学位論文要旨



No 129382
著者(漢字) 小島,聡子
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,サトコ
標題(和) 子宮頸癌前駆病変の制御における局所粘膜リンパ球の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 129382
報告番号 甲29382
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4115号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 准教授 大須賀,穣
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 小室,広昭
 東京大学 准教授 池田,均
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus:以下HPV)は子宮頸部粘膜上皮に感染し子宮頸癌やその前駆病変である子宮頸部異形成(cervical intraepithelial neoplasia:以下CIN)の最も重要な原因となる。CIN病変の多くは自然退縮するが一部は持続、進行しさらに子宮頸癌へ進展する。このような多様な経過をとるのはHPV側の発癌性の強度と宿主側の免疫能の双方による。本研究では宿主側の免疫能に注目した。細胞性免疫能が低下した患者でHPV持続感染やCIN発症のリスクが高いと報告されており、これらの制御には細胞性免疫が重要であることが示唆される。ヒトの免疫システムは全身免疫と粘膜免疫から成り、感染の初発部位である全身の粘膜面には粘膜免疫システムが存在し重要な働きをしている。粘膜免疫システムは誘導組織と実行組織から成り、各粘膜組織に存在する誘導組織で誘導された抗原特異的リンパ球が実行組織に帰巣して働く。誘導されたリンパ球表面には帰巣受容体であるインテグリンβ7が発現しており、実行組織の粘膜上皮に発現しているリガンドとの相互作用により粘膜上皮内に保持され抗原特異的細胞性免疫能を発揮する。子宮頸部にはこの誘導組織が組織学的に証明されておらず、腸管関連リンパ組織が子宮頸部リンパ球の誘導組織として働き、誘導された抗原特異的リンパ球が子宮頸部に帰巣していると考えている。

HPV抗原に対し全身性細胞性免疫と局所粘膜細胞性免疫のどちらがより重要な役割を果たしているかは意見が分かれている。本研究ではCINが粘膜病変であること、病変自体に局在するリンパ球の方が病変特異的な免疫応答を正確に反映することより子宮頸部局所の粘膜免疫システムがより重要な役割を果たしていると考え、CIN症例における子宮頸部粘膜リンパ球の解析とCIN退縮との関連の分析を行った。

HPVE7は初期タンパクの一つで、 宿主の免疫応答の抑制・細胞の不死化・形質転換・アポトーシスの抑制・分化の抑制などを引き起こす。前癌病変であるCIN2-3ではHPVE7が恒常的に発現していることが報告されている。またHPV16型(以下HPV16)はCIN、子宮頸癌の原因として最も多く蔓延している。これまで報告されている抗HPV16E7特異的細胞性免疫能の研究はいずれも末梢血リンパ球を用いた全身性免疫を検討したものであるが、本研究では子宮頸部リンパ球を用いて局所の抗HPV16E7特異的細胞性免疫能とCIN退縮の関連を検討した。

子宮頸部局所の細胞性免疫能に加え、抑制系免疫能もCIN制御において重要な役割を果たしていると考えられる。これまで、CD4+CD25+Foxp3+制御性T細胞やProgrammed Cell Death-1/PD-ligand経路が腫瘍免疫回避において重要な役割を果たしていることが様々な癌で報告されているが、CIN症例における検討は十分なされていない。本研究ではCIN症例における局所の抑制系免疫能の解析とCIN退縮との関連の分析を行った。

【方法】すべての症例から文書でインフォームドコンセントを取得し、また本研究のすべての内容について東京大学倫理委員会の承認を得た。コルポスコピー下生検によってCINと診断された86症例よりサイトブラシを用いて子宮頸部検体を採取し、PGMY-CHUV法でHPV型判定を行い、また不連続密度勾配法にて免疫担当細胞を分離しフローサイトメトリーで表面抗原解析を行った。

