学位論文要旨



No 129391
著者(漢字) 日比,慎一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヒビ,シンイチロウ
標題(和) レビー小体型認知症の周期性四肢運動及び呼吸パターンに関する検討
標題(洋)
報告番号 129391
報告番号 甲29391
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4124号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 准教授 大須賀,穣
 東京大学 准教授 垣内,千尋
 東京大学 講師 三牧,正和
 東京大学 講師 鈴木,基文
内容要旨 要旨を表示する

[序文]

レビー小体型認知症は、認知症の中ではアルツハイマー型認知症に次いで2番目に多い神経変性疾患である。病理学的には大脳および脳幹部における神経細胞の脱落、および主にαシヌクレインから構成されるレビー小体と呼ばれるタンパク質の出現を特徴とする。レビー小体型認知症の臨床的な診断には、進行性の認知機能障害を認める事が必須であり、加えて、繰り返す鮮明な幻視症状、歩行障害や固縮などを中心としたパーキンソニズム、認知機能の大きな変動の三徴が中核症状とされている。その他、示唆・支持する所見として、抗精神病薬への感受性の亢進、失神、基底核のドパミン取り込み低下、自律神経障害などが挙げられている。しかし、これらの診断基準は、ほぼ臨床症状のみから構成されており、レビー小体型認知症を診断するための客観的なマーカーは乏しいのが現状である。

研究(1) レビー小体型認知症は、臨床症状や検査所見が、パーキンソン病と多く重なる。固縮や歩行異常などのパーキンソニズム、MIBG心筋シンチグラフィー所見、そして、REM睡眠行動障害が認められることも知られている。また、病理学的にもレビー小体が関与しており、多系統萎縮症と併せてαシヌクレイノパチーと呼ばれている。一方で、パーキンソン病やREM睡眠行動障害においては、睡眠時に周期性四肢運動を伴うことが多い事も以前から報告されている。周期性四肢運動の病態生理に関しては、いまだ不明な部分も多いが、ドパミンの活動低下がひとつの要因と考えられている。以上のような背景の中で、ドパミンの活動低下がみられるレビー小体型認知症においても周期性四肢運動が高頻度に認められる可能性がある。そこで本研究では、レビー小体型認知症の患者の周期性四肢運動について評価を行った。

研究(2) レビー小体型認知症において、レビー小体の出現は、しばしば脳幹部や大脳辺縁系皮質、大脳新皮質に認められる。一方で脳幹部は、大脳や小脳の情報の中継点としての役割と、生命活動の中枢としての役割を担っている。呼吸中枢も脳幹部に存在し、呼吸のリズム調節は脳幹部のもっとも重要な機能のひとつである。実際に、ワレンベルグ症候群や脳幹部腫瘍など、脳幹部に異常が生じた場合は、時に失調性呼吸となる事も知られている。以上を考慮すると、レビー小体型認知症では、脳幹部の神経細胞の脱落及びレビー小体の出現が認められるため、レビー小体型認知症においても失調性呼吸が観察される可能性がある。そこで本研究では、レビー小体型認知症の患者の呼吸パターンの評価を行った。

[目的]

研究(1) レビー小体型認知症の患者において、周期性四肢運動が合併しやすいか評価を行う。加えてアルツハイマー型認知症の患者との比較も行い、周期性四肢運動の測定が両者の鑑別に有用かどうかを検討する。

研究(2) レビー小体型認知症の患者において、呼吸パターンを測定し、失調性呼吸が認められるか評価を行う。加えてアルツハイマー型認知症の患者においても呼吸パターンを評価し、呼吸パターンの測定が両者の鑑別に有用かどうかを検討する。

[方法]

認知機能障害が疑われ、精査目的に東京大学医学部附属病院老年病科に入院した患者を対象とした。全例で、MMSE、改訂長谷川式簡易知能評価スケールを含めた神経心理学的検査、血液検査、そしてMRIやSPECTなどの神経画像検査を行った。診断基準に従い、レビー小体型認知症、アルツハイマー型認知症の診断を行った。また、精査の結果、認知機能は正常であり、その他神経学的にも異常を認めなかった患者を正常コントロール群とみなした。なお、レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症以外の認知症(正常圧水頭症や脳血管性認知症など)は、本研究からは除外した。

研究(1) 2010年11月から2011年9月までで、43人の患者を対象に研究を行った。入院病棟にて、一晩の夜間睡眠ポリグラフ検査を行った。脳波、眼電図、おとがい筋電図、口鼻での気流、SpO2、前脛骨筋の筋電図の項目で、記録を行った。睡眠中の周期性四肢運動に関しては、国際的な判定基準に従って数値化を行い、睡眠中の一時間当たりの周期性四肢運動の数を周期性四肢運動指数として算出した。

研究(2) 研究期間は2010年11月から2012年6月までで、70人の患者を対象に研究を行った。入院病棟において、ポリソムノグラフィーの機器を用いて、30分以上の安静仰臥位での呼吸の記録を行った。ポリソムノグラフィーでは、脳波、眼電図、おとがい筋電図、口鼻での気流(サーミスタセンサー)、SpO2の項目で記録を行った。そして、連続する5分間の安定した覚醒安静閉眼時の呼吸シグナルをサーミスタセンサーより抽出し、解析を行った。まず、各呼吸の呼吸間隔時間を算出した。そして、呼吸の不規則性を評価するために、呼吸間隔の変動係数([標準偏差/平均値]×100)を算出した。さらに、呼吸間隔の逆数より、1分間の呼吸回数も算出した。また本研究では、別の解析法として、呼吸シグナルの波形解析に高速フーリエ変換を応用した。高速フーリエ変換によって得られた振幅スペクトルA(f)に対し、呼吸の不規則性を評価するために、シャノンのエントロピーSを算出した。そしてまた、呼吸シグナル、高速フーリエ変換の結果のアーチファクトの影響を軽減するために、シャノンのエントロピーSにおいて、有効な振動数の範囲を設定した。呼吸間隔時間の解析結果に基づき(1.7秒~7.6秒、すなわち振動数は0.13Hz~0.59Hz)、有効な振動数は0.1Hzから0.6Hzと設定した。

[結果]

研究(1) 研究の対象となったのは、レビー小体型認知症の患者が9名、アルツハイマー型認知症の患者が12名、そして認知症ではない患者(コントロール群)が10名であった。患者の背景として、年齢、性別に関しては、各群間で有意な差は認めなかった。また、各群の睡眠構築及び呼吸イベントについては、Stage N1~N3、REMの割合は各群間で有意な差はなく、無呼吸低呼吸指数についても、有意な差は認めなかった。各群における周期性四肢運動指数は、レビー小体型認知症群では81.8±58.8、アルツハイマー型認知症群では10.3±15.3、コントロール群では23.0±35.7という結果であった(平均値±標準偏差)。レビー小体型認知症群では、アルツハイマー型認知症群、コントロール群と比較して、明らかに周期性四肢運動指数は上昇しており、統計学的にも有意な差を認めた(それぞれp=0.003、p=0.015)。一方で、アルツハイマー型認知症群とコントロール群との比較では、明らかな差は認めなかった。また、レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症を鑑別する際、周期性四肢運動指数=15.0をカットオフ値に設定すると、感度88.9%、特異度83.3%となり、良好な感度・特異度が得られた。

研究(2) 研究の対象となったのは、レビー小体型認知症の患者が14名、アルツハイマー型認知症の患者が21名、そして認知症ではない患者(コントロール群)が12名であった。年齢、性別に関しては、各群間で有意な差は認めなかった。呼吸パターンに関しては、呼吸間隔時間の変動係数は、レビー小体型認知症群では13.5±2.6、アルツハイマー型認知症群では10.0±3.0、正常コントロール群では9.9±2.8(平均±標準偏差)であり、レビー小体型認知症群において、有意に変動係数は上昇していた。また、エントロピーSは、レビー小体型認知症群では6.35±0.11、アルツハイマー型認知症群では6.11±0.29、コントロール群では6.16±0.19(平均±標準偏差)という結果であり、こちらもレビー小体型認知症群において有意に上昇がみられた。

[考察]

研究(1) 周期性四肢運動の病態生理に関しては、いまだ不明な点も多いが、ドパミンの活動低下がひとつの要因となっていると考えられている。レビー小体型認知症において黒質線条体のドパミン経路の異常が認められる事は以前より知られており、このようなドパミンの活動低下を通じて、周期性四肢運動が生じていると考えることもできる。今回の結果では、レビー小体型認知症群では、コントロール群と比較して、有意に周期性四肢運動指数は増加しており、周期性四肢運動はレビー小体型認知症の臨床症状のひとつである可能性が考えられた。また、アルツハイマー型認知症との鑑別においても、周期性四肢運動指数のカットオフ値を15.0に設定すると、良好な感度・特異度が得られ、両者の鑑別によく利用されるSPECT検査やMIBG心筋シンチグラフィーの代替検査として、周期性四肢運動指数の測定が有用である可能性が示唆された。

研究(2) 呼吸リズムの調節は、脳幹の機能と密接に関係している。一方、レビー小体型認知症では、脳幹部にしばしばレビー小体の出現が認められる。レビー小体の局在やその密度がレビー小体型認知症の症状と密接に関係しているかどうかはいまだ不明な部分も多いが、レビー小体型認知症の神経細胞変性という側面も考慮すると、脳幹部のレビー小体の局在が呼吸の調節に影響を与えている、つまり失調性呼吸を生じさせる可能性も考えられる。今回の研究において、レビー小体型認知症群では、アルツハイマー型認知症群、コントロール群との比較で、安静時の呼吸が不規則になっている事が示された。この結果から、失調性呼吸は、今まで報告されていないレビー小体型認知症の新しい臨床症状である可能性がある。また、レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症との鑑別においても、呼吸パターンの解析が有用である可能性がある。

