No | 129372 | |
著者(漢字) | 村岡,和彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ムラオカ,カズヒコ | |
標題(和) | SLEモデルマウス(MRL/lprマウス)の臓器障害におけるミネラロコルチコイド受容体の役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129372 | |
報告番号 | 甲29372 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4105号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [目的] CKDの病態についてはまだ不明の点が多く、有効な治療対策も十分立てられていないのが現状である。これに対して、食塩過剰摂取モデルや肥満モデルでミネラロコルチコイド受容体(MR)活性亢進の腎障害への関与が解明されつつあり、CKD治療戦略の一端を担うものとして期待が寄せられている。しかし、炎症性腎障害に関してはほとんど検討がなされていないので、炎症性腎障害としてよく知られているループス腎炎モデル動物を用いてMRの役割を検討し、治療応用可能な基礎的成績の確立を目指すのが本研究である。 従来、アルドステロンの作用は腎尿細管上皮細胞のMRを介したナトリウム再吸収亢進に基づく体液増加および血圧上昇が主要であると考えられていた。しかし近年、血管内皮細胞などの非上皮系細胞においてもMRの存在が示され、血圧に依存しないMRの臓器障害作用が明らかにされた。アルドステロンと腎障害の関連については食塩過剰摂取モデルや肥満モデルなどの様々な腎障害モデル動物でも示されている。さらに、MR活性化は腎障害にとどまらず、心血管病の発症進展への関与についても多くの報告がある。このような背景から、MR活性化が炎症性腎障害の発症・進展メカニズムとして重要な役割を果たしている可能性が考えられる。 ここで、ループス腎炎の形成過程においては、まず腎臓の微小血管に免疫複合体の沈着が起こり、同部位での補体の活性化や好中球および単球/マクロファージの浸潤を引き起こす。このマクロファージは炎症部位に留まり続け、インターロイキン6 (IL-6)、腫瘍壊死因子α(TNF-α)、一酸化窒素(NO)などの炎症因子を産生し、炎症性臓器障害を遷延させていることが想定されている。したがって、マクロファージの作用をコントロールすることもループス腎炎の進行抑制に有用であると考えられる。 このようにマクロファージの機能に注目する理由は、マクロファージにMRが発現していることが近年明らかになり、臓器障害メカニズムにおいて、マクロファージのMR亢進が関与している可能性が示唆されているからである。すなわち、骨髄細胞のMRがマクロファージの表現型を制御しており、活性化マクロファージへの分極に不可欠であることが示されている。これらのことから、マクロファージのMR活性化が種々の病態における臓器障害に関与することが示唆されている。しかし、腎障害に関するマクロファージMRの関与についてはまだ検討されていない。したがって、マクロファージの関与が証明されている炎症病性腎障害であるループス腎炎を対象にして、MRの関与がどの程度重要であるかを検討することはMRの炎症性臓器障害への関与様式を明らかにするうえでも意義があると考えられる。 さらに、マクロファージの作用に重要な活性物質としてNOが知られている。NOは白血球やマクロファージなどの貪食細胞から産生され、NOと活性酸素が反応して極めて強力なフリーラジカルが発生することが知られている。ループス腎炎の病態においてもNOの関与が示唆されており、iNOS発現亢進に基づくNO過剰産生はその腎障害の進行に重要であると考えられる。しかし、これにマクロファージのMR刺激状態が関与しているか否かは明らかにされていない。そこで、本研究では、さらにマクロファージのMR亢進とiNOS由来のNO産生増加との関連についても検討した。 [方法] 【実験1】 12週齢の雌MRL/lprマウスを未治療群、MR拮抗薬エプレレノン(EPL)群、アルドステロン合成酵素阻害薬FAD286(FAD)群の3群に分け、5週間治療した。なお対照動物であるMRL/+マウスを本研究のコントロールとして使用した。