学位論文要旨



No 129383
著者(漢字) 佐藤,敦志
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,アツシ
標題(和) 結節性硬化症モデルマウスの自閉症様行動に関する行動薬理学的研究
標題(洋) Behavioral pharmacological research on the autism-like behavior in mouse models of tuberous sclerosis complex.
報告番号 129383
報告番号 甲29383
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4116号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 田中,輝幸
 東京大学 准教授 金生,由紀子
 東京大学 講師 土田,晋也
 東京大学 講師 長野,宏一朗
内容要旨 要旨を表示する

Impairment of reciprocal social interaction is a core symptom of autism spectrum disorder (ASD). Genetic disorders frequently accompany ASD, such as tuberous sclerosis complex (TSC) caused by haploinsufficiency of the TSC1 and TSC2 genes. Accumulating evidence implicates a relationship between ASD and signal transduction that involves TSC1, TSC2, and mammalian target of rapamycin (mTOR). Here behavioral abnormalities relevant to ASD and their recovery by the mTOR inhibitor rapamycin are shown in mouse models of TSC. In Tsc2(+/-) mice, enhanced transcription of multiple genes involved in mTOR signaling is found, which is dependent on activated mTOR signaling with a minimal influence of Akt. The findings indicate a crucial role of mTOR signaling in deficient social behavior in mouse models of TSC, supporting the notion that mTOR inhibitors may be useful for the pharmacological treatment of ASD associated with TSC and other conditions that result from dysregulated mTOR signaling.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は対人的相互交流およびコミュニケーションに障害をきたす発達障害である自閉症スペクトラム(以下、自閉症とする)おいて、mammalian target of rapamycin (mTOR)の関与を明らかにするため、自閉症を高率に合併しmTOR機能の亢進を病態とする結節性硬化症のモデルマウスを用いて自閉症様の行動異常の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.TSCの原因遺伝子であるTsc1およびTsc2のヘテロ欠失マウス(Tsc1(+/-)マウス、Tsc2(+/-)マウス)において、対人的相互交流の障害に相当する行動異常である、新奇マウスに対する探索行動の低下を、social interaction testを用いて評価した。Tsc1(+/-)マウス、Tsc2(+/-)マウスいずれも、野生型マウスと比較して探索行動が低下し、立ち上がり行動の回数が有意に増加していた。さらに、これらの行動異常はオス、メス双方にみられた。

2.Tsc1(+/-)マウス、Tsc2(+/-)マウスにおいて、全身状態および神経学的反射の異常は観察されず、新奇マウスに対する探索行動に障害を与えうる行動異常については、社会的優位性、嗅覚、新奇物体への探索行動、不安様行動のいずれにおいても異常はみられなかった。また、運動機能、運動学習、痛覚にも異常はなかった。以上より、Tsc1(+/-)マウス、Tsc2(+/-)マウスは新奇マウスへの興味・関心が特異的に低下していることが示された。

3.ヒトで成人に相当する生後3ヶ月齢以上のTsc1(+/-)マウス、Tsc2(+/-)マウスに対してmTOR阻害剤であるrapamycinを1日1回、2日間腹腔内投与し、翌日にsocial interaction testを行った。Rapamycinは5mg/kgおよび10mg/kgの用量で、変異マウスの探索行動を野生型と同程度まで回復させることが明らかとなった。別グループの変異マウスを用いて5mg/kgのrapamycinで追試を行い、探索行動の低下とともに立ち上がり行動の増加も正常化することが明らかとなった。一方、野生型マウスの行動はrapamycinの影響を受けなかった。Tsc1(+/-)マウス、Tsc2(+/-)マウスの自閉症様の行動異常は成人相当の時期においても、rapamycinによって正常化が可能であることが示された。

4.オスTsc2(+/-)マウスに5mg/kgのrapamycinを同様に投与して翌日に脳組織を採取し、mTORシグナル系に関わる遺伝子の発現解析を行った。Tsc1, Gsk3b, Mapk1, Eef2k, Ulk1, Deptorの発現量がTsc2(+/-)マウスで有意に増加し、Tsc1を除く5遺伝子はrapamycin投与後に有意に減少することが明らかとなった。定量RT-PCR検討したところ、Tsc1のRNA量がTsc2(+/-)マウスで増加し、rapamycinの投与後に減少していた。

5.4.と同様にして得られた脳組織を用いて、mTORシグナル系に関わるタンパク質の発現量およびリン酸化についてWestern blottingを行ったところ、mTOR活性の指標であるS6Kリン酸化が亢進しており、rapamycin投与後に正常化した。一方、タンパク質の総量については、TSC1, TSC2, S6K, Aktいずれにおいても変化が見られなかった。従って、3.で行ったrapamycin投与は、変異マウスにおいて亢進したmTOR活性を抑制することで、行動異常の正常化に至ったものと考えられた。

以上、本論文は結節性硬化症のモデルマウスを用いた行動薬理学的解析から、Tsc1(+/-)マウス、Tsc2(+/-)マウスにおける自閉症様の行動異常を明らかにした。また、rapamycinを用いてmTORシグナル系の亢進を抑制することで、この行動異常が成人に相当する時期においても治療可能であることを示した。本研究はこれまで有効な手立てがなかった、薬物による自閉症の根本治療の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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