学位論文要旨



No 129363
著者(漢字) 中山,幸輝
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,ユキテル
標題(和) 炎症性マクロファージを制御する長鎖ノンコーディングRNA
標題(洋)
報告番号 129363
報告番号 甲29363
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4096号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任准教授 脇,裕典
 東京大学 教授 南學,正臣
 東京大学 准教授 石川,俊平
 東京大学 特任准教授 岡部,哲郎
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

食の欧米化と運動不足によって肥満はますます増加しており世界的に深刻な問題となっている。飽和脂肪酸の摂取過多や過栄養が、糖尿病や脂肪肝、動脈硬化、いくつかの悪性腫瘍を引き起こすのは、免疫システムの再構築が原因であり、さまざまな炎症細胞やサイトカインが病態に関与している。免疫細胞の中でもマクロファージは質的にも量的にも中心的な役割を担っている。マクロファージは生体内で様々な表現型を示し、炎症性マクロファージ(M1マクロファージ)と抗炎症性マクロファージ(M2マクロファージ)という、相対する表現型のマクロファージのどちらが各種組織において優位であるかは病態を反映している。そして持続する炎症は病態を更なる悪循環へ陥れ、組織学的にも再構築を起こして元のホメオスタシスを保つことができなくなる。このような炎症の悪循環を断ち切り、組織再構築を元に戻すことは、種々の病態における治療の本質になりうると考えられる。そのためにも慢性炎症に関与する細胞におけるシグナル伝達や転写機構を解明することは病態把握と共に重要である。

例えば肥満における脂肪組織のマクロファージは、遊離脂肪酸やLPSをリガンドとしてTLR4が活性化される。マクロファージのTLR4を刺激すると多様な遺伝子がそれぞれ特有の時間経過で発現される。中でも刺激後数時間から1日の間にピークを迎える二次反応群は、その転写機構が特徴的であり、様々なヒストン修飾やクロマチン構造変換が関与している。このようなエビジェネティックな変化を起こす修飾因子は、転写因子や何らかの補因子の働きによって細胞特異的、シグナル特異的な転写調節領域に誘導されていると考えられる。マクロファージにおいて転写因子とヒストン修飾因子の関連を示した報告は少ない。そこで私は、長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)がヒストン修飾因子と結合して炎症性サイトカインの発現調節領域に誘導すると仮説を立てた。

かつては非蛋白コード転写産物の多くは細胞活動において必要のないものと考えられていたが、lncRNA自体が様々な転写調節や細胞の機能・生命維持、分化に重要な役割を担っていることが次々と報告されるようになり注目されている。そこでまずはマクロファージで発現するlncRNAを同定し、特にLPS刺激で発現が変化するものについて網羅的解析を行なった。さらに炎症性サイトカインの転写制御に関与するlncRNAを探索することを本研究の目的とした。

まずは、マクロファージのin vitroモデルとして使われている骨髄由来マクロファージとチオグリコレート誘導腹腔マクロファージを用いて、全ゲノムにおいてどれほどのノンコーディング遺伝子が発現しているかを評価した。LPS刺激前後の幾つかの条件でRNAをシーケンスし、21,915の発現する転写産物を同定した。この中にコーディング遺伝子として登録されていない200ヌクレオチド以上のlncRNAが5,318個含まれた。これらの発現量はコーディング遺伝子に比べると1桁少ない量である一方、核内により局在する傾向にあることが示された。また、マクロファージで発現するlncRNAに関しては細胞特異的な発現パターンを示し、その他の細胞種や臓器では発現が見られないものも多く見つかった。

一方、刺激依存性に発現量が変化する遺伝子群があり、骨髄由来マクロファージと腹腔マクロファージの二つの細胞系で、LPS刺激1時間の早期に発現が増加しているlncRNAが425個認められた。これらのlncRNAは刺激依存的に転写開始点近傍にp65の結合領域をもち、NFκBシグナルにより転写を制御されていることが示唆された。

lncRNAが細胞内で炎症性サイトカインの発現制御に関与していると仮定した場合、これらのlncRNAは刺激依存的に転写され、核内で機能していると考えられる。さらには、炎症性サイトカインの活発な転写が行われている領域のクロマチンは多様な高次構造を取っていると考えられ、エンハンサーなどの遠位の調節領域とプロモーターがループを形成し、複雑なネットワークを形成していると考えられている。機能的lncRNAはこのループで形成される転写の現場の大きな複合体に存在していると考え、これらのクロマチンを免疫沈降することで得られたRNAを解析することとした。マクロファージにおいて転写因子PU.1は、エンハンサー領域の中心に広く結合しており、マクロファージへの分化の過程で細胞特異的なエンハンサー領域を決定するパイオニアファクターと考えられている。抗PU.1抗体を用いたクロマチン免疫沈降により、マクロファージ特異的なエンハンサー領域を含む、広範囲のクロマチンの集合が得られたことから、この中に含まれるRNAをシーケンスした。LPS早期に発現が増加し、より核内に局在する367個のlncRNAの内、免疫沈降されなかったものを除き、残りの235のlncRNAについて一つ一つ検討していった。データベースを参考にして、コーディング遺伝子を除外し、繰り返し配列や分節重複、偽遺伝子を含んでいるものやマイクロRNA前駆体も除外した。以上により11のlncRNAを機能的lncRNAの候補として選択した。

UUO(一側尿管結紮水腎症)モデルでは、腎臓に炎症性マクロファージと抗炎症性マクロファージが誘導される。そこで、それぞれをソートしてRNAをシーケンスすることによってin vivoでもlncRNAの発現が見られることを確認した。幾つかの候補lncRNAが高い発現を示し、マクロファージのフェノタイプによる発現の差を認めた。

そこで、これら候補lncRNAを骨髄由来マクロファージにおいてアンチセンスオリゴでノックダウンして刺激後期(12時間後)の炎症性サイトカインの発現で比較することにした。あるlncRNAのノックダウンによってTnfの発現が有意に下がっていたことから、炎症性サイトカインの発現調節に関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、心血管病やメタボリックシンドロームの原因である慢性炎症において重要な役割を担っているマクロファージで発現する長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)について網羅的解析を行った。さらにLPS刺激で誘導されるlncRNAに関して、炎症性サイトカインの発現機構において機能的に働くlncRNAを探索したものであり、下記の結果を得ている。

1. マクロファージのin vitroの系として使われている、骨髄由来マクロファージとチオグリコレート誘導腹腔マクロファージでLPS刺激前後のRNAをシーケンスして、21,915個の転写産物を同定した。この中にコーディング遺伝子として登録されていない200ヌクレオチド以上のlncRNAが5,318個認められた。この内、2つの細胞系でともにLPSによって発現が増加するlncRNAが425個含まれた。

2.マクロファージで発現するlncRNAには細胞特異性があり、その他の細胞種、臓器では発現が見られないものが多い。また、より核内に局在する傾向がある点でコーディング遺伝子とは異なっていた。

3.骨髄由来マクロファージにおいて転写因子PU.1に対するクロマチン免疫沈降を行なった。マクロファージでは、PU.1がマクロファージ特異的なエンハンサー領域広範に結合しており、LPS刺激後NFκBが結合する部位はPU.1結合領域に共存していた。

4.LPS刺激後の骨髄由来マクロファージにおいてPU.1で免疫沈降を行ない、得られたクロマチンからRNAを抽出してシーケンスを行なった。LPSで発現が増加するlncRNAの一部はPU.1で免疫沈降されることから、いずれかのマクロファージ特異的なエンハンサー領域で機能している可能性が示唆された。

5.マウスの一側尿管結紮水腎症モデルを用いてin vivoの炎症性マクロファージと抗炎症性マクロファージをソーティングしてきた。これらの細胞のRNAをシーケンスすることで、上記in vitroの系で発現していたlncRNAの中にはin vivoでも高い発現を示すものがあり、フェノタイプによって発現が異なるlncRNAがあることが分かった。

6.LPSで刺激が増加するlncRNAの内、核内に偏在し、PU.1で免疫沈降されたものの中から発現量の多い11のlncRNAについてアンチセンスオリゴを用いてノックダウンを行なった。するとLPS刺激12時間後のTnfの発現が抑制されるlncRNAが見つかった。発現制御に関与していることが示唆された。

以上、本論文はマクロファージにおいてlncRNAが多数発現しており、一部が刺激依存性に発現が調節されていることを明らかにした。またこれらの網羅的解析により、発現の細胞特異性と核内局在性が示された。さらに、免疫沈降を用いて機能的lncRNAの探索を行ない、マクロファージにおいてもこれまで報告されていない新たな転写調節機構の存在が示唆された。これらの新たな知見は学位の授与に値するものと考えられた。

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