学位論文要旨



No 129362
著者(漢字) 中村,元信
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,モトノブ
標題(和) インスリン抵抗性でもインスリンの近位尿細管のNBCe1によるナトリウム輸送機能は保たれる。
標題(洋) Stimulatory effect of insulin on renal proximal tubule NBCe1-dependent sodium transport is preserved in insulin resistance
報告番号 129362
報告番号 甲29362
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4095号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 特任准教授 長瀬,美樹
 東京大学 講師 下澤,達雄
 東京大学 講師 臼井,智彦
内容要旨 要旨を表示する

近年、心血管疾患の危険因子として、内臓肥満、耐糖能異常、脂質代謝異常、高血圧などが知られており、これらを包括した疾患として、メタボリック症候群が提唱されている。メタボリック症候群には、環境要因や個人差なども関与するが、その基盤に高インスリン血症が存在する。高インスリン血症が持続することにより、インスリン抵抗性や耐糖能異常が出現し、II型糖尿病発症にもつながると考えられている。本邦を含め先進国等では、II型糖尿病は慢性腎臓病や末期腎不全の原因疾患の第一位であるが、病態や進展機序については不明な点が多い。これらの患者の増悪因子として、高血圧があるが、臨床上は、体液貯留を合併する症例が多く、腎機能の低下のみでは説明が困難な体液貯留を認める症例もある。また、インスリン抵抗性は、レニンーアンジオテンシンーアルドステロン系(RAAS)を介して高血圧の発症に関与していることが報告されている。インスリン抵抗性と高血圧の関係については、様々な議論がなされているが、高インスリン血症の持続が高血圧発症の一因とも考えられている。インスリンにはPI3キナーゼ/Akt経路を介したNO産生による血管拡張作用があることが知られているが、インスリン抵抗性が出現するとNO産生が低下し、血管拡張作用が低下することが知られている。さらに、高インスリン血症が腎臓でのナトリウムの再吸収亢進に関与していることも報告されている。インスリン受容体は、近位尿細管から集合管までの全てに発現しており、全てナトリウムの再吸収に関与していることが報告されており、特に近位尿細管ではナトリウムだけではなく、水の再吸収亢進も行っていることが知られている。

インスリンシグナル伝達系には主に2つの基質(IRS1・IRS2)が知られているが、筋肉、肝臓、脂肪など臓器によって主たる基質が異なることが知られているが、腎臓については、報告が少ない。近年、IRS1とIRS2のノックアウトマウスにより、IRS2が腎尿細管では主である可能性が示唆されている。また、インスリン抵抗性改善薬の一つであるチアゾリジンは、副作用として、体液貯留が知られている。その原因として、近位尿細管でのナトリウム再吸収を亢進させることも近年報告されている。インスリン抵抗性においてもインスリンの尿細管Na再吸収亢進作用が保たれているかどうかを明らかにするために、今回よりヒトに近い肥満から高インスリン血症となりインスリン抵抗性を呈し、糖尿病となることが知られているラットとして、OLETF(Otuka Long-Evans Tokushima Fatty rat)を使用し、コントロールとして、LETO(Long-Evans Tokushima rat)を使用し高インスリン血症と近位尿細管でのナトリウム再吸収について研究した。また、同様な事象がヒトでも起こり得るかどうかについても、腎悪性腫瘍患者の検体をインスリン抵抗性のある症例とない症例に分け、検討した。

検討方法として、インスリン抵抗性については、脂肪細胞のブドウ糖取り込み能力がインスリン刺激により保たれているかどうかをラットとヒトの脂肪細胞を使用し確認した。ブドウ糖取り込み量の確認方法として、ブドウ糖に蛍光色素ついた2-[N-(7-Nitrobenz-2-oxa-1,3-diazol-4-yl)amino]-2-deoxy-D-glucose (2-NBDG)を使用した。また、ナトリウム再吸収については、近位尿細管を単離し、蛍光色素であるBCECF/AM (2',7'-bis(carboxyethyl)-5(6)-carboxyfluorescein)を使用し、細胞内pH測定・NBCe1(Na+-HCO3- cotransporter)の活性を同定し、ラットとヒトのNBC1活性を同定比較することにより、NBC1の調節機構の種差についても検討した。また、腎臓ではIRS1/IRS2どちらが主の経路であるかについても検討した。インスリン抵抗性は、HOM<A-IR 2.6をカットオフ値とした。

まず、Wistar rat を使用し、インスリンの近位尿細管NBCe1刺激作用がPI3Kを介していることを証明した。また、si-RNAによる遺伝子発現抑制実験により近位尿細管インスリン作用ではIRS2が主であることを確認した。次に、インスリン抵抗性存在下での脂肪細胞のインスリン刺激によるブドウ糖取り込み能および、尿細管でのインスリン刺激によるナトリウムの再吸収亢進作用について検討した。肥満により高インスリン血症およびインスリン抵抗性が発症するOLETFではインスリン刺激によるブドウ糖取り込み能は著しく減弱していたが、近位尿細管でのインスリン刺激によるナトリウムの再吸収亢進作用は完全に保たれていた。インスリンシグナル伝達経路についても確認したところ、OLETFでは、インスリン刺激によるAktのリン酸化が脂肪細胞では低下しており、肝臓、筋肉、脂肪組織のIRS1/IRS2 mRNAの両方ともが減少していた。しかしながら、近位尿細管ではAktのリン酸化およびIRS2 mRNA発現は保たれていた。腎皮質ではIRS2蛋白の発現量も保たれていた。

