学位論文要旨



No 129386
著者(漢字) 戸上,勝仁
著者(英字)
著者(カナ) トガミ,カツヒロ
標題(和) C/EBPα変異体による白血病発症機構の解析
標題(洋)
報告番号 129386
報告番号 甲29386
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4119号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 講師 山口,泰弘
内容要旨 要旨を表示する

CCAAT/enhancer-binding protein α (C/EBPα)はN末に2つのTransactivation domain (TAD)を、C末にbZIPドメイン(DNA結合、ダイマー形成ドメイン)をもつ転写因子で、顆粒球の分化に必須の転写因子である。一方、細胞増殖抑制機能も有していることが知られており、増殖と分化、両方の制御に関与するため、その機能異常は単独で白血病発症に繋がる可能性がある。実際にC/EBPα遺伝子変異は染色体異常のないAMLの約10%に認められる。

C/EBPαはイントロンレス遺伝子で、同じmRNAの異なる開始コドンから2つのアイソフォーム、42kDaのC/EBPα-p42と30kDaのC/EBPα-p30が翻訳される。ショートフォームのC/EBPα-p30はダイマー形成、DNA結合能は保たれているが、TADを1つ欠き、C/EBPα-p42に対してドミナントネガティブに作用する事が分かっている。

AMLで認められるC/EBPα遺伝子変異はN末変異 (C/EBPα-Nm)とC末変異(C/EBPα-Cm)の2つに大別することができる。C/EBPα-Nmはフレームシフト変異で、変異がはいることでN末側に終止コドンがはいり、C/EBPα-p30のみが翻訳されるようになる。一方、C/EBPα-Cmはインフレーム変異で、bZIPドメインに変異がはいることでダイマー形成能、DNA結合能の減弱ないし欠失を生じる。

これまでの研究で、C/EBPα-Nmに関してはC/EBPα-wild type(WT)に対するドミナントネガティブ効果や、分化抑制作用などといった機能を有することが分かっているが、AML発症におけるC/EBPα-Cmの機能的役割については不明な点が多い。本研究ではC/EBPα-Cmに注目し、その機能ついて解析を行った。

今回、ヒトAML患者で認められたC/EBPα-Nm:T60fs×159、C/EBPα-Cm:304_323 duplication、N321D、K313KK、299_304 duplicationを用いた。C末変異体4種類に関しては以下、C/EBPα(304_323 dup.)-Cm、C/EBPα(N321)-Cm、C/EBPα(K313 dup.) -Cm、C/EBPα(299_304 dup.)-Cmと表記して区別する。C/EBPα-CmはC末変異体4種類を総括した表記とする。

まず、C/EBPα変異体の転写活性能をルシフェラーゼアッセイにより検討した。C/EBPα binding siteを含んだp(C/EBP)2TKをReporter vectorとして使用し、C/EBPα-WT及びC/EBPα変異体の転写活性を調べたC/EBPα-WTが強い転写活性能を示すのに対して、C/EBPα-Nm、C/EBPα-Cmともに転写活性能は認められなかった。次に、C/EBPα-WTに対するドミナントネガティブ効果を検討するため、C/EBPα-WT とC/EBPα-NmもしくはC/EBPα-Cmを同時にトランスフェクトした。C/EBPα-WTで認められた転写活性がC/EBPα-Nmを同時にいれることで、その転写活性が有意に抑制された。一方、C/EBPα-WTとC/EBPα-Cmを同時にいれた場合はC/EBPα-WT単独の場合と、その転写活性に有意差は認められなかった。

免疫染色でC/EBPα-WT及びC/EBPα変異体の細胞内局在を検討した。C/EBPα-WT、C/EBPα-Nm、C/EBPα-Cmを293T細胞へトランスフェクションし、48時間後に染色して共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ、C/EBPα-WT及びC/EBPα変異体ともに核内に局在していたが、分裂期の細胞を観察すると、C/EBPα-WT、C/EBPα-Nmは染色体上に認められるのに対してC/EBPα-Cmは染色体上に認められなかった。

以上の結果から、C/EBPα-Nm、C/EBPα-CmはC/EBPα-WTに対するドミナントネガティブ効果及び、その局在において異なることが示された。以降は、今回注目したC/EBPα-Cmについて研究をすすめた。

顆粒球の分化におけるC/EBPα-Cmの機能について検討するため、G-CSFにより好中球へ分化するマウス骨髄細胞株32Dcl3細胞を用いて分化試験を行った。32Dcl3細胞へpMYsIP-mock、pMYsIP- C/EBPα-Cmを導入後、puromycin (1 ng/mL)で selectionし安定発現株を作成後、G-CSF (50 ng/ml)で6日間培養し、細胞形態の観察と顆粒球の分化マーカーで、分化するに従い発現が高くなるCD11bをフローサイトメトリーを用いて測定した。コントロールとして、それぞれのトランスフェクタントをIL-3 1 ng/mlで培養した。mockはIL-3で培養した場合と比べ、G-CSFで培養すると6日目には成熟顆粒球へ分化していたが、C/EBPα-Cm導入細胞ではG-CSFで培養した場合もmockと比べて有意に未熟な細胞が残存していた。また、mockはIL-3に比べG-CSFの刺激でCD11bの発現が高くなっているのに対して、C/EBPα-Cm導入細胞では変化がなかった。

次に、Primary cellにおける増殖能、分化誘導能を検討するため、マウス骨髄細胞から採取した単核球へmockもしくはC/EBPα-Cmを導入しコロニーアッセイを行った。pMYsIG-mock、pMYsIG- C/EBPα-Cmをマウス骨髄単核球へ導入後、GFP陽性細胞をソートした。1×104細胞/dishで播種し、7日後にコロニー数をカウントし、同細胞濃度で継代した。その結果、Mockでは継代不可能であったのに対してC/EBPα-Cm導入細胞では繰り返し継代可能で、継代可能となった細胞はサイトスピンで確認したところ、芽球様の幼若細胞であった

つまり、C/EBPα-CmはG-CSFによる32Dcl3細胞の分化を抑制し、マウス骨髄細胞を不死化することがわかった。

In vivoでのC/EBPα-Cmの機能をマウス骨髄移植モデルを用いて検討した。マウス骨髄細胞より採取した単核球 (Ly5.1マウス)にpMYsIG- C/EBPα-Cmベクターによって作成したウイルスを感染させ、放射線照射後のLy5.2マウスへ移植した。移植細胞はLy5.1を指標に、レトロウイルスベクター感染細胞はGFPを指標にフォローしていくことが可能である。

C/EBPα-Cmは移植から3~12ヶ月で、著名な肝脾腫を伴うAMLを発症し、骨髄はGFP、Gr1、CD11b、c-Kit陽性のやや分化傾向を示す腫瘍細胞に占拠されていた。C/EBPα-Cmの中で、最も発症時期が早かったZIP domainのpoint mutationであるN321Dについて、さらに研究を行った。

マイクロアレイを用いたDNA及びmicroRNA (miR)の網羅的遺伝子発現解析を行った。サンプルはC/EBPα(N321D)を移植しAMLを発症したマウスとmockを移植したマウスの骨髄を用いた。それぞれ3匹、計6匹の解析を行った。

得られたマイクロアレイの結果からt検定でP値<0.05のプローブ4285個、3068遺伝子に注目した。3068遺伝子に関してGene ontology (GO)解析を行い、P値<0.005のGO term 27個、その中で白血球の分化及びアポトーシスに関連した遺伝子のAbsolute fold change上位5遺伝子をそれぞれ抽出した。この抽出した遺伝子の中から、がん抑制遺伝子でこれまでに造血器腫瘍に関連した報告のあるEgr1に注目した。Real time PCR でEgr1の発現を比較したところ、やはり、C/EBPα(N321D)白血病発症マウス骨髄において、著しく抑制されていることが明らかとなった。

次に、Egr1の標的遺伝子の発現をReal time PCRを用いて比較したところ、C/EBPα(N321D)発症マウス骨髄ではPtenが著しく低下していることがわかった。そこで、Ptenの下流、AKTのリン酸化についてウェスタンブロットで確認したところ、C/EBPα(N321D)白血病発症マウス骨髄細胞ではコントロールの骨髄細胞に比べてAKTのリン酸化が入りやすい状態であることが明らかとなった。

さらに、miRマイクロアレイの結果から、Egr1をターゲットとするmiR-183がC/EBPα(N321D)白血病発症マウス骨髄において高くなっていることがわかった。

miR-183は多くの癌で発現が高くなっており、miR-183-Egr1-PTEN Networkの腫瘍化における重要性が固形腫瘍において報告されている。

以上、本研究でC/EBPα-Cmは顆粒球の分化を抑制し、マウス骨髄細胞を不死化することがわかった。また、C/EBPα(N321D)による白血病マウスモデルではmiR-183の発現が上昇し、Egr1及びPtenが著しく抑制されていることを明らかにした。

C/EBPα(N321D)による白血病化にmiR-183-Egr1-PTEN Networkが関与していることが示唆されたが、C/EBPα(N321D)によるmiR-183の発現制御機構まで明らかにすることはできなかった。そのメカニズムの解析は今後の課題であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はCCAAT/enhancer-binding protein α (C/EBPα)遺伝子変異体による白血病発症機能についてマウス骨髄移植モデルを用いて解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.AML患者で認められたC/EBPα-C末変異体(C/EBPα-Cm)が転写活性能を失っており、C/EBPα-CmはC/EBPα-N末変異体(C/EBPα-Nm)と異なり、C/EBPα-WTに対してドミナントネガティブに作用しないことが293T細胞を用いたルシフェラーゼアッセイにより示された。

2. C/EBPα-WT 及びC/EBPα変異体の細胞内局在を免疫染色で検討したところ、C/EBPα-WT及びC/EBPα変異体ともに核内に局在していたが、C/EBPα-WT、C/EBPα-Nmが染色体上に認められるのに対してC/EBPα-Cmは染色体上に認められなかった。

3. G-CSFで成熟好中球へ分化するマウス骨髄細胞株32Dcl3細胞を用いて分化試験を行った。32Dcl3細胞へmock、C/EBPα-Cmを導入後、安定発現株を樹立し、G-CSFで6日間培養して比較したところ、形態及び分化マーカー(CD11b)の発現から、C/EBPα-CmがG-CSFによる32Dcl3細胞の分化を抑制することが示された。

4. Primary cellにおける増殖能、分化誘導能を検討するため、マウス骨髄細胞から採取した単核球へmockもしくはC/EBPα-Cmを導入しコロニーアッセイを行った。その結果、Mockではreplating不可能であったのに対してC/EBPα-Cm導入細胞では繰り返しreplating可能で、replating可能となった細胞はサイトスピンで確認したところ、芽球様の幼若細胞であった 。つまり、C/EBPα-Cmはマウス骨髄細胞を不死化することが示された。

5. In vivoでのC/EBPα-Cmの機能についてマウス骨髄移植モデルを用いて検討した。C/EBPα-Cm導入細胞を移植したマウスは、移植から3~12ヶ月で著名な肝脾腫を伴うAMLを発症し、骨髄はGr1、CD11b、c-Kit陽性のやや分化傾向を示す腫瘍細胞に占拠されていた。

6. C/EBPα-Cmの白血病発症における標的遺伝子を探索する目的でマイクロアレイを用いたDNA及びmicroRNA (miR)の網羅的遺伝子発現解析を行った。C/EBPα-Cmを移植しAMLを発症したマウスとmockを移植したマウスの骨髄を比較した。その結果、がん抑制遺伝子であるEgr1がC/EBPα-Cm白血病発症マウス骨髄において著しく抑制されていることが明らかとなった。また、Egr1の標的遺伝子の発現をReal time PCRを用いて比較したところ、C/EBPα-Cm発症マウス骨髄ではPtenが著しく低下していることがわかった。そこで、Ptenの下流、AKTのリン酸化についてウェスタンブロットで確認したところ、C/EBPα-Cm白血病発症マウス骨髄細胞ではコントロールの骨髄細胞に比べてAKTのリン酸化が入りやすい状態であることが明らかとなった。さらに、miRマイクロアレイの結果から、Egr1をターゲットとするmiR-183がC/EBPα-Cm白血病発症マウス骨髄において高くなっていることがわかった。

以上、本論文はC/EBPα-Cmが顆粒球の分化を抑制し、マウス骨髄細胞を不死化すること、また、C/EBPα-Cmによる白血病発症マウス骨髄ではmiR-183の発現が上昇し、Egr1及びPtenが著しく抑制されていることを明らかにした。C/EBPα-Cmによる白血病発症機構の分子メカニズムは明らかとなっていない点が多く、本研究ではC/EBPα-Cm による白血病化にmiR-183-Egr1-PTEN Networkが関与している可能性を示唆する結果が得られており、学位授与に値するものと考えられる。

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