3-4ヶ月毎の子宮頸部細胞診で2回以上連続して正常細胞診であることをCINの自然退縮と定義し、退縮群13例と追跡期間を揃えた非退縮群13例を選出し、子宮頸部インテグリンβ7陽性T細胞とCIN退縮の関連を解析した。

続いて局所抗HPV16E7特異的免疫能とCINの関連について、自然経過無治療症例とCINに対するレーザー蒸散治療術を施行した症例において検討した。無治療でCINが自然退縮した症例を退縮群として2例、退縮しなかった症例を非退縮群として8例選出した。またHPV16陽性CIN3に対するレーザー蒸散術施行後半年~1年の時点でCIN3を再発した症例を再発群として5例選出し、再発なしまたはCIN2以下の再発を認めた症例を非再発群として10例選出した。分離した子宮頸部リンパ球を用いてELISPOT解析を行った。HPV16E7合成ペプチド(0.8μM)で子宮頸部細胞を刺激した。抗HPV16E7特異的Th1細胞数とレーザー治療後再発制御の関連を解析した。

さらに、自然退縮群12例と追跡期間を揃えた非退縮群12例を選出し、子宮頸部におけるCD25+Foxp3+制御性T細胞、PD1+細胞の割合とCIN退縮の関連を解析した。

【結果】CIN症例から得られた子宮頸部リンパ球の解析の結果、CD4陽性ヘルパーT細胞とCD8陽性細胞障害性T細胞の比(CD4/CD8比)が1.15で、末梢血リンパ球のCD4/CD8比2.0より低く、細胞性免疫能が優位であることが示された。またB細胞はほとんど存在しなかった。腸管由来の粘膜リンパ球であることを示すインテグリンβ7陽性T細胞が中央値24%存在し、このインテグリンβ7の99%はαサブユニットとしてインテグリンαEを共発現していた。

続いて腸管由来子宮頸部リンパ球とCINの自然退縮との関連を検討するためインテグリンβ7陽性T細胞の割合をCIN退縮群(n=13)と非退縮群(n=13)で比較した結果、退縮群では非退縮群に比べてインテグリンβ7陽性T細胞の割合が有意に高かった(p=0.0011)。

次に、無治療自然退縮群2例、非退縮群8例およびレーザー蒸散術施行後の再発群5例、非再発群10例の子宮頸部リンパ球を用いて抗HPV16E7特異的細胞性免疫能をELISPOT解析しそれぞれ両群で比較した結果、無治療退縮群では無治療非退縮群に比べて、またレーザー治療後非再発群ではレーザー治療後再発群に比べて抗HPV16E7特異的Th1細胞数が有意に多かった(それぞれp<0.05, p<0.001)。

またCIN症例における子宮頸部CD4陽性T細胞のうちCD25+Foxp3+制御性T細胞が中央値11.7%、PD1+細胞が中央値30.7%であり、末梢血CD4陽性T細胞に占める両者の割合(5%程度)に比べて高いことが示された。さらに子宮頸部抑制系T細胞とCINの自然退縮との関連を検討するためCD25+Foxp3+制御性T細胞とPD1+T細胞の割合をCIN退縮群(n=12)と非退縮群(n=12)で比較した結果、退縮群では非退縮群に比べて両者とも有意に低かった(p=0.0012, 0.017)。

【考察】本研究ではまずCIN症例における子宮頸部粘膜リンパ球の解析を行い、末梢血との違いを示した。また、子宮頸部におけるインテグリンβ7陽性粘膜リンパ球がCINの退縮において重要な役割を果たすことを明らかにした。粘膜上皮内ではインテグリンβ7のほとんどがインテグリンαEとヘテロダイマーを構成している。インテグリンαEβ7と粘膜上皮に発現するE-カドヘリンが結合することにより粘膜上皮リンパ球が上皮内に保持され、実行組織での細胞性免疫応答が起こる。E-カドヘリンの喪失は多くの腫瘍の予後不良と関連しており、E-カドヘリンの発現抑制がCIN病変におけるインテグリンαEβ7陽性T細胞の保持を阻害し細胞性免疫応答が抑制され、CIN非退縮につながっていると考えられる。