腎機能を尿アルブミン一日排泄量、血清尿素窒素(BUN)で評価し、腎の糸球体・尿細管間質の変化に関する病理学的検討(PAS染色)を行い、抗アルドステロン薬の腎保護効果を調べた。さらに、糸球体へのマクロファージ浸潤(F4/80染色)を調べてMRがループス腎炎における糸球体障害のどの過程において重要であるかをみるとともに、腎の炎症性マーカー発現をRT-PCR法で検討した。また、腎におけるMR活性化を評価する目的で血清カリウム(K)およびserum glucocorticoid-inducible kinase 1(SGK-1)発現を調べた。また、血漿抗2本鎖(ds)-DNA抗体および抗1本鎖(ss)-DNA抗体を測定し、顎下腺炎や脾腫に対するEPLやFADの影響も検討した。さらに、脾臓の炎症性マーカーならびにSGK-1発現について検討した。一酸化窒素(NO)の関与を調べる目的で腎臓・脾臓でのNO産生に関連する誘導型NO合成酵素(iNOS)、arginase-1 (Arg-1)の発現レベルおよび尿中nitrate/nitrite (NOx)測定も行った。 【実験2】 MRL/+マウスおよびMRL/lprマウスから腹腔マクロファージを採取し、MR下流因子のSGK1などや炎症因子、iNOS、Arg-1の発現レベルを測定した。さらに、MR刺激によりマクロファージが活性化されるかを骨髄細胞由来マクロファージや培養マクロファージ様細胞(RAW264.7細胞)を用いて、NOxまたはiNOS発現を指標として検討した。 [結果] 【実験1】 コントロールのMRL/+マウスに比較し、MRL/lprマウス未治療群で、BUNは上昇傾向を認め、尿アルブミン一日排泄量著明増加および糸球体、間質病変障害の進行を認めた。しかし、EPLおよびFAD投与でこれらの改善を認め、抗アルドステロン薬の腎保護効果を証明できた。腎における炎症マーカーもループス腎炎マウスで上昇していたが、抗アルドステロン薬はこれも改善した。さらに、MRL/lprマウス未治療群では糸球体へのマクロファージ浸潤数の増加を認めたが、EPLおよびFADはマクロファージ浸潤を改善した。しかし、腎のSGK1発現はいずれの群でも差はなく、血清KはMRL/lprマウスで低下を認めず(むしろやや高値)、腎臓におけるMR活性化を示唆する所見は得られず、EPLおよびFADもこれらに影響しなかった。EPLやFAD投与はループスマウスにおける抗ds-DNA抗体および抗ss-DNA抗体上昇を低下し、脾腫ならびに顎下腺炎も改善した。そこで、免疫系細胞の多い脾臓について、炎症マーカーならびにMR下流因子のSGK-1発現の変化を調べた。その結果、MRL/lprマウスの脾臓で炎症マーカーのみならずSGK1も亢進しており、抗アルドステロン薬で低下していた。一方、腎臓・脾臓でのiNOSの発現および尿中NOxがMRL/lprマウス未治療群で増加を認めることを確認でき、EPLはこれを改善した。これらの成績は、SLEではマクロファージMRが活性化し、NO産生増加を介して腎臓をはじめとする臓器障害を促進しているという仮説を支持する。そこで、マクロファージを用いた実験を行い、この点を検証した。 【実験2】 MRL/+マウスに比べMRL/lprマウスの腹腔マクロファージではMR発現量は差が無いが、SGK-1発現増加をはじめとするMR活性の亢進を示唆する所見が得られた。また炎症マーカーおよびiNOSの発現増加も認めた。 そこで、正常マウス骨髄マクロファージあるいは培養マクロファージ様細胞(RAW264.7細胞)を用いて、アルドステロンがサイトカイン刺激時のNO産生を促進できるかを調べた。骨髄マクロファージおよびRAW264.7細胞を用いた実験ではアルドステロン添加はサイトカイン刺激時のNO産生を促進するが、これはEPLによって抑制できることが示唆された。 [考察] 本研究においては、炎症性腎障害の一つであるループス腎炎においてMR亢進が重要な役割を果たしており、抗アルドステロン薬の投与によりこの腎障害の改善が期待できることが、そのモデル動物であるMRL/lprマウスで示された。実際、腎臓における炎症マーカーの発現亢進も抑制されていた。さらに、MR拮抗薬はMRL/lprマウスの腎糸球体におけるマクロファージ浸潤を抑制した。さらに、抗アルドステロン薬はMRL/lprマウスで認められる顎下腺炎や脾腫をも改善した。さらに、抗アルドステロン薬の全身的な臓器障害改善効果および腎自体のMR活性化を証明できずに脾臓においてMR活性化を認めたことなどを考え合わせ、腎におけるMRは重要でなく、マクロファージ自体のMR活性が重要である可能性を考えた。そのため、マクロファージでの検討を行ったところ、確かにMRL/lprマウスの腹腔マクロファージのMR下流因子ならびに炎症パラメーターの亢進を認めた。さらに、MRL/lprマウスで示された尿中NOx排泄増加を抗アルドステロン薬は改善し、NOがマクロファージMR亢進に基づく臓器障害の重要な介在因子の一つである可能性が示唆された。実際、骨髄マクロファージやRAW264.7細胞においてMR活性化を介したサイトカイン刺激時のNO産生増加促進を示唆する所見が得られた。 [結論] 本研究では、ループスモデルであるMRL/lprマウスにおいてマクロファージMR亢進を伴う腎障害、顎下腺炎、脾腫が抗アルドステロン薬で改善し、その介在因子としてマクロファージのNO産生の関与が示された。このことからSLEの病態においてはマクロファージMR活性化によるNO産生亢進が重要であることが示唆され、抗アルドステロン薬がループス腎炎あるいはSLEそのものの新規治療戦略となりうる可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、ほとんど検討がなされていない炎症性腎障害に関してループス腎炎モデル動物を用いてミネラロコルチコイド受容体(MR)の役割を検討し、治療応用可能な基礎的成績の確立を目指すものであり、下記の結果を得ている。 1.コントロールのMRL/+マウスに比較し、ループス腎炎モデル動物MRL/lprマウス未治療群で、BUNは上昇傾向を認め、尿アルブミン一日排泄量著明増加および糸球体、間質病変障害の進行を認めた。しかし、アルドステロン受容体拮抗薬エプレレノン(EPL)およびアルドステロン合成阻害薬FAD286(FAD)投与でこれらの改善を認め、抗アルドステロン薬の腎保護効果を証明できた。 2.腎におけるTNF-α、IL-6、TGF-βといった炎症マーカーもMRL/lprマウス未治療群で上昇していたが、EPLおよびFAD投与はこれも改善した。さらに、MRL/lprマウス未治療群では糸球体へのマクロファージ浸潤数の増加を認めたが、EPLおよびFAD投与はマクロファージ浸潤を改善した。しかし、腎のMR下流の一つであるSGK1発現はいずれの群でも差はなく、血清KはMRL/lprマウス未治療群で低下を認めず、腎臓におけるMR活性化を示唆する所見は得られず、EPLおよびFAD投与もこれらに影響しなかった。 3.EPLやFAD投与はMRL/lprマウス未治療群における抗ds-DNA抗体および抗ss-DNA抗体上昇を低下し、脾腫ならびに顎下腺炎も改善した。そこで、マクロファージが多く存在している脾臓について、炎症マーカーならびにMR下流因子のSGK-1発現の変化を調べた。その結果、MRL/lprマウスの脾臓で炎症マーカーのみならずSGK1も亢進しており、抗アルドステロン薬で低下していた。 4.腎臓・脾臓でのiNOSの発現および尿中NOxがMRL/lprマウス未治療群で増加を認めることを確認でき、EPLはこれを改善した。これらの成績は、SLEではマクロファージMRが活性化し、NO産生増加を介して腎臓をはじめとする臓器障害を促進している可能性が示唆された。 5.MRL/+マウスに比べMRL/lprマウスの腹腔マクロファージではMR発現量は差が無いが、SGK-1発現増加をはじめとするMR活性の亢進を示唆する所見が得られた。また炎症マーカーおよびiNOSの発現増加も認めた。 6.正常マウス骨髄マクロファージあるいは培養マクロファージ様細胞(RAW264.7細胞)を用いて、アルドステロンがサイトカイン刺激時のNO産生を促進できるかを調べた。骨髄マクロファージおよびRAW264.7細胞を用いた実験ではアルドステロン添加はサイトカイン刺激時のNO産生を促進するが、これはEPLによって抑制できることが示された。 以上、本研究はループスモデルであるMRL/lprマウスにおいてマクロファージMR亢進を伴う腎障害、顎下腺炎、脾腫が抗アルドステロン薬で改善し、その介在因子としてマクロファージのNO産生が関与することを明らかにした。 本研究の結果から、抗アルドステロン薬がループス腎炎あるいはSLE治療に有用である可能性が示され、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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