次に、ヒトでも同様の検討を行った。ヒトでもラットと同様に、インスリン抵抗性が存在するとインスリン刺激によるブドウ糖取り込み能は著しく減弱していたが、近位尿細管でのインスリンによるNBCe1活性亢進作用については、インスリン抵抗性に関係なく、保たれていた。同様に、インスリン抵抗性が存在すると、インスリン刺激によるAktのリン酸化が脂肪細胞では低下していたが、近位尿細管ではインスリン抵抗性に関係なく、Aktのリン酸化は保たれていた。また、インスリン抵抗性が存在すると脂肪組織ではIRS1とIRS2 mRNAが共に減少していたが、尿細管ではIRS2 mRNAの発現は保たれていた。

以上のことから、腎臓ではIRS2が主の経路であり、インスリンはIRS2/PI3K/Aktを介してシグナルが伝わりNBCe1を活性化することによりナトリウム再吸収が亢進することが示された。インスリン抵抗性ではインスリンの血管拡張作用が減弱すること合わせ、高インスリン血症による腎Na再吸収亢進が高血圧発症の一因となっていることが強く示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、インスリン抵抗性が存在しても、インスリンの近位尿細管Na-HCO3共輸送体(NBCe1)輸送活性亢進作用が保たれることを、肥満から高インスリン血症となりインスリン抵抗性を呈し糖尿病となることが知られているラット(Otuka Long-Evans Tokushima Fatty rat)およびインスリン抵抗性を有するヒト腎悪性腫瘍症例において証明したものである。その原因として、インスリンは近位尿細管ではIRS2を介してシグナルを伝えること、およびインスリン抵抗性が存在しても腎近位尿細管IRS2発現が保たれていることによるという下記の結果を得ている。

1. Wistar rat を使用し、インスリンにより近位尿細管NBCe1活性亢進作用が濃度依存性に増加することを証明した。そして、この反応は、PI3キナーゼ(PI3K)の阻害薬であるWortmanninn により完全に抑制されることを証明した。以上より、インスリンの近位尿細管NBCe1輸送活性亢進作用はPI3Kを介していることが示された。

2. Wistar rat の脂肪細胞を使用し、インスリンによるブドウ糖取り込み能の評価を試みるために蛍光色素(2-[N-(7-Nitrobenz-2-oxa-1,3-diazol-4-yl)amino]-2-deoxy-D-glucose (2-NBDG))を使用した。その結果、cytochalasin B により抑制されるGLUT4を介した糖取り込み量を正確に測定できる結果を得た。

3. Wistar rat の近位尿細管および脂肪細胞においてsi-RNAによる遺伝子発現抑制実験 (anti-IRS1およびanti-IRS2)を行い、si-RNAの特異性と効果を評価した。その結果、インスリンの近位尿細管NBCe1活性機能亢進作用においては、IRS2依存性シグナルが主であることが示された。一方、インスリンの脂肪細胞における糖取り込み促進作用はIRS1が主であることが示された。

4. 次に、インスリン抵抗性存在下でのインスリンの脂肪細胞と近位尿細管作用を検討した。肥満により高インスリン血症およびインスリン抵抗性が発症するOLETFではインスリン刺激の脂肪細胞糖取り込み促進作用は著しく減弱していた。しかしながら、近位尿細管NBCe1活性亢進作用は完全に保たれていた。インスリンシグナル伝達経路についても確認したところ、OLETFでは、インスリン刺激によるAktのリン酸化が脂肪細胞では低下していた。また、肝臓、筋肉、脂肪組織においてIRS1およびIRS2 mRNA発現量が減少していた。しかしながら、腎近位尿細管ではAktのリン酸化およびIRS2 mRNA発現は保たれていた。腎皮質ではIRS2蛋白の発現量も保たれていた。

5. 次に、ヒトでも同様の検討を行った。ヒトでもラットと同様に、インスリン刺激の脂肪細胞糖取り込み促進作用は著しく減弱していた。しかしながら、近位尿細管NBCe1活性亢進作用は完全に保たれていた。同様に、インスリン抵抗性が存在すると、インスリン刺激によるAktのリン酸化が脂肪細胞では低下していたが、近位尿細管ではインスリン抵抗性に関係なく、Aktのリン酸化は保たれていた。また、インスリン抵抗性が存在すると脂肪組織ではIRS1とIRS2 mRNAが共に減少していたが、腎皮質ではIRS2 mRNAの発現は保たれていた。

6. 最後に内容をよりよく反映するためにタイトルを Stimulatory effect of insulin on renal proximal tubule NBCe1-dependent sodium transport is preserved in insulin resistance. (インスリン抵抗性でもインスリンの近位尿細管のNBCe1によるナトリウム輸送機能は保たれる。)に変更した。

以上のことから、本論文では、インスリンは腎臓ではIRS2/PI3K/Aktを介してNBCe1輸送活性を亢進させ、この作用はインスリン抵抗性でも保たれることが示された。インスリン抵抗性ではインスリンの血管拡張作用が減弱すること合わせ、高インスリン血症による腎Na再吸収亢進が高血圧発症の一因となっていることが強く示唆された。これらの結果は、インスリン抵抗性における高血圧発症機序の解明に深く寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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