学位論文要旨



No 129367
著者(漢字) 堀,倫子
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,ミチコ
標題(和) 線維芽細胞増殖因子 (fibroblast growth factor) 23の発現調節に関する検討
標題(洋)
報告番号 129367
報告番号 甲29367
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4100号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 講師 花房,規男
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 特任准教授 榎本,裕
内容要旨 要旨を表示する

A.背景

線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor : FGF)23は、骨により産生され、リン、ビタミンD代謝調節を担う液性因子である。FGF23は常染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症(ADHR)の原因遺伝子として同定され、ほぼ同時期に腫瘍性くる病/骨軟化症(TIO)の低リン血症惹起液性因子であることも報告された。FGF23の主な標的器官は腎臓で、近位尿細管での2a、2c型ナトリウム-リン共輸送体の発現抑制と、25-水酸化ビタミンD-1α-水酸化酵素の発現低下などによる血中1,25-水酸化ビタミンD [1,25(OH)2D]濃度の低下を介し、血中リン濃度を低下させる。一方、FGF23を恒常的に発現している細胞株が存在しないため、FGF23の産生調節機構に関しては不明な点が多く残されている。FGF23は1,25(OH)2D を低下させ、1,25(OH)2D によってFGF23の産生が増加することが報告されている。またFGF23は血中リン濃度を低下させる一方、マウスやヒトでリンの負荷により血中FGF23が増加する。従ってリンによってもFGF23の産生が正に制御されると予想されているが、現在のところリンが直接FGF23発現を変化させることを見いだした報告はない。またFGF23は、主に腎臓に作用し血中リン濃度を調節しているが、腎からのリン排泄が障害される慢性腎臓病(CKD)、特に透析患者においては、FGF23が高値となることが知られている。しかしこのCKD患者におけるFGF23高値の原因についても、必ずしも明らかではない。

B.目的

リンによるFGF23産生調節は、in vivoでの報告から正に制御されると予想されるが、生理的なFGF23産生部位である骨由来の細胞、あるいは骨芽細胞系細胞においてリンが直接FGF23発現を変化させることを見いだした報告はない。そこで、慢性腎臓病患者の血中FGF23濃度規定因子とともに、骨芽細胞系細胞におけるリンによるFGF23産生調節機構の有無を明らかにすることを目的とした。

C.方法

1.腹膜透析患者におけるFGF23の評価

2011年10月から2012年1月にかけて当院腎臓・内分泌内科の外来で腹膜機能評価を行った44名の血清を検体とし、血清FGF23値を測定した。また、同血清よりリン、アルブミン、カルシウム、アルカリフォスファターゼ(ALP)、骨型アルカリフォスファターゼ(BAP)、インタクトPTH、TRACP-5bを測定した。これらの値と、年齢、性別、血圧、体重、尿量、残腎機能・腹膜機能の指標のうち、FGF23値と有意な相関があった項目を独立変数として重回帰分析をおこなった。

2.1, 25(OH)2D3、リンによるFGF23 mRNA発現調節の検討

ラット骨肉腫細胞由来株であるUMR-106をそれぞれ1,25 (OH)2D3、リンで刺激し、細胞溶解液中のFGF23 mRNA量をrealtime PCR法により定量した。

3.1,25 (OH)2D3、リンによるラットFGF23プロモーター活性の変化

ラットFGF23のプロモーター領域の塩基配列を -500, -1000, -2500, -3500bpの4種類の長さでルシフェラーゼベクターであるPGL3basicにサブクローニングすることで、ラットFGF23プロモーターベクターを作成した。これをUMR-106にトランスフェクトし、それぞれ1,25 (OH)2D3、リンで刺激し、細胞溶解液を用いてluciferase reporter assayによりプロモーター活性を定量した。

4.1, 25 (OH) 2D3、リンによるFGF23 mRNA崩壊速度への影響

UMR-106をそれぞれ1,25 (OH)2D3、リンで刺激し、培養後にmRNA合成阻害剤であるactinomycin Dを添加した。0, 1, 2, 4時間後の細胞溶解液中のFGF23 mRNA量をrealtime PCR法により定量し、片対数グラフに経時的にプロットすることで、mRNAの半減期を求めた。

5.リンによる細胞内活性酸素の定量

UMR-106をリンで刺激し、NBT法により細胞内活性酸素量(ROS)を定量した。

6.リンと活性酸素合成阻害剤

UMR-106をリンで刺激し、活性酸素合成阻害剤であるApocynin、Oxypurinol、Rotenoneをそれぞれ添加し、細胞溶解液中のFGF23 mRNA量をrealtime PCR法により定量した。

7.H2O2によるFGF23発現調節の検討

UMR-106をH2O2で刺激し、細胞溶解液中のFGF23 mRNA量をrealtime PCR法により定量した。

8.H2O2によるラットFGF23プロモーター活性の変化

実験3で用いたラットFGF23プロモーターベクターをUMR-106にトランスフェクトし、H2O2で刺激した。細胞溶解液を用いてluciferase reporter assayによりプロモーター活性を定量した。

D.結果

1.腹膜透析患者におけるFGF23の評価

単回帰解析では透析期間、体重、血圧、透析方法、血清リン値、血清クレアチニン値 (Cre)、骨型ALP、腎尿素Kt/V/週、総尿素Kt/V/週、腎クレアチニンクリアランス、総クレアチニンクリアランスがFGF23と有意な相関を認めた。特に、リンに関しては相関係数0.672と最も強い相関を認めた。FGF23と有意な単相関を認めたこれらの変数を独立変数として変数増減法による重回帰分析を行った。標準偏回帰係数から、FGF23値に対する影響は骨型ALP、透析方法、P、Creの順に高いという結果が得られた。

2.1, 25(OH)2D3、リンによるFGF23 mRNA発現調節の検討

FGF23 mRNA量は、1,25 (OH)2 D3 濃度依存性に増加し、1,25(OH)2D3 100 nM添加群では、0.1 nM添加群と比較してFGF23 mRNA量は3000倍以上に増加した。また、P 5 mM添加群では、P添加72時間後よりFGF23 mRNA量が増加し、0時間後と比較して72時間、96時間後で増加は有意であった。96時間後のFGF23 mRNA量の増加はPの濃度依存性であり、P 3 mM添加群、P 5 mM添加群では、P非添加群と比較してFGF23 mRNA量の増加は有意であった。

3.1,25 (OH)2D3、リンによるラットFGF23プロモーター活性の変化

1,25 (OH)2D3添加群では、-500 bpでコントロールのルシフェラーゼベクターPGL3 basicの4.65倍と最も強い活性を呈し、1,25 (OH)2D3非添加群と比較すると、-500 bpで約2.4倍に上昇していた。P 5 mM添加群でも1,25 (OH)2D3同様、-500 bpで最も強い活性を示した。P非添加群と比較すると、-500 bpで約1.7倍、-1000 bpで約1.3倍であり、P 5 mM添加群でのプロモーター活性の上昇は有意であった。また、この-500 bpでのプロモーター活性は、P 1, 3, 5 mMで濃度依存性に上昇し、P非添加群と比較して、P 3 mM添加群、P 5 mM添加群では有意であった。

4.1, 25 (OH) 2D3、リンによるFGF23 mRNA崩壊速度への影響

1,25 (OH)2D3 1 nM添加群ではFGF23 mRNAの半減期は1.37 時間であったのに対し、100 nM添加群では半減期は2.35時間であり、1,25 (OH)2D3濃度の上昇により、FGF23 mRNAの半減期が有意に延長した。一方、P 5 mM添加群では、崩壊速度、半減期ともにP非添加群との間に有意差を認めなかった。

5.リンによる細胞内活性酸素の定量

P 5 mM添加群で細胞内ROS活性は有意に上昇した。

6.リンと活性酸素合成阻害剤

P 5 mM添加群ではP非添加群と比較してFGF23 mRNA量は有意に増加し、この増加はNADPH oxidase (NOX)阻害剤であるapocynin 500 μMで有意に抑制された。P非添加群では、apocyninの負荷によるFGF23 mRNA量の低下を認めなかった。一方P 5 mMにxanthine oxidase阻害剤であるoxypurinol 10 μMやミトコンドリア電子伝達系阻害剤のrotenone 1 μMを添加した群では、P 5 mMのみの群と比較して、FGF23 mRNA量の有意な低下を認めなかった。

7.H2O2によるFGF23発現調節の検討

H2O2 100 μM添加群では、24時間後よりFGF23 mRNA量の増加を認め、48時間後に最多となった。48時間後のFGF23 mRNA量の増加はH2O2の濃度依存性であり、H2O2 100 μM添加群では、H2O2 非添加群と比較して、有意に上昇した。

8.H2O2によるラットFGF23プロモーター活性の変化

H2O2 非添加では実験3同様、-500 bpで最も強い活性を示した。H2O2 非添加群と比較すると、約20%活性が上昇しており、有意であった。

E.考察

FGF23は血清リン、ビタミンD代謝を担う液性因子であるが、FGF23の産生調節機構に関しては不明な点が多く残されている。FGF23は1,25(OH)2D 濃度を低下させ、1,25(OH)2D はFGF23を上昇させるというフィードバック機構が存在する。今回の検討で、UMR-106を1,25(OH)2D3で刺激すると濃度依存性にFGF23 mRNA量が増加したが、この増加はプロモーター活性の上昇と、mRNA崩壊の遅延の両者によるものと考えられた。一方UMR-106にリンを負荷すると、FGF23 mRNAが上昇し、FGF23プロモーター活性も上昇するという結果が得られ、リンが直接FGF23発現を促進させることが示された。リンとROSに関する報告が数多くあり、リンの負荷で細胞内ROS活性が上昇したことからH2O2で同様の実験を行ったところ、FGF23遺伝子の転写が活性化され、ラットFGF23プロモーター活性も上昇した。またリンによるFGF23 mRNAの増加はapocyninの同時添加により抑制されたことから、Noxを介するものと考えられた。以上の結果から、リンによるFGF23の発現調節に活性酸素が介在している可能性が示唆された。リンが細胞内でどのようにNoxに作用するのか、H2O2がFGF23転写調節する機序については、今後検討が必要である。

F.結語

今回の検討により、リンは骨芽細胞系細胞に作用し、FGF23の転写促進を介してFGF23発現を促進することが示された。さらに、リンによるFGF23発現調節には酸化ストレスが介在する可能性が示された。CKD患者において血中リン濃度とFGF23に相関が認められることから、CKD患者のFGF23濃度上昇の少なくとも一部は、リンによるFGF23発現変化によるものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

線維芽細胞増殖因子23(fibroblast growth factor 23: FGF23)は、骨細胞で産生され、主に腎臓に作用し体内のリン代謝を調節するホルモンである。ビタミンD受容体(vitamin D receptor: VDR)の刺激によりFGF23遺伝子の転写が促進されることは知られているが、骨細胞におけるFGF23の産生調節には、不明な点が多く残されている。FGF23は血中リン濃度を低下させるが、リンによるFGF23の産生調節に関してはこれまでのところin vivoでの報告に留まっている。本研究は、慢性腎臓病患者の血中FGF23濃度規定因子を検討するとともにラット骨芽細胞様細胞株UMR-106を用い、リンによるFGF23産生調節機構に関して検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.腹膜透析患者におけるFGF23の濃度規定因子の検討では、単回帰解析で透析期間、体重、血圧、透析方法、血清リン値、血清クレアチニン値 (Cre)、骨型ALP、腎尿素Kt/V/週、総尿素Kt/V/週、腎クレアチニンクリアランス、総クレアチニンクリアランスとFGF23との間に有意な相関が認められた。特に、リンに関しては相関係数0.672と、最も強い相関を認めた。FGF23と有意な単相関を認めたこれらの変数を独立変数とした変数増減法による重回帰分析では、FGF23値に対する影響は骨型ALP、透析方法、リン、Creの順に高いという結果が得られた。

2.1, 25(OH)2D3によるFGF23 mRNA発現調節の検討では、UMR-106のFGF23 mRNA量は1,25 (OH)2 D3 濃度依存性に増加した。ラットFGF23遺伝子-500 bpまでの領域をサブクローニングしたベクターを用いてFGF23プロモーター活性を定量すると、1,25 (OH)2 D3添加群では非添加群の1.5倍に有意に上昇した。また、FGF23 mRNAの安定性に関しては1,25 (OH)2D3 100 nM添加群では1 nM添加群と比較し、mRNAの半減期が約2倍に有意に延長した。以上の結果から、1, 25(OH)2D3によるFGF23 mRNA発現増加は、転写促進とmRNA安定性の向上の両者によるという結果が得られた。

3.リンによるFGF23 mRNA発現調節の検討でも、UMR-106のFGF23 mRNA量はリン濃度依存性に増加した。-500 bpまでの領域をサブクローニングしたベクターを用いてラットFGF23プロモーター活性を定量すると、リン 5 mM添加群は非添加群と比較して約1.7倍と有意に活性が上昇した。しかし、FGF23 mRNAの安定性はリン添加の有無で変化はなく、リンによるFGF23 mRNA発現増加は転写促進のみによるという結果が得られた。

4.リンにより活性化される細胞内シグナル伝達には様々なものがあるが、その一つとして活性酸素が関与するとの報告がある。リンによるFGF23 mRNA発現調節が活性酸素を介しているか検討するため、まずはH2O2によるFGF23発現調節の有無を検討した。UMR-106にH2O2を添加すると、H2O2濃度依存性にFGF23 mRNA量は増加した。また、リンの添加により、UMR-106の細胞内活性酸素量は有意に増加し、活性酸素合成阻害剤の1つであるapocyninの添加で、リンによるFGF23 mRNA発現の増加は有意に抑制された。従って、リンによるFGF23 mRNA発現調節の少なくとも一部は、活性酸素を介していることが示された。

以上、本論文により、リンが骨芽細胞系細胞に作用し、FGF23の転写促進を介してFGF23発現を促進することが示された。さらに、リンによるFGF23発現調節には酸化ストレスが介在する可能性が示された。CKD患者において血中リン濃度とFGF23に相関が認められることから、CKD患者でのFGF23上昇の少なくとも一部は、血中リン濃度の上昇を介することが明らかとなった。本研究の結果は、CKD患者でのFGF23関連有害事象の発症機序や予防法の解明に繋がる可能性があり、学位の授与に値するものと考えられる。

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