学位論文要旨



No 129389
著者(漢字) 西村,力
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,リキ
標題(和) 先端的解析技術を用いた横紋筋肉腫における標的分子の探索
標題(洋)
報告番号 129389
報告番号 甲29389
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4122号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 井上,聡
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 小室,広昭
 東京大学 講師 細谷,紀子
 東京大学 講師 熊野,恵城
内容要旨 要旨を表示する

要旨

横紋筋肉腫は小児悪性軟部腫瘍の中では最も頻度が高く、病理組織学的に胞巣型と胎児型に大きく分類される。年少児、泌尿頭頚部に多く、比較的予後良好な胎児型に比べ、胞巣型は年長児、四肢に好発し、遠隔転移を伴いやすく予後不良であり、両者はそれぞれ特徴的な臨床像を示す。現在知られている遺伝学的特徴は、胞巣型における横紋筋肉腫特異的転座であるPAX3/7-FOXO1や、胎児型優位に認められる11p15.5のヘテロ接合性の消失 (LOH:loss of heterozygosity)、2、8、12番染色体の増幅、胞巣型優位のCDK4、MYCN、GPC5/mir-17-92の高度増幅、転座を構成するPAX3/7とFOXO1の同時高度増幅などが報告されている。しかしこの2つのサブグループの分子病態の違いはいまだ十分に解明されておらず、治療に結びつくような分子標的もほとんど見つかっていない。そこで本研究では横紋筋肉腫49例を用いたSNPアレイ解析と15例を用いたエクソーム解析により、それぞれLOH領域を含むゲノムコピー数プロファイルと遺伝子変異から新規の標的分子の探索を試み、このうち胞巣型3例では、初発・再発または転移巣での比較も行い、再発・転移に関わる因子やクローンの進化についても検討した。

SNPアレイにおいて、2、8、12番染色体の増幅は胎児型では胞巣型に比べ有意に多く、両者は異なるゲノムプロファイルを示した。一方、全体的なアレル不均衡のパターンは両者に明らかな差はなく、11番染色体のLOHは胞巣型でも胎児型と同等に高率に認められた。今回解析した細胞株8株中7株は高度の多倍体の上に多数の構造異常を伴っており、新鮮腫瘍とは異なる特徴を示した。これは細胞株化前後の検体で比較しても同様の傾向を認め、この結果は横紋筋肉腫では細胞株は新鮮腫瘍の代替とはならない可能性を示している。今まで胎児型では遺伝学的な予後マーカーは知られていなかったが、本研究では13qの増幅が胎児型において予後良好群に有意に多く、新たな予後マーカーとなる可能性が示された。今回横紋筋肉腫において新規の高度増幅領域も検出され、そのうち胞巣型1例と転座陽性胎児型1例に重複して認められたのが13q33のIRS2を含む領域だった。IRS2の機能ドメインの変異解析では、新鮮腫瘍には変異を認めなかったが、RT-PCRによる発現解析では胞巣型で80%、胎児型に50%と高頻度に発現を認めた。また横紋筋肉腫においてIRS2の高発現が予後不良因子となることも報告されている。今までに少数の脳腫瘍でも高度増幅の報告もあり、insulin-like growth factor経路の構成要素であることからも、横紋筋肉腫の一部においてIRS2がその病態に関わっている可能性が考えられた。また分類不能型の1例にNCOA2を含む領域の高度増幅が認められた。このNCOA2は少数の横紋筋肉腫においてPAX3と転座を構成することから、転座以外にも高度増幅という形で横紋筋肉腫の病態に関わる可能性が考えられた。横紋筋肉腫におけるALKの高度増幅、高発現は今までにも複数報告があり、本研究でも同様の結果が得られた。ALK阻害剤は他の腫瘍では治験や臨床応用がすでに始まっており、横紋筋肉腫での効果も期待されるため、細胞株を用いて3種類のALK阻害剤 (TAE684, 2,4-PDD, crizotinib) の効果を検証したところ、ALKの発現が高い株では効果が高い傾向を認めた。

胞巣型3例における初発・再発もしくは転移巣のゲノムコピー数の比較では、2例(再発1例、転移1例)では再発・転移巣には初発時に認められたコピー数変化に新たな変化が少数加わるのみであったため、再発・転移巣のmajorクローンは初発時のmajorクローンに近いことが推測された。対照的に再発のもう1例では、PAX3-FOXO1の不均衡転座の所見のみが再発時に持ち越されており、それ以外のコピー数変化はほとんど一致しなかった。しかも初発に認められていた11番染色体のLOHが、再発時には検出されず、再発したクローンは初発時に比較的早期に分かれたminorクローンであることが推測された。また初発時のmajorクローンは治療に感受性があったが、このクローンは治療抵抗性であったとも考えられる。11p LOHは横紋筋肉腫における頻度が高く、腫瘍化に関わっていると考えられているが、再発といった腫瘍の進展には強く関わらないことが示唆された。これは、本研究における11 番染色体のLOHが予後に相関しないという結果とも一貫している。対照的にPAX3-FOXO1はより早期に生じ、コピー数変化からは再発時に唯一選択されており、この転座が胞巣型横紋筋肉腫に与える影響が強力であることが推測された。

横紋筋肉腫15例のエクソーム解析の結果では、今までに次世代シーケンサで解析された小児腫瘍の報告と同様に、体細胞変異が少ない傾向を認めた。横紋筋肉腫に特異的な、高い頻度で変異が認められる単一遺伝子は検出されなかった。最も多く変異を認めたのはTP53で、germline変異も含めて4例に変異が検出された。変異遺伝子が集中する経路を検索したところ、15例中7例でFGFR4-PI3K-AKT経路内に変異が集中することが判明した。具体的にはFGFR4とPTPN11の変異が重複した1例、GAB1が2例、PIK3CAが1例、PIK3CGが1例、PTENが2例で、この中には胎児型、胞巣型症例どちらも含まれており、組織型に関わらない共通経路と考えられた。横紋筋肉腫におけるこの経路内の変異の頻度を確認するため、細胞株4株を含む48検体でdeepシーケンスを行ったところ、新鮮腫瘍の26.8%に変異を認めた。またこれらの変異は、PTPN11以外は全て排他的になっていた。また本研究において横紋筋肉腫における新規の変異遺伝子も複数検出された。前述のPTEN(2例)は横紋筋肉腫では今まで1例でホモ欠失が報告されているのみで、変異は知られていなかった。ARID1Aは近年注目を集めるエピジェネティック関連分子の一つで、SWI/SNFクロマチン再構成複合体の主要要素をコードし、さまざまな腫瘍で変異の報告がある。今回横紋筋肉腫でも胎児型1例、胞巣型1例でどちらもフレームシフト変異を認めた。変異が重複する遺伝子として、前述以外では2例ずつにKRAS、ROBO1、SPON1の変異が認められた。今までに横紋筋肉腫の少数で変異の報告のある各種RAS遺伝子、PIK3CA、CTNNB1などもほぼ同様の頻度で検出された。本研究では横紋筋肉腫の体細胞変異は翻訳領域のnon-silent変異に限ると、0.54個/Mb(例外的に変異の多い1症例を除外すると0.34個/Mb)の頻度であり、主な成人腫瘍と比べて低率であった。体細胞変異だけでなくgermline変異についても検索を行ったが、頻度の高い変異遺伝子は確認されず、最も多い4例でBRAT1、次いで3例にTSC2にgermline変異が重複した。

以上より、私は高密度SNPアレイにCNAG/AsCNAR解析を組み合わせることで、横紋筋肉腫の胞巣型、胎児型のLOH領域を含めたゲノムプロファイルを明らかにし、今まで報告がなかったIRS2の高度増幅が少数の横紋筋肉腫において認められることを見出した。さらに高度増幅、高発現を認めることから標的候補と考えられるALKの阻害剤が、一部の横紋筋肉腫に有効である可能性を示した。次世代シーケンサーによるエクソーム解析では、組織型を問わずFGFR4-PI3K-AKT経路の活性化につながりうる遺伝子変異が26.8%と比較的高頻度に認めることを示した。このように本研究の結果から、横紋筋肉腫の標的治療へ結びつく有用な情報を得ることができ、今回検証したALK阻害剤の他、今後FGFR4-PI3K-AKT経路に対する阻害剤の横紋筋肉腫への効果も検証すべきと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、予後不良な小児固形腫瘍のひとつである横紋筋肉腫の新規の標的分子を探索するために、高密度single nucleotide polymorphism (SNP) アレイと次世代シーケンサーを用いたエクソーム解析といった先端的解析技術を用いたゲノム解析を行い、下記の結果を得ている。

1.SNPアレイ解析において、胎児型横紋筋肉腫では2、8、12番染色体の増幅が胞巣型横紋筋肉腫に比べ有意に多く、各組織型は異なるゲノムプロファイル示すことが判明した。一方、全体的なアレル不均衡のパターンは両者に明らかな差はなく、11番染色体のloss of heterozygosity (LOH) は胞巣型でも胎児型と同等に高率に認められた。今回解析した細胞株8株中7株は高度の多倍体の上に多数の構造異常を伴っており、新鮮腫瘍とは異なる特徴を示した。これは細胞株化前後の検体で比較しても同様であり、この結果から横紋筋肉腫では細胞株は新鮮腫瘍の代替とはならないことが示唆された。

2.横紋筋肉腫における新規の反復高度増幅領域として、IRS2を含む13q33領域が胞巣型1例と転座陽性胎児型1例に認められた。IRS2の機能ドメインの変異解析では、細胞株1株に機能推定ソフトでdamagingと推定される新規のミスセンス変異が検出され、RT-PCRによる発現解析では胞巣型で80%、胎児型に50%と高頻度に発現を認めた。横紋筋肉腫においてIRS2の高発現が予後不良因子となることや、今までに少数の脳腫瘍でも高度増幅の報告があり、遺伝子の機能としてもinsulin-like growth factor経路の構成要素であることからも、一部の横紋筋肉腫においてIRS2がその病態に関わっている可能性が考えられた。

3.胞巣型3例における初発・再発もしくは転移巣のゲノムコピー数の比較を行い、再発・転移に関わる変化についても検証した。この内2例(再発1例、転移1例)では再発・転移巣には初発時に認められたコピー数変化に新たな変化が少数加わるのみであり、初発と再発・転移巣のmajorクローンは近い関係であることが推測された。対照的にもう1例では、PAX3-FOXO1の不均衡転座の所見のみが共通で、それ以外は初発・再発間でほとんど一致しなかった。特に初発に認められていた11番染色体のLOHが、再発時には検出さなかったことから、再発したクローンは初発時に比較的早期に分かれたminorクローンであることが推測された。また初発時のmajorクローンは治療に感受性があったが、このクローンは治療抵抗性であったとも考えられる。11p LOHは横紋筋肉腫における頻度が高く、腫瘍化に関わっていると考えられているが、再発といった腫瘍の進展には強く関わらない可能性が示された。対照的にPAX3-FOXO1はより早期に生じ、コピー数変化からは再発時に唯一選択されており、この転座が胞巣型横紋筋肉腫に与える影響が強力であることが示唆された。

4.ゲノムコピー数と予後の解析では、13qの増幅が胎児型予後良好例において、予後不良例に比べ有意に頻度が高いことが判明し、新たな予後マーカーとなることが示唆された。

5.胞巣型横紋筋肉腫の1例でALKの高度増幅が検出され、reverse transcription polymerase chain reaction (RT-PCR)でも胞巣型優位に52.6%と高頻度にALKの発現を認めた。横紋筋肉腫におけるALKの高度増幅、高発現は今までにも複数報告があり、本研究では横紋筋肉腫細胞株6株を用いて3種類のALK阻害剤(TAE684、2,4-PDD、crizotinib)の効果を検証した。ALKの発現が高い2株において感受性が認められ、一部の横紋筋肉腫ではALK阻害剤が効果を示す可能性を見出した。

6.エクソーム解析では、15例中7例でFGFR4-PI3K-AKT経路内に変異が集中することが判明した。FGFR4とPTPN11の変異が重複した1例、GAB1が2例、PIK3CAが1例、PIK3CGが1例、PTENが2例で、胎児型、胞巣型症例どちらも含まれていたため、組織型に関わらない共通経路と考えられた。これらの遺伝子についてさらに48検体で変異解析を行ったところ、新鮮腫瘍での変異は26.8%と比較的頻度が高く、この経路が横紋筋肉腫の治療標的となる可能性が見出された。

7.エクソーム解析で検出された、横紋筋肉腫における新規の変異遺伝子は、前述のGAB1の2例の他、PTEN、ARID1A、ROBO1、SPON1にも各2例で変異を認めた。変異が重複する遺伝子としては、前述以外ではTP53が4例と最多で、他KRASに2例で変異を認めた。今までに横紋筋肉腫で変異の報告のある各種RAS遺伝子、PIK3CA、CTNNB1などについても、ほぼ同様の頻度で変異が検出された。体細胞変異だけでなくgermline変異についても検索を行ったが、頻度の高い変異遺伝子は確認されず、BRAT1が4例と最多で、次いで3例においてTSC2に変異を認めた。

8.横紋筋肉腫の体細胞変異は翻訳領域のnon-silent変異に限ると、0.54個/Mb(例外的に変異の多い1症例を除外すると0.34個/Mb)の頻度であり、主な成人腫瘍と比べて低率であったが、今までに報告のある小児腫瘍とは、体細胞変異が少ないという点で一致していた。

審査会での指摘事項としては、

1.序論が少なく、横紋筋肉腫自体の説明や、高密度SNPアレイ、エクソーム解析といった先端的解析技術についての説明を加える。図表も複数加える。

2.方法の内容も簡略すぎる。同じ実験が可能なくらいの内容にする。化合物、細胞についても可能な限り文献を引く。

3.インフォームドコンセントを口頭か文書かどちらで得ているか、全例取得されているか記載する。

4.胞巣型3例における初発と再発・転移の比較では、この3例の臨床情報、治療内容などを示すべき。クローンの進化についても、治療により加わった可能性なども記載する。サブクローンの存在の根拠となるデータも示すべきである。

5.標的候補としてIRS2とNCOA2を挙げているが、どちらも頻度が1、2例と少なく、標的というのは過剰なので、記載を改める。

6.エクソーム解析のグラフのfigure legendが簡略すぎるため、詳しく記載する。

7.全体的に受動態での記載が目立つため、何を目的にどうしたか、自分が何を明らかにしたのかなど、必要な部分は能動態で記載する。結語を加える。

8.謝辞に入る指導者、検体・細胞株提供者、実験助手の方などはフルネームで、敬称は医師、博士、氏とし、所属も記載する。

9.引用文献が少ない。

10.引用文献の著者は全員記載する。

11.略語が多いので、略語集をつける。

12.初出のスペルアウトの徹底、図表の文頭を大文字にする。

これらについて、審査会後に修正を行った。

以上、本研究は横紋筋肉腫のLOH領域を含む詳細なゲノムコピー数プロファイルを明らかにし、胞巣型、胎児型間の有意な差を示した。横紋筋肉腫では新規であるIRS2の高度増幅を検出し、13qの増幅が新たな予後マーカーになる可能性、横紋筋肉腫における新規の標的候補としてALK、FGFR4-PI3K-AKT経路が見出された。これらの新たな知見は、横紋筋肉腫の遺伝学的特徴を明らかにし、今後の横紋筋肉腫の有効な治療法開発に貢献する可能性があると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク