学位論文要旨



No 129373
著者(漢字) 山口,純奈
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ジュンナ
標題(和) 虚血および炎症性腎疾患における新規HIF-1制御遺伝子としてのCEBPDの同定
標題(洋) Identification of CEBPD as a novel regulator of HIF-1 in hypoxic and/ or inflammatory renal disease
報告番号 129373
報告番号 甲29373
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4106号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 特任准教授 榎本,裕
 東京大学 講師 花房,規男
 東京大学 講師 小川,純人
内容要旨 要旨を表示する

要旨

慢性腎臓病 (Chronic kidney disease, CKD) の基礎疾患は、免疫学的異常に起因する慢性糸球体腎炎、代謝異常疾患である糖尿病、血行動態異常を背景とする高血圧性腎硬化症など多岐にわたる。しかし、それらの疾患がある一定の閾値を超えると、CKDの進行は不可逆的、かつ持続的となり、原疾患に非依存的となる。このCKDの進行は、尿細管間質病変と相関しているという最終共通経路の概念が広く受け入れられている。この概念において、以前から増悪因子として知られている蛋白尿のほかに、尿細管間質の慢性低酸素が重要な役割を担うことが明らかとなっている。尿細管間質病変は尿細管障害、尿細管周囲毛細血管網の脱落、炎症、間質の線維化によって特徴づけられる。腎臓は血流豊富な臓器であるにも関わらず、解剖学的構造から組織酸素分圧は低く、低酸素に陥りやすいという特徴を持つ。低酸素は細胞外基質の増生、尿細管細胞のアポトーシス、酸化ストレスの亢進、尿細管細胞での炎症性サイトカイン産生などにより、最終的に腎線維化を引き起こす。また、腎線維化は、尿細管間質への酸素供給の減少、尿細管周囲毛細血管網の変性・脱落、エリスロポエチン産生減少による貧血などの進行により、低酸素を助長する。これら一連のサイクルが腎障害を進行させる。

生体における酸素は細胞の代謝や生存、血管新生など生命の維持において重要な役割を果たしている。このため、酸素バランスの異常は虚血性心疾患、虚血性脳疾患、糖尿病、腫瘍、炎症性疾患や急性・慢性腎疾患など多くの病理的現象を引き起こし、また増悪させる。組織の低酸素応答を司る転写因子として低酸素誘導因子 (hypoxia inducible factor, HIF) がある。HIFはグルコース輸送蛋白、血管新生因子、細胞増殖やアポトーシス、細胞間と細胞基質間の相互作用など100種類以上の遺伝子発現を転写レベルで制御し、細胞から組織・個体にいたる全てのレベルにおける低酸素適応を制御している。HIFはαサブユニットとβサブユニットから構成される。HIF-αの発現調節は、Prolyl Hydroxylase (PHD) による蛋白分解抑制によって主に行われる。通常酸素下ではHIF-αはPHDにより水酸化された後、プロテアソームにおいて蛋白分解を受ける。PHDは酸素を基質として必要とするため、低酸素下ではPHDの働きが抑制され、HIF-αが安定化し核内へ移行する。核内において、恒常的に発現しているHIF-1βと結合し、標的遺伝子のプロモーターまたはエンハンサー上のhypoxia response element (HRE) 配列に結合することで、標的遺伝子の発現を正に制御する。HIF-αにはHIF-1α、2α、3αのアイソフォームが存在する。腎臓においては、HIF-1αは糸球体上皮と尿細管上皮細胞に発現し、HIF-2αは傍尿細管線維芽細胞と血管内皮細胞に発現している。

