学位論文要旨



No 129388
著者(漢字) 西村,耕太郎
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,コウタロウ
標題(和) 細胞周期制御遺伝子MgcRacGAPの発現制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 129388
報告番号 甲29388
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4121号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 大須賀,穣
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 特任講師 浦野,友彦
内容要旨 要旨を表示する

細胞は、増殖する際にG1期(細胞間期)、S期(DNA複製期)、G2期(複製と分裂の間期)、M期(分裂期)からなる細胞周期を回っている。さらに、分裂しない時期G0期(休止期)が存在し、幹細胞、分化した細胞などはG0期にあると考えられている。そしてこれら細胞周期に関わる様々な分子が、量的、質的に厳密に制御され、正常な細胞周期が維持されている。

Male germ cell Rac GTPase activating protein (MgcRacGAP)は、Rho GTPaseの一つであり、細胞周期の各時期に機能を有する分子である。間期では核内に局在し、Rac1、Cdc42へのGAPとして機能し、セントロメアタンパク質CENP-Aの染色体への取り込みの安定化や、STAT3と結合し、サイトカインシグナルを増強する。細胞の分裂期(M期)になるとAuroraBによりセリン387番目がリン酸化されRhoAへの活性を獲得し、MKLP1と結合しセントラルスピンドリンを形成する。さらに分裂終期でミッドボティに限局し、RhoAに対するGAP活性によりアクチン収縮環が収縮、細胞分裂を完了させる。MgcRacGAPをin vitroでノックダウンすると細胞は分裂を完了できない。また、ノックアウトマウスは、8細胞期以降に発生が進まず胚生致死となることからMgcRacGAPは細胞分裂に必須の分子であることがわかっている。これまでの研究でMgcRacGAPは、多くの機能を有し、細胞周期に深く関与することが示され、さらにタンパク質のリン酸化等の質的な制御機構は研究が進められてきた。一方、他の細胞周期遺伝子同様、MgcRacGAPの機能発現にも厳密な量的制御が存在すると考えられるが、未解明のままである。

MgcRacGAPの発現量制御機構の解明のため、まずNIH-3T3細胞をG0期、M期中期にそれぞれ血清除去およびノコダゾール処理により同期し、MgcRacGAP mRNAの発現量をリアルタイムPCRにて定量した。MgcRacGAP mRNAの発現量は、G0やG1初期には発現が高いが、G1中期にかけて一旦減少し、S/G2/M期にかけて発現が上昇していくことが明らかとなった。また、MgcRacGAPに作用する可能性のあるmicroRNAを探索した結果、miR-17-92クラスターが3'UTR領域に結合し、MgcRacGAP mRNAはmiR-17-92クラスターの過剰発現により有意に低下した。

次にMgcRacGAPタンパク質の発現量も細胞周期依存的に変化するのかを明らかにするため、レトロウイルスを用いてpMXs-IG-MgcRacGAP-FlagをNIH-3T3細胞に導入し、mRNAと同様に同期実験を行いタンパク質の発現量を解析した。その結果、MgcRacGAPは、M期中期に発現が上昇し、G1/G0期に減少、さらに細胞周期が進むと再び上昇することが確認された。また、血清除去実験によりG0期にMgcRacGAPの発現は減少し、プロテアソーム阻害剤MG132で処理するとG0期での発現減少が抑制された。さらに、細胞内ポリユビキチン化の解析でMgcRacGAPのポリユビキチン化バンドが検出された。以上のことからMgcRacGAPはユビキチン・プロテアソーム分解系によって分解されることがわかった。MgcRacGAPがポリユビキチン化され、プロテアソームにより分解されることがわかったため、ユビキチン化酵素E3リガーゼの同定を試みた。細胞周期のG1/G0期で主に働くことが知られているCDH1とCDC20をMgcRacGAPとともに293T細胞に形質導入し、ウエスタンブロットにより発現を解析したところ、CDH1によりMgcRacGAPの発現が有意に減少していた。このとき、MgcRacGAP mRNAの発現は確認されていることから、タンパク質分解が原因であることがわかった。さらに、プロテアソーム阻害剤MG132を作用させると、CDH1との共発現によるMgcRacGAP発現量の減少が抑制された。CDH1による分解促進にMgcRacGAPのどの領域が重要であるかを解析するため、MgcRacGAPに存在する既知のドメイン、ミオシン様ドメイン、インターナルドメイン、システインリッチドメイン、GAPドメインをそれぞれ欠失させた変異体を作製した。各種変異体をCDH1と293T細胞に共発現させ、その分解を解析した。結果、GAPドメインを欠失したΔGAP変異体はCDH1による分解促進が有意に抑制された。GAPドメインに分解調節ドメインがあると考え、さらにユビキチンとの共発現によりポリユビキチン化を解析したところ、GAPドメインが欠失した変異体では、ポリユビキチン化バンドが有意に減弱した。MgcRacGAPのGAPドメインの中に存在する、分解調節領域(デグロン)を同定するため、C末領域を欠失したMgcRacGAP変異体を作成した。各種変異体とCDH1を293T細胞に共発現させ、分解の有無によりデグロン領域の同定を試みた。その結果、537-632の領域を欠失したG3変異体で有意に分解促進が抑制された。また、分解されないΔGAP変異体に537-632領域を結合させた変異体を作成し、CDH1との共発現させたところ、CDH1による分解促進が確認された。以上の結果から、537-632領域がデグロンであると同定した。

デグロン領域がどのように分解を制御しているのか、その分子機構の可能性として、(1)分解促進ドメインとして知られるPESTドメインの存在、(2)ユビキチン化リジンの存在、(3)リン酸化修飾による分解スイッチの存在、(4)CDH1結合領域D-boxの存在の4つの可能性をデグロン領域のアミノ酸配列についてそれぞれ探索した。デグロン領域のアミノ酸配列を解析ソフトpestfindによりPESTドメインを探索したところ、3つのPESTドメインが発見されたが、いずれもスコアは低かった。デグロン領域内にユビキチン化を受けるリジン残基が存在するか、デグロン領域内のリジン残基をアルギニンに置換したKR変異体を作製し解析した。293T細胞にCDH1と共発現させたところ、デグロン領域のリジン残基をすべてアルギニンに置換してもCDH1により分解されることが明らかとなった。細胞周期依存的な分解は、リン酸化が分解の促進や抑制に機能していることが知られており、MgcRacGAPデグロン領域には、10カ所M期にリン酸化される部位がわかっている。その中で、Cdk1によりリン酸化されPP2Aで脱リン酸化されるT588、PKCリン酸化モチーフであるS595、またその間にあるS590、S591、S592、S593について、アラニン置換変異体作成したが、いずれの変異体でもCDH1による分解促進が見られた。次に、デグロン領域にCDH1の認識配列D-boxが存在するかどうかを検討した。D-boxはRXXLというコンセンサスモチーフをもつ。MgcRacGAPデグロン領域には599番目の位置から始まるRSTLという配列があり、この4つのアミノ酸をすべてアラニンに置換した変異体599RSTL>AAAAを作成した。293T細胞にCDH1と共発現させウエスタンブロットにより解析した結果、599RSTL>AAAA変異体はCDH1の過剰発現により分解が促進された。デグロン領域の分子機構については今後更なる解析が必要である。

