学位論文要旨



No 129375
著者(漢字) 泉,玄太郎
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,ゲンタロウ
標題(和) 子宮内膜症の病因・病態における樹状細胞の関与
標題(洋)
報告番号 129375
報告番号 甲29375
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4108号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 谷口,維紹
 東京大学 講師 藤本,晃久
 東京大学 講師 張田,豊
 東京大学 講師 川畑,仁人
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
内容要旨 要旨を表示する

子宮内膜症は、子宮外に子宮内膜類似組織が異所性発育する疾患である。良性疾患ではあるが、月経困難症や慢性痛などの疼痛症状を引き起こすことで生殖年齢女性のQOLを著しく損なう疾患であり、また不妊症の原因にもなることが知られている。

子宮内膜症の病因については、1920年代にSampsonが発表した「逆流説」がもっとも広く知られている。これは、月経時に脱落した子宮内膜が、一部は卵管を通って逆行性に腹腔内に流入し、そこで異所性に発育することで子宮内膜症を発症する、というものである。逆流月経血が子宮内膜症の病因に重要な役割を果たしていることは、疫学的な知見からも裏付けられている。すなわち、初経年齢が若く、月経周期が短く、月経期間が長いなど、月経に暴露されている機会が多いほど子宮内膜症に罹患しやすい。また、子宮内膜症の好発部位は、卵巣や骨盤腹膜などの逆流月経血の暴露を受けやすい部位に一致している。

しかし、月経血の逆流は、子宮内膜症に罹患していない女性にも高頻度で観察されることが知られている。つまり、月経血の逆流単独では必ずしも発症に至らず、さらに何らかの因子、特に何らかの免疫学的要因が加わって、子宮内膜症が発症・進展すると考えられている。

逆流月経血と子宮内膜症の発症に関しては、特に逆流月経血中の生存子宮内膜細胞の生着能やアポトーシス抵抗性についての研究が行われてきた。しかし、月経時の子宮内膜細胞は虚血性壊死を起こしていることを考えると、多くの子宮内膜細胞は月経血中では壊死細胞となっているわけであり、このような死細胞と子宮内膜症の関連については、ほとんど知られていない。これらの死細胞は、腹腔内の免疫系に除去されると考えられるが、この際に誘導される免疫反応に着目した研究は、これまでは行われていない。

樹状細胞は、貪食作用をもつ抗原提示細胞であり、抗原を捕捉して貪食した後、T細胞に抗原提示を行う。さらに様々なサイトカインを分泌することで、T細胞の分化を強力に制御している。先行研究では腹腔内のTh2やTh17などの、CD4陽性T細胞のサブセットが、子宮内膜症の増悪に関与していることを示している。しかし、T細胞の分化を制御するという観点からされた、腹腔内の樹状細胞についての研究は未だない。

そこで、本研究では、腹腔内の樹状細胞に着目し、樹状細胞と逆流月経血中の死子宮内膜細胞との相互関係が腹腔内の免疫学的環境を修飾し、子宮内膜症の発症や進展に関与しているという仮説をたて、この仮説を検証するために以下のような研究を行った。

まず、腹腔内の樹状細胞のサブセットについて、表面抗原BDCA(blood dendritic cell antigen)1、BDCA3、BDCA2の発現の有無により、それぞれMDC1(myeloid dendritic cell type 1)、MDC2(myeloid dendritic cell type 2)、PDC(plasmacytoid dendritic cell)に分類する方法を用いて、腹腔内貯留液中の樹状細胞の解析を行った。またMDC1/2に関しては、その成熟度についても評価を行った。しかし、子宮内膜症の進行期分類間で、これらのサブセットの割合には有意差がみられなかった。

次に、腹腔内樹状細胞で多数を占めるMDC1について、その機能の評価を行うために、パターン認識受容体の細胞表面の発現をフローサイトメトリーで解析し、非子宮内膜症群(Control群)と、子宮内膜症Stage3-4の群(Endometriosis群)で比較した。ここでは、C型レクチンであるマンノース受容体(MR)、CD209、DEC205、そしてスカベンジャー受容体であるCD163の発現を評価した。その結果、MDC1のMR陽性率はControl群、Endometriosis群でそれぞれ84.9±0.95%、88.4±0.96%(平均±標準誤差)で、有意に子宮内膜症患者に高いことが示された。CD209、DEC205、CD163に有意差はなかった。

次に、腹腔内に逆流した月経血に含まれる子宮内膜死細胞と腹腔内樹状細胞の相互作用を、in vitroの共培養モデルを用いて検討した。子宮内膜間質細胞の初代培養細胞を凍結融解法にて細胞死に誘導したものを(dead endometrial stromal cell: dESC)、逆流月経血のモデルとした。また、末梢血単球からIL(Interleukin)4およびGMCSF(Granulocyte macrophage colony stimulating factor)にて樹状細胞を誘導し(monocyte-derived dendritic cell: MoDC)腹腔内の樹状細胞のモデルとした。

まず単純な共培養により、MoDCが死子宮内膜細胞を貪食することを示した。そして、その貪食能は、MR発現が高いMoDCほど高いことが示された。つまり、子宮内膜症患者の腹腔内の樹状細胞はMR発現が高いことから、より死子宮内膜細胞の貪食能が高いことが示唆された。

また、死子宮内膜細胞の貪食によってMoDCのサイトカイン分泌能がどのように変化するかについて、RT-PCRにて評価した。その結果、IL6、IL1βのmRNA発現が、共培養群で、MoDC単独培養群に比べてそれぞれ3.46±0.88倍、3.00±0.54倍(平均±標準誤差)と、有意に高くなっていることが示された。

IL6およびIL1βは、単独でも炎症性サイトカインとして、子宮内膜症を増悪させることが知られている。さらに、IL6はTGFβの存在下で、Th17への分化を誘導することが知られており、Th17やTh17が分泌するIL17は、子宮内膜症を増悪させることが先行研究で示されている。以上の結果から、子宮内膜症患者の腹腔内樹状細胞は、逆流月経血の貪食能が高くなっており、様々な炎症反応を惹起・進展させることで子宮内膜症を増悪させている可能性が示された。

次に、CD11c-DTR-GFPトランスジェニックマウスを用いた樹状細胞除去モデルを用いて、子宮内膜症マウスモデルを作成して、樹状細胞の一時的な除去が子宮内膜症様病変形成に与える影響を評価した。このトランスジェニックマウスは、ジフテリアトキシンの投与によって、2-3日間はCD11c陽性の樹状細胞の全身的除去を行うことができる。このマウスに、ドナーマウスの細切子宮を腹腔内に投与するモデルを用いて子宮内膜症モデルマウスを作製し、細切子宮投与時に合わせてジフテリアトキシンを投与して樹状細胞の除去を行い、PBS投与群と比較を行った。細切子宮投与後14日目に、腹腔内の子宮内膜症様病変の個数、重量、長径について評価を行ったが、ジフテリアトキシン投与群とコントロール群の間に有意差を認めなかった。

これまでの観察研究およびin vitroの共培養モデルの結果から、樹状細胞が子宮内膜症の発症・進展に関与していることは示唆されていたが、子宮内膜症マウスモデルの全ての樹状細胞を除去しても、子宮内膜症発症を抑制することはできなかった。その理由の一つとして、ヒト腹腔内では多様な樹状細胞のうちMR陽性樹状細胞が子宮内膜症の増悪に関与されていると考えられたのに対して、マウスモデルでは全ての樹状細胞を除去している、という実験系の違いがあると考えられた。

そこで、ヒトの腹腔内の樹状細胞の制御、という観点に立ち返って、腹腔内の樹状細胞の機能を調節することによって子宮内膜症の病態を制御する、という可能性を検証した。ここでは子宮卵管造影に使用される油性造影剤Lipiodolに注目した。

Lipiodolを用いた子宮卵管造影後の患者の腹腔内の免疫担当細胞の評価を行ったところ、成熟MDCの増加、PDCの増加、制御性T細胞の増加という特徴がみられた。さらに、in vitroの検討では、MoDCにLipiodolを投与したところ、MoDCにLipiodolの取り込みが見られ、MoDCの成熟化の各マーカーは上昇し(CD83 2.5±0.3 v.s. 3.7±0.2% (P < 0.05)、CD80 14.3±1.6 v.s. 38.2±2.7% (P < 0.001)、CD86 40.9±1.4 v.s. 81.6±1.2% (P < 0,001)、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)、そのIL6産生は0.58±0.10倍に抑制され、CD4陽性T細胞との共培養では、Treg/CD4陽性細胞の割合が有意に増加した(2.46±0.10 v.s. 2.87±0.09 %、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)。さらに、マウスの腹腔内にLipiodolを投与することで、Treg(5.6±0.5 % v.s. 10.3±1.3 %、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)やPDC(0.28±0.02 % v.s. 0.57 ± 0.05 %、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)が有意差を持って増加することも示され、ヒト腹腔内でみられた違いが、患者背景によるバイアスではなく、Lipiodolの直接作用であると考えられた。

これらの結果より、子宮卵管造影の際に腹腔内に流入したLipiodolは、MDCに取り込まれることでMDCの性質を変化させ、そのMDCがIL6の分泌を亢進させ、Tregの分化を促進させるなど、3-6ヶ月の期間にわたって腹腔内の免疫学的環境を免疫抑制的に変化させていることが示された。

次に、子宮内膜症モデルマウスの腹腔内にLipiodolを投与し、子宮内膜症様病変の数(4.5±0.6個 v.s. 2.6±0.4個、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)、重量(153±17mg v.s. 91±14mg、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)と有意差をもってLipiodol群で少なかった。さらに、マウス腹腔内の各種サイトカインの発現をELISAにて評価したところ、IL6の濃度は、ControlとLipiodol群でそれぞれ447±43 pg/ml、274±77 pg/mlで、P < 0.05と有意差を持ってLipiodol群で低値であった。IL6濃度の低下は、MoDCにLipiodolを投与したin vitroの結果に矛盾しなかった。そのため、Lipiodolは樹状細胞の機能を変化させることで、子宮内膜症様病変の形成を抑制している可能性が示唆された。

以上の研究で、子宮内膜症患者の腹腔内の樹状細胞の主要なサブセットであるMDC1は、MRを高発現していること、またin vitroでMRを高発現するMoDCが子宮内膜の死細胞を多く貪食すること、死細胞を貪食したMoDCはIL6とIL1βのmRNA発現が高いことが示された。これらの結果より、子宮内膜症患者の腹腔内の樹状細胞は、逆流月経血中の子宮内膜の死細胞を貪食することで、IL6やIL1βの上昇を介して、子宮内膜症の増悪に関与していることが示唆された。一方で、Lipiodolの投与により、腹腔内の成熟MDC1、MDC2が増加し、Tregも増加していること示された。またin vitroのLipiodol投与により、樹状細胞のIL6産生が低下し、共培養したCD4陽性細胞中のTreg細胞が増加することが示された。これらの結果よりLipiodolが樹状細胞を介して抗炎症的に働くことを示唆された。さらに、子宮内膜症マウスモデルにLipiodolの投与により病変形成を抑制することが示された。以上の研究より、子宮内膜症の発症進展に腹腔内の樹状細胞の関与があることが示された。また、Lipiodolによって樹状細胞の機能を変化させることが、子宮内膜症の治療につながる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

子宮内膜症は、子宮外に子宮内膜類似組織が異所性発育する疾患である。良性疾患ではあるが、月経困難症や慢性痛などの疼痛症状を引き起こすことで生殖年齢女性のQOLを著しく損なう疾患であり、また不妊症の原因にもなることが知られている。

子宮内膜症の病因については、1920年代にSampsonが発表した「逆流説」がもっとも広く知られている。これは、月経時に脱落した子宮内膜が、一部は卵管を通って逆行性に腹腔内に流入し、そこで異所性に発育することで子宮内膜症を発症する、というものである。逆流月経血が子宮内膜症の病因に重要な役割を果たしていることは、疫学的な知見からも裏付けられている。すなわち、初経年齢が若く、月経周期が短く、月経期間が長いなど、月経に暴露されている機会が多いほど子宮内膜症に罹患しやすい。また、子宮内膜症の好発部位は、卵巣や骨盤腹膜などの逆流月経血の暴露を受けやすい部位に一致している。

しかし、月経血の逆流は、子宮内膜症に罹患していない女性にも高頻度で観察されることが知られている。つまり、月経血の逆流単独では必ずしも発症に至らず、さらに何らかの因子、特に何らかの免疫学的要因が加わって、子宮内膜症が発症・進展すると考えられている。

逆流月経血と子宮内膜症の発症に関しては、特に逆流月経血中の生存子宮内膜細胞の生着能やアポトーシス抵抗性についての研究が行われてきた。しかし、月経時の子宮内膜細胞は虚血性壊死を起こしていることを考えると、多くの子宮内膜細胞は月経血中では壊死細胞となっているわけであり、このような死細胞と子宮内膜症の関連については、ほとんど知られていない。これらの死細胞は、腹腔内の免疫系に除去されると考えられるが、この際に誘導される免疫反応に着目した研究は、これまでは行われていない。