以前から我々のグループは、HIF-1は急性・慢性腎障害の尿細管細胞に発現し、尿細管細胞障害に対し保護的な役割を果たすことをin vivo並びにin vitroで報告してきた。HIF-1が発現誘導されるにも関わらず腎障害が進行する理由として、HIF-1の発現誘導が不十分であることが一因であることがわかっている。実際、腎臓においてHIF-1の発現を増加させることにより腎障害が軽減したということが複数報告されており、HIF-1の発現調節は腎疾患の治療標的として着目されている。HIF-1αの発現制御はPHDによるもの以外も存在し、HIF-1αの転写・翻訳レベルでの調節も重要であることが知られている。成長因子や炎症性サイトカインなどにより、通常酸素下においてもHIF-1αの発現が亢進・安定化する場合がある。この際には、phosphatidylinositol 3-kinase (PI3K) /AKT/ mammalian target of rapamycin 経路、nuclear factor-κB (NF-κB) 経路、ERK mitogen-activated protein kinase (MAPK) 経路などを通じてHIF-1αの転写や翻訳の促進がおこる。

そこで本研究では、(1) 虚血性腎疾患での治療標的となりうるHIF-1の新規調節遺伝子を同定すること、(2) 同定した遺伝子の虚血性腎疾患での発現プロファイルと機能を同定すること、(3) 同定したHIF-1調節遺伝子とHIF-1が担う役割を炎症と低酸素の中で解明することを目的とした。

In vivoにおけるHIF-1調節遺伝子のスクリーニングとして、以前当研究室で行ったラット腎動脈狭窄 (RAS) モデル (day3、day7) 腎皮質のマイクロアレイ解析の結果を用い、sham腎と比較し、RASモデルで継続的に発現上昇した150遺伝子を抽出した。In vitroにおけるHIF-1調節遺伝子のスクリーニングとして、HIF-1の発現調節を、これら150遺伝子に対するshRNA発現プラスミドと、ヒト子宮頸癌由来であるHeLa細胞を用いて、分子生物学的に検索した。その結果、HIF-1α蛋白発現量、HREレポーターアッセイ、HIF-1標的遺伝子の発現量変化から、CCAAT/enhancer-binding protein (C/EBP) ファミリーに属しているCCAAT/enhancer-binding protein δ (CEBPD) を新規HIF-1調節遺伝子として同定した。

CEBPDは哺乳類間において相同性が保存されている主要な転写因子である。その働きは細胞によって異なるが、脂肪細胞の分化、マクロファージでの炎症応答、いくつかの癌における癌抑制遺伝子などとして働くことが知られているものの、CEBPDの腎臓における発現や機能についてはほとんど知られていない。そこで、私は虚血性腎疾患におけるCEBPDの発現を解析することを第一目的とした。

低酸素チャンバーを用いてマウスを低酸素状態 (8% O2、6時間) に馴化させ、この低酸素マウスから腎臓を採取した。低酸素マウスの腎臓におけるCEBPDのmRNA発現量を確認したところ、mRNA発現上昇が認められた。さらにラット急性、慢性腎虚血モデルでのCEBPDの発現を腎皮質のmRNA発現量により解析した。急性虚血性腎疾患として虚血再灌流とシスプラチン腎症モデルを、慢性虚血性腎疾患としてRASと慢性腎不全 (5/6腎摘)モデルを作成した。PAS染色でこれらの疾患が適切に惹起されていることを確認した。全てのモデルにおいてCEBPDの発現亢進を認めた。さらに、腎組織免疫染色によりCEBPDの局在は、虚血性腎疾患におけるHIF-1の発現誘導部位である尿細管核にあることを見出した。

尿細管細胞においてもCEBPDがHIF-1調節能をもつか検討するために、ヒト培養尿細管細胞 (HK-2) を用いて以降の解析を行った。HK-2細胞において、低酸素刺激によりCEBPDの発現はHIF-1非依存的に亢進し、低酸素下でのHIF-1α蛋白発現量とHIF-1活性 (HRE活性とHIF-1標的遺伝子であるglucose transporter 1とvascular endothelial growth factorの発現量) を調節することをCEBPDに対するsiRNAを用いたノックダウン実験により証明した。

次に、CEBPD/HIF-1経路が通常酸素下で活性化される可能性について検討した。炎症時には、組織が低酸素に陥る前からHIF-1が活性化されることが報告されている。腎臓においても、尿細管間質での炎症は、腎内在細胞と浸潤炎症細胞がオートクラインとパラクラインに働き、さらにここにサイトカインも加わることでより複雑な病態を形成することが知られている。実際、上述の急性及び慢性虚血性腎疾患モデルの腎臓において、マクロファージの浸潤を免疫染色により確認し、腎皮質での各種サイトカインやケモカインの発現上昇を確認した。CEBPDは炎症応答遺伝子であることも加味すると、腎臓において、マクロファージや腎内在細胞から産生される炎症刺激により、尿細管細胞において、通常酸素下でもCEBPD/HIF-1経路が誘導されると可能性が考えられた。そこで、HK-2細胞をリポ多糖 (lipopolysaccharide, LPS)、腫瘍壊死因子 (tumor necrosis factor-α, TNF-α)、インターロイキン-6 (interleukin-6, IL-6)、IL-1βなどの炎症性刺激で刺激したところ、IL-1β刺激下においてHIF-1α蛋白発現量はCEBPDに依存して、容量・時間依存性に亢進した。

さらに、CEBPDがHIF-1α蛋白発現量を調節する機構について検討した。HIF-1αの蛋白発現量はPHDにより大きく規定されることから、PHDのmRNA発現量変化を検討した。IL-1β刺激下でのPHD発現量は変化を認めず、CEBPDによるHIF-1α発現調節にPHDが関与している可能性については否定的であった。HK-2細胞においてMG132を用いて蛋白分解阻害を行ったところ、CEBPDをノックダウンするとHIF-1α蛋白量が減少したことから、CEBPDはHIF-1αを蛋白分解レベルでは調節せず、転写あるいは転写後、翻訳調節により調節していることが示唆された。アクチノマイシンによる蛋白合成阻害を行ったところ、低酸素下とIL-1β刺激下でのHIF-1α蛋白量が減少した。さらに、HIF-1αのmRNA発現量は低酸素刺激とIL-1β刺激いずれによっても上昇し、これはCEBPDに依存していた。このことは、CEBPDがHIF-1αを転写あるいは転写後調節を行っていることを示唆した。CEBPDは転写因子であり、HIF-1αのプロモーター領域にもCCAAT結合ドメインが存在したため、ヒトHIF-1αプロモーターをクローニングし、プロモーター解析を行った。CEBPDはHIF-1αのプロモーター活性に影響を与えなかった。そこで、HIF-1αのRNA安定性にCEBPDが寄与する可能性について、アクチノマイシンを用いた経時的なmRNAの発現量を調べたところ、IL-1βと低酸素のいずれの刺激においても、HIF-1αのmRNAが安定化された。このことから、CEBPDはHIF-1αのRNA安定性を介してその発現量を調節していることが示された。

最後に、低酸素あるいはIL-1βによりCEBPDが誘導される機序について検討した。低酸素応答や炎症応答で活性化されるPI3K/AKT経路とNF-κB経路の関与の可能性を考えた。それぞれに対する阻害剤を用いてIL-1β刺激をHK-2細胞に行ったところ、NF-κB阻害によりCEBPDとHIF-1αの蛋白発現量が減少した。次に、NF-κB阻害下でCEBPDを強制発現させた場合にHIF-1αの発現が回復するかということを、CEBPDのstable cloneをHK-2細胞においてレトロウイルスを用いて作成し検討した。CEBPDを強制発現したHK-2細胞では、NF-κB阻害下でもHIF-1αの発現が保たれた。これらのことから、低酸素及びIL-1βはNF-κB経路を介してCEBPDを活性化し、HIF-1α蛋白発現を制御することが明らかとなった。

以上より、CEBPDはHIF-1の新規調節遺伝子であり、炎症と低酸素を架橋する重要な役割を担うことが示された。CEBPDは虚血性腎疾患の尿細管細胞に発現し、HIF-1αの発現をRNA安定化により亢進した。HIF-1は急性 (acute kidney injury, AKI)・慢性腎障害 (CKD) において尿細管細胞を保護する役割を担うことから、この新たなCEBPD/HIF-1経路の発見は、AKI・CKDにおいてともに新たな治療ターゲットとなる可能性を有している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は生体内の多くの病態において重要な役割を果たしている低酸素誘導因子 (hypoxia inducible factor, HIF) の発現制御ネットワークを解明するため、RNA interference (RNAi) スクリーニングによりHIF-1αの上流遺伝子であるCCAAT/enhancer-binding protein δ (CEBPD) を同定し、腎臓でのその役割について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. HIF-1制御遺伝子のin vivoでのスクリーニングとして、ラット腎動脈狭窄 (renal artery stenosis, RAS) モデル (day3, day7) 腎皮質のマイクロアレイ解析の結果を用い、sham腎と比較しRASモデルで継続的に発現上昇した150遺伝子を抽出した。これらの遺伝子に対するshRNA発現プラスミドを作成し、in vitroでのスクリーニングとして、HIF-1の発現調節能をshRNAとヒト子宮頸癌由来であるHeLa細胞を用いて分子生物学的に検索した。HIF-1α蛋白量、hypoxia response element (HRE) レポーターアッセイ、HIF-1標的遺伝子の発現量変化から、CEBPDを新規HIF-1制御遺伝子として同定した。

2. In vivoで低酸素によりCEBPDが発現誘導されることをマウス及びラットの低酸素モデルを用いて検証した。マウスの全身低酸素モデルを作成し、低酸素下の腎臓でCEBPDが発現することを示した。さらにラットでも急性及び慢性虚血性腎疾患モデルを作成しCEBPDの発現解析を行った。急性虚血性腎疾患モデルとして用いた虚血再灌流障害とシスプラチン腎症、慢性虚血性腎疾患モデルとして用いたRASと5/6腎摘モデルの4疾患いずれにおいても腎皮質でのCEBPDのmRNA発現上昇を認め、免疫組織染色によりCEBPDがHIF-1αと同じ尿細管細胞に発現していることを示した。

3. ヒト近位尿細管のcell lineであるHK-2細胞においても低酸素によりCEBPDが発現亢進することをmRNAレベルと蛋白レベルで確認した。この発現はHIF-1非依存的であることHIF-1αに対するsiRNAを用いた実験により示した。その上で、HK-2細胞においてもCEBPDがHIF-1α発現制御能を有することをCEBPDに対するsiRNAを用いた実験を行い証明した。

4. CEBPD/HIF-1経路が通常酸素下でも活性化される可能性について、急性・慢性腎疾患いずれにおいても存在し、低酸素と相互作用する炎症に着目して解析を行った。上述の四疾患において、腎疾患での代表的な炎症細胞であるマクロファージの浸潤とともに、炎症性サイトカインの上昇を認めた。マクロファージから産生される代表的なサイトカインであるインターロイキン-1β (interleukin-1β, IL-1β) によりCEBPDの発現誘導並びにCEBPD依存性のHIF-1α発現誘導がHK-2細胞においてみられた。

5. 低酸素及びIL-1β刺激下でのHIF-1α mRNA量はCEBPDに依存して増加した。HIF-1αプロモーターアッセイではCEBPDによる明らかなHIF-1αプロモーターへの結合は認めなかった。HIF-1α RNAの安定性は低酸素とIL-1βいずれの刺激によっても増強し、CEBPDはHIF-1αのRNA安定性を向上させることでその蛋白発現量を制御していると結論づけられた。

6. 低酸素あるいはIL-1β刺激前にnuclear factor-κB (NF-κB) 阻害剤を添加したところ、両刺激によるCEBPD及びHIF-1αの発現誘導が抑制された。さらに、レトロウイルスを用いてHK-2細胞で作成したCEBPD安定的発現細胞株に同刺激を行ったところ、NF-κB阻害下でもHIF-1αの発現量が回復した。

以上、本論文はRNAiスクリーニングを用いた解析から、主要な転写因子であるCEBPDを新規HIF-1制御遺伝子として同定し、急性・慢性虚血性腎疾患におけるCEBPDの発現プロファイルを明らかにした。さらに、CEBPDはNF-κBにより発現誘導され、HIF-1αのRNAを安定化させることでその蛋白発現量を制御することを解明した。本研究は、HIF-1の新たな発現制御メカニズムを明らかにし進行性腎障害における新たな治療法としての可能性も秘めた重要な発見であるとともに、これまでほとんど解明されていなかったCEBPDの腎臓での機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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