリーニング

2.CHO-S細胞にhLPCAT2または恒常的にPAFおよびdipalmitoyl phosphatidylcholine(DPPC)を生合成する類似酵素(hLPCAT1)を強制発現させて得られた膜画分を用いたプレートアッセイおよびLC-MS/MSによる測定を行い、1,796化合物から、hLPCAT1の生合成活性は阻害せず、hLPCAT2によるPAF生合成活性を阻害する、32化合物を得た。2-5次スクリーニング

3.そのうちの13化合物は、BSA添加アッセイにて、0.4% BSA存在下でもhLPCAT2によるPAF生合成活性を阻害可能であったため、血中においても作用できる可能性が示された。6次スクリーニング

4.マウスのマクロファージ系の培養細胞であるRAW264.7細胞を用いて、細胞毒性試験を行った。13化合物のうち10化合物には細胞毒性が認められなかった。7次スクリーニング

5.CHO-S細胞にhLPCAT1、hLPCAT2とマウス型(m)LPCAT1およびmLPCAT2を強制発現させて得られた膜画分を用いた試験管アッセイにて、10化合物は全て、マウス型酵素(mLPCAT1およびmLPCAT2)による生合成活性も、ヒト型酵素(hLPCAT1とhLPCAT2)の生合成活性とほぼ同様に阻害することが示された。8次スクリーニング

6.mLPCAT2を過剰発現させたRAW264.7細胞を用い、カルシウムイオノフォア(A23187)刺激にて生合成されるPAFおよびその基質であるlyso-PAFを測定したところ、PAF生合成を阻害し、lyso-PAF濃度を上昇させる化合物、MMI-12を発見した。このMMI-12は、mLPCAT2によるPAF生合成を阻害した結果、PAF濃度を低下させ、その基質であるlyso-PAF濃度を上昇させた。また、MMI-12は、LPCAT1の酵素活性およびLPCAT2のalkyl-PC生合成活性の阻害効果は弱く、LPCAT2のPAF生合成活性を強く阻害する化合物であることが、CHO-S細胞に酵素を強制発現させて得られた膜画分を用いた試験管アッセイにて示された。9次スクリーニング

以上、本論文は約17万4千の化合物ライブラリーを用いて、炎症時に働くPAF生合成酵素であるLPCAT2によるPAF生合成活性のみを選択的に阻害する化合物、MMI-12を同定した。本研究は、PAF関連疾患の治療薬開発だけでなく、LPCAT1によるPAF生合成の生体内における意義や、炎症時のLPCAT2によるPC生合成活性化の役割の解明にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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