学位論文要旨



No 129370
著者(漢字) 正本,庸介
著者(英字)
著者(カナ) マサモト,ヨウスケ
標題(和) Adiponectinはin vivoで骨髄造血細胞の増殖を促進する
標題(洋)
報告番号 129370
報告番号 甲29370
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4103号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 講師 山内,敏正
 東京大学 講師 熊野,恵城
 東京大学 特任講師 河津,正人
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

近年骨髄微小環境と造血細胞の相互作用が造血細胞の機能に重要な影響を与えていることが明らかになってきている。骨髄微小環境は多種類の構成細胞によって成り立っており、骨芽細胞や細網細胞などを中心に研究が進められているが、その他脂肪細胞や神経細胞なども存在し、いまだその全貌は明らかになっていない。特に脂肪細胞は、骨髄間質に大量に存在するにもかかわらず造血におけるその生理的な意義は長らく不明であり、近年造血幹細胞に対して抑制的に作用するとの報告がなされたが、いまだ骨髄脂肪細胞の作用の詳細は明らかにされていない。

Adiponectinは主に脂肪細胞に発現して分泌されるホルモンであり、インスリン感受性増強作用と抗動脈硬化作用を有する。近年adiponectinが脂肪細胞以外にも骨芽細胞・線維芽細胞・リンパ球など多彩な細胞から分泌されて局所での作用を有することが報告されている。Adiponectinは生体内に大量に存在するホルモンであり、骨髄微小環境に多く存在する脂肪細胞が主たる産生源であることから、造血細胞に対しても何らかの効果を有することが想定される。これまでadiponectinが造血細胞に与える影響について、in vitroにおいては造血幹細胞・前駆細胞の増殖を抑制するという報告と、造血幹細胞の増殖を促進するという相反する報告がなされているが、in vivoでの作用については造血幹細胞におけるadiponectin受容体Adipor1のノックダウンにより増殖が抑制されるという報告のみであり、adiponectinのノックアウトマウス(adipo (-/-))を用いたin vivoでの解析はなされていなかった。そこで今回我々はadipo (-/-)マウスを用いて、造血系におけるadiponectinのin vivoでの作用を解析した。

【主な材料と方法】

マウス

Kubotaらによって報告されたadipo (-/-)マウスを使用した。C57/BL6系統と12代以上交配し、解析にはすべてlittermateを使用した。

競合的造血再構築アッセイ

adipo(+/+)またはadipo (-/-)マウス(いずれもLy5.2)の骨髄単核細胞 1×106個を、Ly5.1マウスの骨髄単核細胞1×106個とともに、致死量照射(10.5Gy)したLy5.1/Ly5.2マウスの尾静脈より静注した。G-CSF投与後の末梢血を用いたアッセイでは、150 μlの末梢血をLy5.1マウスの骨髄単核細胞1×106個とともに、致死量照射(10.5Gy)したLy5.1/Ly5.2マウスの尾静脈より静注した。

5-FU投与

adipo(+/+)またはadipo (-/-)マウスに対して、PBSに懸濁した5-FU (Kyowa Kirin) 150 mg/kgを尾静脈より静脈内投与した。5-FUの連続投与実験においては、PBSに懸濁した5-FU180 mg/kgを7日おきに合計4回腹腔内に投与した。

G-CSF投与

125 μg/kgの組み換え型ヒトG-CSF (Kyowa Kirin)をPBSで希釈して12時間おきに合計8回腹腔内投与し、最終投与から3時間後に頸椎脱臼により安楽死させて解析した。

Listeria monocytogenes感染

マウス腹腔内に2×105 CFUのListeria monocytogenesを投与し、72時間後、168時間後の腹腔・骨髄の細胞数、腹腔内洗浄液中の白血球数と、168時間後の脾臓におけるリステリア生菌数を計測した。

【結果】

Adiponectin受容体(Adipor1, Adipor2)のノックダウン

5-FU投与後のマウス造血細胞のAdipor1, Adipor2をノックダウンして致死量照射したマウスに移植すると、Adipor1のノックダウンのみならずAdipor2をノックダウンした細胞でも同様に移植後のキメリズムが低下し、Adipor1, Adipor2を介したシグナルのいずれもがin vivoにおける増殖に必要であると考えられた。