MgcRacGAPがCDH1によりG1/G0期でポリユビキチン化されプロテアソームにより分解されることが確かとなったので、この分解が生体内でどういった意義を持つのかG3変異体を用い解析した。G3変異体の局在は、野生型と同様で間期には核内に、分裂期には進行に伴ってMidbodyに集約していくことがわかった。そして、G1/G0期ではG3変異体は野生型に比べ有意に発現が亢進しており、分解が抑制されていることが確認された。次にMEF細胞に野生型MgcRacGAPとG3変異体を導入した。コントロールに比べ、野生型、G3変異体において有意に増殖の抑制と早期細胞老化の誘導がみられ、MgcRacGAPの過剰発現により早期細胞老化が誘導されることが明らかとなった。また、骨髄移植実験を行ったところ、野生型とG3変異体が導入された骨髄細胞は、コントロールに比べ移植した骨髄細胞の生着率が有意に低かった。これまでMgcRacGAPノックダウンにより細胞分裂に異常が生じるという報告はあったが、MgcRacGAPの過剰発現によりMEFでの早期細胞老化、骨髄細胞の生着などへの影響が本研究により明らかとなった。しかし、野生型とG3変異体には有意な差はみられておらず、G1/G0期分解が早期細胞老化や骨髄細胞の生着に関与しているかは、今後更なる解析の必要が有ると考えられる。

本研究により、MgcRacGAPは、miR-17-92クラスターによるmRNAの抑制、さらにAPC/C-CDH1によるG1/G0期でのタンパク質分解により厳密な量的制御を受けていることが新たに明らかとなった。そして、MgcRacGAPの発現異常は、生体内で細胞老化や血球細胞の生着に異常をきたすことが示され、厳密な量的制御による適正な発現量が重要であることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、細胞周期の制御因子であるMgcRacGAPの量的制御機構を解明するため、mRNAおよびタンパク質レベルでの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.細胞同期実験の結果、MgcRacGAP mRNAの発現量は、G0やG1初期には発現が高いが、G1中期にかけて一旦減少し、S/G2/M期にかけて発現が上昇していくこと示され。また、MgcRacGAPに作用する可能性のあるmicroRNAを探索したところ、miR-17-92クラスターが3'UTR領域に結合し発現を抑制することが明らかとなった。

2.レトロウイルスを用いてpMXs-IG-MgcRacGAP-FlagをNIH-3T3細胞に導入し、mRNAと同様に細胞同期実験により、MgcRacGAPタンパク質は、M期中期に発現が上昇し、G1/G0期に減少した。プロテアソーム阻害剤MG132で処理するとG0期での発現減少が抑制された。さらに、細胞内ポリユビキチン化の解析でMgcRacGAPのポリユビキチン化バンドが検出された。以上のことからMgcRacGAPはユビキチン・プロテアソーム分解系によって分解されることが示された。

3.MgcRacGAPに対するユビキチン化酵素E3リガーゼの同定を試みた。細胞周期のG1/G0期で主に働くことが知られているCDH1を過剰発現させることによりMgcRacGAPの発現が有意に減少することから、CDH1がMgcRacGAPに対するE3リガーゼであると同定した。

4.MgcRacGAP欠損変異体とCDH1共発現による分解促進の有無により分解調節領域(デグロン)の同定を試みた。その結果、537-632の領域を欠失したG3変異体で有意に分解促進が抑制された。また、蛍光タンパク質mVenusと537-632領域の融合遺伝子を作製しCDH1と共発現させたところ、CDH1による分解促進が確認された。以上の結果から、537-632領域がデグロンであると同定した。

5.MEF細胞にMgcRacGAPを遺伝子導入すると増殖の抑制と早期細胞老化の誘導がみられた。また、骨髄移植実験を行ったところ、骨髄細胞の生着率が有意に低かった。MgcRacGAPの過剰発現によりMEFでの早期細胞老化、骨髄細胞の生着などへの影響が本研究により明らかとなった。

以上、本論文は、MgcRacGAPが、miR-17-92クラスターによるmRNAの抑制、さらにAPC/C-CDH1によるG1/G0期でのタンパク質分解により厳密な量的制御を受けていることが新たに明らかとなった。そして、MgcRacGAPの発現異常は、生体内で細胞老化や血球細胞の生着に異常をきたすことが示され、厳密な量的制御による適正な発現量が重要であることが明らかとなった。本研究は、未解明であったMgcRacGAPの量的制御機構を明らかにすることで、細胞周期制御の更なる解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク