学位論文要旨



No 129366
著者(漢字) 藤永,秀剛
著者(英字)
著者(カナ) フジナガ,ヒデタカ
標題(和) C型肝炎ウイルス感染に伴う脂質代謝異常・電子伝達系障害に対するフルバスタチンの作用
標題(洋)
報告番号 129366
報告番号 甲29366
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4099号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 准教授 長谷川,潔
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

C型肝炎は本邦で170万~200万人の罹病者がおり,世界では1億3000万~1億7000万人(全人口の約2.2~3%)が感染していると推計されている。慢性肝炎が持続すると,無治療では10年以上の経過で肝硬変に進展する.肝硬変に至ると年率7~8%で肝細胞癌を発症する.肝がんによる死亡は年間3万人以上で,そのうちHCV関連はいまだ7割を占めている。

HCVはプラス一本鎖のRNAウイルスである.構造蛋白と非構造蛋白に大別され,前者にはコア蛋白,E1/E2エンベロープ蛋白があり,後者にはNS2蛋白,NS3-4A蛋白,NS4B蛋白,NS5A蛋白,NS5B蛋白などが含まれる.このうちトランスジェニックマウスを用いた検討では,コア蛋白発現マウスではヒト臨床と同様のインスリン抵抗性,脂肪肝,脂質代謝異常がみられるとともに,肝炎・肝線維化を伴わず肝発癌が得られた.

HCV感染と糖代謝異常の関連が知られている.日本人HCV感染者とB型肝炎ウイルス(HBV)感染者との比較でも,有意にHCV感染者で糖代謝異常が多いことが同様に示されている。HCV コア蛋白発現マウスでの検討で,肝脂肪化をきたす以前からインスリン抵抗性が存在することが示された。

C型肝炎は,慢性肝疾患の中でB型肝炎や自己免疫性肝炎に比べても,脂肪肝の合併が多い。C型慢性肝炎患者の肝組織は,リンパ濾胞形成や胆管障害,肝脂肪化が多く認められた。HCV コア蛋白発現マウスで,この肝脂肪化が再現され,著明な炎症を伴わないまま肝癌も発生することが示された.質的変化,すなわち不飽和脂肪酸のオレイン酸(C18:1)が有意に増加していることが,このマウスモデルでもヒトでも同様に明らかとなった.肝脂肪化の機序として,ひとつにはVLDL分泌低下があげられる.肝臓ではアセチルCoAからHMG-CoAを経て,メバロン酸が合成され,コレステロールに至る.このコレステロールは主にVLDLとして血中に放出される.HCV感染者では血中コレステロールが低下しており,アポリポ蛋白もapoB(VLDL,LDL修飾),apoCII(VLDL修飾),apoCIII(VLDL修飾)の減少が認められた.またVLDL形成に必要なMTP(microsomal triglyceride transfer protein)活性の低下も示された。脂肪化をきたす他の機序としては,脂肪酸の合成亢進と消費低下がある.HCV コア蛋白はSREBP-1c(sterol regulatory element binding protein-1c),SCD-1(stearoyl-CoA desaturase-1)の発現を増加させ,脂肪酸合成および不飽和化を促進する.これが前述のように不飽和脂肪酸であるオレイン酸の比率を高める.HCV コア蛋白はミトコンドリア電子伝達系を障害し,NADH/NAD+比を上昇させ,脂肪酸β酸化を抑制する.

以前からC型慢性肝炎では酸化ストレスが病態に深く関与していることが報告されてきた.HCV コア蛋白発現マウスで炎症を伴わないまま過酸化物質増加と抗酸化系の活性化がみられており,酸化ストレスの亢進が示唆された.また,ミトコンドリア電子伝達系,複合体Iの障害が明らかとなった

C型肝炎の治療は,2011年11月からペグインターフェロン、リバビリン、プロテアーゼ阻害剤テラプレビルとの3剤併用療法も可能となった.治療効果がめざましく向上した反面,急性腎不全や重症皮疹など様々な副作用もみられるようになり,より副作用の少ない治療法の工夫も求められている.HMG-CoA還元酵素阻害薬であるスタチン系薬剤は臨床用量での単独使用ではウイルス減少効果はないものの,インターフェロン(IFN)との併用で治療成績を上昇させることが知られており,レプリコンを用いたin vitroの検討でもIFNの抗ウイルス効果を増強することが示されている.フルバスタチンを用いた臨床試験もおこなわれてきた。

スタチンは血中LDLコレステロールを強力に低下させ,脂質異常症の治療薬,心血管イベント予防手段として有効性が確立されている。前述のIFN治療の効果増強は,一般にはHCVの複製の場であるlipid dropletを縮小させること,ウイルスゲノム複製に関与するFBL2(F-box/LRR-repeat protein 2)のゲラニルゲラニル化をスタチンが抑制することなどの機序が考えられている.スタチンの脂肪肝への影響については,評価が一定していない.生活習慣病の臨床において,スタチンは一般的にMTP抑制により脂肪肝を増悪させると考えられている.心血管イベント抑制についての臨床試験で,スタチンは非アルコール性脂肪性肝疾患の患者の肝機能異常を有意に改善するという結果が示された。

【目的】

HCV感染に起因する脂質代謝異常・電子伝達系障害に対するフルバスタチンの作用機序について,コア蛋白発現マウスおよびレプリコン細胞で検討した.

【方法】

マウス:我々の研究室で,HBV由来の発現制御領域とポリA付加シグナルの間にHCV-1b型の遺伝子(約0.6kb)を配置し,C57BL/6Nマウスの受精卵に遺伝子挿入した.今回の検討には,既に確立した系統のマウスを用いた.NTgのフルバスタチン非投与群(NTg-N)5匹,同投与群(NTg-FLV)8匹,CoreTgの同非投与群(CoreTg-N)6匹,同投与群(CoreTg-FLV)6匹で検討した.

培養細胞:HCVのfull genome repliconであるRCYM1細胞を用いた.対照群としてはIFNαでHCVを排除したcure細胞を用いた。

【結果】

マウスの体重,肝重量,体重あたりの肝重量は,いずれの群でも有意差は認めなかった.血中コレステロールは群間で有意差なく,血中トリグリセライドはNTg,Tgともにフルバスタチン投与群で有意に低下していた.HOMA-RはNTg-Nに比べCoreTg-Nで有意に高値だった.

CoreTgでは中心静脈周囲に脂肪蓄積を認め,フルバスタチン投与によりこの程度は軽減していた.肝トリグリセライド量は,CoreTgにおいてフルバスタチンで有意に減少していた.また不飽和脂肪酸についても,オレイン酸/ステアリン酸比およびパルミトレイン酸/パルミチン酸比はCoreTg-FLVはCoreTg-Nに比べ有意に低下し改善していた.

フルバスタチン投与により,コレステロール合成の律速酵素であるHMGCRの蛋白発現は抑制され,mRNAは発現上昇した.CoreTgではLDLRの蛋白発現が増強した.CoreTgではフルバスタチンにより脂肪酸合成(fatty acid synthase, FAS)が抑制され,トリグリセライド合成(diacylglycerol acyltransferase 1, DGAT1)の発現も低下し,肝内トリグリセライド量の減少と合致していた.またCoreTgでは不飽和化(SCD1)の蛋白発現・mRNAレベルともフルバスタチンにより抑制され,不飽和脂肪酸の比率の低下と合致した.一方でリン脂質合成に関わるGPAM(glycerol-3-phosphate acyltransferase, mitochondrial)は,CoreTgにおいてフルバスタチンにより発現が増強し,カルジオリピン合成(cardiolipin synthase 1, CRLS1)も同様に発現増強した.

電子伝達系に関しては,複合体Iでは,NDUFS3(NADH dehydrogenase [ubiquinone] iron-sulfur protein 3)はCoreTgにおいてフルバスタチンにより蛋白発現が増強した.複合体IIでは,SDHA(succinate dehydrogenase complex, subunit A),SDHBの蛋白発現に変動はみられなかった.複合体IIIでは,UQCRFS1(ubiquinol-cytochrome c reductase, Rieske iron-sulfur polypeptide 1)の蛋白発現が,NTgおよびCoreTgともにフルバスタチンにより増強し,CoreTgではmRNAレベルも同様に上昇した.複合体IVでは,COX4(cytochrome c oxidase 4),COX5A,COX5Bの蛋白発現が増強した.培養細胞を用いた検討でも,フルバスタチンによる電子伝達系の発現回復がみられた.

主要かつ重要なカルジオリピンである(C18:2)4-cardiolipinは,CoreTgとNTgでは同等程度と考えられた.有意差は得られなかったが,フルバスタチン投与によりCoreTgでは(C18:2)4-cardiolipin量が増加する可能性が示唆された.

ミトコンドリア形態については、NTg-Nはミトコンドリア二重膜とクリステの構造が明瞭だった.NTg-FLVでは形態が悪化した.CoreTg-Nはミトコンドリア膜,クリステともきわめて不明瞭だった.CoreTg-FLVはミトコンドリア膜の連続性が保たれ,クリステも一部が整った構造であった.

【考察】

フルバスタチン投与により,リン脂質のカルジオリピン合成系の発現が上昇した.カルジオリピンはミトコンドリアに特異的に存在し,ミトコンドリア内膜やクリステ構造の構成に必要なリン脂質である.カルジオリピンは電子伝達系の複合体I,III,IVと結合し,これらの活性を維持しているとともに,超複合体I1III2IV1を安定化させてエネルギー産生を保っている。今回の検討ではカルジオリピン定量での有意差はみられなかったが,フルバスタチンによりCRLS1(de novo合成経路),PLA2(リモデリング経路)のいずれもが発現上昇していた.ミトコンドリア形態と電子伝達系障害の改善はカルジオリピン量および質(組成)と関連する可能性がある.

これらの機序としては,CoreTgではミトコンドリアの過剰なコレステロールが酸化ストレス増加,カルジオリピンの過酸化を経てミトコンドリア障害を来しているとの仮定の下,フルバスタチンがコレステロール合成抑制および抗酸化作用により上記を改善している可能性が考えられた.一方でNTgでは高用量のフルバスタチンによりミトコンドリアのコレステロール欠乏から膜の脆弱性,電子伝達系の障害,酸化ストレス増加を生じている可能性も考えられた.いずれもさらなる検討が必要である.

【結語】

HCV感染に伴う脂質代謝異常・電子伝達系障害は,フルバスタチンにより改善が得られた.これらの知見は,いまだ難治例や治療困難例の多いC型肝炎の治療法の進歩に寄与することにとどまらず,今後ますます重要となるであろう非アルコール性脂肪性肝炎に代表される代謝性肝疾患の病態解明や治療法の開発に大きく貢献することが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本研究はC型肝炎ウイルス(HCV)感染に伴う脂質代謝異常や電子伝達系障害などの代謝障害に対する、コレステロール代謝異常治療薬であるHMG-CoA還元酵素阻害薬フルバスタチンの作用を明らかにするため、HCVコア蛋白発現マウス(CoreTg)とHCVレプリコン細胞を用いた検討であり、下記の結果を得ている。

1.CoreTgは脂肪肝を呈し、その組成は不飽和脂肪酸の比率が増加していることが知られている。フルバスタチンは、CoreTgの脂肪肝を有意に改善させた。また脂肪酸鎖の組成も、オレイン酸/ステアリン酸比、パルミトレイン酸/パルミチン酸比を有意に低下させ改善させた。

2.フルバスタチンはコレステロール合成の律速酵素であるHMG-CoA還元酵素を阻害する。今回の検討でもHMG-CoA還元酵素の発現が抑制された。一方で、脂肪酸合成(fatty acid synthase)、トリグリセライド合成(diacylglycerol acyltransferase)、不飽和化(stearyol-CoA desaturase)など、CoreTgで亢進する各発現も抑制した。

3.CoreTgではミトコンドリア障害、電子伝達系の機能低下が知られている。フルバスタチンは電子伝達系の複合体I~IVの各構成蛋白(NADH dehydrogenase [ubiquinone] alpha subcomplex, 9、ubiquinol-cytochrome c reduatase, Rieske iron-sulfur polypeptide 1、cytochrome c oxidase 4など)の発現を増強させた。

4.CoreTgではミトコンドリア形態(電顕像、二重膜の不明瞭化、クリステ消失など)の傷害が知られている。CoreTgにおいてフルバスタチンはミトコンドリア形態を良好に保った。

5.ミトコンドリアの重要な構成脂質としてカルジオリピンが知られている。CoreTgではカルジオリピンの合成系(cardiolipin synthase)、リモデリング経路(phospholipase A2, group 6)がフルバスタチンにより亢進し、組成変化が示唆された。

6.CoreTgでは酸化ストレスが亢進しており、これに対応して抗酸化系システムの亢進も知られている。フルバスタチン投与により抗酸化系(manganese superoxide dismutase、glutathione peroxidase 4)の亢進が見られなくなり、酸化ストレスの減弱が示唆された。

7.対照群の通常マウスでは、フルバスタチン(臨床用量の8~10倍)により、むしろミトコンドリア形態悪化、カルジオリピン組成の悪化など、異なる結果が得られた。もともと代謝異常のあるHCV感染と非感染状態とではフルバスタチンの作用が異なる可能性が示唆された。

8.上記1~6の改善効果は、ヒト肝癌由来の培養細胞系、HCV感染モデルであるレプリコン細胞でも同様の変化が見られた。

以上、本論文はHCV感染においてフルバスタチンが脂質代謝異常と電子伝達系障害を改善することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、HCV感染に対するフルバスタチンの代謝面の作用の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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