樹状細胞は、貪食作用をもつ抗原提示細胞であり、抗原を捕捉して貪食した後、T細胞に抗原提示を行う。さらに様々なサイトカインを分泌することで、T細胞の分化を強力に制御している。先行研究では腹腔内のTh2やTh17などの、CD4陽性T細胞のサブセットが、子宮内膜症の増悪に関与していることを示している。しかし、T細胞の分化を制御するという観点からされた、腹腔内の樹状細胞についての研究は未だない。

そこで、本研究では、腹腔内の樹状細胞に着目し、樹状細胞と逆流月経血中の死子宮内膜細胞との相互関係が腹腔内の免疫学的環境を修飾し、子宮内膜症の発症や進展に関与しているという仮説をたて、この仮説を検証するために以下のような研究を行った。

まず、腹腔内の樹状細胞のサブセットについて、表面抗原BDCA(blood dendritic cell antigen)1、BDCA3、BDCA2の発現の有無により、それぞれMDC1(myeloid dendritic cell type 1)、MDC2(myeloid dendritic cell type 2)、PDC(plasmacytoid dendritic cell)に分類する方法を用いて、腹腔内貯留液中の樹状細胞の解析を行った。またMDC1/2に関しては、その成熟度についても評価を行った。しかし、子宮内膜症の進行期分類間で、これらのサブセットの割合には有意差がみられなかった。

次に、腹腔内樹状細胞で多数を占めるMDC1について、その機能の評価を行うために、パターン認識受容体の細胞表面の発現をフローサイトメトリーで解析し、非子宮内膜症群(Control群)と、子宮内膜症Stage3-4の群(Endometriosis群)で比較した。ここでは、C型レクチンであるマンノース受容体(MR)、CD209、DEC205、そしてスカベンジャー受容体であるCD163の発現を評価した。その結果、MDC1のMR陽性率はControl群、Endometriosis群でそれぞれ84.9±0.95%、88.4±0.96%(平均±標準誤差)で、有意に子宮内膜症患者に高いことが示された。CD209、DEC205、CD163に有意差はなかった。

次に、腹腔内に逆流した月経血に含まれる子宮内膜死細胞と腹腔内樹状細胞の相互作用を、in vitroの共培養モデルを用いて検討した。子宮内膜間質細胞の初代培養細胞を凍結融解法にて細胞死に誘導したものを(dead endometrial stromal cell: dESC)、逆流月経血のモデルとした。また、末梢血単球からIL(Interleukin)4およびGMCSF(Granulocyte macrophage colony stimulating factor)にて樹状細胞を誘導し(monocyte-derived dendritic cell: MoDC)腹腔内の樹状細胞のモデルとした。

まず単純な共培養により、MoDCが死子宮内膜細胞を貪食することを示した。そして、その貪食能は、MR発現が高いMoDCほど高いことが示された。つまり、子宮内膜症患者の腹腔内の樹状細胞はMR発現が高いことから、より死子宮内膜細胞の貪食能が高いことが示唆された。

また、死子宮内膜細胞の貪食によってMoDCのサイトカイン分泌能がどのように変化するかについて、RT-PCRにて評価した。その結果、IL6、IL1βのmRNA発現が、共培養群で、MoDC単独培養群に比べてそれぞれ3.46±0.88倍、3.00±0.54倍(平均±標準誤差)と、有意に高くなっていることが示された。

IL6およびIL1βは、単独でも炎症性サイトカインとして、子宮内膜症を増悪させることが知られている。さらに、IL6はTGFβの存在下で、Th17への分化を誘導することが知られており、Th17やTh17が分泌するIL17は、子宮内膜症を増悪させることが先行研究で示されている。以上の結果から、子宮内膜症患者の腹腔内樹状細胞は、逆流月経血の貪食能が高くなっており、様々な炎症反応を惹起・進展させることで子宮内膜症を増悪させている可能性が示された。

次に、CD11c-DTR-GFPトランスジェニックマウスを用いた樹状細胞除去モデルを用いて、子宮内膜症マウスモデルを作成して、樹状細胞の一時的な除去が子宮内膜症様病変形成に与える影響を評価した。このトランスジェニックマウスは、ジフテリアトキシンの投与によって、2-3日間はCD11c陽性の樹状細胞の全身的除去を行うことができる。このマウスに、ドナーマウスの細切子宮を腹腔内に投与するモデルを用いて子宮内膜症モデルマウスを作製し、細切子宮投与時に合わせてジフテリアトキシンを投与して樹状細胞の除去を行い、PBS投与群と比較を行った。細切子宮投与後14日目に、腹腔内の子宮内膜症様病変の個数、重量、長径について評価を行ったが、ジフテリアトキシン投与群とコントロール群の間に有意差を認めなかった。