マウス骨髄におけるadiponectin

ELISA法でマウス骨髄間質液中のadiponectin濃度を測定したところ、血漿濃度よりもはるかに低濃度であった。脂肪細胞の多く含まれる脛骨では、脂肪細胞の少ない大腿骨よりも骨髄内のadiponectin濃度が高かった。また5-FUを投与して骨髄中の脂肪細胞を増加させても、adiponectinの血漿濃度はほとんど変化しなかったが、骨髄間質液中の濃度は大きく増加した。骨髄中におけるadiponectin濃度は、骨髄内の脂肪細胞量と関連していることが示唆された。

adipo (-/-)マウスの定常状態における造血

adipo (-/-)マウスは定常状態における血算、末梢血白血球分画、骨髄細胞分画、表面抗原発現パターンによる造血幹細胞分画の割合、in vitroでのコロニー形成能、競合的造血再構築アッセイによる造血幹細胞の頻度などにおいて、いずれもadipo(+/+)マウスと差を認めなかった。

adipo (-/-)マウスの5-FU投与後の骨髄回復

細胞周期依存的な代謝拮抗剤である5-FUを投与すると、静止期の造血幹細胞が細胞周期に入り、その後造血系の回復が見られることが知られている。adipo (-/-)マウスに5-FUを投与すると、末梢血顆粒球、骨髄造血細胞の回復が有意に遅延しており、5-FU投与後に細胞周期に入る造血幹細胞が減少していることと関連していた。細胞周期に入った造血幹細胞を枯渇させる目的で5-FUの連続投与を行ったところ、adipo (-/-)マウスでは生存期間が有意に延長し、adipo (-/-)マウスでは5-FU投与後の造血幹細胞の細胞周期への誘導が起こりにくいことが示された。

adipo (-/-)マウスのG-CSFに対する応答

G-CSFは末梢血への幹細胞の動員や化学療法後の骨髄球系細胞の回復促進のために用いられる薬剤であるが、内因性のG-CSFは感染などの緊急時の造血亢進に関与することが知られている。G-CSF投与モデルにおいて、adipo (-/-)マウスでは骨髄での造血細胞の増殖、骨髄球系コロニー形成細胞の増加、造血細胞の細胞周期への誘導などの反応がいずれも減弱していた。adipo (-/-)マウスの骨髄細胞をadipo(+/+)マウス由来の造血細胞で置換したキメラマウスを作製してG-CSFを投与した場合にも同様の表現型が再現され、G-CSFへの反応性増強には血球由来ではなく骨髄環境中のadiponectinが重要であることが示唆された。

またG-CSF投与後の造血細胞の細胞周期への誘導効果について、未分化な細胞を多く含むLSK (Lineage-, c-kit+, Sca-1+)分画や、造血幹細胞を濃縮するCD150+ CD48- LSK分画においても同様の効果が見られたことから、細胞周期にある程度依存した現象であると考えられている、G-CSF投与後の末梢血への造血幹細胞の動員についても検証した。adipo (-/-)マウスにG-CSFを投与すると、表面抗原発現パターン上も、in vitroでのコロニー形成試験や競合的造血再構築アッセイなどの機能的な評価系においても、末梢血に動員される造血幹細胞・前駆細胞が減少していることが示された。

AdiponectinはListeria monocytogenesに対する感染応答を増強する

L. monocytogenes感染症モデルにおけるG-CSFシグナルの重要性は広く知られており、L. monocytogenes感染に対する骨髄中の骨髄球系細胞増殖、腹腔内への白血球の遊走、脾臓中の生菌数の抑制などはG-CSFに依存することが報告されている。L. monocytogenesを腹腔内投与したところ、骨髄中の骨髄球系細胞の増殖、腹腔内への白血球の遊走、脾臓・肝臓での生菌数の抑制などの感染応答が、adipo (-/-)マウスにおいてはいずれも有意に減弱しており、adiponectinはG-CSF依存性の感染応答に必要であることが示唆された。

AdiponectinはG-CSF依存性のStat3のリン酸化を強める

G-CSF依存性の造血細胞の増殖にはStat3のリン酸化とその下流のC/EBPβの転写亢進が重要であることが知られている。そこでadipo(+/+)マウスの骨髄造血細胞に、in vitroで骨髄間質液と同濃度のadiponectinを添加してG-CSFによる刺激を加えたところ、G-CSF依存性のStat3のリン酸化が亢進した。一方adipo (-/-)マウスから採取したばかりの造血細胞にin vitroでG-CSFの刺激を加えたところ、adipo(+/+)マウスの細胞と比較してStat3のリン酸化が減弱していた。採取して48時間後の造血細胞ではこの差は見られず、in vivoにおいてadiponectinが造血細胞をプライミングして、G-CSFへの反応性を高めていることが示唆されたadipo (-/-)マウスの骨髄細胞をadipo(+/+)マウス由来の造血細胞で置換したキメラマウスの造血細胞を用いて同様の検討を行っても、G-CSF依存性のStat3のリン酸化が減弱しており、造血細胞由来よりも骨髄環境中のadiponectinが、G-CSFによる効率的なStat3のリン酸化に必要であることが示された。またin vivoでG-CSFを投与したadipo (-/-)マウスの骨髄球系細胞でもadipo(+/+)と比較して、Stat3のリン酸化が減弱しており、Stat3により転写が誘導される転写因子C/EBPβの発現が低かった。

【考察】

今回我々はadiponectinの造血細胞に対する影響を、主にin vivoの系を用いて検証した。定常造血においてadiponectinは欠失可能であるが、5-FUやG-CSF、L monocytogenesにより増殖刺激を加えた時の造血細胞の効果的な増殖には、骨髄環境中のadiponectinが必要であることを示した。また骨髄間質液中のadiponectin濃度は血清濃度と並行せず、骨髄中の脂肪細胞量と関連していることが示唆された。

この結果より、抗癌剤投与後の骨髄回復やG-CSF投与後の造血細胞の増殖や末梢血への造血幹細胞の動員のみならず、G-CSF依存性であることが知られている感染などの緊急時の造血においてもadiponectinが促進的に作用している可能性が考えられる。また骨髄に大量に存在する脂肪細胞の造血細胞に対する影響はほとんど不明だが、骨髄間質液におけるadiponectinの濃度は骨髄環境による制御を受けている可能性が考えられ、adiponectinの主たる産生細胞は脂肪細胞であることから、脂肪細胞は造血細胞に対してadiponectinを介して影響を与えている可能性があり、今後明らかにしていくべき課題と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は造血における脂肪細胞の役割を明らかにするために、脂肪細胞の分泌するタンパク質ホルモンであるadiponectinに注目し、adiponectinノックアウトマウス(adipo(-/-))の造血系における表現型を解析したものであり、以下のような結果を得ている。

1. in vitroではadiponectin添加により造血幹細胞・前駆細胞の増殖が抑制されたが、造血細胞のadiponectin受容体をノックダウンして致死量照射したマウスに移植すると造血再構築が遅延したことから、in vivoではadiponectin受容体を介したシグナルが増殖を促進している可能性が示された。

2. adipo(-/-)マウスは、血算、末梢血白血球分画、骨髄細胞分画、表面抗原発現パターンによる造血幹細胞分画の割合、in vitroでのコロニー形成能、競合的造血再構築アッセイによる造血幹細胞の頻度などにおいていずれも異常が見られず、adiponectinは定常造血において欠失可能と考えられた。

3. adipo(-/-)マウスでは、細胞周期依存性代謝拮抗剤5-FU投与後の末梢血顆粒球、骨髄造血細胞数の回復が有意に遅延し、5-FU投与後に細胞周期に入る造血幹細胞の減少と関連していた。細胞周期に入った造血幹細胞を枯渇させる目的で5-FUの連続投与を行ったところ、adipo(-/-)マウスでは生存期間が有意に延長し、adipo(-/-)マウスでは5-FU投与後の造血幹細胞の細胞周期への誘導が起こりにくいことが示された。

4. adipo(-/-)マウスではG-CSF投与モデルにおいて、骨髄造血細胞の増殖、骨髄球系コロニー形成細胞の増加、造血細胞の細胞周期への誘導などの反応がいずれも減弱した。adipo(-/-)マウスの骨髄細胞をadipo(+/+)マウス由来の造血細胞で置換したキメラマウスを作製してG-CSFを投与した場合にも同様の表現型が再現され、G-CSFへの反応性増強には血球由来ではなく骨髄環境中のadiponectinが重要であることが示唆された。

5. adipo(-/-)マウスにG-CSFを投与すると、表面抗原発現パターン上も、in vitroでのコロニー形成試験や競合的造血再構築アッセイなどの機能的な評価系においても、末梢血に動員される造血幹細胞・前駆細胞が減少していた。未分化な細胞を多く含むLSK (Lineage-, c-kit+, Sca-1+)分画や、造血幹細胞を濃縮するCD150+ CD48- LSK分画においてadipo(-/-)マウスではG-CSF投与後の細胞周期への誘導効果が減弱していたことに関連していると考えられた。

6. G-CSFシグナルの重要性が知られているListeria monocytogenes感染症モデルにおいて、adipo(-/-)マウスでは、骨髄中の骨髄球系細胞の増殖、腹腔内への白血球の遊走、脾臓・肝臓での生菌数の抑制などの感染応答がいずれも有意に減弱しており、adiponectinはG-CSF依存性の感染応答に必要であることが示唆された。

7. 骨髄造血細胞にin vitroでadiponectinを添加してG-CSFで刺激すると、G-CSF依存性のStat3のリン酸化が亢進した。adipo(-/-)マウスから採取した直後の造血細胞にin vitroでG-CSFの刺激を加えると、adipo(+/+)マウスと比較してStat3のリン酸化が減弱していた。またin vivoでG-CSFまたはL. monocytogenesを投与した場合にも、adipo(-/-)マウスの骨髄球系細胞ではStat3のリン酸化が減弱していた。キメラマウスを用いた解析も合わせて、骨髄環境中のadiponectinが、G-CSFによる効率的なStat3のリン酸化に必要であることが示された。

以上、本論文はadiponectinの造血における機能解析から、脂肪細胞由来の分泌因子であるadiponectinが、造血細胞の増殖および末梢血中への動員に促進的に作用することを示した。本研究は骨髄における脂肪細胞の作用解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク