学位論文要旨



No 129379
著者(漢字) 貝谷,綾子
著者(英字)
著者(カナ) カイタニ,アヤコ
標題(和) 活性型レセプターLMIR8の機能解析
標題(洋)
報告番号 129379
報告番号 甲29379
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4112号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,知行
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 准教授 川名,敬
内容要旨 要旨を表示する

高等動物における生体防御は、獲得免疫および自然免疫からなる免疫システムにより成立する。適切に生体を防御し、かつ維持するためには、免疫応答を担う免疫細胞が正常に制御されなければならない。免疫細胞の細胞表面には、膜タンパク質である免疫レセプター(受容体)が多種多様に発現しており、細胞の分化、増殖、活性化と抑制等、免疫応答の調節において重要な役割をはたしている。免疫レセプターの中には、細胞外領域の相同性が非常に高いペア型免疫レセプターが存在する。ペア型免疫レセプターは、一方が抑制型レセプター、他方が活性型レセプターとしてペアを形成している。抑制型レセプターは自身の細胞内領域にImmunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif (ITIM)とよばれる抑制型モチーフをもち、ITIMがリン酸化されると一般にチロシンフォスファターゼが動員され抑制シグナルを伝える。一方、活性型レセプターは細胞内領域が短くシグナル伝達モチーフをもたない代わりに、活性型モチーフImmunoreceptor tyrosine-based activation motif (ITAM)を有するアダプター分子と会合し、ITAMのリン酸化を介して活性化シグナルを伝える。アダプター分子にはDNAX-Activating Protein (DAP)10、DAP12、FcRγといった分子が挙げられる。ペア型レセプターは多くの場合、同一のリガンドを認識し、同時に活性化シグナルと抑制シグナルを伝達していると考えられているため、最終的な免疫応答は、細胞におけるシグナルの相対的なバランスによって調節されているものと考えられている。このようにペア型免疫レセプターは免疫応答を調節する重要な分子であり、さらに、ペア型レセプターの異常や調節不全は、自己免疫疾患をはじめとした、様々な局面で病態と関連している可能性が示唆されている。よって、ペア型免疫レセプターによる免疫細胞の制御メカニズムを詳細に解析することは必須である。

Leukocyte mono-immunoglobulin like Receptor(LMIR)/CD300は、2003年に我々の研究室においてシグナル・シークエンス・トラップ(signal sequence trap by retrovirus-mediated expression screening; SST-REX)法によりクローニングされた、新規のペア型免疫レセプターファミリーである。細胞外領域に免疫グロブリン様ドメインを1つ有するI型膜タンパクであり、抑制型と活性型に分類される。国内外の様々な研究室においてほぼ同時に同定され、MAIR / CLM / DigRといった名称で呼ばれている。マウスでは11番染色体に遺伝子座のクラスターを形成し、主にミエロイド系細胞に発現する。その構造からLMIR1とLMIR3がITIMをもつ抑制型レセプター、他のLMIRは活性型レセプターと考えられ、LMIR1とLMIR2、LMIR3とLMIR4は細胞外領域の相同性がきわめて高いペアを形成している

本研究では、LMIRファミリーに属するLMIR8/CD300cのクローニングを行い、その機能解析を行った。LMIR8はファミリー内では活性型LMIRのひとつであるLMIR2、そのペアとなる抑制型のLMIR1と、細胞外免疫グロブリン様ドメインにおいて6割程度のアミノ酸相同性を示す。細胞膜貫通領域に陽電荷アミノ酸のリジンを有し、その細胞内領域が短いことから、LMIR8は活性型レセプターとして働くことが予想され、その機能を同定することを目的とした。

まず、レトロウイルス感染を利用して細胞外領域N末端にFLAGタグを付加したLMIR8をBa/F3細胞に強制発現させたところ、LMIR8が細胞表面に発現することが認められた。次に同様の手法でFLAG-LMIR8を強制発現させたマウス骨髄由来マスト細胞(Bone Marrow-derived Mast Cell ; BMMC)を誘導した。抗FLAG抗体を用いてLMIR8の発現を確認後、LMIR8の架橋刺激を行いその機能の解析を行った。その結果、MAPK(ERK, p38)のリン酸化、Aktの活性化と、同時に炎症性サイトカインであるInterleukin(IL)-6, Tumor Necrosis Factor(TNF)-αの産生が認められ、LMIR8が活性型レセプターとして機能していることが確認された。