[結語]

レビー小体型認知症において、周期性四肢運動および失調性呼吸が認められることを示した。これらの症状は、レビー小体型認知症の新しい臨床症状である可能性がある。また、これらの症状を確認、測定することが、アルツハイマー型認知症との鑑別に有用である事が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、進行性の認知機能障害を呈する神経変性疾患であるレビー小体型認知症において、いまだ知られていない臨床症状を明らかにするために、入院中の患者に対してポリグラフ検査を行い、周期性四肢運動や呼吸パターンを検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 周期性四肢運動の評価を行うため、認知機能障害が疑われて精査目的に東京大学医学部附属病院老年病科に入院した患者に対し、一晩の夜間睡眠ポリグラフ検査を行った。研究の対象となったのは、レビー小体型認知症の患者が9名、アルツハイマー型認知症の患者が12名、そして認知症ではない患者(コントロール群)が10名であった。患者の背景として、年齢、性別に関しては、各群間で有意な差は認めなかった。また、各群の睡眠構築及び呼吸イベントに関しては、Stage N1~N3、REMの割合は各群間で有意な差はなく、無呼吸低呼吸指数についても、有意な差は認めなかった。

2. 各群における周期性四肢運動指数(一時間当たりの周期性四肢運動の回数)は、レビー小体型認知症群では81.8±58.8、アルツハイマー型認知症では10.3±15.3、コントロール群では23.0±35.7という結果であった(平均値±標準偏差)。レビー小体型認知症群では、アルツハイマー型認知症群、コントロール群と比較して、明らかに周期性四肢運動指数は上昇しており、統計学的にも有意な差を認めた(それぞれp=0.003、p=0.015)。一方で、アルツハイマー型認知症群とコントロール群との比較では、明らかな差は認めなかった。

3. レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症を鑑別する際の、周期性四肢運動指数の最適なカットオフ値を検討するために、ROC曲線を描き評価を行った。ROC曲線のAUCは0.926であり、周期性四肢運動指数=15.0をカットオフ値に設定すると、感度は88.9%、特異度は83.3%となり、良好な感度・特異度が得られた。

4. 呼吸パターンの評価を行うため、認知機能障害が疑われて精査目的に東京大学医学部附属病院老年病科に入院した患者に対し、ポリソムノグラフィーの機器を用いて、30分以上の安静仰臥位での呼吸の記録を行った。そして、連続する5分間の安定した覚醒安静閉眼時の呼吸シグナルを抽出し、解析を行った。研究の対象となったのは、レビー小体型認知症の患者が14名、アルツハイマー型認知症の患者が21名、そして認知症ではない患者(コントロール群)が12名であった。患者の背景として、年齢、性別に関しては、各群間で有意な差は認めなかった。

5. 呼吸パターンの評価として、呼吸間隔時間の変動係数([標準偏差/平均値]×100)を用いた。また、別の解析法として、高速フーリエ変換およびシャノンのエントロピーSを応用した。呼吸間隔時間の変動係数は、レビー小体型認知症群では13.5±2.6、アルツハイマー型認知症群では10.0±3.0、コントロール群では9.9±2.8(平均±標準偏差)であり、レビー小体型認知症群において、有意に変動係数は上昇していた。また、エントロピーSは、レビー小体型認知症群では6.35±0.11、アルツハイマー型認知症群では6.11±0.29、コントロール群では6.16±0.19(平均±標準偏差)という結果であり、こちらもレビー小体型認知症群において有意に上昇がみられた。これらの結果は、どちらもレビー小体型認知症患者の呼吸パターンのばらつきを示すものであり、失調性呼吸の存在が示唆された。

6. レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症を鑑別する際の、変動係数及びエントロピーSの最適なカットオフ値を検討するために、ROC曲線を描き評価を行った。変動係数に関しては、ROC曲線のAUCは0.79であり、変動係数=10.2をカットオフ値に設定すると、感度は92.9%、特異度は61.9%となり、また、エントロピーSに関しては、ROC曲線のAUCは0.77であり、エントロピーS=6.18をカットオフ値に設定すると、感度は100%、特異度は57.1%となり、どちらも良好な感度・特異度が得られた。

以上、本論文は、認知症患者に対してポリグラフ検査を行うことで、レビー小体型認知症において、周期性四肢運動および失調性呼吸が認められることを明らかにした。これらの症状は、今まで報告されていないレビー小体型認知症の新しい臨床症状である可能性があり、また、これらの症状を確認、測定する事が、アルツハイマー型認知症との鑑別に有用である可能性があるため、今後、レビー小体型認知症の臨床診断に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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