続いて無治療例およびレーザー蒸散術後症例の子宮頸部リンパ球を用いて、CIN自然退縮および再発制御と抗HPV16E7特異的細胞性免疫能の関連を明らかにした。局所に対する侵襲的な操作によって末梢血中のHPV16E7特異的Th1細胞数が増加すると報告されている。本研究でも宿主の元々の免疫能に加え、レーザーという侵襲的操作によってHPV特異的な細胞性免疫が賦活化された症例で再発が制御されたと考えられる。

さらにCIN病変におけるCD4+CD25+Foxp3+制御性T細胞とPD1+CD4+細胞がCIN退縮と逆関連することを示した。誘導性制御性T細胞は粘膜関連樹状細胞から分泌されるTGF-βやレチノイン酸の作用で成熟ナイーブCD4陽性細胞から分化することが知られている。子宮頸部におけるCD4+CD25+Foxp3+制御性T細胞の割合は末梢血の約2倍高かったことから、誘導性制御性T細胞は抗原依存的に継続的に産生されCIN病変に蓄積していると考えられる。

本研究では症例数が十分ではないため、CIN自然退縮・治療後再発制御に必要な局所粘膜リンパ球数や抗原特異的Th1細胞数のカットオフ値の決定には至っていない。今後症例数を増やした前方視的研究によりカットオフ値を決定し、CIN自然経過予測・治療後再発予測のバイオマーカーとして利用できることが期待される。

【結語】本研究では子宮頸部リンパ球を非侵襲的に採取し分離する方法を確立し、子宮頸部局所における粘膜免疫の重要性を明らかにした。子宮頸部粘膜免疫システムが全身性細胞性免疫能に比べてより直接的にCIN制御に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。本研究を発展させて子宮頸部リンパ球を用いたCIN自然経過予測・治療後再発予測や、また今後開発が期待されるHPVを標的とする分子免疫療法の効果予測・効果判定に利用できると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒトパピローマウイルス(human papillomavirus: HPV)感染や子宮頸癌前駆病変(cervical intraepithelial neoplasia: CIN)の制御において重要な役割を果たしていると考えられる子宮頸部局所粘膜免疫能に着目し、子宮頸部リンパ球を用いてHPV特異的、非特異的粘膜免疫能とCIN退縮を検討したもので、以下の結果を得ている。

1.子宮頸部粘膜担当細胞の構成をフローサイトメトリーにて解析し、末梢血との違いを明らかにした。子宮頸部では細胞性免疫が優位であること、B細胞がほとんど存在しないことが示された。

2.腸管で誘導された帰巣受容体陽性のリンパ球の存在を示し、さらに粘膜リンパ球に発現したインテグリンα4β7は子宮頸部上皮内ではインテグリンαEβ7に変換されていることを示した。

3.子宮頸部におけるインテグリンβ7陽性粘膜リンパ球とCIN自然退縮が関連することを示し、インテグリンαEβ7陽性T細胞はCD8陽性T細胞などよりも重要なエフェクター機能を有している可能性を示した。

4.無治療例およびレーザー蒸散治療後症例の子宮頸部リンパ球を用いてインターフェロンγELISPOT解析を行い、HPV16型E7特異的Th1細胞数とCIN退縮および再発制御の関連を明らかにした。

5.子宮頸部抑制系粘膜リンパ球(CD4+CD25+Foxp3+制御性T細胞、PD1+T細胞)とCIN非退縮が関連することを示した。

以上、本研究では子宮頸部局所における粘膜免疫の重要性を明らかにし、子宮頸部粘膜免疫システムが全身性細胞性免疫能に比べてより直接的にCIN制御に重要な役割を果たしている可能性を示した。本研究を発展させて子宮頸部リンパ球を用いたCIN自然経過予測・治療後再発予測や、また今後開発が期待されるHPVを標的とする分子免疫療法の効果予測・効果判定に利用できると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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