学位論文要旨



No 129374
著者(漢字) 池田,悠至
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,ユウジ
標題(和) 子宮体癌における染色体不安定性に基づく転移診断とCyclinD1-CDK4/6活性を指標とした予後関連バイオマーカーの探索
標題(洋)
報告番号 129374
報告番号 甲29374
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4107号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖発達加齢医学講座専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 講師 山下,隆博
 東京大学 特任講師 浦野,友彦
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

子宮体癌と卵巣の同時発生癌の頻度は、子宮体癌の5%と言われており、これらには同一組織型(主に類内膜癌)が存在するためその診断に苦慮する事がある。また、子宮体癌は再発後の予後が悪いため再発を抑えるのが治療の重要なポイントとなる。術後の化学療法の適応は現在病理学的に決められている。しかし抗癌剤未投与群で15~20%で再発するため、抗癌剤投与群を抽出する新たな指標が求められている。

子宮体癌の分子生物学的背景に着目すると、近年染色体コピー数異常や遺伝子の変異が発癌の原因として着目されている。染色体コピー数異常が多い症例は予後が悪い事が知られている。また子宮体癌では、RAS-MAPK (MAP kinase)経路、PI3K (Phosphatidyl inositol 3' kinase)経路を活性化する遺伝子変異が高頻度に存在し(K-RAS変異約20%、PIK3CA変異約30%、PTEN変異約50%)、また高率に共存して起こることが知られている。そしてその下流に存在するCyclin D1は細胞周期のkey proteinとして知られている。Cyclin D1はPI3K経路の下流のGSK3βにより286番目のスレオニンがリン酸化され、CyclinD1は核内から細胞外へ移行し分解される。一方、核内に存在するCyclin D1はCDK4/6と結合し、細胞周期をG1期からS期へと移行させ細胞を増殖させ、癌の進行の一因となる。しかしCyclin D1変異の報告が非常に少なく子宮体癌においては過去に1報のみである。子宮体癌はPI3K経路の変異が非常に多く起きている癌腫であり、Cyclin D1も未知の遺伝子変異が癌の悪性化に関与している可能性がある。

そこで本研究では下記を目的とした。

(1) 子宮体部卵巣同時発生癌における、染色体コピー数変化(Chromosomal instabiligy;CIN)やRAS/PI3K経路の主要遺伝子の変異の有無の検索およびその診断的意義の検討。

(2) RAS/PI3K経路の下流であるCyclin D1の子宮体癌における変異の検索、およびその機能解析

(3)Cyclin D1の結合蛋白である CDK4/6のキナーゼ比活性値の子宮体癌における意義の探求

[方法]

(1) 子宮体部・卵巣同時発生癌における新たな診断方法の探索

東京大学医学部附属病院における子宮体部卵巣同時発生癌5症例それぞれの摘出凍結検体10サンプルから倫理委員会承認ならびに患者同意の元でゲノムDNA、cDNAを抽出、精製した。Single nucleotide polymorphism(SNP)タイピングアレイによる解析、及びKRAS,PIK3CA,PTEN,CTNNB1の変異とMicrosatellite instability (MSI)の検索を行った。

(2) 子宮体癌におけるCyclilnD1 (CCND1遺伝子)変異の解析

東京大学医学部附属病院における子宮体癌88症例の摘出凍結検体から倫理委員会承認ならびに患者同意の元でゲノムDNAを抽出、精製し、PCR-ダイレクトシークエンス法にてCCND1のエクソン5の遺伝子変異を解析した。変異のあった検体組織にCyclin D1の組織免疫染色を施行した。新たに同定されたT286I遺伝子変異のベクター(CD1-T286I)を作成した。Wild typeのCyclin D1のベクター(CD1-WT)、コントロールとしてpcDNA3ベクター(CD1-CT)も含めHEK293T細胞に導入し、細胞免疫染色、Western blotting、Luciferase assay、Clonogenic cell survival assayを行い、機能解析を行った。

(3) 子宮体癌におけるサイクリンD依存性キナーゼ比活性値の有用性の検討

東京大学医学部附属病院における子宮体癌(類内膜癌)119症例の摘出凍結検体から倫理委員会承認ならびに患者同意の元でCell cycle profiling technology (C2P)を用いてCDK4/6の発現および活性を調べた。CDDKSA=Kinase activity (CDK4+CDK6)/Expression (CDK4+CDK6)の式よりサイクリンD依存性キナーゼ比活性値(CDDKSA)を求め、χ2乗検定、Pearsonの積率相関係数、Spearmanの順位相関係数、カプランマイヤー法によるlog-rank testにてその比較を行った。

[結果]

(1) 子宮体部・卵巣同時発生癌における新たな診断方法の探索

今回検討した5症例において形態学的には症例1・5は同一起源の転移癌(Single primary with metastasis;SPM)、症例2・3・4では子宮、卵巣各々が別起源の独立癌(Double primary;DP)と診断された。各検体に対してSNPタイピングアレイを施行した。コピー数変化が5ヶ所以上で生じている症例をCIN-Extensive、1-4ヶ所で生じている症例をCIN-Intermediate、いずれの部位でも生じていない症例をCIN-Negativeと分類した。症例1の子宮体部の腫瘍からはコピー数減少であるLoss of hetelozygisity(LOH)が3カ所検出された(CIN-Intermediate)。一方、卵巣の腫瘍からはコピー数変化は認められなかった(CIN-Negative)。症例2に関しては子宮体部、卵巣の両部位より同じ場所のLOHを3か所、UPDを2カ所に認めた(CIN-Extensive)。症例3は子宮体部ではコピー数変化を認めなかった(CIN-Negative)であったのに対し、卵巣では1カ所のUPDを認めている(CIN-Intermediate)。症例4は子宮卵巣ともに同じ部位のコピー数増加(Gain)を1ヵ所認めた(CIN-Intermediate)。症例5に関しては卵巣検体に含まれる正常組織の割合が多く、コピー数の振幅が異なっていたが、子宮体部、卵巣ともに同部位での染色体異常が起きていた(CIN-Extensive)。

MSIに関しては症例3にては子宮・卵巣でどちらもHigh、その他症例に関しては子宮・卵巣でどちらもLowという結果を得た。遺伝子変異に関しては症例1にてPIK3CAでそれぞれ1ヵ所、PTENにてそれぞれ2カ所子宮卵巣間で異なる部位の変異を認めた。症例2はCTNNB1、症例3はPIK3CA、症例4はPIK3CAおよびCTNNB1、症例5はPIK3CAにて子宮・卵巣間で同じ部位に変異を認めた。今回の結果を比較しコピー数変化に着目すると、症例1はDP、症例2、症例4、症例5はSPMと考えられた。症例3は変異が子宮体部と卵巣で同部位に起きており、転移後のコピー数変化と考えSPMと結論付けた。興味深い事に、病理診断との結果の合致は症例5のみで、症例1から症例4に関しては病理診断と逆の結果となった。またすべての症例にRAS/PI3K経路の主要遺伝子の変異が含まれていた。

(2) 子宮体癌におけるCyclilnD1遺伝子変異の解析

抽出したゲノムDNAを用いて、CCND1のエクソン5のシークエンスを行った結果、88例の手術検体のうち2例(2.3%)でcodon286のスレオニンがイソロイシンへと点変異(T286I)している事が確認された。この変異は未報告の変異であり、組織免疫染色を行ったところ、その2例どちらも核内のCyclin D1強発現を認めた。HEK293Tを用いて行った細胞免疫染色ではCD1-T286IにおいてCD1-WT、CD1-CTと比べ著明な核内のCycliln D1の蓄積を認めた。またWestern blottingにおいても核分画でCD1-T286IでCyclin D1の高発現が認められた。一方、CD1-WTおよびCD1-CTではCyclin D1は核内のみならず、核外にも存在していた。Luciferase assayではCD1-WTおよびCD1-CTと比べCD1-T286Iにおいて有意にpRbの発現が抑制されていた。また、Clonogenic cell survival assayにおいてはCD1-T286Iにおいて有意に多くのコロニーが形成されていた。

(3) 子宮体癌におけるサイクリンD依存性キナーゼ比活性値の有用性の検討

子宮体癌119例にC2Pを施行し、7例に関しては測定下限以下、2例はサンプル不良にて結果より除外し、110例に関して検討を行った。CDK4およびCDK6の比活性値の間にはPearsonの積率相関係数にて強い相関関係がある事を確認した(相関係数;0.661)。CDDKSAを中央値(5)にて2群化し、χ2乗検定を施行した所、CDDKSAは予後と有意に相関していた(p=0.044)。続いてSpearmanの順位相関係数を用いてCDDKSA値とその他の臨床病理学的因子との相関を検討したところ、CDDKはどの因子とも有意な相関がない事が示された。次に子宮体癌カットオフ値を再発群のBox plotより 3.2と設定し、それ以上をCDDK-high、以下をCDDK-lowと定義した。無病生存期間をカプランマイヤー法によるlog rank testで検討したところ、抗癌剤非投与群にではCDDK-highが有意に予後不良であったのに対し、抗癌剤投与群ではCDDK-highが有意に予後良好であった。抗癌剤投与群において単変量解析を行ったところ、年齢(p=0.023)とCDDKSA(p=0.035)のみ有意な予後因子であった。多変量解析ではCDDKSAのみが独立予後不良因子として抽出された(p=0.036)。

[考察] 子宮体部卵巣同時発生癌における診断法としてSNPタイピングアレイを用いたCINの解析が有用である事を示した。CIN-Extensiveの症例で診断精度が高くなる点、および腫瘍含有量が低くても診断可能である点であるが、欠点としては転移後や同一腫瘍内の部位毎に異なるコピー数変化が生じている可能性を否定できない点が挙げられる。これはコピー数に限らず遺伝子変異にも同様に起こりうる事であり、現時点ではこれらの診断法の組み合わせで診断精度を高める事が望まれる。また、すべての症例にRAS/PI3K経路の主要遺伝子の変異が含まれていたためその下流遺伝子であるCCND1の変異解析を行った。2.3%に変異が発見されたT286はCyclin D1の分解に関わる重要にアミノ酸であり、リン酸化によりCyclin D1が核外へ移行され分解される事が知れられている。そのため追加で細胞株を用いた機能解析を行い、この変異が存在するとCyclin D1の核内蓄積が起こり、細胞増殖が促進される事を証明した。以上より、子宮体癌におけるRAS/ PI3K-Cyclin D1経路の重要性が示唆された。その一方、Cyclin D1の過剰発現は子宮体癌において予後に相関しないことが報告されていたため、Cyclin D1の結合蛋白であるCDK4/6に着目した。CDK4/6はP16に代表されるCDK の機能を抑制する蛋白によっても制御されており、細胞周期調節の最終段階に関わっている。Cyclin D1はRas-PI3K経路からのシグナルによる影響を受けるため、CDK4/6の活性の方が細胞周期そのものへの影響を直接的に反映する可能性があると考えられる。本研究において、CDDKSAは子宮体癌における予後因子の一つであり、同時に腫瘍進展性・術後抗癌剤感受性の指標となる事が明らかとなったことより、術後化学療法の必要性を判断するうえで診断の一助となる可能性が示された。これまでCDK4、CDK6の発現そのものについては予後因子となる報告はないが、今回キナーゼ活性値を蛋白発現と同時に計測する事によりCDK4/6の機能が子宮体癌の予後因子になる事が初めて示された。子宮体癌の予後・治療感受性における有力なバイオマーカーとして期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では子宮体部卵巣同時発生癌における染色体コピー数異常とRAS/PI3K経路の主要遺伝子変異の解析を行った。またRAS/PI3K経路の下流に存在する細胞周期のkey proteinであるCyclin D1およびその結合蛋白であるCDK4/6に着目し、子宮体癌におけるCyclin D1遺伝子の変異の解析およびCDK4/6の臨床的な意義に関して検討を行った。

1.子宮体部卵巣同時発生癌5例の検索を行った。子宮体部病変および卵巣病変それぞれに同様のコピー数異常が存在する症例がある事を見出した。

2.RAS/PI3K経路の主要遺伝子であるPIK3CA、KRAS、PIK3CA、PTEN、CTNNB1の遺伝子変異を検索した所、症例により子宮体部および卵巣病変にそれぞれに同様の変異が存在する症例がある事を見出した。

3.上記より、染色体コピー数異常およびRAS/PI3K経路の遺伝子変異の検索は子宮体部卵巣同時発生癌が同一の起源が否かを判別する一つの要素となる事が示唆された。

4.また、検索した全ての症例に必ずRAS/PI3K経路の変異が含まれており、その下流に存在するCyclinD1に着目し遺伝子変異の解析を行った所、T286Iの点変異を88例中2例(2%)に新たに発見した。その2例は病死症例であった。

5.Thr286はCyclin D1の核外移行およびその分解に関わるアミノ酸であり、T286I変異の機能解析を行った結果Cyclin D1の核内貯留による細胞増殖を起こす事を見出した。

6.しかしCyclin D1の強発現は必ずしも子宮体癌の予後と一致していない事が明らかとなっており、次にCyclin D1と結合蛋白であるCDK4/6に着目した。CDK4/6の発現および活性をcell cycle profiling (C2P) technologyにより解析し、その比活性(CDDKSA)を求めた所、他の臨床病理学的因子と強い相関を持たない予後因子である事が明らかとなった。

7.CDDKSAのカットオフ値をBox plot法により3.2と定め、カプランマイヤー法により解析を行うと、術後抗癌剤使用の有無で比較するとCDDKSA高値は未使用群では有意に予後不良であり、使用群では有意に予後良好であった。従ってCDDKSAは腫瘍進展性のマーカーとなるとともに、抗癌剤投与の指標となる可能性が示された。

以上、本論文は子宮体部卵巣同時発生癌の染色体不安定性および遺伝子変異の背景から子宮体癌のCyclinD1の新規遺伝子変異およびCDK4/6の臨床的意義について明らかにし、学位の授与に値するものと考えられる。

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