No | 129384 | |
著者(漢字) | 瀬山,貴博 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | セヤマ,タカヒロ | |
標題(和) | 硫酸マグネシウムの周産期白質傷害に対する予防効果の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129384 | |
報告番号 | 甲29384 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4117号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 脳性麻痺は、受胎から新生児期までに生じた脳の非進行性病変に基づき、満2歳までに発現する永続的な運動および姿勢の異常を呈する病態である。周産期医療の進歩により早産児の死亡率は劇的に改善したが、早産児の脳性麻痺の発症率には大きな変化がなく、周産期領域における重要な問題となっている。 脳室周囲白質軟化症(PVL)は主として脳室周囲の白質傷害を呈する脳疾患であり、早産児の脳性麻痺の主な原因と考えられている。PVL好発期の胎児・早産児の白質は、未熟で脆弱なオリゴデンドロサイトである髄鞘化前オリゴデンドロサイト(pre-OLs)によって主に構成されており、PVLはpre-OLsの細胞死によって発症することが近年になり明らかとなってきた。早産児の脳質周囲白質は、未熟な血管網の分水嶺領域に存在することや、脳血流量が血圧に応じて変動しやすいために、容易に虚血状態に陥り易い。さらには、虚血や絨毛膜羊膜炎などによってもたらされる炎症は、胎児・早産児の脳内におけるサイトカインの産生を促し、ミクログリアの活性化をもたらす。pre-OLsは虚血や炎症といった侵襲やミクログリアの活性化に対してたいへん脆弱であり、これらはPVLのtriggerと考えられている。 硫酸マグネシウムは、以前より産科領域において、妊娠高血圧症候群や切迫早産の治療のために用いられてきた薬剤である。近年、硫酸マグネシウムを早産が予測される母体に投与したところ、出生した早産児における脳性麻痺の発症率が低下することが、大規模臨床試験によって明らかとなってきた。しかしながら、早産児の脳性麻痺の原因となっているPVLを主体とする白質傷害に関しては、硫酸マグネシウムの効果は明らかとなっていない。本研究では早産児の脳障害に特徴的な白質傷害に着目し、硫酸マグネシウムの効果を検討することとした。 PVLの病態・治療法を研究するために、これまでにいくつかの動物モデルが作り出されているが、新生仔ラットに低酸素虚血負荷(片側の頸動脈を結紮した後、酸素濃度6%の状態に一時間放置)をかけて作成するモデルは、脳皮質に明らかな病変を作り出すことなく、白質特異的傷害を安定的に作り出すことができ、ヒトのPVLの病態をよく模している。細胞培養を用いた実験においては、培養系に対して一定時間の低酸素無糖培養を行うことにより、生体における虚血状態と同様の負荷を特定の細胞に対してかけることができると考えられている。本実験では、PVLラットモデルの作成と、pre-OLsの初代培養系に対する低酸素無糖培養を行い、続いてこれらを用いて硫酸マグネシウムの効果判定を行うこととした。 実験のすべての工程は、東京大学の動物実験倫理委員会の承認を得て行い、実験には照明管理および温度管理された動物飼育施設において管理されたラット、およびマウスを用いた。 はじめに、in vivoの実験として、低酸素虚血負荷によるラットモデルを作成した。日齢6日目の新生仔ラットをエーテルにて麻酔後、片側の頸動脈を4-0の手術用絹糸で結紮した。室温37度に保たれたチャンバー内で1時間休息させた後、酸素濃度6%のチャンバー内で1時間放置することにより、低酸素虚血負荷をかけ、その後は親元に戻した。硫酸マグネシウムの効果を観察するため、頸動脈結紮の30分後(低酸素負荷の30分前)に、硫酸マグネシウムを溶解した生理食塩水(100 mg/kg)を腹腔内投与した。コントロール群に対しては、同容量の生理食塩水を腹腔内投与した。日齢8日目(手術後2日目)、または日齢11日目(手術後5日目)に安楽死させ、10%の中性ホルマリンにて灌流固定した後に、摘出した大脳をパラフィン包埋し、海馬の中~後方の高さで薄切し、前額断の組織切片を準備した。 日齢11日目の組織切片をヘマトキシリンエオジン染色したところ、左右の半球で比較して、肉眼的に形態上ほとんど左右差を認めなかったが、成熟したオリゴデンドロサイトのマーカーであるMyelin Basic Protein (MBP)抗体を用いて、同部位の免疫組織染色を行ったところ、海馬上方の脳梁周辺白質において、頸動脈を結紮した結紮側でのみ、著しくMBPが減少していた。低酸素虚血負荷により、結紮側半球で白質特異的傷害が生じており、PVLモデルとして利用できることを確認した。 硫酸マグネシウム投与群と、生理食塩水を投与したコントロール群で、結紮側でのMBPの発現を6段階のスケールを用いて比較したところ、硫酸マグネシウム投与群において、有意に結紮側におけるMBPの発現低下が抑制されていた。成熟したオリゴデンドロサイトの減少が、硫酸マグネシウムの投与により抑えられたことがわかった。 また、同部位における未熟なオリゴデンドロサイトの発現を、髄鞘化段階にあるオリゴデンドロサイトを認識するMyelin associated glycoprotein (MAG)の抗体を用いて評価したところ、MBP同様に硫酸マグネシウム投与群で発現低下が抑制されていた。硫酸マグネシウムの予防的投与により、白質傷害が軽減していることが示された。未熟なオリゴデンドロサイトの数も回復していたことから、硫酸マグネシウムが、未熟なオリゴデンドロサイトの細胞死を抑制することで白質傷害を軽減していることが示唆された。 PVLにおけるダメージのもう一つの指標となるのが、ミクログリアである。ミクログリアの評価には、炎症組織や虚血状態にある組織に存在するミクログリアに発現していることが明らかとなっているCD68抗原に対する抗体を用いた。CD68抗原を用いた免疫染色では、結紮側における脳梁周辺白質でのCD68抗原陽性ミクログリアの集積が、硫酸マグネシウム投与群において有意に抑制されていた。In vivoにおいて、硫酸マグネシウムに白質傷害を軽減する作用があることが示唆された。 続いて、In vitroにおいてpre-OLsの培養系を作成し、実際に細胞死を抑制する働きがあるか否かを検討した。妊娠17日目のICRマウスから胎仔脳を摘出し、血清培地で5日間培養した後、トリプシン処理を行い、さらに無血清培地で2日間培養することで、pre-OLsの培養系を作成した。Pre-OLsは、スルファチドを発現しておりO4抗体によって認識されるが、ガラクトセレブロシドは発現しておらずO1抗体には認識されないという特徴を持っている。免疫細胞染色を行ったところ、培養系を構成する細胞のほとんどがO4抗原陽性・O1抗原陰性となっており、pre-OLs主体の培養系となっていることを確認した。糖を含まない培養液に変換した後、酸素濃度1%未満の状態に6時間放置することで、in vivoの低酸素虚血負荷に相当する負荷をかけた。負荷後は糖を加えてインキュベーター内に開放し、24時間後に培養液中に含まれるLDH量を測定することで、細胞死を評価した。結果として、無糖培地に変換する直前に硫酸マグネシウムを加えた場合に、pre-OLsの細胞死が抑制されることが示唆された。とくに、10mMの硫酸マグネシウムを加えた場合では、有意に細胞死が抑制されていた。硫酸マグネシウムはpre-OLsの細胞死を抑制することにより、白質傷害を軽減している可能性が示された。 マグネシウムは生体において、グルタミン酸NMDA型受容体拮抗作用・末梢における脳血流増加作用・抗炎症作用・細胞膜保護作用・フリーラジカル産生抑制作用などの働きをもつことが、これまでの研究により明らかとなっているが、今回の実験で認められた保護作用についても、これらのメカニズムにより、白質傷害が軽減されている可能性がある。特にグルタミン酸NMDA型受容体はpre-OLsの細胞突起に豊富に存在することが最近になって明らかとなっている。 本研究では、硫酸マグネシウムの投与がpre-OLsの細胞死を抑制する結果として、白質傷害を軽減する可能性が示されたが、最近の早産児の脳組織を用いたPVLの病理研究により、PVLではpre-OLsの細胞死以外に、組織修復のために病変周辺に集積するOlig2陽性の未熟なオリゴデンドロサイトの分化障害も起こっていることが明らかとなってきた。本研究において認められた、硫酸マグネシウムの投与による結紮側における成熟したオリゴデンドロサイトの増加は、未熟なオリゴデンドロサイトの細胞死抑制作用のみならず、分化障害も改善している可能性がある。 硫酸マグネシウムの母体投与は、早産に起因する脳性麻痺を軽減することが最近の臨床試験により明らかとなってきており、一部の臨床試験では、白質傷害に対する効果も示唆されている。またその投与において、重篤な副作用や母体死亡についての報告はない。本研究は、早産児の白質傷害に対する硫酸マグネシウムの予防効果を示唆するものである。どのようなメカニズムによって、その効果がもたらされているかという点については、さらなる研究が必要であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、脳室周囲白質軟化症 (PVL) に代表される周産期白質傷害に対する硫酸マグネシウム (MgSO4) の予防効果を、新生仔ラットモデルおよび未熟なオリゴデンドロサイトの初代培養系を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。 1. 周産期白質傷害のメカニズムを解明するために、日齢6日目の新生仔ラットに一定時間の低酸素虚血負荷 (片側頸動脈を結紮後、6%酸素に60分放置) をかけ、PVLの動物モデルを作成した。 作成したPVLモデルにMgSO4または生理食塩水を、低酸素負荷30分前に腹腔内に投与し、低酸素負荷の5日後に脳組織を評価したところ、MgSO4投与群において、頸動脈結紮側の脳梁周辺白質において、成熟したオリゴデンドロサイトのマーカーであるMyelin Basic Protein (MBP) の発現量の減少が抑制された。 2. PVLモデルにおいて、低酸素負荷の5日後に未熟なオリゴデンドロサイトの指標となるMyelin associated glycoprotein (MAG) および、ミクログリアのマーカーであるCD68の発現量を比較したところ、MgSO4投与群においてMAGの発現量の減少と、CD68陽性細胞の増加が抑制された。 3. PVLモデルにおいて、低酸素負荷の2日後に脳梁周辺白質のTUNEL染色を行ったところ、MgSO4投与群において、TUNEL陽性細胞の減少傾向が認められ、MgSO4が未熟なオリゴデンドロサイトの細胞死を抑制することにより白質傷害を軽減している可能性が示された。 4. 妊娠17日目のマウスから胎仔脳を摘出し、計7日間培養することにより、未熟なオリゴデンドロサイト (pre-OLs) の初代培養系を作成した。作成した培養系を、一定時間低酸素無糖状態におくことにより、in vivoの低酸素虚血負荷に相当する負荷をかけた。 MgSO4を添加した場合、低酸素無糖培養によるpre-OLsからのLDH放出量が減少した。In vivoで示唆された細胞死抑制作用がin vitroにおいて確認された。 以上、本論文はMgSO4の低酸素虚血負荷による白質傷害に対する予防効果を、in vivoおよびin vitroにおいて検討し、明らかにした。特に、本研究において示された、低酸素虚血負荷による未熟なオリゴデンドロサイトの細胞死をMgSO4が抑制する可能性は、これまで明らかにされておらず、周産期白質傷害および早産児における脳性麻痺の減少に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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