これまでの観察研究およびin vitroの共培養モデルの結果から、樹状細胞が子宮内膜症の発症・進展に関与していることは示唆されていたが、子宮内膜症マウスモデルの全ての樹状細胞を除去しても、子宮内膜症発症を抑制することはできなかった。その理由の一つとして、ヒト腹腔内では多様な樹状細胞のうちMR陽性樹状細胞が子宮内膜症の増悪に関与されていると考えられたのに対して、マウスモデルでは全ての樹状細胞を除去している、という実験系の違いがあると考えられた。

そこで、ヒトの腹腔内の樹状細胞の制御、という観点に立ち返って、腹腔内の樹状細胞の機能を調節することによって子宮内膜症の病態を制御する、という可能性を検証した。ここでは子宮卵管造影に使用される油性造影剤Lipiodolに注目した。

Lipiodolを用いた子宮卵管造影後の患者の腹腔内の免疫担当細胞の評価を行ったところ、成熟MDCの増加、PDCの増加、制御性T細胞の増加という特徴がみられた。さらに、in vitroの検討では、MoDCにLipiodolを投与したところ、MoDCにLipiodolの取り込みが見られ、MoDCの成熟化の各マーカーは上昇し(CD83 2.5±0.3 v.s. 3.7±0.2% (P < 0.05)、CD80 14.3±1.6 v.s. 38.2±2.7% (P < 0.001)、CD86 40.9±1.4 v.s. 81.6±1.2% (P < 0,001)、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)、そのIL6産生は0.58±0.10倍に抑制され、CD4陽性T細胞との共培養では、Treg/CD4陽性細胞の割合が有意に増加した(2.46±0.10 v.s. 2.87±0.09 %、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)。さらに、マウスの腹腔内にLipiodolを投与することで、Treg(5.6±0.5 % v.s. 10.3±1.3 %、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)やPDC(0.28±0.02 % v.s. 0.57 ± 0.05 %、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)が有意差を持って増加することも示され、ヒト腹腔内でみられた違いが、患者背景によるバイアスではなく、Lipiodolの直接作用であると考えられた。

これらの結果より、子宮卵管造影の際に腹腔内に流入したLipiodolは、MDCに取り込まれることでMDCの性質を変化させ、そのMDCがIL6の分泌を亢進させ、Tregの分化を促進させるなど、3-6ヶ月の期間にわたって腹腔内の免疫学的環境を免疫抑制的に変化させていることが示された。

次に、子宮内膜症モデルマウスの腹腔内にLipiodolを投与し、子宮内膜症様病変の数(4.5±0.6個 v.s. 2.6±0.4個、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)、重量(153±17mg v.s. 91±14mg、control v.s. Lipiodol、平均±標準誤差)と有意差をもってLipiodol群で少なかった。さらに、マウス腹腔内の各種サイトカインの発現をELISAにて評価したところ、IL6の濃度は、ControlとLipiodol群でそれぞれ447±43 pg/ml、274±77 pg/mlで、P < 0.05と有意差を持ってLipiodol群で低値であった。IL6濃度の低下は、MoDCにLipiodolを投与したin vitroの結果に矛盾しなかった。そのため、Lipiodolは樹状細胞の機能を変化させることで、子宮内膜症様病変の形成を抑制している可能性が示唆された。

以上の研究で、子宮内膜症患者の腹腔内の樹状細胞の主要なサブセットであるMDC1は、MRを高発現していること、またin vitroでMRを高発現するMoDCが子宮内膜の死細胞を多く貪食すること、死細胞を貪食したMoDCはIL6とIL1βのmRNA発現が高いことが示された。これらの結果より、子宮内膜症患者の腹腔内の樹状細胞は、逆流月経血中の子宮内膜の死細胞を貪食することで、IL6やIL1βの上昇を介して、子宮内膜症の増悪に関与していることが示唆された。一方で、Lipiodolの投与により、腹腔内の成熟MDC1、MDC2が増加し、Tregも増加していること示された。またin vitroのLipiodol投与により、樹状細胞のIL6産生が低下し、共培養したCD4陽性細胞中のTreg細胞が増加することが示された。これらの結果よりLipiodolが樹状細胞を介して抗炎症的に働くことを示唆された。さらに、子宮内膜症マウスモデルにLipiodolの投与により病変形成を抑制することが示された。以上の研究より、子宮内膜症の発症進展に腹腔内の樹状細胞の関与があることが示された。また、Lipiodolによって樹状細胞の機能を変化させることが、子宮内膜症の治療につながる可能性が示唆された。

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