LMIR8は活性型レセプターであることから、アダプター分子との会合が予想された。そこで、FcRγ, DAP12, DAP10各アダプター分子のノックアウトマウスの骨髄より、FLAG-LMIR8を発現させたBMMCを合わせて誘導した。するとFcRγの欠損により細胞表面上のLMIR8の発現レベルが低下すること、さらに、FcRγ欠損BMMC上のLMIR8を架橋刺激した際に、MAPKのリン酸化とサイトカインの産生が顕著に減少することが分かった。よってFcRγがLMIR8の細胞表面発現に不可欠であることが分かったが、シグナル伝達においても必須であるかを明らかにする必要が生じた。そこでレトロウイルストランスフェクションにより、野生型のFcRγと、FcRγの有する2つのITAMのチロシン残基をフェニルアラニンに置換した変異型FcRγを、LMIR8と共にFcRγ欠損BMMCに再構築した。すると、野生型FcRγと変異型FcRγは共にLMIR8の細胞表面発現量を上昇させたが、変異型FcRγを発現させたBMMCでは、野生型のFcRγを発現させたBMMCで認められる、LMIR8架橋刺激によるサイトカインの産生が認められなかった。この結果から、LMIR8はFcRγのITAMを介してシグナルを伝達することが明らかとなった。

次にLMIR8の発現プロファイリングを行った。mRNAレベルでは、マウスの各組織では、骨髄での発現が最も高く、次いで脾臓、胸腺においても発現がみられた。また骨髄由来細胞では、大量のI型Interferon (IFN)を産生する特徴をもつ、形質細胞様樹状細胞(Plasmacytoid Dendritic Cell ; pDC)での発現が高いことが分かった。

これらの実験と並行し、LMIR8に対する特異的抗体の作製を試み、LMIR8のみを特異的に認識し、他のLMIRとクロスしない抗LMIR8抗体を得る事に成功した。この抗体を用い、LMIR8がタンパクレベルにおいてどのような細胞に発現分布しているのか検討した。まずマウス骨髄由来誘導細胞を解析したところ、BMpDC特異的にLMIR8の発現が認められた。また、マウスの骨髄および脾臓においても、pDC特異的な細胞表面マーカーとして知られるSiglec-H, BST2共陽性の分画においてLMIR8の発現が認められ、LMIR8はpDC特異的に発現していることが確認された。また、LMIR8細胞表面に発現する際には、FcRγが不可欠であることが確認された。Toll-Like Receptor(TLR)リガンドの刺激を与えた場合でも、pDCにおける細胞表面発現量は定常時と変わらず、pDC以外の細胞では、LMIR8の発現上昇は認められなかった。

次に、pDCにおけるLMIR8の機能解析をin vitroで行った。一般的にITAMは活性化シグナルを伝達するが、pDCにおいては逆にITAMが抑制的に作用する例が知られている。今回、レトロウイルス感染によりFLAG-LMIR8 を過剰発現させたpDCを作成し、抗LMIR8抗体を固相化した条件で、pDCをTLR9リガンドであるCpG-Aを用いて刺激した所、CpG-AによるIFN-αや、IL-6, TNF-α, IL-12p40などの様々な炎症性サイトカイン産生が抑えられた。よってLMIR8の架橋刺激はpDCにおいて、CpG-A刺激に対して抑制的に作用することが明らかになった。

また、これと同時に、LMIR8のリガンド探索を行った。リガンド探索に際して、LMIR8の細胞外領域を用いた結合アッセイと機能的なレポーターアッセイを利用した。これまでに、LMIRファミリーに属する活性型レセプターLMIR5のリガンドとして、膜タンパクであるTIM1やTIM4が同定されたが、二つのアッセイ系で調べたかぎり、細胞表面タンパクや細胞外マトリクスタンパクがLMIR8のリガンドであることを示唆する結果は得られなかった。次に、最近、LMIRファミリーに属する抑制型レセプターLMIR3が、セラミドをリガンドとして認識することが明らかになったことから、脂質に注目してLMIR8のリガンドの解析を行った。

まず、LMIR8の細胞外領域とヒトIgG1のFc部分を融合させたタンパクLMIR8-hFc (LMIR8プローブ)を作製した。脂質がプロットされた膜をLMIR8プローブによりスクリーニングしたところ、LMIR3同様セラミドのみを認識した。次に、様々な脂質の固相化プレートを用いて、LMIR8プローブによるELISAを行ったところ、同様にセラミドのみに反応が認められた。加えて、LMIR8の細胞外領域にLMIR3の膜貫通ドメインとITAMを有するCD3ζの細胞内ドメインを融合したLMIR8- CD3ζキメラレセプターをレポーター細胞2B4- NFAT- GFPに発現させ、LMIR8の細胞外領域に対して未知のリガンドが結合すると、転写因子NFATによってGFPの発現を引き起こすことができるLMIR8レポーター細胞を作製した。様々な脂質の固相化プレート上にLMIR8レポーター細胞をのせ、GFP誘導の有無を検討したところ、やはりセラミドのみに反応した。また、セラミドによるLMIR8レポーター細胞のGFP発現の誘導は、抗LMIR8抗体を細胞溶液に懸濁状態で加えることにより消失した。これらの結果により、セラミドがLMIR8のリガンドになりうることが示された。さらに、セラミドがLMIR8の生理的なリガンドであるかを検討するため、固相化したセラミドプレートにFLAG-LMIR8を過剰発現させたBMMCを乗せたところ、炎症性サイトカインの産生は認められなかった。しかしながら、同じセラミドをリガンドとする抑制型レセプターであるLMIR3と、セラミドの結合を、抗LMIR3阻止抗体を用いて阻止することで、サイトカイン産生が起こり、セラミドによるLMIR8を介したBMMCの活性化が認められた。これにより、セラミドがLMIR8の生理的リガンド候補となりうることが示された。

以上の結果から、LMIR8はITAMを有するアダプター分子FcRγと会合して機能する活性化レセプターであることが明らかとなった。またマウス生体では、大量のI型IFNを産生するpDC特異的に発現し、pDCにおいて抗LMIR8特異的抗体の架橋刺激を加えた場合、CpG-A刺激によるIFN-αおよびサイトカインの産生を抑制することが示された。さらに、LMIR8のリガンド候補がセラミドであることが示唆された。

(図) 解析の結果導き出されたLMIR8の機能模式図

特異抗体によるLMIR8架橋刺激はpDCにおいてCpG-AによるTLR9を介したIFN-α産生を抑制する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、自然免疫システムにおいて重要な役割を果たしていると考えられる、ペア型免疫レセプターファミリーに属するLeukocyte mono-immunoglobulin like Receptor(LMIR)の所属分子であるLMIR8のクローニングおよび機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.C57BL6/Jマウスの骨髄cDNAよりLMIR8のクローニングを行った。LMIR8のアミノ酸配列解析および構造解析を行ったところ、229アミノ酸から構成されるI型の膜タンパク質であり、細胞外にV-set免疫グロブリン様ドメインを持ち、シグナルペプチド、細胞外領域、リジンを含む細胞膜貫通領域、そして短い細胞内領域から成ることが確認された。

2.細胞外領域N末端にFLAGタグを付加したLMIR8をレトロウイルス感染によりBa/F3細胞に強制発現させたところ、フローサイトメトリーによりLMIR8が細胞表面に発現することが認められた。FLAG-LMIR8を強制発現させたマウス骨髄由来マスト細胞(Bone Marrow-derived Mast Cell ; BMMC)を誘導し、抗FLAG抗体を用いてLMIR8の発現を確認後、LMIR8の架橋刺激を行った結果、MAPK(ERK, p38)のリン酸化、Aktの活性化と、同時に炎症性サイトカインであるInterleukin(IL)-6, Tumor Necrosis Factor(TNF)-αの産生が認められ、LMIR8が活性型レセプターとして機能していることが確認された。

3.FcRγ, DAP12, DAP10各アダプター分子のノックアウトマウスの骨髄より、FLAG-LMIR8を発現させたBMMCを合わせて誘導したところ、FcRγの欠損により細胞表面上のLMIR8の発現レベルが低下すること、さらに、FcRγ欠損BMMC上のLMIR8を架橋刺激した際に、MAPKのリン酸化とサイトカインの産生が顕著に減少することが示された。さらに、野生型のFcRγと、FcRγの有する2つのITAMのチロシン残基をフェニルアラニンに置換した変異型FcRγを、LMIR8と共にFcRγ欠損BMMCに再構築した。すると、野生型FcRγと変異型FcRγは共にLMIR8の細胞表面発現量を上昇させたが、変異型FcRγを発現させたBMMCでは、野生型のFcRγを発現させたBMMCで認められる、LMIR8架橋刺激によるサイトカインの産生が認められなかった。この結果から、LMIR8はFcRγのITAMを介してシグナルを伝達することが明らかとなった。

4.マウス組織cDNAを用いてRT-PCRを行ったところ、マウスの各組織におけるLMIR8の発現は、骨髄で最も高く、次いで脾臓、胸腺においてみられることが示された。また骨髄由来細胞では、大量のI型Interferon (IFN)を産生する特徴をもつ、形質細胞様樹状細胞(Plasmacytoid Dendritic Cell ; pDC)での発現することが示された。

5.LMIR8を特異的に認識する抗LMIR8抗体を作製した後、この抗体を用い、LMIR8の細胞発現分布を検討した。LMIR8はマウス骨髄由来誘導細胞ではBMpDC特異的に発現が認められた。また、マウスの骨髄および脾臓においても、pDC特異的な細胞表面マーカーとして知られるSiglec-H, BST2共陽性の分画においてLMIR8の発現が認められ、LMIR8はpDC特異的に発現していることが確認された。また、LMIR8細胞表面に発現する際には、FcRγが不可欠であることが確認された。Toll-Like Receptor(TLR)リガンドの刺激を与えた場合でも、pDCにおける細胞表面発現量は定常時と変わらず、pDC以外の細胞では、LMIR8の発現上昇は認められなかった。

6.FLAG-LMIR8 を過剰発現させたpDCを作製し、抗LMIR8抗体を固相化した条件で、pDCをTLR9リガンドであるCpG-Aを用いて刺激した所、CpG-AによるIFN-αや、IL-6, TNF-α, IL-12p40などの様々な炎症性サイトカイン産生が抑えられた。よってLMIR8の架橋刺激はpDCにおいて、CpG-A刺激に対して抑制的に作用することが明らかになった。

7.LMIR8のリガンド探索を行った。LMIR8の細胞外領域とヒトIgG1のFc部分を融合させたタンパクLMIR8-hFc (LMIR8プローブ)を作製した。脂質がプロットされた膜をLMIR8プローブによりスクリーニングしたところ、LMIR3同様セラミドのみを認識した。次に、様々な脂質の固相化プレートを用いて、LMIR8プローブによるELISAを行ったところ、同様にセラミドのみに反応が認められた。加えて、LMIR8の細胞外領域にLMIR3の膜貫通ドメインとITAMを有するCD3ζの細胞内ドメインを融合したLMIR8- CD3ζキメラレセプターをレポーター細胞2B4- NFAT- GFPに発現させ、LMIR8の細胞外領域に対して未知のリガンドが結合すると、転写因子NFATによってGFPの発現を引き起こすことができるLMIR8レポーター細胞を作製した。様々な脂質の固相化プレート上にLMIR8レポーター細胞をのせ、GFP誘導の有無を検討したところ、やはりセラミドのみに反応した。また、セラミドによるLMIR8レポーター細胞のGFP発現の誘導は、抗LMIR8抗体を細胞溶液に懸濁状態で加えることにより消失した。これらの結果により、セラミドがLMIR8のリガンドになりうることが示された。さらに、セラミドがLMIR8の生理的なリガンドであるかを検討するため、固相化したセラミドプレートにFLAG-LMIR8を過剰発現させたBMMCを乗せたところ、炎症性サイトカインの産生は認められなかった。しかしながら、同じセラミドをリガンドとする抑制型レセプターである抗LMIR3阻止抗体でLMIR3とセラミドの結合を阻止することで、サイトカイン産生が起こり、セラミドによるLMIR8を介したBMMCの活性化が認められた。これにより、セラミドがLMIR8の生理的リガンド候補となりうることが示された。

以上、本論文は活性型レセプターLMIR8をクローニングし、その解析によってITAMを有するアダプター分子FcRγと会合して機能する免疫レセプターであること、またマウス生体で大量のI型IFNを産生するpDC特異的に発現し、抗LMIR8特異的抗体の架橋刺激を加えた場合にCpG-A刺激によるIFN-αおよびサイトカインの産生を抑制すること、LMIR8のリガンド候補がセラミドであることを、はじめて明らかにした。本研究はこれまで未知であった、ペア型免疫レセプターの一員であるLMIR8の詳細な機能解析を通じて、免疫応答の調節メカニズムの一端を明らかにしたことで、生体防御に必須な自然免疫システムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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