学位論文要旨



No 129368
著者(漢字) 本田,謙次郎
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,ケンジロウ
標題(和) 遺伝子解析によるネフローゼ症候群の病因解明
標題(洋)
報告番号 129368
報告番号 甲29368
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4101号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 准教授 榎本,裕
内容要旨 要旨を表示する

近年,岡本らはネフローゼ症候群患者における全ゲノム関連解析(genome-wide association study, GWAS)において,rs16946160,rs11086243の一塩基多型(single nucleotide polymorphism, SNP)がその発症に関与していることを報告した.前者はGPC5上にあってglypican 5の発現に関与していること,glypican 5が蛋白尿発症や腎糸球体上皮細胞障害に寄与することを示されている.一方,後者はSULF2遺伝子とPREX1遺伝子の間,SULF2遺伝子の約400kbもの上流,PREX1遺伝子の約700kbもの下流に存在し,蛋白尿発症における機能的意義は明らかにされていない.私はrs11086243のgenotypeがSULF2の発現を制御することをまず確認した.GWASの結果とあわせるとSULF2の低発現がネフローゼ症候群発症のriskとなっていたことから,SULF2が蛋白尿発症に保護的に働くことで病態に関与しているという仮説を立てた.

さて,SULF1やSULF2といった細胞外で働くスルファターゼは,細胞接着や増殖因子の受容体として機能する細胞表面型のへパラン硫酸プロテオグリカン糖鎖の硫酸化パターンを調節することで,細胞の増殖や分化と運動の制御に関与している.また,SULFの下流にあるシグナルとしては,Wnt,骨形成因子(Bone morphogenetic protein, BMP), グリア細胞由来神経栄養因子(Glial cell line-derived neurotrophic factor, GDNF), FGF-2のpathwayが知られている.近年,Wnt/β catenin pathwayは腎糸球体上皮障害に関与することが報告され,BMPシグナルも糸球体上皮細胞障害やメサンギウム基質の増生に影響することが明らかになってきた.これらの報告は,SULF2が蛋白尿発症に影響するGWASの結果に合致する.

本研究ではまず,SULF2遺伝子から約400kbも離れたrs11086243と比べてより遺伝子に近い位置に強く疾患発症に関与するSNPがあるという仮説を立てた.SULF2・PREX1遺伝子間の約1Mbにわたる領域における20のタグSNPをもとに,e-QTL(expression Quantitative Trait Locus)解析,transcription factor-related research,imputation analysisを用いて同領域の詳細なSNP解析を行った.e-QTL解析,transcription factor-related research,imputation analysisでは,SULF2/PREX1領域にrs11086243よりもSULF2遺伝子に近いSNPを中心として,それぞれ2,4,6の候補SNPが得られた.これらの候補SNPについて,健常群300検体,ネフローゼ症候群患者群201検体を用いてgenotypingを行った.このうち,疾患発症について統計学的に有意なSNPを同定した.さらに得られたgenotyping dataをもとに施行したハプロタイプ解析において,SULF2/PREX1領域の2 SNPにおいて疾患発症に有意なハプロタイプを得た(P=0.0088, 5000× permutation test).Transcriptional start sites (TSSs)とそれから遠い領域にあるenhancerやpromoter,insulator element (CTCF)の相互作用や,TSSsから2.5kb以上離れた領域に約95%のDNase I hypersensitive sites (DHSs)が存在し,それらの多くはイントロンや遺伝子間領域であることが本年報告された.本研究においてハプロタイプ解析で得られたSNPについても,遠い遺伝的距離であっても遺伝子を制御している可能性がある.

次に腎におけるSULF2の機能解析を行った.まずマウスおよびヒトの腎切片の免疫蛍光染色において,糸球体内におけるSULF2の発現を確認した.ヒトの腎切片の免疫蛍光染色では,peritubular capillariesにおける発現も認めた.マウスの糸球体上皮細胞にもSULF2の発現を認め,主に核と細胞表面に分布していた.続いてマウスのネフローゼ症候群モデルとして,puromycin aminonucleoside (PAN) + FGF2 nephropathy modelおよびadriamycin nephropathy modelを確立した.PAN + FGF2およびadriamycin投与により,nephrinの発現低下に伴ってSULF2の発現は低下していた.ラット糸球体上皮細胞にSULF2 siRNAをtransfectionすると,Q-PCRおよびWestern blot解析において,それぞれ95%以上,約40%のSULF2発現の低下が見られた.これを用いると,SULF2の下流にあるWnt/β catenin pathwayはSULF2の発現低下により活性化され,これはPANによる障害により増幅されていた.また,AN modelでは継時的なβ cateninの発現上昇及びβ cateninの核内移行がそれぞれWestern blot解析,蛍光免疫染色で見られた.これらは,SULF2の発現低下によりWnt/β catenin pathwayが活性化され糸球体上皮細胞障害につながることを示していた.次に,SULF2の下流にあるBMPの一つであるBMP6について評価を行った.マウスの腎糸球体内でのBMP6の発現は,SULF2(-/-)マウスにおいて増加していた.このBMP6増加は, PAN + FGF2 nephropathy model, AN modelにおいても,薬剤投与後に同様に認められた.また,培養細胞では,SULF2のknock downによりラット糸球体上皮細胞でのBMP6発現は上昇するのに対して,ラットメサンギウム細胞では低下していた.BMP6下流のphospho-Smad1/5も同様の変化を示していたことから,障害によるSULF2低下が糸球体上皮細胞においてBMP6発現を増加させ,その下流のシグナルを活性化させていることが示された.また,ラットメサンギウム細胞においてSULF2をknock downすると, FN1の発現は有意に上昇し,COL4A2 の発現も上昇する傾向が見られた(FN1, P = 0.0152, COL4A2, P = 0.0505).これはSULF2がメサンギウム基質の増生にも関与することを示しており,メサンギウム領域の拡大を伴う腎炎においてもrs11086243の多型が影響するというGWASのサブ解析の結果に一致する.

本研究ではGWASに引き続いた詳細なSNP解析を行い,ネフローゼ症候群発症に強く関わるハプロタイプを同定した.SULF2低発現が障害時に出現すること,またそれが腎障害のリスクとなることをin vitro,in vivoの系を用いて明らかにし,その下流にある複数のpathwayが腎糸球体内の複数の細胞に作用することを発見した.今後は戻し交配を進めた上でSulf2(-/-)マウスを用いたネフローゼモデルの評価を行うとともに,サンプル数を増やした段階で上述のハプロタイプがgenome-wide significance levelを超えるどうかを評価していく予定である.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、成人のネフローゼ症候群における全ゲノム関連解析で近年報告されたSULF2/PREX1間に存在する一塩基多型(single nucleotide polymorphism, SNP)について、同領域をさらに詳細に解析した最初の研究である。さらに、過去に報告されているSNP rs11086243がSULF2発現に関連していたことからSULF2が腎において機能的に重要な役割を演じているという仮説を立て、その発現や腎障害時の変化をin vitro、in vivoの系を用いて評価した。今回の研究によって得られた結果は下記の通りである。

1.SULF2/PREX1両遺伝子間の約1Mbにわたる領域における20のタグSNPのgenotyping結果をもとに、成人ネフローゼ症候群患者201名、尿異常のない健康診断受診者300名の末梢血中の白血球から抽出したgenomic DNAを用い、e-QTL(expression Quantitative Trait Locus)解析、transcription factor-related research、imputation analysisを用いて同領域の詳細なSNP解析を行った。これにより疾患発症に関連する12の候補SNPを選択した。そのうち、ハプロタイプ解析においてSULF2/PREX1領域の2 SNPにおいて疾患発症に有意なハプロタイプを得た(P=0.0088, 5000× permutation test)。このうちの一方のSNPはSULF2遺伝子より約70kb上流に存在し、既報であるrs11086243よりもSULF2遺伝子に近い位置に存在した。

2.腎糸球体においてSULF2が発現していること、発現の一部がnephrinと一致することを蛍光免疫染色で示した。また、マウス糸球体上皮細胞を用いた蛍光免疫染色により、糸球体上皮細胞では主に細胞表面と核およびその周囲にSULF2の発現が見られることを明らかにした。

3.2つのマウスのネフローゼ症候群モデル(Puromycin + FGF2 nephropathy model, Adriamycin nephropathy model)を確立し、細胞障害時にnephrinの発現低下と共にSULF2の発現低下を認めた。さらにSULF2の下流にあるBone Morphogenetic Protein 6 (BMP6)が上昇すること、β cateninの活性化が見られることを示した。

4.ラット糸球体上皮細胞では、SULF2のknock downによりBone Morphogenetic Protein 6 (BMP6)の発現が上昇した。ラットのメサンギウム細胞ではSULF2のknock downによりFN1の発現が上昇した。

本論文はSULF2/PREX1間に存在するSNPを詳細に解析した最初の研究であり、ネフローゼ症候群発症に強く関わるハプロタイプを同定した。SULF2低発現が障害時に出現すること、またそれが腎障害のリスクとなることをin vitro,in vivoの系を用いて明らかにし、その下流にある複数のpathwayが腎糸球体内の複数の細胞に作用することを発見した。遺伝学的解析、機能解析により腎疾患におけるSULF2の重要性を明らかにしており、学位の授与に値するものと考えられる。

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