学位論文要旨



No 129364
著者(漢字) 成川,研介
著者(英字)
著者(カナ) ナルカワ,ケンスケ
標題(和) LRP16は造血細胞と白血病細胞においてDNA傷害抵抗性を増強する
標題(洋) Macro-domain containing protein LRP16 augments resistance to DNA damages in hematopoietic progenitors and leukemic cells.
報告番号 129364
報告番号 甲29364
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4097号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 講師 細谷,紀子
 東京大学 講師 滝田,順子
 東京大学 特任講師 河津,正人
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

悪性腫瘍治療において、腫瘍の根絶と治療抵抗性の解除は大きな課題でありまだ克服されていない。その突破口の手がかりとして、腫瘍の予後不良因子は重要な位置を占める。中でも、高発現を特徴とする遺伝子の制御機構の解明は分子標的治療の手がかりとして有用性が高い。LRP16(leukemia related protein 16)は、MacroH2A1.1を始めとしたマクロドメインファミリーに属し、大腸がん、胃がん、乳がん、前立腺がん、白血病に高発現し、患者予後を規定することが知られている。白血病においては、細胞株でLRP16過剰発現の増殖促進作用が報告されているだけで、詳細な解析はなされていない。

私はこの研究で、造血細胞および白血病におけるLRP16の機能を細胞株により詳細に解析した。レトロウイルスによる遺伝子導入法を用いて、LRP16過剰発現及び発現抑制を行い、造血前駆細胞株に対してLRP16過剰発現がAra-C感受性、放射線感受性を減弱させること、LRP16発現抑制によりAra-C感受性が増強することを明らかにした。また、リンパ腫/白血病細胞株に対して、LRP16発現抑制が細胞増殖抑制及びAra-C感受性増強を認めた。これよりLRP16発現抑制の白血病への効果が推測される。

【材料および方法】

LRP16クローニング

野生型マウス骨髄細胞から、c-kit陽性細胞(造血前駆細胞)をAUTO MACSにてソートしたのち、RNA抽出・逆転写反応を行い作製した前駆細胞cDNAより、PCRにてマウスLRP16 cDNAをクローニングした。

レトロウイルスベクターとその感染方法

LRP16 cDNAをpGCDNsam-IRES-GFP レトロウイルスベクターに挿入した。このベクターをPLAT-Eパッケージング細胞にトランスフェクションしてレトロウイルスを産生させた。レトロネクチンにより培養皿にレトロウイルスを張り付け、血球細胞株を添加してレトロウイルスの感染つまり遺伝子導入を行った。

LRP16ノックダウンベクターの作成と感染方法

LRP16を標的としたショートヘアピンRNA(sh RNA)を作製し、pSiren ZsGreen レトロウイルスベクターに挿入、PLAT-Eパッケージング細胞にトランスフェクションしてレトロウイルスを産生させた。細胞株へのshRNA導入は上記と同じくレトロネクチンを用いて行い、shLRP16細胞株を作製した。

定量PCR

LRP16もしくはshLRP16を導入した各種細胞株からRNA抽出と逆転写反応を行い、各細胞由来cDNAを作製した。そのcDNAよりLight Cyclerを用いて定量PCRを行い、各遺伝子発現量を算出した。

【結果】

造血細胞におけるLRP16の発現様式

血球細胞におけるLRP16発現様式を明らかにするため、未分化血球から分化血球まで各分化段階でのLRP16遺伝子発現を定量PCRで解析し、未分化な造血幹/前駆細胞から骨髄球系、リンパ球系と分化した血球まで広く発現が認められた。

LRP16過剰発現 Ba/F3の表現型

マウスB前駆細胞由来細胞株Ba/F3にレトロウイルスを用いてLRP16遺伝子を導入した。LRP16過剰発現Ba/F3は正常対照Ba/F3と同様のIL-3依存性の細胞増殖を認めた。次に、抗がん剤(Ara-C、VP-16)添加や放射線照射を同様の系に行い、LRP16過剰発現群でAra-C抵抗性および放射線抵抗性の細胞増殖を認めた。(図1A(a)-(c))この特徴は、Annexin V陽性細胞の減少からLRP16高発現による抗アポトーシス作用と考えられた。(図1B)

LRP16発現抑制によるAra-C感受性増強効果

前述のデータからリンパ球系細胞でLRP16発現が高いため、Ba/F3での内因性LRP16の抑制効果を検証した。LRP16発現抑制Ba/F3は定常状態において正常対照と同様の細胞増殖を認めたが、Ara-C添加による明らかな増殖抑制を認めた。(図2A(a)(b))これは、Annexin V陽性細胞の増加、Bcl2の発現低下、Bclxl、Rad54、Xrcc2の発現低下傾向で特徴づけられ(図2B)、LRP16発現抑制によるアポトーシス亢進作用と考えられた。

L5178Y細胞におけるLRP16発現抑制の細胞増殖抑制効果

LRP16発現抑制の白血病に対する効果を検証するため、複数マウス白血病細胞株におけるLRP16発現を測定し、マウスリンパ腫/白血病細胞株L5178YがLRP16高発現株であることを明らかにした。そこで、LRP16発現抑制L5178Yを作製し、定常状態での増殖抑制を認めた。Ara-C添加においても増殖抑制効果は明らかであった。(図3)

【考察】

今回、私はLRP16遺伝子が造血細胞増殖に及ぼす影響を造血前駆細胞株、白血病細胞株で検証した。LRP16高発現がAra-C、放射線抵抗性を付与し、発現抑制が細胞増殖抑制とAra-C感受性増強に作用することを明らかにし、アポトーシス経路及びDNA修復経路の関与が示唆された。特にリンパ腫/白血病細胞株L5178Yにおいては、細胞増殖とAra-C感受性双方にLRP16が関与することを明らかにした。

この結果より、LRP16高発現腫瘍に対して、既存の抗がん剤治療とLRP16発現抑制の組み合わせが奏功することが考えられる。また、白血病や固形腫瘍でのLRP16発現が正常血球より明らかに高いことから、その発現抑制による血液毒性も低いことが予想される。マクロドメインはポリADPリボースと協調してDNA傷害の修復、転写制御に関与するとされているが、未解明な部分が多い。LRP16では、前立腺がんにおけるアントロゲン受容体、乳がんにおけるエストロゲン受容体の転写制御でのコファクターであり、発現細胞特異的なパートナーとの協調が重要である可能性が高い。白血病(特にリンパ球系)におけるパートナーを同定することはLRP16高発現の解除につながると考えられる。

図1A LRP16過剰発現Ba1F3の細胞数

(a)細胞数はmockとLRP16過剰発現Ba/F3との間で差を認めない(n=3)。

(b)LRP16過剰発現Ba/F3はAra-C抵抗性を示す(n=3)。

(c)LRP16過剰発現Ba/F3は放射線抵抗性を示す(n=3)。

図1B Ara-C添加、放射線照射時のLRP16過剰発現Ba/F3における死細胞の比率

Ara-c添加、放射線照射後のアボトーシス、ネクローシスした細胞の比率はLRP16過剰発現Ba/F3で有意に少ない(n=3)。

図2A LRP16発現抑制Ba/F3の細胞数

(a)細胞数はcontrolとLRP16発現抑制Ba/F3との間で差を認めない(n=3)。

(b)LRP16発現抑制Ba/F3のAra-Cに対する感受性が有意に上昇する(n=3)。

図2B LRP16発現抑制Ba/F3の遺伝子発現

LRP16発現抑制Ba/F3ではBcl2の発現が有意に低下し、DNA修復遺伝子の発現が抑制される傾向にある(n=3)。

図3 LRP16発現抑制L5178Yの細胞数

(a)LRP16発現抑制L5178Yでは細胞増殖力1抑制される傾向がある(n=3)

(b)LRP16発現抑制L5178YのAra-Cに対する感受性が有意に上昇する(n=3)。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、造血器腫瘍をはじめとした悪性腫瘍において、高発現と患者予後が相関する遺伝子であるLRP16(leukemia related protein 16)の機能をレトロウイルスによる遺伝子導入法を用いて解析し、LRP16遺伝子発現の抗がん剤および放射線感受性への関与を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

1.マウス骨髄において、未分化血球から分化血球まで各分化段階でのLRP16遺伝子発現を定量PCRにて解析した。その結果、未分化な造血幹/前駆細胞から骨髄球系、リンパ球系と分化した血球まで広く発現が認められることが示された。

2.造血細胞においてLRP16を強制発現した時の表現型を解析するため、マウスB前駆細胞由来細胞株であるBa/F3にレトロウイルスを用いてLRP16遺伝子を導入し、抗がん剤(Ara-C、VP-16)添加や放射線照射を行ったところ、LRP16過剰発現群でAra-C抵抗性および放射線抵抗性の細胞増殖を認め、Annexin V陽性細胞の減少からLRP16高発現による抗アポトーシス作用が示された。

3.造血細胞においてLRP16を発現抑制した時の表現型を解析するため、shRNAを用いてBa/F3におけるLRP16発現抑制効果を解析した。その結果、LRP16発現抑制Ba/F3は定常状態において正常対照と同様の細胞増殖を認めたが、Ara-C存在下では明らかな増殖抑制を認めた。これは、Annexin V陽性細胞の増加、Bcl2の発現低下、Bclxl、Rad54、Xrcc2の発現低下傾向で特徴づけられLRP16発現抑制によりアポトーシス亢進作用があることが示された。

4.LRP16発現抑制の造血器腫瘍に対する効果を検証するため、LRP16高発現マウスリンパ腫/白血病細胞株であるL5178YのLRP16発現抑制効果を検証した。その結果、LRP16発現抑制L5178Yは定常状態において細胞増殖抑制作用があり、Ara-C添加においても増殖抑制効果があることが示された。

以上、本論文はLRP16遺伝子が造血細胞増殖に及ぼす影響を造血前駆細胞株、白血病細胞株で検証した結果、LRP16高発現がAra-C、放射線抵抗性を付与し、発現抑制が細胞増殖抑制とAra-C感受性増強に作用することを明らかにし、アポトーシス経路及びDNA修復経路の関与が示唆された。特にリンパ腫/白血病細胞株L5178Yにおいては、細胞増殖とAra-C感受性双方にLRP16が関与することを明らかにした。

本研究の結果から、LRP16高発現腫瘍に対して、既存の抗がん剤治療とLRP16発現抑制の組み合わせが奏功することが予想され、難治性の造血器腫瘍の治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク